Scripture(聖書の言葉)
23 パリサイ人、ユダヤ教の指導者たち。あなたがたは偽善者です。自分の畑でとれる、はっかの葉の最後の一枚に至るまで、実にきちょうめんに十分の一をささげているのに、律法の中ではるかに大切な正義と思いやり、信仰はおろそかにしています。もちろん十分の一はささげるべきですが、もっと大切なことをなおざりにしては何にもなりません。
Observation(観察)
イエス様はパリサイ人を激しく糾弾された。そのなかにこの箇所がある。十分の一を献げるという律法の代表とも言える行いに対して、それを行っていたとしても正義と思いやり、そして信仰が無ければ何もならない、と言われた。律法の罠とはそれを行ってさえいれば十分と自分を騙す思いなのだ。私も当然成すべき行い以上に、正義と思いやりを持つこと、信仰を持って生きることを見失ってはならない。表面上の行いだけの冷たいクリスチャンになってはいけない。誠実に神と人を愛する生き方を選ぼう。
Prayer(祈り)
イエス様、教えの本質を見失って形式に走ってしまいそうな時が多々あります。「これさえやっておけば良いだろう」といった投げやりな気持ちでいたこともあります。そのような生き方では無くイエス様に倣うことを第一として生きてゆきたいです。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。