雀よりも価値あるもの(ルカ12:6-7)

Scripture(聖書の言葉)


6 雀五羽はいったい、いくらで売られていますか。たったの二アサリオン(一日分の賃金一デナリの八分の一)ではありませんか。こんな雀の一羽でさえ、神はお見捨てにならないのです。 7 それどころか、あなたがたの髪の毛の数さえご存じです。だから、恐れることはありません。あなたがたは、たくさんの雀よりはるかに価値があるのですから。

Observation(観察)


神はこの世の全てを維持しておられる。小さな雀であっても神によって見捨てられることなく生かされている。
時として自分が全く無価値なもの、生きていてもしょうがないものと感じてしまう時がある。とくに人間関係がうまく行かない時がそうだ。社会的に孤立し、ひとりぼっちのように感じてしまう。そのような私であってもイエス様は価値のあるものとして扱ってくださる。無価値なものと自分で決めつけるのは止めよう。そしてイエス様の下さる役割を果たそう。

Prayer(祈り)


イエス様、今も人間関係がうまく築けずに孤独に悩まされます。このような私でさえも価値あるものとして下さるのは何故でしょうか。もう一度使命を教えてください。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

熱心に求め続ける(ルカ11:8-9)

Scripture(聖書の言葉)


8 しかし、友達だからというのでは何もしてくれなくても、しつこく戸をたたき続けるなら、その根気に負けて、必要な物を出してくれるでしょう。 9 祈りも同じです。あきらめずに求め続けなさい。そうすれば与えられます。捜し続けなさい。そうすれば見つかります。戸をたたきなさい。そうすれば開けてもらえます。

Observation(観察)


祈りについてイエス様は弟子達に求め続ける事を教えられた。「あきらめずに求め続けなさい」と言われている。神に必要なことを求めることは貪欲ではない。むしろ積極的に求めることをイエス様は弟子達に求められた。無論誤った動機は祈りのうちで正されるだろう。しかしそれすらも祈り続ける過程で与えられる物だ。今必要なものを熱心になって求め続けよう。

Prayer(祈り)


イエス様、生きるにあたって多くの必要があることをご存じです。健康、経済、人間関係、仕事・・それらのものについて熱心に求めることを怠っていたことをゆるしてください。
今必要なのですと求めます。どうか与えて下さい。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

奉仕する心(ハガイ2:14)

Scripture(聖書の言葉)


14 ハガイは質問の真意をはっきりさせて、こう言いました。「あなたがた民は、身勝手な態度と良くない思いをもって過ごすことで、自分がささげるいけにえを汚していた。いけにえだけではなく、わたしに対する奉仕として行うことも汚していた。

Observation(観察)


ハガイは良くない思いを持って行う奉仕は汚れたものだと明言した。奉仕を上手に行うか否かではなく、どのような態度と思いで取り組むかが重要なのだ。私の奉仕の姿勢は時として正しくなかったように思う。うまくいけば思い上がったり、失敗すれば人と比べて落ち込んだり、このような姿勢は正しくなかった。いつでも謙遜に自分の出来る精一杯を神に捧げよう。

Prayer(祈り)


イエス様、間違った思いで奉仕の働きについたことを悔い改めます。思いを新しくして、謙遜に貴方だけを見てお仕えします。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

傲慢を避ける(ルカ9:46-48)

Scripture(聖書の言葉)


46 さて、弟子たちの間で、やがて来る神の国ではだれが一番偉いかという議論が持ち上がりました。 47 彼らの考えを見抜いたイエスは、小さな子どもを一人そばに立たせて、 48 お話しになりました。「だれでも、このような小さな子どもを受け入れる者は、わたしを受け入れているのです。またわたしを受け入れる者は、わたしを遣わされた神を受け入れているのです。あなたがたの中で最も謙遜な者が、最も偉い者なのです。」

Observation(観察)


神の国で最も偉いものは、もっとも謙遜な者だとイエス様は言われた。謙遜の反対は傲慢だ。小さな子どもには傲慢さはない。大人になり、立場や権力を持つにつれ、人間には傲慢さがこびりついてくる。わたしたちはこれをこそぎ落とさなければならない。

Application(適用)


かつてちょっとした立場を任されたた時、私は傲慢の罪に陥った。その性質を取り除くのに非常な痛みを伴った。あるいは同じような立場になれば再び傲慢になってしまうかもしれない。そのような罪を犯すくらいならば今の立場のままで十分だ。すこしでも神の喜ばれる自分でありたいと願う。

Prayer(祈り)


イエス様、人間は傲慢になりやすいものです。身をもってそれを知りました。それよりも神に喜ばれる小さなものであることを望みます。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

ランプに火を灯す(ルカ8:16-18)

Scripture(聖書の言葉)


16 また、次のようなたとえも話されました。「ランプをつけてから、すっぽりおおいをかけ、光をさえぎる人がいるでしょうか。ランプはあたりを照らすように台の上に置くものです。 17 これは、いつの日か、すべてのことが明るみに出されることを示しています。 18 だから、神のことばをどのように聞いたらよいか、よく注意しなさい。持っている者はさらにたくさん与えられ、持っていない者は、持っているつもりの物までも取り上げられてしまうからです。」

Observation(観察)


ランプは誰かが火を付けないと光らない。点けられた光で辺りを照らすこともを覆ってしまうことも私たちの選択に委ねられている。まず私たちがしっかり火を付けられているか確認しよう。くすぶっているならもう一度火を付けてくださるようにイエス様にお願いしよう。そして覆い隠すことなく光を照らそう。光は事の善悪を照らし出す。私たち自身の罪や弱さにも直面しなければならない。しかし私たちにはイエス様の贖いがある。その事を信じて光り輝こう。

Prayer(祈り)


イエス様、くすぶっていじけていたことをゆるしてください。残る生涯をイエス様の灯された光を照らすものとなりたいです。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

権威を理解する(ルカ7:6-9)

Scripture(聖書の言葉)


6-7 そこで、イエスは長老たちといっしょに出かけました。家まであとわずかという時、隊長の友人たちが来て、彼のことづけを伝えました。「先生。わざわざおいでくださいませんように。とてもそんな名誉を受ける資格はございません。自分でお迎えに上がることさえ失礼と存じます。どうぞ今おられる所で、おことばをください。それで十分でございます。そうすれば、召使は必ず治ります。 8 私は上官の権威の下にある者ですが、その私でさえ、部下には権威があります。私が『行け』と命じれば行きますし、『来い』と言えば来ます。また奴隷にも、『あれをやれ』『これをやれ』と言えば、そのとおりにするのです。」 9 これを聞くと、イエスはたいへん驚き、群衆のほうをふり向いて言われました。「皆さん。これほどの信仰を持った人は、イスラエル中でも見たことがありません。」

Observation(観察)


召使いが病んでいたローマの隊長はイエス様の来訪を謝絶する。自分がイエス様をお迎えするに値しないものだと謙遜の姿勢を示した。ばかりではなく、お言葉をその場で頂ければ召使いは治ると確信していた。この隊長は権威というものを良く理解していた。自ら上官の権威の元で動き、権威を持って部下を動かしていた彼は、神の御子であるイエス様がどれほど大きな権威を持っておられるかを理解し、告白した。
私はいま何の権威のもので生きているだろうか。イエス様の権威のもとにあると言いながら、その権威を理解せず従おうともしていなかったのではないだろうか。

Prayer(祈り)


イエス様、あなたには権威があります。それに従ってこなかったことをゆるしてください。あなたの権威のもので、あなたのご計画に沿って生きたいです。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

迫害を喜ぶ(ルカ6:22-23)

Scripture(聖書の言葉)


22 わたしの弟子だというので、憎まれたり、追い出されたり、悪口を言われたりするなら、なんと幸いなことでしょう。 23 そんなことになったら、心から喜びなさい。躍り上がって喜びなさい。やがて天国で、目をみはるばかりの報いがいただけるからです。そして、同じような扱いを受けた、昔の預言者たちの仲間入りができるのです。

Observation(観察)


イエス様の弟子、すなわちクリスチャンであるが故に迫害を受けたなら、天での報いは大きいのだから、心から喜ぶようにイエス様は言われた。私自身は福音の故に迫害を受けた経験は無い。そのような場を回避してこれまで生きてきたように思う。真剣なクリスチャンとしての生き方とは何なのか、今一度考えたい。

Prayer(祈り)


イエス様、いままで「薄味のクリスチャン」を装って生きてきました。これは間違いだったと告白します。たとえ迫害されてもイエス様を証する生き方を選びたいです。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

たましいの医者(ルカ5:30-32)

Scripture(聖書の言葉)


30 ところが、パリサイ人や律法の専門家たちはこの光景を見て、弟子たちに激しい非難をあびせました。「あなたたちは、どうしてこんなくずのような連中といっしょに食事をするのか。」 31 イエスは、お答えになりました。「医者が必要なのは病人で、健康な人ではありません。 32 わたしは、自分を正しいと思う人を招くためではなく、罪人を招いて、罪を悔い改めさせるために来たのです。」

Observation(観察)


取税人や多くの罪人達とともに過ごされるイエス様を、パリサイ人達は批判した。ここで有名な言葉がイエス様から出される「医者が必要なのは病人です」自分が病人であると自覚できる人は幸いだ。自らの意思で医者に向かうことが出来るからだ。悲惨なのは自分の病気に気付かず放っておいている人だ。自分は健康だと思っている間に病気は進行し、手がつけられないように鳴ってしまう。
自分の罪に早く気付き、魂の医者であるイエス様のところにすぐに行こう。

Prayer(祈り)


イエス様、心の病んでいるところ、痛んでいるところを日々教えてくださり感謝します。いつもあなたのそばに居たいと願います。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

言葉と権威(ルカ4:31-37)

Scripture(聖書の言葉)


31 それからイエスは、ガリラヤの町カペナウムに帰り、毎土曜日、会堂で教えられました。 32 ここでもまた、人々はイエスの教えに驚きました。イエスが、権威あることばで真理を語られたからです。

33 ある時、会堂で教えておられると、悪霊につかれた男が、イエスに向かって大声でわめき立てました。 34 「ナザレのイエス。お願いだから出て行ってくれ! おれたちをどうしようというのだ。おれたちを滅ぼしに来たのだろう。あなたがだれなのか、よくわかっている。神のきよい御子だ。」 35 イエスは悪霊をさえぎり、「黙りなさい。その人から出て行きなさい」とお命じになりました。すると突然、悪霊は、人々の目の前で男を投げ倒しましたが、それ以上は何の危害も加えずに出て行きました。 36 あっけにとられた人々は、口々に言いました。「悪霊までが言うことを聞くとは、この方のことばにはなんと力があるのだろう。」 37 こうしてイエスのうわさは、この地方一帯に非常な勢いで広まりました。

Observation(観察)


イエス様はカペナウムの会堂で教えられ始めた。その言葉には権威があったとある。権威には力が伴う。一市民である私がどこかで語ることと、政府の要職にある人が語る言葉には影響力が全く異なる。また言葉を実現する力もある。
現にイエス様はことばで悪霊を追い出した。悪霊も従わざるをえない権威がイエス様には会ったのだ。今日のイエス様に従う私たちは、権威ある言葉を用いているだろうか。権威を用いるためにはその権威に組み入れられている必要がある。私たちは本当に神の権威のうちにあるか、今一度点検しなければならない。

Prayer(祈り)


イエス様、イエス様に従うといいながらあなたの権威のうちに入ろうとしなかったことを赦しで下さい。あなたにお従いします。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

悔い改めの実(ルカ3:7-8)

Scripture(聖書の言葉)


7 バプテスマを受けに来る人たちに、ヨハネはきびしい口調で話しました。「まむしの子ら! あなたがたは神に立ち返ろうともせず、ただ地獄から逃れたい一心でバプテスマを受けようとしている。 8 その前に、悔い改めたことを行いで示しなさい。アブラハムの子孫だから大丈夫などと思ってはいけない。そんなものは何の役にも立たない。神はこの石ころからでも、今すぐアブラハムの子孫をお造りになれるのだ。

Observation(観察)


洗礼は罪の悔い改めを現すためのもので、それ自体は罪を赦す行為ではない。バプテスマのヨハネに洗礼を求めてやってきた人々に対しヨハネは厳しい言葉で応じている。「その前に、悔い改めたことを行いで示しなさい。アブラハムの子孫だから大丈夫などと思ってはいけない。そんなものは何の役にも立たない。」クリスチャンだから、罪が赦されているからと安心し、そこに留まりすぎてはいないだろうか。赦されているからこそ、行動が変えられてゆかねばならない。私はクリスチャンになってから何をしただろうか。振り返り、行動を変えて行く者になりたい。

Prayer(祈り)


イエス様、救いにあぐらをかいて、何もしないクリスチャンであったことをゆるしてください。行動で救いを現すものになれますように。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。