心の目を開く(ヨハネ8:36-39)

Scripture(聖書の言葉)


36 「先生。どなたがメシヤ様なのでしょうか。教えてください。ぜひ信じたいのです。」 37 「もうその人に会っているのですよ。あなたと話しているわたしがメシヤなのです。」 38 「主よ。信じます。」男はそう言って、イエスを礼拝しました。 39 するとイエスは言われました。「わたしがこの世に来たのは、心の目の見えない人を見えるようにするため、また、見えると思い込んでいる人に、実は盲目だということをわからせるためなのです。」

Observation(観察)


イエス様によって目が見えるようにされた盲目の男は、ユダヤ人指導者達にイエス様を否定するように迫られたあげく、追放されてしまう。会堂からの追放は、すなわちユダヤ人社会からの追放を意味する。イエス様に再会した盲目だった男の信仰告白に対し、イエス様は、ご自身が来られたのは心の目が見えない人を見えるようにするため、また自分は見えると思っている者に実は彼こそ盲目であることを知らせるためだ、と言われた。たしかに、目を開かれた結果信仰に至った盲目の男と、自らを正義とし頑なにイエス様を拒んだユダヤ人指導者はこの章で大きなコントラストを描いている。

Application(適用)


自分の知識、経験、立場にあぐらをかいていた自分を恥ずかしく思う。むしろ目が見えなくてもそれを自覚し、謙遜だった盲目の男の様でありたい。

Prayer(祈り)


イエス様、いま自分が見えると思っていることこそが霊的盲目のしるしであると知りました。今見えていないことをどうか教えて下さい。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

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