互いに愛し合う(ローマ13:8-10)

Scripture(聖書の言葉)

8 借りがあれば、全部返しなさい。ただし、互いに愛し合うことだけは別です。というのは、人を愛することは、神のすべての律法、すべての要求にかなうことだからです。 9 自分を愛するように隣人を愛していれば、その人を傷つけたり、だましたり、殺したり、その人のものを盗んだりしたいとは思わないでしょう。またその人の妻と罪を犯すとか、その人のものを欲しがるといった、「十戒」で禁じられていることは何一つしないでしょう。このように、「姦淫するな、殺すな、盗むな、むさぼるな」という戒めは、「自分を愛するように、あなたの隣人を愛しなさい」という一つの戒めに含まれるのです。 10 愛はだれにも悪を行いません。だからこそ、愛は神の要求をすべて完全に満たすのです。愛こそ、あなたがたに必要なただ一つのおきてです。

Observation(観察)

クリスチャンにとって、互いに愛し合うことは聖書に明示された命令だ。神の要求の全てを満たす動機は隣人への愛に他ならない。愛を失ったクリスチャン、人々とのつながりを失ったクリスチャンは重大な危機に直面している。人と繋がり、お互いを大事にすることをなんとしても継続しよう。

Prayer(祈り)

イエス様、人と繋がることが苦手です。そのような私がどのようにして愛を表すことが出来るでしょうか。知恵を下さい。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

真理を学ぶ(箴言17:16)

Scripture(聖書の言葉)

16 真理を学ぶ気がなければ、
いくら授業料を払っても意味がありません。

Observation(観察)

この言葉は短いが辛辣だ。人生に於いて真理を学ぼうという姿勢がなければ、どんな経験も困難も、出費も財産も無意味だと読み取ることができる。これまでの人生で時間とお金をどのように費やしてきたか、ふりかえるとぞっとする。今からでも遅くはない。真理に向き合って生きよう。

Application(適用)

神学校の新しいクラスが再来週から始まる。1ミリでも真理に近づきたい、そのような思いで受講しよう。

Prayer(祈り)

イエス様、真理を学びたいです。いままで何も学んでこれていないと感じます。心の奥底から真理によって変えられたいです。教えて下さい。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

接ぎ木された恵み(ローマ11:17-18)

Scripture(聖書の言葉)

17 ところが、アブラハムの子孫という、オリーブの木の幾枝かが折り取られ、そして、いわば野生のオリーブの木の枝であった外国人のあなたがたが、それにつぎ木されました。それで今、あなたがたも、神がオリーブの木に注がれる、特別に豊かな滋養分にあずかって、アブラハムとその子孫とに約束された祝福をいただいているのです。 18 ですから、折り取られた枝の代わりにつぎ木されたことを、誇ってはいけません。あなたがたは枝であって、根があなたがたを支えているからです。

Observation(観察)

パウロは私たち外国人が神の恵みに接ぎ木されたオリーブの枝であると言っている。本来アブラハムと子孫に与えられるべき祝福を、彼らの背きの故に、代わって受け取っているのだ。重要なのは私たちを支えて栄養を与えて生かしてくれる根の存在だ。私たちがイスラエルの代わりになったと考えてはいけない。あくまでも接ぎ木された存在であり、取り去られた枝を蔑むことはあってはならない。後の節で、やがて来るイスラエルの救いについてパウロは明言している。やがて外国人である私たちもイスラエルもともに神を讃え敬う日が来る。そのことを信じよう。

Prayer(祈り)

イエス様、あなたがアブラハムに約束された恵みが接ぎ木に過ぎない私にも注がれていることを知りました。イスラエルがいつの日か救われることを願います。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

信仰のパラドックスを打ち破るために(ローマ10:14-15)

Scripture(聖書の言葉)

14 しかし、主を信じていなければ、どうして主に、「救ってください」と求めることができるでしょうか。また、主イエスのことを一度も聞いたことがなければ、どうしてそのお方を信じることができるでしょうか。だれかが教えてくれなければ、どうしてそのお方のことを聞けるでしょうか。 15 また、神に遣わされなければ、どうして人々のところへ出かけて教えることができるでしょうか。聖書に、「神との平和を宣べ伝え、良い知らせをもたらす人の足は、なんとうるわしいことか」(イザヤ52・7)とあるのは、まさにこのことです。

Observation(観察)

この言葉には大きなパラドックスがある。「主を信じていなければ、どうして主に、「救ってください」と求めることができるでしょうか。」救って下さいとイエス様に言わなければイエス様を信じることは出来ない。まだ見たこともない方を信じ告白するのは、考えの大きな飛躍を伴わなければならない。それは一人では困難だ。だからこそ遣わされる人が必要なのだ。すでに信じている人がその生き様を見せ、折りにつけて証しすることで、その人が信仰に至るための大ジャンプを助けることができるのだ。小さな働きでも良い、未信者の方と関わってゆこう。

Prayer(祈り)

イエス様、教会の中で、信徒同士で安心してしまっていました。遣わして下さいという祈りに欠けていました。どうか今遣わして下さい。機会を求めます。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

信仰による救い(ローマ9:30-32)

Scripture(聖書の言葉)

30 では、どういうことになるでしょう。信仰によって与えられる神の救いを求めなかった外国人は、救いの機会を得ました。まさに、信仰による救いです。神は、信仰によって無罪とされる機会をお与えになりました。 31 一方、ユダヤ人は律法を守ることによって、神の救いを追い求めようと努力したのに、それを得ることができませんでした。 32 なぜでしょう。信仰によってではなく、行いによって救われようとしたからです。彼らは、キリストというつまずきの石につまずいたのです。

Observation(観察)

行いによって救われると考えていたユダヤ人達は「信仰によって救われる」事に対して躓いた。律法を守る事で救いに至ることは出来ない。ユダヤ人ではない私たちに当てはめれば「信仰の伴わない宗教的な行事」では救われない。ということだ。かつて「信仰による救いは継続的なプロセスである」と書いたことがある。今この瞬間を信仰によって、神を畏れて生きているかを神は見ておられる。かつて救われた経験があるから、霊的な奇跡を体験したから、いまは不信仰で良い、という者では無い。むしろ何も感じなくても、経験がなくても福音を信じ続けることが重要なのだ。

Prayer(祈り)

イエス様、目に見える状況以上にあなたの福音を優先度を高くします。この世のことをしているときもこの事を思い起こさせて下さい。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

新しい性質に生きる(ローマ8:9-11)

Scripture(聖書の言葉)

9 しかし、あなたがたはそうではありません。もし神の御霊があなたがたのうちに住んでおられるなら、新しい性質に支配されているのです。もしその人のうちにキリストの御霊が住んでおられないなら、その人はクリスチャンではありません。 10 もしキリストがうちに住んでおられるなら、古い自分は罪のために死んでも、キリストにあって新しい自分が生きるのです。 11 そして、もしイエスを復活させた神の御霊が、あなたがたのうちに住んでおられるなら、神はこの同じ御霊によって、あなたがたの滅ぶべき体をも生かしてくださるのです。

Observation(観察)

聖霊様が内住されることがクリスチャンとして生きるために必須なこととパウロは書いている。聖霊様がおられるから、罪の性質から解放され、神のいのちに生きるものとなれる。私の内にすでに新しい性質が与えられていることを信仰によって受け取ろう。目に見える状況や過去に目を向けるのではなく、神がそうして下さったという約束の方をより現実なものとして受け止めよう。

Prayer(祈り)

イエス様、古い自分にいつも負けそうになりますが、それでも私は新しく変えられたと告白し宣言します。信仰の世界の方がこの世の現実よりも、いまの私の状況よりもリアルだからです。信仰を持ちます。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

主に信頼する(箴言3:4-6)

Scripture(聖書の言葉)

4-5 神にも人にも喜ばれ、
正しい判断力と英知を得たいなら、
とことん主に信頼しなさい。
決して自分に頼ってはいけません。
6 何をするにも、主を第一にしなさい。
主がどうすればよいか教えてくださり、
それを成功させてくださいます。

Observation(観察)

箴言はソロモンが後の世代の若い人に書いた書物のように思うが、この歳になって今なお迷いの中にいる私にも光を与えてくれる。とことん主に信頼することの難しさ、逆に言えば肉に頼る事の容易さを限りなく繰り返して体験している。もう一度神を第一とする姿勢に戻ろう。

Prayer(祈り)

イエス様、肉に頼る事、すなわち罪の思いをかかえて生活することが悪い結果をもたらすことが分かりました。神を第一にします。自分の考えは最後にします。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

肉の古い性質に死ぬ(ローマ6:6-8)

Scripture(聖書の言葉)

6 私たちの中にある古い性質の自分が、キリストと共に十字架につけられたのは、罪を愛する体が砕かれ、もはや罪の支配を受けず、二度と罪の奴隷にならないためです。 7 罪に対して死んだ者は、どんな罪の誘惑や力からも自由にされるのです。 8 罪を愛する古い性質がキリストと共に死んだのですから、確かに私たちは、キリストの新しいいのちを共有しているのです。

Observation(観察)

私たちが信仰を告白した瞬間、イエス様の十字架に、私たちの古い性質がともにつけられたことが霊の世界で、信仰の世界で事実となる。肉の古い性質、罪を愛する性質はもはや死んだと信仰を持とう。代わりに私たちはイエス様の新しいいのちを頂いているのだ。罪よりも神を愛する生活をしよう。

Prayer(祈り)

イエス様、古い性質がまだ生きていると思わせられるときがあります。その惑わしにまけず信仰の選択をし、イエス様の新しいいのち、性質を頂いていると告白しそのように生きたいです。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

神の愛(ローマ5:3-5)

Scripture(聖書の言葉)

3 ですから私たちは、さまざまの苦しみや困難に直面した時も喜ぶことができます。それによって忍耐を学ぶからです。 4 忍耐によって私たちの品性が磨かれ、さらに、それによって希望が与えられるのです。こうして、私たちの希望と信仰は強められ、どんなことにも動じなくなるのです。 5 この希望は失望に終わることはありません。それは、神が聖霊を与えてくださり、その聖霊が私たちの心に神の愛を満たしてくださっているからです。

Observation(観察)

苦しみや困難をパウロは喜ぶことができる、と言っている。それによって忍耐を学び、品性が磨かれ、そこから希望が与えられる。この希望を支えているのが聖霊様だ。聖霊様は私たちの心に神の愛を満たして下さっている、とも書かれている。満たすようになる、ではなく完了形で、満たして下さっている、なのだ。私はこの事に信仰を持とう。

Application(適用)

神の愛が私のうちにあるということは考えたことがなかった。しかし聖霊様を受け入れるなら、それは神の愛を内に宿すことと同義なのだ。この事を信仰を持って受け入れ、喜ぼう。

Prayer(祈り)

イエス様、聖霊様によって神の愛が私の内にあることを知りました。これからは私ではなく神の御愛が私の人生の表面に表れますように。また内面も深く変えて下さいますように。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

信仰義認(ローマ4:21-24)

Scripture(聖書の言葉)

21 彼は、神の約束はどんなことでも実現すると堅く信じました。 22 この信仰のゆえに、神は彼を義と認められたのです。 23 しかし、「彼は信仰によって神に義と認められた」と書かれたのは、ただアブラハムのためだけでなく、 24 私たちのためでもあったのです。それは、主イエスを死者の中から復活させた神の救いの約束を信じるなら、アブラハムと同様に、神は私たちも受け入れてくださることを保証しています。

Observation(観察)

アブラハムの信仰は「神の約束はどんなことでも実現する」と言う物であった。この信仰を神は喜び彼を義とされた。私たちは福音をどのように信じているだろう。救われているかもしれない、そうでも無いかもしれない、といういい加減な態度をもっているかもしれない。しかし神の求めているのは、「必ず約束の通り救いに私はあずかる」という者だ。すべての行いも考えもこの一点から始まる。この点においては自分を打ちたたいてもしっかりした姿勢でいよう。

Prayer(祈り)

イエス様、福音と救いを疑う全ての惑わしから遠ざけてください、信仰を確立したいです。風に揺れる葦のようではなく、しっかりと根を下ろした大樹のような信仰者になりたいです。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。