心配に囚われない(1ペテロ5:7)

Scripture(聖書の言葉)


7 思いわずらいを、すべて神にゆだねなさい。神があなたがたのことを心配してくださるからです。

Observation(観察)


人生は生きている限り心配事の連続だ。問題を一つ乗り越えたと思ってもまたすぐ次の問題がやって来る。問題のない人生は存在しない。だとしたら、問題ははじめから起きると心がけた方が良い。問題に対してどう対処しようと心配するよりも、乗り越える行動を取った方が良い。神が私たちを心配して下さるとペテロは言っている。神が私たち各々に必要十分な助けを下さるのだ。心配するよりも問題を乗り越える知恵と勇気を神に求めよう。

Prayer(祈り)


イエス様、心配に囚われて心が衰弱した時がありました。心配しても、していなくても人間に出来ることは限りがあります。ですからあなたに心配を委ね、日々を精一杯生きてゆきます。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

賜物を用いる(1ペテロ4:10-11)

Scripture(聖書の言葉)


10 神はあなたがた一人一人に賜物を与えておられます。それぞれに与えられた賜物によって、互いに助け合い、神からのあふれる恵みを他の人と分かち合いなさい。 11 説教するために選ばれた人は、神があなたを通してじかにお語りになるように語りなさい。人に奉仕するために選ばれた人は、神が下さる力に満たされて人々を助けなさい。それは、すべてのことにおいて、イエス・キリストを通して神がほめたたえられるためです。どうか、栄光と力がいつまでもキリストにありますように。アーメン。

Observation(観察)


ペテロは、私たち一人一人に賜物が与えられているということ、そしてその目的は神が褒め称えられれるためであると明言している。その方法は「互いに助け合い、神からのあふれる恵みを他の人と分かち合いなさい。」とある。賜物は一人で満足するためのものでは無い。他の人を助け、分かち合うための物なのだ。一人一人にその為に必要な、そして有効な賜物が必ず与えられている。神に祈り、それが何か、どのように用いられることが出来るのか、真剣に祈ろう。

Prayer(祈り)


イエス様、賜物について、かつては自己満足の為に用いがちだったと思います。今、悔い改めて思いを変えます。兄弟達、姉妹達の為になるように用いて下さい。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

草は枯れ花はしぼむ(1ペテロ3:6)

Scripture(聖書の言葉)


6 「大声で叫べ」という声が聞こえます。
「何と叫んだらよいのですか」と私は尋ねました。
「こう叫びなさい。
人は、しおれてしまう草のようなものだ。
人の美しさは、しぼんでいく花のように色あせる。
7 神の息がかかると、草はしおれ、花はしぼむ。
弱くもろい人間もそれと同じだ。
8 草はしおれ、花はしぼむ。
しかし神のおことばは、
いつまでもすたれることがない。」

Observation(観察)


キリスト教界をながく見ていると、様々なクルセードやラリーが開かれ、きら星のような魅力的なエヴァンジェリスト達が御言葉を語っていた。しかし、彼らは去って行き、彼らの残した御言葉が人々に引き継がれている。人の生涯は一瞬だ。しかしそんな中でも御言葉を伝え、信仰を引き継いで行けるのならその人生は成功だと思う。

Prayer(祈り)


イエス様、僕には残すレガシーが何もないと悲しんだ時期がありました。けれど今は信仰によって人々に行った全てのことがレガシーだと感じています。残る生涯、共にいて下さい。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

万民祭司(1ペテロ2:9)

Scripture(聖書の言葉)


9 しかし、あなたがたはそうではありません。あなたがたは神から選ばれた王なる祭司であり、きよい民として神のものとされた人たちです。それはすべて、どうして自分が暗闇から神の驚くべき光へと招き入れられたかを、人々に語り伝えるためなのです。

Observation(観察)


プロテスタントの重要な教理に「万民祭司」がある。イエス様を受け入れた全ての人が祭司として神に直接仕えることが出来る、というものだ。その目的をペテロは、「どうして自分が暗闇から神の驚くべき光へと招き入れられたかを、人々に語り伝えるためなのです。」と言っている。万民祭司、とは言い換えれば全ての人がミッションを持って神に召されている、ということだ。教会の教職者の方々にお任せするだけではなく、私たちも自分の召しが何か、何を持って神に仕えることが出来るのか、もう一度考えよう。


Prayer(祈り)


イエス様、どのようにあなたにお仕えできるか、もう一度祈ります。今手に持っている物が何か、今手放すべき物は何か、教えて下さい。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

神の霊感(1ペテロ1:10-12)

Scripture(聖書の言葉)


10 この救いについては、昔の預言者も完全に知っていたわけではありません。救いの預言はしましたが、それが実際には何を意味しているのか、自分でもよくわからなかったのです。 11 心の中のキリストの御霊が何を語っておられるのか、理解していませんでした。聖霊は、やがてキリストの身にふりかかる苦難と、それに続く大きな栄光とを書きとめるように命じられたのです。彼らは、いったいそれが、いつ、だれに実現するのか知りませんでした。 12 彼らは、これらが自分たちの時代にではなく、ずっとあとに、すなわち今の時代に実現することを知らされました。そして今ついに、この福音(イエス・キリストによる救いの知らせ)は、私たち主を信じる者全員にはっきり告げ知らされたのです。これは、預言者に語られた時と同様、天から遣わされた聖霊の力によって伝えられたのでした。それは、天使でさえ知りたいと願ったことでした。

Observation(観察)


イザヤ書をはじめとして旧約聖書の多くにイエス様の予表が表れる。ペテロの言うとおり、当時彼らはそれがどのような意味なのかを完全には理解できないまま、聖霊様に突き動かされて預言し、書き記した。そして現在、私たちは聖書を読む時にイエス様が救い主であることを繰り返し理解する。それは聖霊様による、預言者達に与えた霊感と同じ物なのだ。「天使でさえ知りたいと願ったことでした。」とまで書かれている。イエス様がキリストである、という真理はそれほどまでに重大な事柄なのだ。

Prayer(祈り)


イエス様、預言者達に対し、聖霊様によって与えられた霊感とおなじ霊感をもって、私たちはイエス様を救い主と知り、告白しました。この重大な真理を私が決して軽んじることがありませんように。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

忍耐して主を待つ(ヤコブ5:7-9)

Scripture(聖書の言葉)


7-8 こういうわけですから、皆さん。主が再び来られる時まで、忍耐していなさい。貴重な秋の収穫を期待する、農夫の忍耐に学びなさい。勇気を出しなさい。主はもうすぐ帰って来られるのですから。 9 互いに文句を言い合ってはいけません。自分だけは人から非難されない自信でもあるのですか。見なさい。偉大な裁判官である主が、すぐそこまで来ておられます。

Observation(観察)


私たちには、いつかこうなってほしい、という期待が幾つもある(経済、健康、人間関係等々)。そこに主の介入をどこまで求めているだろうか。人間の力での解決は、また新たな問題を生み、歪みは広がって行く。私たちの問題を究極的に解決できるのは神だけなのだ。神が私たちの問題に来てくれることに期待しよう。

Prayer(祈り)


イエス様、沢山の問題を抱えています。人間の手で解決しようとしましたがうまく行きません。あなたの介入に期待します。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

神に近づく(ヤコブ4:8)

Scripture(聖書の言葉)


8 神に近づきなさい。そうすれば、神も近づいてくださいます。罪ある人たちよ。罪の生活から足を洗いなさい。純粋で真実な心の持ち主だと認めてもらえるように、神への思いで心を満たしなさい。

Observation(観察)


ヤコブは様々な警鐘の中で、「神に近づきなさい。そうすれば、神も近づいてくださいます。」と述べている。神に従うことを選択するなら、神も私たちの方を向いて下さる。一歩神に近づく歩みをするなら、神もその大きな一歩で近づいて下さる。

万有引力という物がある。質量のあるもの同士は引き合う、と言う物だ。そして両者が近くなればなるほど引き合う力は加速度的に強くなるのだ。私たちが神に近づくなら私たちはますます神に引き寄せられる。罪や妬みの入り込む隙間のないほどに強い力で引き合うのだ。

Prayer(祈り)


イエス様、喜んであなたの引力に引き込まれるものになりたいです。そのための一歩を今日も歩めますように。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

言葉に気をつける(ヤコブ3:4-5)

Scripture(聖書の言葉)


4 また大きな船も、小さなかじ一つで、どんな嵐の中でも思いのままに進路を変えることができます。

5 同様に舌もちっぽけなものですが、使い方を誤ると、途方もなく大きな害を生じます。小さな火が大きな森林を焼き尽くします。 6 舌は火と同じように、悪の炎で体全体を毒し、私たちの人生を滅びと災いの炎で焼き尽くすのです。

Observation(観察)


発する言葉によって、人間の思考ばかりでなく行動はコントロールされ、悪い言葉を用いれば人生そのものをも破壊してしまう。言葉は、伝える誰かに向けて発せられる物だ。私たちから出た言葉は、相手にも影響を与え、その人の人生にも影響を与えてしまう。逆に良い言葉を選べば、良い影響が私たちを中心に拡散して行く。見方によっては悪魔との陣取り合戦とも言えるかもしれない。まずは私の言葉を変えるところから始めよう。

Prayer(祈り)


イエス様、言葉に気をつけるべき事を何度も学びましたが、なかなかうまく行きません。話す前に一歩立ち止まって、知恵を持って語れるよう助けて下さい。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

アクションを伴う信仰(ヤコブ2:14)

Scripture(聖書の言葉)


14 愛する皆さん。自分には信仰があると言っても、それを行動で表さなかったら、どうしてその信仰を実証できるでしょう。そのような信仰が、人を救うことができるでしょうか。

Observation(観察)


ヤコブは、信仰があるというのなら、それには必ず行いが伴うはずだと言っている。行い、というと慈善活動などを想像しがちだが、行い、とはそれに限らない。伝道すること、親切にすること、祈ること、私たちクリスチャンの行動全てが信仰を基盤としているなら、ヤコブの言う「行い」を達成することになる。ここで注意しなければならないことは、信仰を伴わない、行いのための行いに人間は陥りがちだということだ。また、人によく見られたいための行い、という罠もある。私たちは今一度心を吟味して、信仰による行いを行っているか、再確認しよう。

Prayer(祈り)


イエス様、時には行いを伴わずじっとしている時もありました。逆に信仰を見失って行いだけになっている時もありました。どちらの極端になってしまわず、先ず信仰にしっかり立ち、なすべき事を勇気をもってなすことが出来ますように。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

聖書に取り組む(イザヤ29:11-13)

Scripture(聖書の言葉)


11 将来の出来事のいっさいは、彼らにとって封をされた書物同然になりました。ですから、いくら読解力のある人に渡しても、「読めません。封がしてありますから」と答えます。 12 別の人に回すと、「残念ながら、私は文字を読むことができません」という返事です。
13 そこで主は語ります。
「この民は、口先ではわたしの民だと言いながら、
実際にはわたしに従っていない。
彼らの礼拝は、機械的に覚えた文句の反復にすぎない。

Observation(観察)


聖書にどのように取り組むかは、人それぞれの距離感があるが、ただ一つ言えるのは、神の霊感によって書かれた聖書は同じく霊をもって解釈されなければならない、ということだ。聖霊様なくして聖書を受け取る事は不可能だ。ただ字面を追い、表面だけを眺めていても、神が本当に言いたいことには辿り着けない。御霊によって聖書を感じよう。

Application(適用)


とはいえ、気乗りしない時や、集中できないことは人間なので必ずある。固く捉えずに、ただ毎日読むことを続けたい。

Prayer(祈り)


イエス様、聖書を感謝します。読むほどに深く神のみ姿が浮き上がる思いです。続けて読み続けることの出来るスタミナが与えられますそうに。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。