祝宴で礼服を着る(マタイ22:10-14)

Scripture(聖書の言葉)


10 王の使者たちは、命令どおり、善人悪人の区別なく、だれでも招待しました。宴会場は客でいっぱいです。 11 ところが、王が客に会おうと出て来ると、用意しておいた婚礼の礼服を着ていない客が一人います。 12 『礼服もつけずに、どうしてここへ入って来たのか』と尋ねましたが、その男は何とも返事をしません。

13 それで王は、側近の者たちに命じました。『この男の手足を縛って、外の暗闇に放り出しなさい。そこで泣いてくやしがるのだ。』 14 招待される人は多くても、選ばれる人は少ないのです。」

Observation(観察)


王子の披露宴に招かれていた招待客は出席を断ってしまう。そこで王は誰彼無く人々を披露宴に招待した。これはイスラエルが神から離れてしまっていることと福音が全ての人に対して開かれていることを意味するのは自明だ。しかし新たに招かれた客の中で用意された婚礼の礼服を着ない客がいた。婚礼の礼服さえ王の側で用意されていたにもかかわらず、この客はそれを身につけるのを拒んだ。服とはキリストの救いを着ることを意味する。14節ではこの様な人は少なくないことを暗喩している。
福音は全ての人に開かれ、教会は訪れる人を受け入れる。しかしその人が自ら救いを受けようとしない限り、どれだけ説教を聞いても、教会に通っても魂の救いは得られない。信仰は多くの場合能動的であることが求められる。私は信仰的に受け身になってはいないだろうか。イエス様の祝宴に喜んで参加できるものとなろう。

Prayer(祈り)


イエス様、祝宴に招かれてもひねくれて用意された礼服を着なかった人の様で無く、与えられるものを喜んで身につける信仰を選びたいです。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

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