教会のリーダーシップ(ヘブル13:17)

Scripture(聖書の言葉)


17 教会の指導者たちの言うことを聞き、服従しなさい。彼らの務めは、あなたがたのたましいを見守ることだからです。彼らには、その役目をどれだけ忠実に果たしたか、神に報告する義務があるのです。彼らが、悲しみながらではなく、喜んで報告できるようにしてあげなさい。そうすることは、あなたがたのためでもあるのです。

Observation(観察)


聖書は、教会のリーダーシップの権威と務めを明確に記している。「言うことを聞き、服従しなさい」と強い言葉を用いている。現代にはそぐわない言葉かもしれないが、聖書の言葉は普遍にして不変である。例えリーダーが温和で強い表現をされなかったとしても、私たちは積極的に意をくんで従順でありたい。同時にその必要に応じて意図を尋ねるオープンな人間関係も重要だ。すれ違い、行き違い、誤解を避けるためだ。誤解や曲解は悪魔の常套手段だ。それに惑わされないようにしよう。

Application(適用)


いま通わせて頂いている教会では、強い指示や指導といった物は経験したことが無い。信徒が自ら成長する事を推奨するスタイルだ。それでも仮に私が行きすぎた言動や人を傷つけるような行動をするなら、適切な対処があるだろう。リーダーシップの適切な守りがあるからこそ、私たちは安心して集い、過ごすことが出来る。

Prayer(祈り)


イエス様、リーダー達のための祈りが足りなかったことを悔い改めます。彼らが良い働きが出来ますよう。多忙な中健康が守られますように。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

争いを避ける(ヘブル12:14-15)

Scripture(聖書の言葉)


14 争いを避け、きよい生活を追い求めなさい。きよくない人は主を見ることができないからです。 15 あなたがたのうちのだれも、神の祝福を失わないよう互いに注意し合いなさい。あなたがたの間に、憎しみや悪意がはびこらないよう十分に警戒しなさい。それは、多くの人の信仰生活に害を及ぼすからです。

Observation(観察)


ヘブル書記者は「あなたがたの間に、憎しみや悪意がはびこらないよう十分に警戒しなさい。それは、多くの人の信仰生活に害を及ぼすからです。」と警告している。教会は人間の集まりだ。コミュニケーションの行き違いや失敗は絶えず発生している。一歩間違えればそれは憎しみや悪意に変わってしまう。その結果は「多くの人の信仰生活に害を及ぼすからです。」教会全体に害を及ぼす恐れすらある。

Application(適用)


私は被害妄想気味なところがあり、他者の発言を攻撃と見なしてしまうことが多々ある。これは重大な欠点だ。人々の発言を前向きに捉え、自分を成長させるために受け取りたい。

Prayer(祈り)


イエス様、人との関わり方がうまく出来ずトラブルを起こしがちです。謙虚さと正しい人との距離感をもって生きることが出来ますように。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

寄留者として、旅人として(ヘブル11:13-16)

Scripture(聖書の言葉)

13 信仰に生きたこの人たちは、神に約束されたものを手にしてから死んだのではありません。しかし彼らは、約束のものが待っているのを望み見て、心から喜びました。この地上がほんとうの故郷ではなく、自分がほんのつかの間、滞在する旅人にすぎないことを自覚していたのです。 14 そう認めた時、彼らは心から、天にある故郷を慕い求めました。 15 もし彼らに、この世の魅力ある生活に戻る気があったなら、いつでも戻れました。 16 しかし彼らは、それには目もくれず、神が用意された天の都を一心に見つめていました。それで神は、彼らの神と呼ばれることを誇りとなさったのです。

Observation(観察)

アブラハムがカナンの地に着いた後も、この一族が天幕生活をしていたことに関して、聖書記者は「彼らは、約束のものが待っているのを望み見て、心から喜びました。この地上がほんとうの故郷ではなく、自分がほんのつかの間、滞在する旅人にすぎないことを自覚していたのです。 14 そう認めた時、彼らは心から、天にある故郷を慕い求めました。」と記している。これは、私たちも旅人であり、神の祝福の最も素晴らしい部分は、天の故郷で与えられる、ということだ。

Application(適用)

五十代半ばとなり、海外に飛び歩く元気も失われたとき「僕の到達点はここか、ここまでか」と悲しくなった。しかし私の旅は終わっていない。天の御国に帰る大事な道のりが残っている。この道を、神を証して生きるか、しょぼくれて生きるかは私の選択にかかっている。神を選ぼう。

Prayer(祈り)

イエス様、私も寄留者で、まだ道の途中な事を知りました。前半の生涯は、あなたの喜ばれないことばかりしていたように思います。これからは神の喜ばれる選択を、天を見つめてして行きます。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

神の前に出る(ヘブル10:19-23)

Scripture(聖書の言葉)


19 ですから、愛する皆さん。いま私たちは、イエスが血を流されたことによって、神のおられる至聖所に堂々と入って行けるのです。 20 この新しいいのちに至る道は、キリストがご自分の体という幕を引き裂くことによって開いてくださいました。私たちはこの道を通って、きよい神の前に進み出ることができるのです。 21 また、このキリストという偉大な大祭司が神の家を支配しておられるのですから、 22 私たちは、まちがいなく受け入れられるという確信と真実な心をもって、神の御前にまっすぐ進み出ようではありませんか。すでに、私たちの心はキリストの血を注がれてきよめられ、体はきよい水で洗われているのです。 23 いま私たちは、神が約束してくださった救いを、希望をもって待ち望むことができ、救いが確実であることを疑いなく語ることができます。神のことばは必ず実現します。

Observation(観察)


イエス様が祭司としてまた生け贄として血が流され、ご自身が引き裂かれることで至聖所への幕を引き裂く、ということを通し、私たちは神の前に出ることが許され、神の救いを受け取る事が出来る。ヘブル書記者は「私たちは、まちがいなく受け入れられるという確信と真実な心をもって、神の御前にまっすぐ進み出ようではありませんか。」と薦めている。喜んで神の前に出てこよう。

Prayer(祈り)


イエス様、私を受け入れて下さり感謝します。私が父なる神の前に出るために全てのことを完了して下さり感謝します。私が出来ることは御前に感謝することだけです。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

いのちを受け継ぐ(ヘブル9:15-17)

Scripture(聖書の言葉)


15 キリストは、この新しい契約を携えて来られました。それで、神に招かれる人はみな、約束されたすばらしい祝福にいつまでもあずかることができるのです。なぜなら、古い制度のもとで犯した罪の刑罰から救い出すために、キリストは死んでくださったからです。 16 たとえば、ある人が財産の相続人を指定し、遺言状を残して死んだとします。しかし、その被相続人の死が証明されなければ、だれもその財産に手をつけられません。 17 遺言は、被相続人の死後、初めて有効になるのです。その人が生きている間は、いくらそれが自分に関するものでも、どうすることもできません。

Observation(観察)


イエス様は新しい契約によってキリストに来る全ての人が救われるようにして下さった。その救いとはキリストのいのちの継承、相続である。相続である以上、相続する人の死が確認されなければならない。それがイエス様の十字架上の死なのだ。私たちは相続者として招かれている。キリストのいのちという相続財産は、何億人に相続しても目減りすることはない。

Application(適用)


相続人の資格は能力によるものではない。ただ相続すると指名された物が受け継愚のだ。私たち全てが相続者として招かれている。指名に応じよう。

Prayer(祈り)


イエス様、私のような者でもいのちを受け継ぐ者として下さり感謝します。喜んで相続人になります。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

主を知る(ヘブル8:10-11)

Scripture(聖書の言葉)


10 ここにわたしは、イスラエルの民と新しい契約を結ぶ。わたしはこの律法を彼らの心に刻む。そうすれば、何も言わなくても、彼らに、わたしの思いがはっきりわかるようになる。心の中に律法があるので、彼らは喜んで従うようになるだろう。こうして、わたしは彼らの神となり、彼らはわたしの民となる。 11 その日にはだれも、友人や隣人、兄弟に向かって、『あなたも、主を知りなさい』と言う必要がなくなる。なぜなら、どんな人でも、わたしを知るようになるからだ。

Observation(観察)


神は新しい律法を私たちの心に刻む、と言われる。神が誰で、神が望まれる物が何か、神を信じる人には解るようになる。というものだ。確かにクリスチャンになって真の神はどなたか、神が望まれている言動はなにか、わかるようになってきた。年数を経るごとに、その理解はさらに深くなるだろう。しかし、神の望みを知ることと、神に従って生きる事には大きな違いがある。古い私たちの罪の属性が、神に従うことをさせまいといつも邪魔してくる。良い行いは私たち自身の力で行うことは出来ないのだ。だからこそイエス様に助けて頂かなければならない。

Prayer(祈り)


イエス様、あなたのことが少しずつ解るようになりました。けれども行いにおいては、失敗ばかりしています。弱い人間のままです。ですからあなたの助けが必要です。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

わたしの大祭司(ヘブル7:11-15)

Scripture(聖書の言葉)


11 もし、ユダヤ人の祭司と律法に私たちを救う力があるとしたら、なぜ神は、あえてアロンの位に等しい祭司〔ユダヤ人の祭司はすべてアロンの位を受け継いでいる〕ではなく、メルキゼデクの位に等しい祭司であるキリストをお立てになったのでしょうか。 12-14 新しい家系の祭司が立てられる時、それを受け入れるために、律法も改められなければなりません。キリストがレビ族とは別の部族であり、モーセが祭司として任命したこともないユダ族の出身であったことは、周知の事実です。 15 そういうわけで、私たちは、これまでの神の秩序に大きな変更があったことを認めざるをえません。キリストが、メルキゼデクの位に等しい、新しい大祭司として立てられたからです。

Observation(観察)

レビ族の祭司は(アロンの子孫であるが故に)アロンの位の祭司であった。しかしイエス様はメルキゼデクの位に等しい祭司であるとされている。この訳では「12-14 新しい家系の祭司が立てられる時、それを受け入れるために、律法も改められなければなりません。」とある。イエス様はルール・チェンジャーとしての権威をお持ちの方なのだ。イエス様を私たち個々人の祭司として受け入れるとき、私たちを縛るルールも変えられる。罪と恐れによる支配から、愛と恵みによる赦しに変えられるのだ。悔い改めるなら私たちはいつでも、何度でもそれを手にすることが出来る。神の懐へ喜んで、安心して飛び込もう。

Prayer(祈り)

イエス様、メルキゼデクの位の祭司として、しかも私たちのための祭司として来て下さり感謝します。私たちの罪の赦しも、受け取る祝福も、ただあなたの故です。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

神の約束を受け取るために(ヘブル6:11-12)

Scripture(聖書の言葉)

11 私たちは、あなたがたがこの世にあるかぎり人を愛し続けて、十分な報いを受けることができるようにと願っています。 12 最後まで希望を持ち続けるなら、信仰生活が怠惰に流れたり、無関心に陥ったりすることはありません。信仰と忍耐によって、神の約束なさったものを受け継ぐ人たちにならう者となってください。

Observation(観察)


ヘブル書記者は、神の報いは人を愛することで得られると示唆している。その報いが確かなものであると希望を持ち続ける事が、信仰生活を続ける秘訣だとも書かれている。
もちろん信仰生活は取引材料ではない。むしろ約束の地にたどり着くための道と表現した方が良いかもしれない。私たちは未だ道半ばである。しかしイエス様の示された愛に倣い、生きることが神の約束に近づく唯一の道なのだ。

Prayer(祈り)


イエス様、人を愛することは簡単ではありませんがイエス様が文字通り命がけで規範を示して下さいました。この道に生きるものとしてお従い出来ますように。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

執り成して下さるイエス様(ヘブル5:7-10)

Scripture(聖書の言葉)

7 キリストはこの地上におられた時、死から救うことのできるただひとりの方に、うめきと涙とをもって祈られました。この祈りは、どんな場合にも神に従おうとする、キリストの謙遜で切なる願いのゆえに聞き入れられたのです。 8 イエスは神の子であるのに、神に従うことには多くの苦しみが伴うことを身をもって学ばれました。

9 この経験を通してご自分の完全さを実証し、その上で、ご自分に従うすべての人に永遠の救いを与える者となられたのです。 10 神がキリストを、メルキゼデクと同じ位に立つ大祭司としてお選びになったことを思い起こしてください。

Observation(観察)


この章では、大祭司としてのイエス様について語っている。大祭司は人間であるが故に他の人の痛みや失敗が理解でき、執り成すことが出来る。イエス様はゲッセマネで、人間として苦しみ、神の前に祈りを捧げ、神にお従いすること、すなわち十字架に架けられることを選んだ。「9 この経験を通してご自分の完全さを実証し、その上で、ご自分に従うすべての人に永遠の救いを与える者となられたのです。」イエス様の大祭司としての任職は、十字架刑のさなか、聖所と至聖所を分かつ幕が裂けたときに行われた。人間の大祭司は至聖所に一年に一度しか入れないが、イエス様はその隔てを破り、いつでも父なる神のそばにあって、人々の罪と弱さを執り成し続けて下さっているのだ。


Prayer(祈り)


イエス様、あなたが今も私の弱さと罪のための執り成しを父なる神様にして下さっていることを感謝します。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

私たちの内に住まわれる神(ホセア11:9-11)

Scripture(聖書の言葉)

9 燃えるような怒りがあなたたちを罰するよう命じるが、
わたしは罰しない。
エフライムを滅ぼすのは、これが最後だ。
わたしは神であって、人ではないからだ。
わたしはあなたたちのうちに住む聖なる者であって、
滅ぼすために来たのではない。

10 人々は、主のあとについて歩くようになる。
わたしはイスラエルの敵に向かって
ライオンのようにほえ、
わたしの民は西方から震えおののきながら帰って来る。
11 鳥の群れのようにエジプトから、
鳩のようにアッシリヤからやって来る。
こうしてわたしは、彼らを再び家に住まわせる。
これは主からの約束である。」

Observation(観察)

旧約聖書のホセア書は堕落したイスラエルへのさばきの言葉が続いているが、この節には、ふと漏れ出るように神の心情が語られている。

「わたしはあなたたちのうちに住む聖なる者であって、滅ぼすために来たのではない。」

滅びを宣告し実行する対象に、「わたしはあなたたちのうちに住む」と未だ契約は破られていないと言われている。神は正義という本質の故にイスラエルを滅ぼされるが、愛という御性質の故に契約を破棄されることはない。罪を滅ぼす正義と約束の民への愛という二律背反をイエス様は十字架の死を持って解決された。

Prayer(祈り)

イエス様、父なる神様の御性質の完全な現れとして、かつ人間としてこの世に来て下さり、十字架の死を通して父なる神様の元に帰る道を示して下さり感謝します。その道を聖霊様と共に歩んで行けることを感謝します。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。