御言葉を心に記す(ヘブル10:15-18)

Scripture(聖書の言葉)


15 聖霊も同じ証言をされます。 16 「イスラエル人たちは最初の契約を破ったが、わたしが新たに彼らと結ぼうとしている契約はこれである。わたしは、常にわたしの意思を知らせるために、律法を彼らの心に書き記す。そして、律法を彼らの思いの中に据えるので、彼らは喜んでこれに従うようになる。」(エレミヤ31・33) 17 さらに聖霊は、こうも言われます。「わたしは、二度と彼らの罪と不法を思い出さない。」(エレミヤ31・34) 18 このように罪が永久に赦され、また忘れ去られてしまうなら、罪を取り除くためのいけにえを、これ以上ささげる必要はありません。

Observation(観察)


モーセの律法は人の心を変えるに至らなかった。一方でイエス様による新らしい戒めは、「常にわたしの意思を知らせるために、律法を彼らの心に書き記す。そして、律法を彼らの思いの中に据えるので、彼らは喜んでこれに従うようになる。」と書かれている。私たちの意思そのものが神を喜ばせようと願うものに変えられるのだ。神のお気持ちがいつも分かるものになれるのなら、神の道を離れる事は無い。わたしはそのようなものになりたい。みことばを心に書き込んで、いつも思いに湧き上がるようにしたい。毎日のデボーションがそのためのプロセスとなっていることを信じたい。

Prayer(祈り)


イエス様、まだまだ御言葉がいつも心に浮かぶということはありません。古い性質はいつも私を誘惑します。もっと御言葉をこころにはっきり書き記せますように。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

新しい大祭司(ヘブル7:12-15)

Scripture(聖書の言葉)


12-14 新しい家系の祭司が立てられる時、それを受け入れるために、律法も改められなければなりません。キリストがレビ族とは別の部族であり、モーセが祭司として任命したこともないユダ族の出身であったことは、周知の事実です。 15 そういうわけで、私たちは、これまでの神の秩序に大きな変更があったことを認めざるをえません。キリストが、メルキゼデクの位に等しい、新しい大祭司として立てられたからです。

Observation(観察)


アロンに始まる祭司の家系に変わり、イエス様が大祭司に神の誓いと約束によって任命された。ヘブル書記者は、「それを受け入れるために、律法も改められなければなりません。」当時のユダヤ人クリスチャンにとって、イエス様を受け入れることはこれまでの律法では無く、イエス様の語られた御言葉による教えをルールとして生きることであった。
私たちもイエス様のことを知る前には、この世の様々なルールに従って生きてきた。しかしクリスチャンになった後は、神を愛すること、隣人を愛する事という二つの大きなルールが全ての既存のルールの上に立つこととなった。それでも古いルールが自分の中で優先されてしまいそうになるときがある。いつも自分がキリストに付くものであることを忘れないようにしたい。

Prayer(祈り)


イエス様、あなたがメルキゼデクの位に等しい永遠の大祭司となられ、私たちのためにとりなし続けてくださっている事を感謝します。あなたが教えて下さったルールに従って生きるものとなりたいです。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

神の家になる(ヘブル3:6)

Scripture(聖書の言葉)


6 しかし、キリストは神の忠実な御子として、神の家のいっさいを治められるのです。もし、最後まで揺るがない確信を持ち続け、喜びと主への信頼を失わなければ、私たちも神の家となるのです。そして、神がそこに住んでくださるのです。

Observation(観察)


ヘブル書記者は、私たちが神の家になり、そして神が住んで下さると言っている。罪にまみれた私たちが救われ、永遠のいのちが与えられたばかりではなく、私たちに神が住んで下さる、神の宮として下さるというのだ。なんという恵みだろう。神の家には神の臨在がある。栄光がある。賛美がある。私たちの内面がそのようになるのであれば、まるで天の御国を持ち運ぶ者の様だ。なんとしてもその栄光にあずかりたい。

Prayer(祈り)


イエス様、あなたの住まわれる家になりたいです。あたらめて心を掃除しなくてはならないと感じました。罪を悔い改め、きれいな状態であなたにお住まい頂きたいと願います。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

つなぎ止めて下さる主(2テモテ2:13)

Scripture(聖書の言葉)


13 しかしたとえ、信仰をなくしたかと思えるほど私たちが弱くなっても、キリストは真実を貫き、私たちを助けてくださいます。私たちは主の一部分になっているので、切り捨てられることはないのです。そして、主はいつも約束を果たしてくださいます。

Observation(観察)


クリスチャン生活も良いときも悪いときもある。信仰を強く持っているときもあればどうしようもなく弱くなって今にも信仰を失ってしまいそうなときもある。
しかし、そのようなときにも、私たちは神に捨てられることは無い。私たちは主の一部分になっているからだ。

Application(適用)


かつてわたしは起き上がることが出来ないほど心身が弱くなり、信仰も殆ど失っていたことがあった。しかしそのような私を神につなぎ止めてくれたのは、毎朝家内がメールで送ってくれた聖書の一節だ。ほんとうに小さな細い糸のような信仰が、わたしをつなぎ止めてくれた。神と家内と心から感謝したい。

Prayer(祈り)


イエス様、何の役にも立たないような私にもあわれみをかけ、つなぎ止めて下さった事を感謝します。あなたの一部であることをあたらめて教えられました。これからどのように生きるかをお示し下さい。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

新しい喜び(テトス3:3-6)

Scripture(聖書の言葉)


3 以前の私たちも、分別の足りない不従順な者であり、人に迷わされ、さまざまな快楽や欲望のとりこになっていました。心は悪意とねたみの固まりで、憎んだり憎まれたりしながら生活していました。 4 しかし、救い主である神が、恵みと愛を示してくださる時がついに来たのです。 5 神は、私たちの罪のよごれを洗い落とし、心に聖霊を遣わして、新しい喜びで満たし、以前の悲惨な生活から救い出してくださいました。それは、私たちに救われる資格があったからではなく、ただ、神のあわれみによるのです。 6 神は、私たちの心にこの聖霊を豊かに注いでくださいました。これは、救い主イエス・キリストが成し遂げてくださった救いがあるからこそ実現したのです。

Observation(観察)


救われたときに二つのことが起こるとパウロは言う。「神は、私たちの罪のよごれを洗い落とし、心に聖霊を遣わして、新しい喜びで満たし、」心の聖めと、聖霊様による新しい喜びが与えられるのだ。いまも心に新しい喜びは続いているだろうか。聖められた良心はほこりをかぶっていないだろうか。わたしはもう一度喜びを取り戻したい。仕事のこと、生活のことで頭がいっぱいになりがちな生活を送っていると、救われたころにあった喜びが無くなっている事に気付く。聖霊様に求めよう。

Application(適用)


喜びを維持するには、聖徒の交わりが必要なのでは無いかと考える。何もない所で一人で喜び続けることは難しいように思う。(さまざまなコンプレックスもあり)教会の中で人を避けて隠れていいるような私だったが、少し教会での過ごし方を変えてみようと思う。

Prayer(祈り)


イエス様、救われたときの喜びをもう一度取り戻したいです。どのようにしたら良いか助けて下さい。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

霊的訓練(1テモテ4:7-9)

Scripture(聖書の言葉)


7 愚かな理論や作り話の議論で、むだな時間を費やしてはなりません。むしろ、時間と労力とを有効に使って、いつも霊的に高められるよう自分を訓練しなさい。 8 体の訓練も大いにけっこうですが、霊の訓練はさらに大切であり、あらゆる行動の原動力になるのです。ですから、あなたは霊の訓練に励み、もっとすぐれたクリスチャンを目指しなさい。そうすることは、今の地上の生活のためだけでなく、未来の生活にも役立つからです。 9 これは、万人に共通の真理です。

Observation(観察)


霊の訓練が重要であることをパウロは弟子であるテモテに宣べている。霊的訓練という言葉にも様々な解釈がある。例えば伝道であるとか聖霊様の賜物をよく用いること、悪霊追い出しをすることなどもあるかもしれない。しかし私は今は基礎に帰ってみことばをみことば通りに読むこと、みことばを覚えることを続けてゆきたい。かつては聖書の隠された真理を見つけ出そうとしてあれこれことばの関連性を調べたりしていたが、今はそれを止め、真っ直ぐに聖書を読むことを自らの訓練としている。派手なことは何一つない、淡々とした繰り返しだがこのような中に、何かが育ってゆく事を期待している。

Prayer(祈り)


イエス様、聖書を斜めから読むような姿勢があったことを赦して下さい。真っ直ぐに聖書に向き合いたいです。もっと御言葉を愛する人に私を変えて下さい。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

主の平和(コロサイ3:15)

Scripture(聖書の言葉)


15 キリストにある平和が、いつもあなたがたの心と生活を満たすようにしなさい。そうすることが、キリストの体の一部とされたあなたがたの責任であり、特権でもあるからです。また、いつも感謝していなさい。

Observation(観察)


カソリックの方々は「主の平和」と挨拶されると聞いている。パウロはキリストにある平和が私たちの心と生活を満たすことが責任であり、特権であると宣べている。この世にあるあらゆるものは私たちの心をかき乱そうとする。特にマスメディアやネット情報はあえてそのような心境に私たちを置こうとしている傾向がある。私たちは選択しなければならない。混乱を受け続けるか、イエス様の平和を受け取るか。もしもいまメディアに疲れているなら、心を静かにしてイエス様の平和に帰るべき時なのかもしれない。

Prayer(祈り)


イエス様、あなたの平和を求めます。心を静かにして、福音を喜んで過ごす時を与えて下さい。今の世は騒がしさから距離を置くことが出来ますように。助けて下さい。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

伝道の完成(ピリピ1:4-6)

Scripture(聖書の言葉)


4 そして、私の心は喜びに満たされるのです。 5 それは、あなたがたが福音(イエス・キリストによる救いの知らせ)を初めて聞いた日から今日まで、全力をあげて、その知らせを宣べ伝える働きに協力してくれたからです。 6 あなたがたのうちに良い働きを始められた神は、必ずそれを恵みのうちに成長させ、やがてキリスト・イエスが帰って来られる日までに、それを完成してくださると、私は堅く信じています。

Observation(観察)


「”それ”を完成してくださると、私は堅く信じています。」とパウロは言っている。”それ”とは文脈を辿ると「全力を挙げて福音を宣べ伝える」こととなる。伝道の完成とはどのようなものであるか私にはわからない。しかしゴールの無い働きに就いているのでは無いと理解するだけで大きな励みとなる。「あなたがたのうちに良い働きを始められた神は」とある。この伝道の働きは神が始めて下さった。働きに私たちを加えて下さった。そして完成されるのもまた神なのだ。

Prayer(祈り)


イエス様、あなたの働きの完成を見たいです。地上にいる間か、その後の事かは分かりません。今は完成形がどんなものなのか全く分かりませんが、それが明らかにされることを楽しみに願います。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

御言葉を蓄える(詩編119:10-11)

Scripture(聖書の言葉)


10 私は、あなたを見いだそうと、
あらゆる努力をしてきました。
どうか、御教えからはみ出さないよう守ってください。
11 私はおことばを深く味わい、心にたくわえました。
それによって罪から遠ざかるためです。

Observation(観察)


詩編作者(ダビデ?)は神を見つけ出そうと懸命になって過ごしていた。その彼の結論は、「御教えからはみ出さないように」と言うことだ。御言葉に従い、神の守りの中に留まることが、神に最も近く在る秘訣なのだ。
また彼は御言葉を味わい、心にたくわえたと在る。心に御言葉がいつも浮かんでいることが出来るならば、罪の誘惑から遠ざかることが出来る。

Application(適用)


私はどうか、と考えたときに御言葉を確かに読んではいるが、暗唱がうまく出来ないことが悩みだ。聖書は素晴らしい御教えで満ちている。少しでも自分の内に宝物として蓄えたい。これまで書き続けてきたデボーションの記録を読み返すことで、御言葉を反芻することが出来るのかもしれない。

Prayer(祈り)


イエス様、御言葉を心に蓄え、いつも心に浮かんでいるようにして下さい。罪から遠ざかり、神の御そばにいるためです。記憶力やいろいろ弱いところを癒やして、御言葉がいつでも出てくるものにして下さい。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

教会の完成(エペソ4:11-13)

Scripture(聖書の言葉)


11 さてこうして、ある者には使徒としての賜物が与えられ、ある者にはすぐれた説教者としての賜物が与えられました。また、キリストを救い主として信じるように人々を指導する賜物を受けた者もいれば、羊を見守る羊飼いのように、神の民となった人たちの世話をし、教え導く力を受けた者もいます。

12 なぜこのように、それぞれに賜物が与えられたのでしょうか。それは、神の民となった人々が、神のためによりよく働けるよう整え、キリストの体である教会を、力にあふれた、完成した状態へと建て上げるためです。 13 そしてついに、私たちは、救いについて、また救い主である神の子について同じ信仰を持つに至り、主にあって完全に成長した者となるのです。

Observation(観察)


エペソ1〜4章では教会を如何に建てあげるべきかについて語られている。特にこの節では、教会の人々に与えられた様々な賜物の目的について述べている。その目的とは「神の民となった人々が、神のためによりよく働けるよう整え、キリストの体である教会を、力にあふれた、完成した状態へと建て上げるためです。」である。霊的な共同体である教会を、完成に至らせると言うことは、教会に完成形がある、と言うことだ。私たち一人一人には得意分野もあるが同時に欠点や弱さがある。教会を構成する私たちがお互いを補い合い、神の働きを推進できるならこれ以上素晴らしいことは無い。
今は凸凹した群れかもしれない、しかし御言葉に親しみ、イエス様に従おうという意思があるならば少しずつでも完成に向かって歩むことが出来る。

Prayer(祈り)


イエス様、私は欠点の多いものですが、少しでも他の人の役に立てるところがあれば使って下さい。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。