霊をもって礼拝する(ピリピ3:3)

Scripture(聖書の言葉)


3 肉体の一部を切り取りさえすれば、神の子どもになれるのではありません。霊をもって神を礼拝する者こそ、神の子どもなのです。その礼拝こそが、ただ一つの真の「割礼」です。クリスチャンが誇れることと言ったら、キリスト・イエスがなしてくださったみわざだけです。自分で自分を救うことなどとてもできないと、よく知っているはずです。

Observation(観察)


神の子どもになること、すなわち神の救いは人間的な行いや努力では絶対に達成できない所にある。人間は罪の属性の故に自分の力で自分を変えることが出来ない。究極的にクリスチャンが行うべき行為とは、自分で何か成し遂げようとすることではなく、ただ霊にって神を礼拝することなのだ。

Application(適用)


礼拝、という事を軽んじていたかもしれない。礼拝に出席しても、どこか上の空で過ごしていたような気がする。霊によって神の前に出る、この事に集中して来たる日曜日を過ごしたい。

Prayer(祈り)


イエス様、霊による礼拝、について理解が足りていません。以前はただ異言で祈っていれば良いと考えていましたが、そうでないように感じます。御言葉を通して理解できるように助けて下さい。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

従順も神の賜物(ピリピ2:12-16)

Scripture(聖書の言葉)


12 愛する皆さん。私がそちらにいた時、あなたがたはいつも、私の教えに従順に従ってくれました。離れている今はなおさら、しっかりしてください。深い尊敬の思いをこめて神に従い、神に喜ばれないことからは手を引きなさい。 13 神は人の心に働きかけて、従おうとする思いを起こさせ、神が望まれる行いができるように助けてくださるのです。 14 何事においても、不平を言ったり、疑ったりしてはいけません。 15-16 だれからも非難されないためです。心の曲がった邪悪な世の中にあって、あなたがたは神の子どもとして、汚れのない、きよらかな生活を送りなさい。世の人々の間で、いのちのことばを高く掲げ、世の光として輝きなさい。

Observation(観察)


神への従順、すなわち御言葉に従うことは、私たちの肉の力では達成できない。人間の努力では神の言葉について行くことは出来ない。なぜなら神は霊であり、肉と相反する物だからだ。13節には「神は人の心に働きかけて、従おうとする思いを起こさせ、神が望まれる行いができるように助けてくださるのです。」とある。神への従順おも神は賜物として与えてくださるのだ。

Application(適用)


従順、というと儒教的な背景をもつ日本人にとっては、なにか強制されて行う事と感じてしまうが、御言葉はそうでは無く、神は御自身への従順の思いを下さり、実際に従えるようにして下さるという。自分の固定観念を捨てて、神の前に素直になってお従いしたい。

Prayer(祈り)


イエス様、私は従順、という言葉に傷があります。どうか癒やしてください。人では無く神に従えますように。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

奉仕の成長(ピリピ1:3-6)

Scripture(聖書の言葉)


3 あなたがたを思う私の祈りは、いつも神への賛美にあふれています。 4 そして、私の心は喜びに満たされるのです。 5 それは、あなたがたが福音(イエス・キリストによる救いの知らせ)を初めて聞いた日から今日まで、全力をあげて、その知らせを宣べ伝える働きに協力してくれたからです。 6 あなたがたのうちに良い働きを始められた神は、必ずそれを恵みのうちに成長させ、やがてキリスト・イエスが帰って来られる日までに、それを完成してくださると、私は堅く信じています。

Observation(観察)


ピリピの人々の熱心な伝道は、パウロの心を喜ばせた。興味深いのは6節の「あなたがたのうちに良い働きを始められた神は、必ずそれを恵みのうちに成長させ、やがてキリスト・イエスが帰って来られる日までに、それを完成してくださる」という箇所だ。伝道の働きは成長し、やがての日に完成する。今は小さな働きであっても続けるならば神はそれを大事にし、成長させてくださるのだ。諦めず、投げ出さず、続けて行こう。

Application(適用)


直接的な伝道で無くても、教会の奉仕の働きはすべて伝道に繋がっている。一人の人が救われたなら、それは教会全てが喜ぶべき物だ。自分の働きを空しい物とは思わず、喜んで続けよう。

Prayer(祈り)


イエス様、小さな奉仕ですが続けていられることを感謝します。不器用な物ですが成長させてください。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

熱心に働く(エペソ6:5-8)

Scripture(聖書の言葉)


5 奴隷は主人に従い、最善を尽くしなさい。キリストに仕えるのと同じようにしなさい。 6-7 主人の目の前でだけ一生懸命に働き、陰では怠けるようではいけません。神が望まれることを、心を尽くして行い、キリストのために働くように、いつも熱心に喜んで働きなさい。 8 あなたがたが奴隷であろうと自由人であろうと、良い行いには、一つ一つ主が報いてくださることを忘れないように。

Observation(観察)


会社員は奴隷とは違うが、組織という権威と規定に従わなければならない点で、一致している。パウロはキリストに対して行うように勤勉であるよう勧めている。そこには主の報いがあるとも書かれている。自分の置かれている状況で誠実に仕えよう。

Prayer(祈り)


イエス様、会社での働きの中で不忠実な点がありました。赦してください。真摯に仕え働くことが出来ますように。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

父なる神を模範とする(エペソ5:1-2)

Scripture(聖書の言葉)


1子どもが、かわいがってくれる父親を見ならうように、何をするにも神を模範としなさい。 2 思いやりに満ちあふれた者となりなさい。

Observation(観察)


神を模範とすることをパウロは私たちに求めている。「かわいがってくれる父親を見ならうように」とある。神は私たちを実の子供としてかわいがってくださる。そして父親として生きる模範を示してくださっているのだ。聖書から私たちはその模範を見ることが出来る。神が求めておられることは、神を愛すること、そして隣人を愛し、思いやる心を持つことだ。

Application(適用)


他人との関係作りが上手では無い私は、隣人を心配することがあっても上手に表現することが出来ない。なにか表した自分の善意が偽善ととれられてしまうのでは無いかという恐れがある。けれども恐れずに愛を表すものとなりたい。簡単な声かけからスタートして行こう。

Prayer(祈り)


イエス様、神様を模範として隣人に寛容と愛を示したいです。自分が愛されるためでは無くあなたが愛されるために行いたいです。小さな一歩を積み重ねて行けますように。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

賜物の目的(エペソ4:11-13)

Scripture(聖書の言葉)


11 さてこうして、ある者には使徒としての賜物が与えられ、ある者にはすぐれた説教者としての賜物が与えられました。また、キリストを救い主として信じるように人々を指導する賜物を受けた者もいれば、羊を見守る羊飼いのように、神の民となった人たちの世話をし、教え導く力を受けた者もいます。

12 なぜこのように、それぞれに賜物が与えられたのでしょうか。それは、神の民となった人々が、神のためによりよく働けるよう整え、キリストの体である教会を、力にあふれた、完成した状態へと建て上げるためです。 13 そしてついに、私たちは、救いについて、また救い主である神の子について同じ信仰を持つに至り、主にあって完全に成長した者となるのです。

Observation(観察)


パウロは信じた一人一人に与えられる賜物について、教会を完成した状態に建て上げるため、と述べている。また、13節では「神の子について同じ信仰を持つに至り、主にあって完全に成長した者となるのです。」ともある。教会を建て上げること、教会に集う人々が同じ信仰(イエス様を主とする信仰)を持ち、完全に成長したものとなること、すなわち互いの成長のために賜物は用いられるべきである、という事だ。賜物には非常に目立つ種類のものがあり、逆に静かな、目立たないものもある。目立つ賜物を受けた人はおごり高ぶること無く、目立たない賜物を受けた人も自分を卑下すること無く、誠実に互いに仕え合い、成長しよう。

Prayer(祈り)


イエス様、自分の賜物についてなにかアンバランスなものを感じていましたが、それは賜物がアンバランスなのでは無く、受けた私が歪んだ認識を持って受けていたせいだと分かりました。どうか私を真っ直ぐなものにして下さい。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

ユダヤ人と外国人の一致(エペソ3:9-11)

Scripture(聖書の言葉)


9 それは、万物を造られた神が、世の初めからの計画どおりに、ご自分が外国人の救い主でもあることを、すべての人に説き明かすためでした。

10 またそれは、天のもろもろの支配者たちに対して、神の全家族――ユダヤ人も外国人も――が教会の中で一つとなっている姿を見せ、神の完全な知恵を示すためです。 11 これこそ、神が主キリスト・イエスを通して、かねてから計画しておられたことなのです。

Observation(観察)


ユダヤ人に対する神のご計画は失われていない。現在のイスラエルの状況を見ると非人道的な国家に映るかもしれない。それでも神は彼らに対する約束を諦めない。クリスチャンの中には、ユダヤ人への約束は完全にクリスチャンに移されたという考えを持つ人も居る。しかしこの聖書の箇所は、ユダヤ人も私たち外国人も教会の中で一つになることが神のご計画であると明言している。中東情勢を見ると絶望的になってしまいそうになるが、目で見えることよりも神の約束を信じよう。

Prayer(祈り)


イエス様、ユダヤの人々を私の中でどう捉えるか、迷いがあります。しかし個人の思いよりも御言葉を優先します。やがて兄弟として手を取り合うことが出来ますように。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

一方的な愛(エペソ2:4-5)

Scripture(聖書の言葉)


4 しかし神は、なんとあわれみに満ちたお方でしょう。こんな私たちを深く愛してくださって、 5 罪のために霊的に死に果て、滅びる定めにあった私たちを、キリストの復活と共に生かしてくださいました。救われる価値などない私たちに、ただ一方的な恵みが注がれたのです。

Observation(観察)


一方的な恵みによって私たちは救われた、とパウロは語る。一方的とは、相手の状況とは無関係に行う、という意味だ。私たちがどれだけ罪にまみれ、神に反逆した生活をしていても、神は一方的に私たちを選び、救いに招いてくださった。8節には「しかも、そのキリストを信じることすらも、あなたがたから自発的に出たことではありません。それもまた、神からの賜物(贈り物)です。」とも書かれている。イエス様を信じるという行為ですら神が下さったものなのだ。

Application(適用)


一方的な愛、と言うものは人間同士においてはあまり経験しないかもしれない。最も近いのは親からの子供への愛かもしれない。しかしそれですらうまくいかず悩み苦しんでいる人が多く居る。わたしも(生育環境から)その一人だった。それゆえ、一方的な愛、と言うものになじみがなく疑ってしまうことがあるかもしれない。しかし神の愛は人間のそれでは無い。その愛に於いても人間の想像をはるかに超えた愛を人間に注いでくださる。その証明がイエス様の十字架だ。私たちが御言葉に、そして十字架に帰る都度、少しずつ、神の愛が体感として分かって行くのかもしれない。

Prayer(祈り)


イエス様、あなたを信じることすら自分の力では無く、神様の賜物であることを学びました。自分で選んだような高ぶった気分になっていたことを悔い改めます。あなたの犠牲と愛を理解するものに少しずつで良いですから変えて下さい。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

神の愛(エペソ1:7)

Scripture(聖書の言葉)


7 神の愛は、そのひとり子の血を流し、私たちの罪を帳消しにしてくださるほど大きいのです。この愛によって私たちは救われました。

Observation(観察)


神は私たちのためにイエス様が十字架につけられ死なれることを計画された。それは私たちを愛するが故であるとパウロは言っている。自分の子の血を流し死ぬことを計画するとは、およそ人間には想像出来ないほどの決断だ。しかもそれは神を知らない罪人達のためであるのだから、神の愛の大きさに改めて驚く。

Application(適用)


私には子供は居ないが、愛犬たちがいる。例えば彼らを赤の他人の救済の為に血を流し死なせるということを考えられるだろうか。想像しただけで悲しみが襲ってくる。神がイエス様を死に渡された時の悲しみはどれほど出会っただろう。例え復活することが分かっていたとしても、イエス様の苦しみをみて、悲しまれない神では無い。だから私は救いの価値を小さく扱ってはならない。父なる神の悲しみとイエス様の死に至るまでの痛み苦しみによって与えられた救いなのだ。

Prayer(祈り)


イエス様、救いを感謝します。ことばで表すことが出来ません。私の生き方を通して貴方への感謝を表したいです。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

主は我が旗(詩編60:1-5)

Scripture(聖書の言葉)


1ああ神よ。
あなたは私たちを拒み、その守りをもくずされました。
御怒りにふれて、私たちは見捨てられたのです。
主よ、もう一度、情けをかけてください。
2 あなたはこの国を恐怖で震撼させ、引き裂かれました。
主よ、深みまで揺るがされたこの地を今、
回復してください。
3 さんざんに打ちのめされて、
私たちの足はよろめいています。
4-5 しかし、あなたはこんな私たちを
奮起させるための旗を下さいました。
真理を愛する人々が、この旗のもとに集うためです。
そうしてこそ、あなたは愛する国民に
解放をもたらしてくださるのです。
どうか、力に満ちた右の手をふるって、
私たちを救い出してください。

Observation(観察)


ダビデがシリア人との戦いの中で困難な状況になったときにこの詩編が出来たと言われている。弱っているイスラエルに対し神は「奮起させるための旗を下さいました。」と書かれている。出エジプト記には「主は我が旗」という言葉が出てくる。旗とは、自分が何に属するのかを明確に敵にも味方にも示すための物だ。私たちは神に属する物だというアイデンティティーを明確にし、立場を示すときに、私たちは主の旗の下に集うことになる。その旗は私たちを奮起させ、敵の支配を打ち破る力となり、解放を与えてくださるのだ。

Prayer(祈り)


イエス様、いままで旗色を明確にしないクリスチャンであったことを恥じ、悔い改めます。私は主につくものです。戦いに奮起する力を下さい。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。