霊的洞察力を身につける(エペソ7:9-10)

Scripture(聖書の言葉)

9 私は祈っています。どうか、あなたがたの愛が、もっともっと満ちあふれますように。同時に、霊的な知識と洞察力も、さらに深められますように。 10 それは、あなたがたに、善悪をはっきり見分ける力が備わり、主が来られる日まで、だれからも非難されることなく、心がきよく保たれるよう願うからです。

Observation(観察)

クリスチャンとしての神を愛する心と、神の共同体としての友愛は、イエス様の命じられたとおり、何よりも重要な物だ。同時に霊的な知識と洞察力が加えられることも重要だとパウロは論じている。その目的は「善悪をはっきり見分ける力が備わり、」とある。物事の善悪は時としてわかりにくい。この世のシステムは人々の価値基準を歪め、善悪の境界線を歪ませ、混乱させている。この数十年の間に、どれだけ常識と呼ばれる物が変わっただろうか。この常識に沿って生きるなら、絶えず善悪の基準線を書き直し続けるような生涯になるだろう。それはまるで竜骨の歪んだ船のようだ。それでは真っ直ぐに航海することは出来ない。
私たちはいつの世も変わらない神の基準を見上げ、それを現実の生活に適用しなければならない。背筋をしっかり伸ばしてぐらつかず歩くために、聖書から学び続け、神を知る知識からくる霊的な洞察力を頂こう。


Prayer(祈り)

イエス様、御言葉を人を裁くためではなく、敵の策略を見抜き、知恵深く生きる為に学ばせて下さい。高ぶりではなく謙虚さを身につけさせて下さい。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

戦いと問題解決(エペソ6:12-18)

Scripture(聖書の言葉)


12 戦う相手は、血肉を持った人間ではなく、肉体のない者たちです。すなわち、目に見えない世界の支配者たち、この世を支配する暗闇の大王たち、それに、天にいる無数の悪霊です。

13 ですから、いつどんな攻撃にも対抗できるように、神のすべての武具を用いなさい。そうすれば、すべてが終わった時も、なおしっかり立てるでしょう。 14 しかし、そのためには、腰に真理の帯をしめ、神の承認という胸当てをつけなければなりません。 15 次に、平和の福音を伝えるために直ちに出発できる、丈夫なくつをはきなさい。 16 どんな戦いにも、守りの盾として必要なのは信仰です。これがあれば、サタンが射かけてくる火矢を消し止めることができます。 17 また、救いのかぶとをかぶり、御霊の下さる剣である神のことばを手にしなさい。

18 どんな時にも祈りなさい。どんなことでも、聖霊の考えにそって神にひたすら願い求めなさい。

Observation(観察)


パウロは、私たちクリスチャンが戦うべき相手は人間ではなく、悪魔であると喝破している。トラブルの中にあるとき、私たちは責める相手を探してしまう。しかし、問題の本質は信仰を引き下げ、人を憎むように仕向ける悪魔の暗躍にある。
パウロは御言葉の約束による武器と防具で完全武装して戦いに臨むよう励ましている。言い換えれば悪魔に相対するには神の約束をしっかりと受け取り、身につけていることが必要だということだ。霊的を攻撃を受けると、最初に御言葉の約束がこぼれ落ちてしまう。しっかりと約束を握りしめ、今が戦いの時であることを忘れてはならない。
最期に、「どんなことでも、聖霊の考えにそって神にひたすら願い求めなさい。」とある。私たちに様々な必要があるのは神はご存じだ。その願いを申し上げる際、「聖霊の考えにそって」祈るようにパウロは命じている。自分の方法で解決を求めるのではなく、聖霊様のお考えによって解決がされるように求めなければならない。自分のやり方を床に置いて、聖霊様が導いてくれる祈りを持って神に願い求めよう。


Prayer(祈り)

イエス様、問題の本質は悪魔による攻撃でありその目的は個人と教会の破壊です。何の武装もなくては打ち負かされてしまいます。御言葉の約束を思い起こさせて下さい。問題の解決の方法はあなたがご存じです。自分の方法は捨てます。あなたがお働き下さい。人の知恵よりあなたの知恵が遙かに優れているからです。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

主について語り合う(エペソ5:17-20)

Scripture(聖書の言葉)

17 軽率に行動せず、主が望んでおられることを実行しなさい。 18 酒を飲みすぎてはいけません。そこには多くの悪が潜んでいるからです。むしろ、御霊に満たされ、支配していただきなさい。 19 聖なる歌をうたい、心の中で主に向かって賛美しながら、互いに主について語り合いなさい。 20 いつも、あらゆることを、主イエス・キリストの名によって、父なる神に感謝しなさい。

Observation(観察)

互いに主について語り合いなさい、とある。救われた直後は青年会で、あるいは家内と(当時婚約者)、さらには離れて暮らす家族に、イエス様のことを語っていたと思う。神のご計画がなんなのか、私の人生にはどんな希望があるか、神の為に何をしたいのか、外部から見れば気が狂ったようにキリスト一色であった。しかしいまはどうだろう。妻とですら神について話すことは少ない。スモールグループでも神を証する以上に体調の悪さを訴えている始末だ。こんな生涯を送りたかったわけではない。パウロが自身を「キリストに狂えるもの」と評したように、私はそれ以上にキリストに熱狂する者となりたい。


Prayer(祈り)

イエス様、歳を取って、心配事が増え、イエス様の事を考えることに集中することが難しい時があります。それでも全てを神に感謝します。再びキリストに狂えるものとして下さい。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

全てを満たす方(エペソ4:8-10)

Scripture(聖書の言葉)


8 聖書の詩篇の作者は、こう言っています。

「(キリストは)復活してサタンに打ち勝ち、
勝利を得て天に帰られた時、
人々に惜しみなく賜物をお与えになった。」(詩篇68・18)

9 ここで、キリストが「天に帰られた」という点に注意してください。つまり、最初は天の一番高い所におられたのに、地の一番低い所に下られたことを意味します。 10 この下って来られた方が、天に帰られたのです。それは、キリストが、底辺から頂点に至るまで、あらゆる点であらゆるものを満たすためなのです。

Observation(観察)

イエス様は、天から来られて、33年間地上で過ごされた後、十字架につけられ、三日間黄泉に下り、よみがえられた後、再び天に挙げられた。それはモーセ以前の人類を含む、全ての人が救いのチャンスを受け取るためであった。天に帰られた、とあるのは本来のイエス様の居場所は天の父なる神の右の座であり、今はそこにおられ、私たちをそこに招いていて下さる、ということだ。チャンスは全ての人に満遍なくある。ただ、そのチャンスを伝える役割の人が必要だ。ある国に遣わされている人も、ある民族に遣わされる人も居るだろう。私たちも、伝えるべきある人に遣わされているはずだ。この御言葉が真実であるならば、私たちは必ずその人の前に立つ。そのために備えよう

Prayer(祈り)


イエス様、御言葉の備えをさせて下さい。伝えるべき人に伝えるべき言葉を持っているためです。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

内面から強くなる(エペソ3:14-19)

Scripture(聖書の言葉)

14-15 神のご計画の深さと広さを思う時、私はひざをかがめて、天上と地上の家族の父である方に祈ります。 16 どうか、父なる神が、その栄光に満ちた無限の富の中から、御霊を通して人を内面から強くする力を、あなたがたに与えてくださいますように。 17 こうしてキリストが、信じるあなたがたの心に住んでくださいますように。 18-19 そして、神の愛がどれほど広く、どれほど高く、どれほど深いかを理解することができますように。さらに、あなたがたがキリストの無限の愛を知って、キリストの愛といのちに満たされますように。


Observation(観察)

パウロの祈りは、私たちが聖霊様によって内面から強くされることだと書かれている。私たちがどれだけ鍛えても、あるいは頑丈な鎧を着込んだとしても、内面の弱さを覚えるときがある。いや、正直にいえば、内面はずっと弱いままだ。理論武装や思い込みで強い振りをすることは出来るが、試練や艱難が来れば簡単に崩れ落ちてしまう。この弱さを受け入れてしまうことが最大の問題だ。
私はもっと自分に対して強くなれる。御言葉に自分を従わせることが出来る。そのことを信じよう。

Prayer(祈り)

イエス様、心身の弱さを覚えています。なにも出来ないという情けなさに沈みそうになります。どうか強くして、引き上げて下さい。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

新しい生活(エペソ2:8-10)

Scripture(聖書の言葉)

8 あなたがたは、恵みにより、キリストを信じることによって救われたのです。しかも、そのキリストを信じることすらも、あなたがたから自発的に出たことではありません。それもまた、神からの賜物(贈り物)です。 9 救いは、私たちの良い行いに対する報酬ではありません。ですから、だれ一人、それを誇ることはできません。 10 私たちをこのように造り変え、キリスト・イエスによる新しい生活に入れてくださったのは神です。この新しい生活は、神がずっと以前から計画してくださったものであり、私たちが互いに助け合って過ごすためでした。

Observation(観察)

キリストを信じて救われた者は、神によって「新しい生活に入れて下さった」とある。その目的は「私たちが互いに助け合って過ごすため」と書かれている。パウロが述べているのは霊的な共同体である。かつて隔てられていたユダヤ人と異邦人は、教会という大きな家族となったのだ。イエス様が打ち壊して下さったのは律法という隔てだけではなくユダヤ人と異邦人の間の差別と憎しみである。今日も国家間の争いは絶えない。イスラエルは建国以来、殆どの期間を紛争の当事者として過ごしている。あるいは多くの国は移民の問題を抱えている。さらには個人の問題として他人とのわかり合えない悩みがある。隔ての板垣は国籍や文化だけではない。個人の利益や感情を優先するほど人間は孤立して行く。イエス様の望まれている生き方からどれほど離れてしまっていることだろう。

Application(適用)

いま自分に出来ることは何だろうか。自分の利益や立場に固執することを捨てて、他人を利することに思いを変えてみることではないだろうか。感情に痛みはあるかもしれないが、これまで通りの方法では、これまで通りの結果しか出ない。孤立と孤独の生涯の方向を、協同と和解の人生に変えてゆきたい。

Prayer(祈り)

イエス様、わかり合えない事を理由に孤独を選んでいました。今はすこしでも他者を解ろうと努めます。これまでの考えの癖が邪魔し的ます。助けて下さい。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

聖霊様(エペソ1:13-14)

Scripture(聖書の言葉)

13 このキリストによって、あなたがたも救いを約束する福音を聞き、キリストを信じるようになりました。そして、キリストに属する者であるという証印を、聖霊によって押していただきました。 14 私たちのうちに住まわれる聖霊は、神が約束のものをほんとうに与えてくださるという保証です。私たちに押された聖霊の証印は、神がすでに私たちを買い取り、ご自分のもとに引き取ってくださっていることを保証するのです。これが、栄光の神をほめたたえる、もう一つの理由です。

Observation(観察)

パウロは「聖霊は、神が約束のものをほんとうに与えてくださるという保証です」と述べている。この文章は「信仰とはいったい何でしょう。それは、望んでいることが必ずかなえられるという確信です。」に類似している。またパウロは使徒19:2でこのエペソの人たちに「信じたとき、聖霊を受けましたか」と聞いていた。当時エペソの人たちは聖霊様のことを知らなかった。誰も教える人が居なかったからである。
聖霊様の実在は、体験することで理解される。しかし誰かがこの方を紹介することが必要であった。私たちは聖霊様を体験するとき、聖書の約束は真実であると都度確認し、約束のものを与えて下さる事を信頼するのだ。
教会によっては聖霊様について多く語る所もあれば、ほとんど語らないところもある。それでも聖書66巻を信じるというのであれば聖霊様の存在を否定することは出来ない。

Application(適用)

僕は信仰を持って最初の一年間ほど、聖霊様を求めて呻いていた。三日間の断食を持って望んだある集会で、祈りの中で心の中で何かが爆発し、異言が口を衝いて止まらなくなった。心の中の信仰と口が一体になった様な感覚だった。それから30年以上、信仰的なときも不信仰な時も聖霊様は僕を離れる事は無い。祈りを助け、御言葉の理解を与え、苦しむときも支えて下さっている。一信徒に過ぎない私が聖霊論について語ることは出来ないが、支えられて信仰生活を続けてきたという事実がある。もしも問われることがあればいつでも証ししたいと思う。

Prayer(祈り)

イエス様、あなたの御霊である聖霊様を送って下さり感謝します。聖霊様無しでは信仰生活はありませんでした。もっと歓迎し、もっと手をしっかり握って、この世の生活を信仰を持って過ごしたいです。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

偽りを見破る(ロマ16:17-19)

Scripture(聖書の言葉)

17 この手紙を終える前に、もう一つ言っておきたいことがあります。キリストについて今まで学んできたことに反することを教えて、分裂を引き起こし、人々の信仰をくつがえすような人たちから離れなさい。 18 そのような教師たちは、主イエスのために働いているのではなく、自分の利益を求めているのです。彼らは口が達者なので、純朴な人たちはしばしばだまされるのです。 19 しかし、あなたがたが忠実であり、また真実であることは、だれもが知っています。ほんとうにうれしいことです。私は、あなたがたがいつも、何が正しいかについては鋭敏で、一方、いかなる悪にもうとい者であってほしいと願っています。

Observation(観察)

時として教会には、異なった教えを持ってくる人が訪れることがある。その様な人は、はじめは一般的な信仰者の様なふりをして近づいてくるが、徐々に異なった教えを伝え始め、がん細胞の様に教会の機能を分裂させ、破壊して行く。重要なのは早い段階でそれを見抜いて、取り込まれる人を起こさない事だ。彼らは成果を上げられなければ次の場所を求めて去って行く。クリスチャンの美徳である謙遜さや受け入れる心を悪用されることのないように、一人一人が祈り深くある必要がある。また教会全体を見渡して、異状が無いか見守る人も必要だ。パウロは「何が正しいかについては鋭敏で、一方、いかなる悪にもうとい者であってほしい」と言っている。悪に詳しいことは良いことではないが、正しさに鋭敏であることは良いことだと思う。
教会が間違った教えに侵食されないように、御言葉をしっかりと心に植え、聖霊様にいつも知恵を求めよう。

Prayer(祈り)

イエス様、正しい教えをいつも思う心を与えて下さい。歪んだ教えや考えがが来たときすぐに分かるためにです。あなたの道をまっすぐに歩んで行けますように。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

砕かれた者になろう(箴言25:15)

Scripture(聖書の言葉)

15 小さな水のしずくでも、
長い間には堅い岩をけずります。
同じように、じっと忍耐していれば、
やわらかい舌が堅い骨を砕くことになるのです。

Observation(観察)

この数ヶ月、自分の心の頑なさを感じることが多い。他者の小さな悪意の言葉をどうしても赦すことが出来ないのだ。もしもこの頑なさが年齢によるものだったら、状況はどんどん悪化するかもしれない。なんとかこれを避けなければならない。そのような中、この御言葉は慰めになった。「やわらかい舌が堅い骨を砕くことになるのです。」私の頑な思い、許せない思いも御言葉が砕いてくださる。許せないあの人もこの人も、私の思いが変えられて許せる日が来る。そのためにも毎日御言葉に触れよう。砕かれた人になろう。


Prayer(祈り)

イエス様、こんな歳になって自分の頑なさに直面するとは思いませんでした。もしかしたらメッキが剥げただけなのかもしれません。私は砕かれることが必要です。謙虚な、低くなった者に変えて下さい。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

多様な価値観の中で生きる(ロマ14:6-7)

Scripture(聖書の言葉)

6 もし、主を礼拝するために特別な日を守っているなら、主をあがめようとしてすることなので、良いことなのです。偶像に供えた肉を食べる人についても、同じことが言えます。彼はその肉のことで主に感謝しているのですから、正しいのです。そんな肉には触れようともしない人もまた、主に喜んでいただこうと願うからそうするのであって、感謝しているのです。

7 私たちは、自分のために存在しているのではなく、主のために存在しているのです。

Observation(観察)

私たちクリスチャンは、各々の状況に応じ、様々な教会、群れに集っているが、教会の中であっても経験やバックグラウンド、習慣の異なる人たちが集まっており、結果として様々な価値観を持つ人たちの集団になっている。そうなると当然いろいろな摩擦が起きてくる。よかれと思って行ったことが別の人にとっては過去の傷を抉るようなことであったり、摩擦をさけてかえって希薄な人間関係の中に埋没してしまう人もいる。言い換えればどのような行動も全ての人が一様に満足できるようなことは出来ないということだ。他者を尊重しようと努力しても自ずと限界がある。互いに不完全な人間が集まっているのだから当然の帰結と言えるのかもしれない。
ただ、御言葉はどう教えているか、この事にフォーカスすることが人間関係に疲れ切らない秘訣があるような気がする。「7 私たちは、自分のために存在しているのではなく、主のために存在しているのです。」私自身の存在は私のためではない。私を嫌な目に合わせた彼、彼女も彼らのために存在しているのではない、ただ神の為に存在するのだ。だから私は私の存在を否定できないし、気の合わない人々を否定することもすべきではない。ただ神を肯定する事だけが私が群れの中でポジティブに生きて行く道だと感じる。


Prayer(祈り)

イエス様、何度も他者を否定し、逃げ、新しいところでやり直そうとしては失敗してきました。今回はそうではない道を選びたいです。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。