大宣教命令(マルコ16:15-18)

Scripture(聖書の言葉)


15 それから、こう宣言されました。「全世界に出て行きなさい。すべての人々にこの福音を宣べ伝えるのです。 16 信じてバプテスマ(洗礼)を受ける者は救われます。しかし、信じない者は罪に定められます。 17 信じる人々はわたしの権威によって悪霊を追い出し、新しいことばを語ります。 18 蛇をつかんでも、毒を飲んでも害を受けません。病人に手を置けば病気は治ります。」

Observation(観察)


イエス様は弟子達に、信じる者に伴うしるしをもって、全世界に出て行きなさいと命じられた。当時の弟子達にとっての全世界とは、ユダヤ人が住んでいる地域を指していたが、イエス様は文字通り世界に福音を届けなさいと言われたのだ。

Application(適用)


私にとっての全世界とは、何だろうか。狭い自分の生活範囲に止めて考えてはいないだろうか、伝道の対象を限定してはいないだろうか。誰にも、どこででも伝道する心を持とう。

Prayer(祈り)


イエス様、心か固くなって、伝道する対象を決めてしまっていたように思います。イエス様の思いは別だと分かりました。心を柔らかくしていつでも誰にでも、どこでも伝道します。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

十字架で嘲りを受ける(マルコ15:29-32)

Scripture(聖書の言葉)


29-30 刑場のそばを通りかかった人たちは、大げさな身ぶりで、「神殿を打ちこわして三日で建て直すんだってなあ。そんなに偉いなら、たった今、十字架から降りて来いよ。自分を救ったらどうなんだ!」と、口ぎたなくイエスをののしりました。 31 祭司長やユダヤ人の指導者たちも、同じようにあざけりました。「人を救っても、自分は救えないというわけか。」 32 「キリスト様。イスラエルの王様。十字架から降りてみろ。そうしたら信じてやろうじゃないか。」イエスの両側で十字架につけられていた強盗までが、悪口をあびせました。

Observation(観察)


十字架にかかったイエス様はあざけりを受けた。なかでも「人を救っても、自分は救えないというわけか。」という言葉は印象的だ。イエス様の救いは自分のためではなかった。自己が犠牲となり神との和解を人々ができるようになるためであった。ここでイエス様が神の予定に従うのを止め、十字架を降りたらどうなるだろう。救いの計画は中断され、何百億あるいはそれ以上の人々の魂は失われてしまう。イエス様の十字架にはそれだけの数の命が架かっていたのだ。

Application(適用)


福音のために困難や迫害を受けることは必ず受ける。しかしその代償は多くの人々のたましいだ。困難をこえて使命を果たそう。

Prayer(祈り)


イエス様、あなたの十字架の重さを思い知らされます。そこには私の命が架かっていたと分かりました。あなたに感謝します。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

世界を変えた告白(マルコ14:61-64)

Scripture(聖書の言葉)


61 イエスは、ひとこともお答えになりません。大祭司は続けて、「おまえは神の子、キリストなのか」と尋ねました。 62 「そのとおりです。あなたがたは、やがてわたしが神の右の座につき、雲に乗ってもう一度この地上に来るのを見るでしょう。」 63-64 この答えに、大祭司は即座に自分の着物を引き裂き、叫びました。「これだけ聞けば十分だ! さあ、お聞きのとおりだ。神を汚したこの男をどうしてくれよう。」こうして彼らは、イエスの死刑を全員一致で決めました。

Observation(観察)


イエス様を訴えるための偽りの証人達は沢山居たが、どれも死刑の決定的な証拠にはならなかった。しかし、大司祭の質問である「おまえは神の子、キリストなのか」という問いにイエス様は「そのとおりです」と答えられた。これが神の計画の重大なステップになった。イエスはキリストであるという言葉が後の世界を変えた。私たちも、イエスはキリストであると告白するごとに、また新しくそう告白する人が増える度に、神のご計画は進んでゆく。日々告白し、また伝道しよう。

Prayer(祈り)


イエス様、あなたはキリストです。この言葉の重大さを見失いがちになりますが、今日思い出させて下さり感謝します。イエスは、キリストです。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

世の終わりに証しする(マルコ12:9-11)

Scripture(聖書の言葉)


9 しかし、これらのことが起こり始めたら、よく警戒しなさい。非常な危険が迫っているからです。あなたがたは法廷に引き出され、会堂でむち打ちの刑を受け、また、わたしに従う者だというだけで、総督や王たちの前で訴えられるでしょう。しかしその時こそ、神をあかしするチャンスです。 10 終わりの時が来る前に、福音が世界中の人々に伝えられなければなりません。 11 逮捕されても、取り調べの時、どう釈明しようかと心配することはありません。ただその時、神があなたがたに語ってくださることだけを話せばいいのです。話をするのはあなたがたではなく、聖霊です。

Observation(観察)


世の終わりの時にクリスチャンは迫害を受けるとイエス様は言われた。しかし、「その時こそ、神をあかしするチャンスです。 10 終わりの時が来る前に、福音が世界中の人々に伝えられなければなりません。」とも言われている。神を証しすることが公に行える機会なのだ。そして福音を全ての人に伝える、という世の終わりまでに果たさなければならない使命を、実現できる時なのだ。だから恐れてはならない。聖霊様が語って下さる。

Prayer(祈り)


イエス様、終わりの時にあなたに忠実なものでいることが出来ますように。恐れずにイエス様を証しするものとして下さい。聖霊様、助けて下さい。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

隣人を愛するには(マルコ11:28-32)

Scripture(聖書の言葉)


28 イエスのそばで、この見事な返答ぶりを聞いていた一人のユダヤ教の教師が、「先生。すべての戒めの中で、どれが一番重要な戒めでしょうか」と尋ねました。

29 「『イスラエルよ、聞け。主なる神こそ、ただひとりの神です。 30 心を尽くし、たましいを尽くし、思いを尽くし、力を尽くして、あなたの主を愛しなさい。』(申命6・4-5)これが最も重要な戒めです。

31 第二は、『自分を愛するように、あなたの隣人を愛しなさい』(レビ19・18)という戒めです。これ以上に重要な戒めはありません。」

32 「先生。あなたは今、神様はおひとりで、ほかに神はいないとおっしゃいましたが、まさにそのとおりです。 33 そして、神殿の祭壇にどんな供え物をささげるよりも、『心を尽くし、思いを尽くし、力を尽くして主を愛し、また隣人を自分と同じように愛する』ことのほうが、ずっと大切です。」

Observation(観察)


イエス様は神を愛すること、そして隣人を愛する事が律法の中心であり、何よりも大事にするべき事だと教えられた。

Application(適用)


『自分を愛するように、あなたの隣人を愛しなさい』という言葉は非常に重い。自分自身を愛することが前提だが、それすらも私は出来ていないのではないだろうか。投げやりで、自己欺瞞ばかりの生き方では、神も人も愛する事が出来ない。まずイエス様が命を捨ててまで愛してくださった自分を受け入れよう。

Prayer(祈り)


イエス様、このような自分を受け入れて大切にすることから始めたいです。あなたが救って下さった命ですから大切にし、あなたの喜ばれる生き方をしたいです。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

恨みは祈りの妨げになる(マルコ10:24-25)

Scripture(聖書の言葉)


24 いいですか。よく聞きなさい。あなたがたはどんなことでも祈り求めることができます。そして信じて疑わないなら、それらのものはみな与えられるのです。すでにあなたがたのものなのです。 25 しかし、祈っている時、だれかに恨みをいだいていたら、まずその人を赦してやりなさい。そうすれば、天におられるあなたがたの父も、あなたがたの罪を赦してくださいます。」

Observation(観察)


イエス様は信仰と祈りの重要性について話された。信じて疑わないのなら祈り求める物は与えられる、祈った時点でそれはすでにそのひとのものであるとすら言われた。しかしそれを妨げるものがある。それは恨みである。人を赦さない心は神に祈りをとどける妨げになる。イエス様は、「まずその人を赦してやりなさい。」と言われた。恨みで縛られた自分の心を解放し、神に繋がろう。

Application(適用)


自分のなかに、赦しきれていない人々が居ることを思い起こさせられた。何十年も抱え込んでいる恨みだ。普段は気付かないが、何かの拍子に心の表面に過去の痛みとともに恨みが浮かび上がってくる。この問題から解決されたい。

Prayer(祈り)


イエス様、過去の痛みからくる恨みがまだ残っています。どうか解放してください。何度も赦しました。まだ赦します。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

盲人バルテマイの叫び(マルコ9:46-52)

Scripture(聖書の言葉)


46 一行はエリコに着きました。やがてその町を出ようとすると、大ぜいの群衆がついて来ます。その時、テマイの子でバルテマイという名の盲目の物ごいが、道ばたに座っていました。

47 ナザレのイエスのお通りだと聞いて、バルテマイは大声を張り上げました。「イエス様、ダビデ王の子よ!どうぞお助けを!」

48 「うるさい。黙れ!」と、だれかがどなりました。それでも、バルテマイはますます声を張り上げ、「ああ、ダビデ王の子よ。お助けください」と、くり返し叫びました。

49 その声を聞きつけて、イエスは立ち止まり、「あの男を連れて来なさい」と言われました。そこで、人々はその盲人に、「運のいいやつだ。おい、イエス様がお呼びだぞ」と告げました。 50 バルテマイは、はおっていた上着をぱっと脱ぎ捨てると、喜び勇んでイエスのそばに飛んで来ました。

51 「わたしに、どうしてほしいのですか」と、イエスがお尋ねになると、彼はもどかしげに、「先生。見えるように、見えるようになりたいんです」と答えました。

52 「わかりました。さあ、もうあなたの目は治りました。あなたの信仰があなたを治したのです。」イエスがこう言われた瞬間、彼の目は見えるようになり、イエスについて行きました。

Observation(観察)


ユダヤでは盲目の人はそれと分かるような上着を着る事になっていた。その上着を着ている人を人々は物乞いと見なし施しを与えた。盲人バルテマイはそのような状況を満足せず、イエス様を叫び求めた。イエス様に呼ばれると、盲人のシンボルであり、物乞いに必要な上着を脱ぎ捨てた。イエス様によって彼は見えるようになり、もう物乞いは必要ないという信仰の故の行動だった。

Application(適用)


私は今の状況を良しとしてはいないだろうか。求める物が他にあるのに現状に甘んじてはいないだろうか。イエス様が呼ばれたとき、私が投げ捨て、私が受け取るのは何だろうか。どのような願いであれ代償であれ、バルテマイのようにイエス様について行く者になりたい。

Prayer(祈り)


イエス様、神の下さる計画に生きるものとなりたいです。どうか呼んでください。叫び求めます。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

試練による味付け(マルコ8:49-50)

Scripture(聖書の言葉)


49 すべてのものは、火のような試練によって塩けをつけられるのです。 50 良い塩も、塩けをなくしたら、だいなしです。味つけの役に立たなくなってしまいます。だからあなたがたも、塩けをなくさないように、よく注意しなさい。そして、互いに仲良く暮らしなさい。」

Observation(観察)


塩に塩気をつけるのは試練による、とイエス様は言われた。してみるとこれまで経験した試練も決して無駄ではないと考えることができる。過ぎたことを悔やむのではなく、神が良いものを下さった経験だと考えを変えよう。

Prayer(祈り)


イエス様、苦々しい思い出もあなたが祝福に変えて下さることを信じます。よい者に変えて下さることを感謝します。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

いのちの価値(マルコ7:36-38)

Scripture(聖書の言葉)


36 たとえ全世界を自分のものにしても、いのちを失ったら、何の得があるでしょう。 37 いのちを買い戻すどんな手だてがあるというのでしょう。 38 この不信仰と罪の時代にあって、わたしとわたしのことばとを恥じるなら、メシヤであるわたしも、やがて父の栄光を帯びて聖なる天使と共に帰って来る時、そのような者を恥じるのです。」

Observation(観察)


この世の価値観は、何を持っているか、どれだけ沢山持っているか、という基準で測られる。しかしイエス様は、そのような価値観で生きていても、その命自身を失ったら何の価値もないと言われた。イエス様の言われるいのちとはこの世の命のことばかりではない。永遠のいのちについての事柄だ。この世で成功して永遠の命を失うか、それともたましいにおいて豊かなものとなるか、その選択を私たちは求められている。

Prayer(祈り)


イエス様、この世の価値基準に染まってしまっています。いくら手に入れてもまだ足りません。この渇きをいやしてください。永遠の命にふさわしい価値基準を持って生きるものとなれますように。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

愛がなければ(1コリント13:2-3)

Scripture(聖書の言葉)


2 同様に、預言(託された神のことばを語る)の賜物があり、あらゆることに通じていても、また山を動かすほどの強い信仰を持っていても、愛がないなら、何の価値もないのです。 3 そして、自分の財産を全部、貧しい人たちに分け与えても、また福音を宣べ伝えるために火あぶりの刑を受けても、愛がなければ、何の価値もありません。

Observation(観察)


パウロは、様々な霊的賜物も、奉仕や献身、献げることも、愛がなければ何の価値もないと言っている。私はこれまで様々なものを求め、得、献げ、また行ってきたが、愛を動機として行ったことは数えるほどしかない。なにか重要な芯が心に入っていないような気すらする。神の愛を心の底から体験し、自身が実践するものとなりたい。

Prayer(祈り)


イエス様、これまで見た目では良い行いをしたかもしれませんが、愛が伴うものではなかった様に思います。残る人生を真に意味のあるものにしたいです、全ての行動が愛に根ざすものと変えられますように。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。