衰えに屈しない(1コリント20:16-17)

Scripture(聖書の言葉)


16 ですから、私たちは決して落胆しません。肉体はしだいに衰えますが、うちにある力は日ごとに強くなっていきます。 17 今の私たちの苦しみや悩みは、結局のところ、取るに足りないものであり、それほど長くは続きません。そして、このつかの間の苦しみは、永遠に尽きない、あふれるばかりの神の祝福をもたらすのです。

Observation(観察)


この手紙が書かれたとき、パウロは何歳頃だったであろうか。それを知る手段はないが、彼が肉体の衰えについて言及していることを考えると、若く、元気はつらつという状態ではなかったのかもしれない。私も弱さを感じる。若い頃十できたことも五くらいしか出来ない事も多い。それでもパウロは「うちにある力は日ごとに強くなっていきます。」と言っている。神の力が私の弱さを通して現れるのなら、この弱さも受け入れよう。私の肉の働きが誉められるより、イエス様が誉められる方がずっと良い。

Prayer(祈り)


イエス様にだけ栄光が帰せられますように。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

困難な時代(詩編89:52)

Scripture(聖書の言葉)


52 
しかし、それでもなお、
主は永遠にほめたたえられるべきお方です。
アーメン。アーメン。

Observation(観察)


昨今の中東情勢によって、イスラエルは再び全世界の非難を浴びている。またアメリカも同様だ。福音派の信仰を持つことが誤っているとすら思いかねない状況だ。しかしそれでも私は神を褒め称える。現在のイスラエル政権もアメリカの福音派と呼ばれる人々も人間の集まりに過ぎない。わたしはただ神を讃える。

Prayer(祈り)


イエス様、あなただけに栄光が帰せられますように。この世の全てが背を向けても、あなたを讃えます。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

赦すこと(1コリント18:10-11)

Scripture(聖書の言葉)


 10 あなたがたがだれかを赦すなら、私もその人を赦します。何であれ、私が赦したのは、キリストの権威によって、あなたがたのために赦したのです。 11 赦さなければならない理由はほかにもあります。それは、サタンにだまされないためです。私たちはサタンのたくらみを知っているのです。

Observation(観察)


赦しはクリスチャンにとって取らねばならない態度だ。自らがイエス様によって赦された存在だから、同じように罪を犯した人を赦すのだ。パウロは赦しの必要性についてもう一つの観点から述べている。それは「サタンにだまされないためです。」ということだ。赦さない心にはサタンが働く。私たちの心を神から離し、滅びに向かわせる。赦しとは、仕方なく上から目線で行うことでは無い。かえって神を思いへりくだって行うべき姿勢なのだ。

Prayer(祈り)


イエス様、まだ思い出すと怒りを覚えてしまう人々が記憶にあります。赦さない思いが私を縛っています。赦し、自らを解放することが出来ますように。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

神にお任せする(1コリント17:8-9)

Scripture(聖書の言葉)


8 愛する皆さん。私たちがアジヤで味わった苦しみについて、ぜひ知っていただきたいと思います。私たちは非常に激しい迫害を受け、打ちのめされて、もうこれ以上生き延びるのはむりかと思いました。 9 死を覚悟し、自分の無力さを痛いほど思い知らされました。しかし、それがよかったのです。というのは、そんな状態の中で、何もかも神にお任せしたからです。死者を復活させることさえできるお方なのですから。

Observation(観察)


アジヤでの迫害について、パウロは彼ほどの信仰者であっても、自分の無力さを痛いほど思い知らされた、と言っている。同時に「しかし、それがよかったのです。というのは、そんな状態の中で、何もかも神にお任せしたからです。」とも述べている。自分の力で出来る、と思っている間は神にお任せすることは難しい。水に浮こうとするとき、自分の力で浮こうとバタバタしていては沈んで行くばかりだ。むしろ力を抜いて自然な状態になれば、浮力が働いて体を浮かせてくれる。力むことを止めて、神にお任せしよう。神が動かして下さるように動こう。

Prayer(祈り)


イエス様、自分の考えたストーリーで物事を働かせようとしていました。そうでは無く、あなたが働いて下さり、導いて下さるように働くようになりたいです。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

霊的な危険(1コリント16:13-14)

Scripture(聖書の言葉)


13 目を覚まして、霊的な危険に身構えていなさい。いつも主に忠実でありなさい。男らしく行動し、強くありなさい。 14 すべての点で、親切と愛から出た行動をとりなさい。

Observation(観察)


霊的な危険とは私たちの信仰をねじ曲げ、失わせようとする悪魔の策略だ。私たちはいつもその危機にさらされている。つまずきは小さなきっかけから始まる。悪魔は小さな躓きという足がかりを用いて私たちを征服しようとする。パウロは「いつも主に忠実でありなさい。べての点で、親切と愛から出た行動をとりなさい。」と言っている。悪魔に打ち勝つのは、自らが隣人への愛を示す行為、それこそが最大の守りであり武器なのだ。

Prayer(祈り)


イエス様、悪魔は絶えず私を責め立てます。挫けそうになることも多いです。いまあなたを見上げて、あなたに倣うものとなり悪魔に打ち勝つことが出来ますように。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

種の中のいのち(1コリント15:35-38)

Scripture(聖書の言葉)


35 しかし、こう聞く人もいるでしょう。「死んだ人は、どのように復活するのですか。どんな体になるのですか。」 36 なんと愚かな質問でしょう。畑を見ればわかるではありませんか。まいた種は、まず死ななければ芽を出しません。 37 そして、その種から出る緑の芽は、初めの種とは全く別物です。土にまくのは、麦でも何でも、干からびた小さな種粒です。 38 ところが神様は、その種に、それぞれにふさわしい、美しく新しい体を与えてくださいます。それで、いろいろな種類の種から、それぞれ植物が成長してくるのです。 

Observation(観察)


乾いて死んだような状態の植物の種も、命を持っている。適切な所に蒔かれるなら、芽が出て、新しい存在となる。
今の私の状況を悲観してはならない。神のいのちが内にある限り、新しい力と働きがやがて与えられる。

Prayer(祈り)


イエス様、今弱っていてもあなたの命が私の内にあることを信じて告白します。芽が出ないと嘆くよりも、神が良い地に蒔いて下さる事を期待し喜びます。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

秩序の重要性(1コリント14:13-15)

Scripture(聖書の言葉)


13 異言を語る人は、そのことばを自分で理解する力も与えられるように祈りなさい。そうすれば、あとで人々にわかりやすく説明できます。 14 もし私が、自分でも理解できないことばで祈るなら、霊では祈っていても、自分では何を祈っているのかわかりません。 15 では、どうすればよいのでしょう。異言で祈り、また、だれにでもわかる普通のことばでも祈るのです。異言で賛美し、また、自分にもわかるように、普通のことばでも賛美するのです。 

Observation(観察)


パウロは異言を否定しないが、教会での用い方について注意している。すなわち、異言を解き明かす賜物を持つ人が居ない限りは教会では異言を話すべきでは無い、ということだ。祈りにおいても異言で祈り、また通常の言語で祈ることも両方を行うべきと伝えている。

Prayer(祈り)


イエス様、私は異言で祈ることを大事にしますが、普通の言葉で祈ることも忘れないようにします。パウロが教会の中で秩序を重視したように、私の内面の秩序も整えて下さい。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

神を知るために(1コリント13:11-12)

Scripture(聖書の言葉)

 
11 それは、こんなことから説明できるでしょう。子どもの時の私は子どものように話し、子どものように考え、子どものように判断していました。しかし、大人になると考え方も成長し、今では子どもっぽいこととは縁を切りました。 12 同様に、今の私たちの神に対する知識や理解は、そまつな鏡にぼんやり映る姿のようなものです。しかし、やがていつかは、面と向かって神の完全な姿を見るのです。いま私が知っていることは、おぼろげで、ぼんやりしています。しかしその時には、いま神様が私の心を見通しておられるのと同じように、すべてがはっきりわかるでしょう。

Observation(観察)


私たちの神の理解はぼんやりとしたものだ。聖書を繰り返し読んでも自分がいかに理解していないか、ということだけがはっきりする。数少ないはっきりしていることは、神は愛である、ということだ。この愛に基づいて行動することこそが、神を体験し理解する道なのだ。

Prayer(祈り)


イエス様、あなたのことを教えて下さい。愛のない自分の姿に絶望するとき、同時に神の愛を示されたあなたの御姿を同時に思います。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

聖霊様によって結び合わされる(1コリント12:13-17)

Scripture(聖書の言葉)


13 私たちはそれぞれ、キリストの体の一部です。ある者はユダヤ人、ある者は外国人、ある者は奴隷、ある者は自由人です。しかし聖霊は、私たちをみな結び合わせて、一体としてくださいました。私たちは、ただひとりの聖霊によって、キリストの体に結び合わされるバプテスマ(洗礼)を受け、みな同じ神の霊を与えられているのです。 14 確かに、体はただ一つの部分からではなく、多くの部分から成り立っています。 15 たとえ足が、「私は手ではないから、体の一部ではない」と言いはったところで、体の一部でなくなるわけではありません。 16 また、もし耳が、「私は耳で、目ではないから、体の一部ではない」などと言っても、耳が体から離れることができますか。 17 考えてもごらんなさい。もし体全体が目であれば、聞くことができるでしょうか。もし体全体が巨大な一つの耳なら、においをかげるでしょうか。

Observation(観察)


教会には多様な人々が集まる。言葉が通じないこともあるし、ウマが合わない人もいるかもしれない。人間的な観点では一致は困難に思える。しかし聖霊様は私たちを結び合わせて一つの体として下さる。みなが同じ神の霊を受けているからだ。
教会の兄弟と会うとき、同じ霊を持っているのだ、と理解し、互いに励まし合うものとなりたい。

Prayer(祈り)


イエス様、聖霊様によって教会の一人一人が結び合わされ、各々の役割があることが分かりました。互いに尊重し、励ましあう関係となれますように。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

議論よりも神を見上げて(1コリント11:17-19)

Scripture(聖書の言葉)


17 さて、もう一つ、私が残念に思っていることを書きます。それは、あなたがたの聖餐式の集まりが益になるどころか、かえって害になっているように思えることです。 18 その席で議論し合い、分裂がますます深刻化していると、私の耳にも伝わってきます。それを信じないわけにはいきません。 19 たぶん、あなたがたは、だれが正しいかをはっきりさせるには、分裂もやむをえないと思っているのでしょう。

Observation(観察)


聖餐式という秘蹟が争いの場になっていることをパウロは憂慮している。聖餐式はイエス様の十字架、流された血、裂かれた肉体を思い、やがての復活にあずかることを告白する場である。そのような場所をコリントの人々は議論の場に変えてしまった。
一人一人が互いを思いやらず、自分の主張だけを宣べるなら、それは神の子の集まりではない。互いの立場、背景を尊重して柔らかい言葉を用いて語り合わなければならない。

Prayer(祈り)


イエス様、過去に強い言葉を使って語ったことがあります。赦してください。これからは目の前の人のことを思いやって言葉を選びます。良い交わりの場を持つことが出来る様にして下さい。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。