生きることの意義(ピリピ1:21-25)

Scripture(聖書の言葉)

21 私にとって生きることは、キリストのために良い機会を得たことを意味し、死ぬことは、さらにすばらしいことを意味するからです。 22 しかし、生きているからこそ、人々をキリストに導く機会に恵まれているとすれば、生と死のどちらがよいのか、私にはわかりません。 23 ある時は生きていたいと思い、また、ある時は反対の気持ちになります。というのも、私にとって、この世を去ってキリストのそばにいることほど願わしいことはないからです。そのほうが、地上にとどまっているより、どれだけ幸せかわかりません。 24 しかし、地上では、もっとあなたがたの役に立てることも事実です。 25 私にはまだ、この世で生きる使命があるのです。あなたがたの信仰の成長を助け、あなたがたがもっと喜びにあふれるために、もうしばらくの間、地上で長らえることになるでしょう。

Observation(観察)

新改訳では、「”私にとって生きることはキリスト、死ぬことは益です。」と訳されている。生きている事はキリストを証しし体現する努力を続ける事、死ぬことは神の栄光の元に帰ることだ。これらの節でのパウロの結論は、今しばらく使命の続く間、生き続けること、出会った。

Application(適用)

クリスチャンになる前、私はパウロの人生観とおよそ反対の人生観を持っていた。可能な限り楽をして生き続け、死んだら虚無が待っているだけ、という考えだ。クリスチャンになってからこのような考え方は捨てたが、時として思いをよぎることがある。過去との決別が可能であるなら、そうしたい。

Prayer(祈り)

イエス様、人間は後ろを向いて走ることは出来ません。前をしっかり見て生きる者として下さい。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

霊的戦い(エペソ6:10-11)

Scripture(聖書の言葉)

10 最後に、覚えておいてほしいことがあります。あなたがたは、自分のうちにある主の全能の力によって強められるようにしてください。 11 悪魔のどんな策略にも立ち向かえるように、神のすべての武具で身をかためなさい。

Observation(観察)

パウロは敵の存在を明確に記している。その敵である悪魔は策略を巡らせる、ともある。クリスチャンを堕落させ、教会を破壊するためにあらゆる方法を敵は用いるのだ。しかし私たちにはそれに対抗できる武具がある。また「自分のうちにある主の全能の力によって強められるようにしてください。」と書かれている。主の力は既に私たちの内にあるのだ。それを用いず敵に陥落することはあってはならない。主の力が用いられ、教会が、また私たち各々が守られるように目を覚まして居よう。

Prayer(祈り)

イエス様、敵の策略に無防備でいることがありませんように。敵に侮られることがないように、霊の目を開いて下さい。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

思いやりを持つ(エペソ5:1-2)

Scripture(聖書の言葉)

1子どもが、かわいがってくれる父親を見ならうように、何をするにも神を模範としなさい。 2 思いやりに満ちあふれた者となりなさい。キリストの愛は、あなたがたの罪を取り除くために、ご自身をいけにえとして神にささげるほど深かったのです。このキリストの愛の香ばしいかおりを、神はお喜びになったのです。

Observation(観察)

神を模範とし、思いやりに満ちあふれた者となるようパウロは命じている。イエス様は私たちの罪の贖いのために御自身を生け贄として献げるほど私たちを愛された。しかしわたしは思いやりの無いものだ。自分の事ばかり考えている。人を助けることも偽善に過ぎない。わたしはいまだ罪の中にもがいている。この状況から脱したい。

Prayer(祈り)

イエス様、内面を変えることが私には必要です。心から他者を思いやることが出来る様にして下さい。批判や妬みを除いて下さい。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

賜物を再発見したい(エペソ4:11-12)

Scripture(聖書の言葉)

11 さてこうして、ある者には使徒としての賜物が与えられ、ある者にはすぐれた説教者としての賜物が与えられました。また、キリストを救い主として信じるように人々を指導する賜物を受けた者もいれば、羊を見守る羊飼いのように、神の民となった人たちの世話をし、教え導く力を受けた者もいます。

12 なぜこのように、それぞれに賜物が与えられたのでしょうか。それは、神の民となった人々が、神のためによりよく働けるよう整え、キリストの体である教会を、力にあふれた、完成した状態へと建て上げるためです。

Observation(観察)

教会にはそれぞれの人に賜物が与えられている。教会を構成する一人一人がよく働けるように互いに整えるためだ。時として「もっとギターが上手かったら良いのに」とか「口下手なのをどうにかして頂きたい」とか考えてしまう。
しかし思わぬ所に賜物は私の中に隠れているのかもしれない。自分のために、ではなく兄弟のために、教会のために、と願ったときにその賜物は明らかにされるのかもしれない。

Prayer(祈り)

イエス様、わたしの足りないところを考え始めるときりがありません。むしろ教会のためにどう役に立てるかを考えようと思います。謙遜さを下さい。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

ユダヤ人の救いのために(エペソ3:6)

Scripture(聖書の言葉)

6 その特別の計画とは、神の子どもとされた者たちが、外国人もユダヤ人と共に、すべての救いの恩恵を受け継ぐということです。ユダヤ人も外国人も、共に神の教会の一員として招かれています。そして、キリストについての福音と、この方がなされたこととを受け入れる時、キリストによって大いに祝福するという神の約束に、両者ともあずかるのです。

Observation(観察)

置換神学という考えがある。ユダヤ人は完全に見限られ、教会があたらしいイスラエルの立場になった、というものだ。しかしパウロの主張は全く異なる。「ユダヤ人も外国人も、共に神の教会の一員として招かれています。」というものだ。救いはユダヤ人もそれ以外にも分け隔て無く開かれており、応答する者全てが救われるというものだ。
今のイスラエルへの評価は全くネガティブな者ばかりだ。しかし国家としてではなくイスラエルの個々人をみるならば、救いを必要とする、という点では私たち外国人と変わることはない。むしろイスラエルの救いは神の計画の重要なステップとも考えることができる。その道はとても遠いように見える。しかしこの国を忘れずに救いのために祈ることは、私たちがするべきことだと考える。

Prayer(祈り)

イエス様、詩編にあるようにエルサレムの平和のために祈ります。いま世界が大きく動いています。この状況にこそ神様の御介入を求めます。み旨だけが成りますように。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

救いは賜物(エペソ2:8)

Scripture(聖書の言葉)

8 あなたがたは、恵みにより、キリストを信じることによって救われたのです。しかも、そのキリストを信じることすらも、あなたがたから自発的に出たことではありません。それもまた、神からの賜物(贈り物)です。

Observation(観察)

人間が救いに至るには打ち破らなければならないパラドックスがあることを以前書いた。信じなければイエス様は主であると告白できないし、告白しなくては救われることは出来ない。このパラドックスを打ち破って下さったのは神の賜物だ。
わたしたちが出来ることは僅かだ。神の前ではゼロに等しい。全ては神からでて、神の栄光のために用いられる。

Prayer(祈り)

イエス様、自分の出来ることを探してきましたが、唯一出来ることは神を讃えることなのかもしれません。人生を通して、そのようにさせて下さい。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

どの道に行くか(エペソ1:18-19)

Scripture(聖書の言葉)

18 また、心にあふれるほどの光が与えられて、神があなたがたを召して与えようとされる将来を、はっきり見きわめることができますように。 19 また、信じる者を助ける神の力が、どれほど偉大であるかを知ることができますように。

Observation(観察)

パウロの祈りは私たちが行く道を神が照らしてくださるように、またその道を歩むことを神が助けて下さることを理解できますように、と言う物だ。
正直に言って今もこの点については私ははっきりした理解がない、献身の思いはあるがどの道を行けば良いのか、本当に神が助けてくれるのか、そもそも召しに足りる者なのか、真央委と心配は絶えない。パウロの願いは私にとって本当に必要だ。神が道を拓いて下さいますように。

Prayer(祈り)

イエス様、何十年も待っています。老いが迫ってきました。どうか私が安心して進める道を示して下さい。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

神によって強められたい(ローマ16:25-27)

Scripture(聖書の言葉)

25-27 私が語った福音にあるとおり、神はあなたがたを強め、不動のものとしてくださるお方です。この福音は、世の初めから秘密にされてきたものですが、今、預言者たちのことばどおり、また神の命じられたとおり、世界中の人がキリストに従うようになるために、至る所に伝えられています。ただ一人の知恵に満ちた神に、私たちの主イエス・キリストによって、栄光がとこしえまでありますように。アーメン。

Observation(観察)

神はわたしたちを強めて、不動の者として下さる。神によって救われているという事実が私たちを強く揺るぎない者とする。他のあらゆる価値観をそぎ落として、ただ真理に自分をおくことができれば、私はどれほど強くなれることだろう。長い人生で色々な物を抱え、背負って生きているように感じる。いまその重荷を下ろして、真理だけにより頼みたい。

Prayer(祈り)

イエス様、真理を中心とした生き方をしたいです。移ろいゆくこの世の価値観はわきに置いて、神を見上げる生き方に変えて下さい。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

互いに思いやる(ローマ15:1-2)

Scripture(聖書の言葉)

1-2 何かをする場合、ただ自分の喜びのためにするのはよくありません。それは悪いことではないかと疑問や不安を持つ人を思いやり、そういう弱さを持つ人々の「重荷」を軽くしてあげなさい。そして、人の益になることをし、その人が主にあって成長できるよう支えましょう。

Observation(観察)

ある人にとって正しいと考える行動や主張が、他の人にとっての躓きになってしまうことがある。多様な背景を持つ、沢山の人の集まる教会ではなおさらだ。教義に限らず、政治や経済、テクノロジーの捉えかた等、100人居れば100通りの考えが存在する。大事なのは今相対しているその人の必要が何か、重荷はなにかを察してあげることだ。お互いが理解しようと努力し、配慮し合う教会があれば、それはなんと素晴らしいことだろう。

Prayer(祈り)

イエス様、自分の主張ばかりを拡げて、いま話している人の必要について考えることを怠っていました。反省します。語るよりも聞く者として下さい。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

教会の人間関係(ローマ14:16-18)

Scripture(聖書の言葉)

16 たとえ自分の行為は正しいとわかっていても、人の批判の的になるようなことをしてはなりません。 17 私たちクリスチャンにとって大切なのは、何を食べるか、何を飲むかではなく、義と平安と聖霊から来る喜びとに満ちあふれているかどうかだからです。 18 このようにキリストに仕えてこそ、神に喜ばれ、また、人々にも喜ばれるのです。

Observation(観察)

教会の中であっても、価値観の違いによるすれ違いは度々発生する。どちらも善意で行動しても、その通りに受け止めることが出来ない事もある。私たちはその人の行動が自分にとってどうかということよりも、その人が正しい動機で神に仕える思いで行動しているのだと考え、受け止めるべきだ。各々がキリストに自分なりの精一杯で仕えているのが教会だ。互いをそのような思いで理解しようとすることから始めよう。

Prayer(祈り)

イエス様、私は人の言動を深読みしすぎたり、悪意に捉えてしまう癖があります。実際にどうであったかは問題ではなく、私がその人にどう感じ対応したかの方が重要です。愛に基づく行動をさせて下さい。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。