プリスキラとアクラの働き(使徒18:24-26)

Scripture(聖書の言葉)


24 そのころ、すばらしい聖書教師で、説教者としても有能なアポロというユダヤ人が、エジプトのアレキサンドリヤからエペソに来ました。 25-26 アポロはエジプトにいたころ、バプテスマのヨハネのことと、ヨハネがイエスについて語ったことを聞いた以外、何も知りませんでした。それでも大胆に、また熱心に、「メシヤ(救い主)がもうすぐ来られます。お迎えの準備をしなさい」と会堂で説教しました。プリスキラとアクラも、その力強い説教を聞きました。二人はあとでアポロに面会を求め、ヨハネの預言以後、イエスの身に起こったことと、その意味を正確に説明しました。

Observation(観察)


有能な説教者アポロがエペソで活躍したが、バプテスマのヨハネのこと以外知らなかった。それでも大胆に、熱心に彼は語ったとある。それを見ていたプリスキラとアクラは彼にイエス様について正しく説明した。
聖書についての断片的な知識でも情熱と大胆さで福音を語ることが出来る。中国の地下教会の説教者は数節の手書きの御言葉を握りしめて伝道していると聞く。スマホでどこでも聖書を開ける私たちはなんと恵まれていることだろう。一方、そんなアポロにイエス様の事を教えたプリスキラとアクラの働きはとても重要だ。正しい知識を得たアポロはコリントで、これまで以上の活躍をする。

Application(適用)


プリスキラとアクラのように、正面たっての働きではなくても、要所要所で神に用いられる人が存在する。私の召しがどのような者であるかは未だ分からないが、何時どのように用いられても良いように絶えず備えてゆきたい。

Prayer(祈り)


イエス様、神の重要な局面でしっかりとその役目を果たすことが出来ますように。その時を見逃さないような私にして下さい。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

恐れおののいた看守(使徒16:25-30)

Scripture(聖書の言葉)


25 真夜中ごろ、パウロとシラスは、主に祈ったり、賛美歌をうたったりしていました。ほかの囚人たちもじっと聞き入っています。その時です。 26 突然、大地震が起こりました。牢獄は土台からぐらぐら揺れ動き、戸という戸は開き、囚人たちの鎖もはずれてしまいました。 27 看守が目を覚ますと、戸が全部開いています。看守は、てっきり囚人がみな脱走したものと思い、もうだめだとばかり、剣を抜いて自殺しようとしました。

28 その瞬間、パウロが叫びました。「早まるな! 全員ここにいる!」

29 看守はあかりを取って中に駆け込み、恐ろしさのあまりわなわな震えながら、パウロとシラスの前にひれ伏しました。 30 そして二人を外に連れ出し、「先生方。救われるには、どうすればよろしいのでしょう」と尋ねました。

Observation(観察)


パウロとシラスが鞭打たれ牢に繋がれた夜、突然大地震が起こり、牢屋の戸は開き、囚人達の鎖も外れてしまった。看守にとっては大変な衝撃だっただろう。大地震ではパウロ達の処遇に対する神の介入を感じただろうし、囚人の脱走が起きれば自分が責任をとって死なねばならない。そのようなパニック陥った彼は自殺をしようとした。パウロが止めなければ彼は死んでいただろう。看守はこの状況からの救いを求め洗礼を受け、実際にこの件が問題となる事は無く、看守は救われた。

Application(適用)


人生の中で大きな事が立て続けに起きてしまい、どうしたよいか分からない時がある。そのようなときにはこの看守を思い出し、神に助けを求めることを忘れないようにしよう。

Prayer(祈り)


イエス様、時として沢山の事柄に対応しなくてはならず混乱するときがあります。そのようなときに慌てずあなたに解決を求めることが出来ますように。自分の力でじたばたしてしまうことが無いようにして下さい。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

神を見つけ出す(使徒14:16-17)

Scripture(聖書の言葉)


16 過去の時代には、神様は、あらゆる国民がそれぞれ自分勝手な道に進むことを許しておられました。 17 といっても、神のことが全然わからなかったわけではありません。神を思い起こさせるものは、いつでも私たちの周囲にあったのです。たとえば、雨を降らせてくださったのも神ですし、食べ物が不足しないようにと、収穫を与えて、喜びに満たしてくださったのも神なのです。」

Observation(観察)


ルステラの町で神に祭り上げられそうになったパウロが民衆を制して語った言葉である。偶像に満ちた環境でも神は御自身を想起させる物事を起こして下さる。偶像崇拝をしている人にも神は御自身を現し続けて下さるのだ。

Application(適用)


問題はそこから唯一の神を見つけ選び出すことができるかどうかだ。だれかそれを知らせる人が居なければ人々は神を見つけられない。だから私たちは福音を証ししなければならないのだ。

Prayer(祈り)


イエス様、偶像の溢れる日本で、あなたを見つけ出すことが出来たのは幸いでした。その背後には多くの人の働きと祈りがあります。どうかその働きに加えて下さい。わたしに出来ることが何か、教えて下さい。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

教会の祈り(使徒12:1-7)

Scripture(聖書の言葉)


そのころ、ヘロデ王(ヘロデ・アグリッパ一世)は一部のクリスチャンに迫害の手を伸ばし、 2 ヨハネの兄弟で使徒のヤコブを惨殺しました。 3-4 このことでユダヤ人の指導者たちが上きげんになったことを知ると、今度はペテロを逮捕しました。ちょうど過越の祭りの最中だったので、祭りが終わりしだい処刑のためにユダヤ人に引き渡すつもりで牢に入れ、十六人の兵士に監視させました。 5 教会では、そのあいだ中、「ペテロをお守りください」と熱心な祈りを神にささげていました。

6 処刑前夜、ペテロは二人の兵士にはさまれ、二重の鎖につながれて眠っていました。牢獄の門の前には、ほかの番兵が立っています。 7 そのとき突然、牢獄の中がぱっと光り輝き、主の使いが現れました。天使はペテロのわき腹をつついて起こし、「さあ立って、急ぎなさい」と言いました。そのとたん、鎖が手首からはずれました。

Observation(観察)


ペテロは再び逮捕された。処刑前夜に超自然的な神の介在により、ペテロは牢獄から逃れた。その背後には教会の熱心な祈りがあった。教会の一致した祈りには力がある。歴史を動かし、神の国を前進させる力だ。

Application(適用)


教会の祈り、というものに無頓着であったように思う。一致した祈りのテーマに沿って祈ることには力があるのだ。教会内のニーズを知り、熱心に祈るものとなりたい。

Prayer(祈り)


イエス様、教会のために祈らせて下さい。気付かないだけで、実は沢山の祈りを必要とするテーマがあると思います。それを敏感に察知する能力を下さい。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

コルネリオの洗礼(使徒10:44-48)

Scripture(聖書の言葉)


44 ペテロがまだ話しているうちに、聖霊が一人一人に下りました。 45 ペテロに同行して来たユダヤ人のクリスチャンたちは、外国人にも聖霊の賜物が与えられたので驚きました。 46-47 しかし、これは疑う余地のない事実でした。人々は自由にそれぞれ異なった国のことばで話し、神を賛美していたからです。「私たちと同じように聖霊を受けたのですから、この人たちにバプテスマ(洗礼)を授けることに、だれも反対できません。」こうきっぱり言いきると、 48 ペテロは、キリスト・イエスの名によって、バプテスマを授けました。コルネリオはペテロに、数日間、泊まってほしいと頼みました。

Observation(観察)


神を敬う外国人コルネリオとペテロの邂逅は聖霊様による促しの結果であった。これまでユダヤ人のみに向かっていた福音が、この日全世界に向かって開かれた。この事が神から出たものであることを聖霊様は賜物を与えることで証明した。
大きな歴史の転換期には聖霊様が関与されるのだ。いままであり得ないと思っていたことが現実のものとなる。極東の日本人である私にまで福音が届いたのは、このコルネリオの事柄のように聖霊様の介在する働きの連続の結果なのだ。

Application(適用)


聖霊様の奇跡の連続によって福音が届けられた私は、受けるだけではなく誰かに福音を届けることでこの働きに加わりたい。聖霊様の働きをこの目で見たいと願う。

Prayer(祈り)


イエス様、あなたの救いを知らせる働きに加えて下さい。どんな小さいことでも結構です。あなたの業をこの目で見たいのです。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

慰めるもの(使徒9:26-27)

Scripture(聖書の言葉)


26 エルサレムに着いたパウロは、弟子たちの仲間に加わろうとしましたが、だれもパウロを仲間だとは信じられず、恐れるばかりでした。 27 しかし、バルナバは違いました。パウロを使徒たちのところへ連れて行き、一部始終を彼らに説明しました。パウロがダマスコに向かう途中で主にお会いしたこと、また、主がパウロに語られたことばや、ダマスコでパウロが、イエスの名によって力強い説教をしたことなどを。

Observation(観察)


天からの光を見、イエス様のことばを聞いた迫害者パウロは、全く別な人に変わってしまった。イエス様を証しし始めた。彼はエルサレム教会に加わろうとしたが、当初認められなかった。迫害者としての彼の過去はあまりに大きかった。パウロの落胆も大きかったかもしれない。バルナバという存在がなければ、パウロはエルサレム教会に加えられることもなく、キリスト教の歴史は大きく変わっていただろう。バルナバによってパウロは慰めを得、またかつての迫害を赦されるという経験を得た。

Application(適用)


私はどちらかというと冷淡で、世の中の論調にのって、そのとき批判されている人に対し、世の尻馬に乗って一緒に批判しがちなところがある。苦しんでいる人の身になり、寄り添う気持ちが薄い者だ。出来るならば人々を慰め励ますものとなりたい。世界を変えるのは批判ではなく、誰かに寄り添う愛なのだ。

Prayer(祈り)


イエス様、弱く自分勝手な私をゆるしてください。隣人への愛を日々増して下さい。批判よりも寄り添うことを選ばせて下さい。私も弱いですが、慰めを必要としているとは私の周りに沢山居ます。彼らの所に遣わして下さい。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

ステパノの死(使徒5:59-60)

Scripture(聖書の言葉)


59 石が雨あられと飛んで来る中で、ステパノは祈りました。「主イエスよ。私の霊を迎え入れてください。」 60 そして、ひざまずき、「主よ。どうぞこの罪の責任を、この人たちに負わせないでください!」と大声で叫んだかと思うと、ついに息絶えました。

Observation(観察)


ユダヤ人指導者達の前でステパノは堂々とイエス様を証しし、石打ちに会って息絶えた。最後の言葉は「主よ。どうぞこの罪の責任を、この人たちに負わせないでください!」であった。この言葉はルカ伝の「父よ。彼らをお赦しください。彼らは、何をしているのか自分でわからないのです。」に重なる。
もしかするとイエス様の様に生きることは、人によっては、まれには出来るかもしれない。しかしイエス様の様に死ぬことはとても難しいと思う。わたしならユダヤ人達を呪いながら死んでしまうかもしれない。

Application(適用)


この年齢になると、時としてやがて来る死について考えることがある。最後は穏やかに、とか、苦しまずに、とか自分の状況についてばかり願ってしまう。しかし最後の一瞬にどのように輝くかが人生の集大成なのだ。最後の最後まで神と人のために生きよう。

Prayer(祈り)


イエス様、生も死もあなたの御手にあります。人生の全てにおいて、自分勝手に生きることを止めたいと願っています。あなたの望まれる生き方を生かせて下さい。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

主のことを語り合う人(マラキ3:16)

Scripture(聖書の言葉)


16 その時、神を恐れる者たちが、
互いに主のことを語り合っていました。
主は記憶の書を作成して、
主を恐れ、
主について考えることを喜ぶ者たちの名前を
記しました。

Observation(観察)


預言書の最後の書であるマラキ書では、堕落したイスラエルに対する警告が述べられている。しかしこの節ではそのような状況にあっても神を畏れる人々について書かれている。互いに主のことを語り合い、主について考えることを喜ぶ者と表現されている。現代に当てはめるなら、交わりのなかで神について語り、日々のデボーションに於いて御言葉に心を向ける。そのような人々の事ではないだろうか。

Application(適用)


私の教会での姿勢を考えるならば、あまりに神について語ることが少なかったと思う。何か恥ずかしいような思いを持ち、あるいは敢えて語らないのが潔い、といった間違った姿勢を持っていた。この点を改めて、うっとうしいくらいに神について語る者になりたい。

Prayer(祈り)


イエス様、妙に格好つけて教会で過ごしていました。ゆるしてください。神について教会で語れないなら、どうやって教会の外で語れるでしょう。教会の中でも外でも、よろこんで自分の救いについて語れるものとなりますように。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

イエス様とともにいる(使徒4:10-13)

Scripture(聖書の言葉)


この出来事は、あなたがたが十字架につけ、神様が復活させてくださった、あのメシヤ(救い主)、ナザレのイエスの名と力とによるのです。 11 メシヤのイエスは、まさに『建築士たちの捨てた石が、最も重要な土台石になった』(詩篇118・22)と聖書にある、その石なのです。 12 この方以外には、だれによっても救われません。天下に、人がその名を呼んで救われる名は、ほかにないのです。」

13 あまりにも大胆なペテロとヨハネのことばに、議員たちは驚き、たじたじとなりました。二人は明らかに、教育も受けていなければ、宗教の専門家でもないのです。とうとう、イエスといっしょにいたからそうなったのだ、と認めないわけにはいかなくなりました。

Observation(観察)


足萎えの男の事についてユダヤ人指導者達はペテロとヨハネを逮捕し、尋問した。しかしペテロは整然と反論し、議員達を驚かせた。
そして彼らは「イエスといっしょにいたからそうなったのだ」と結論づけざるを得なかった。
イエス様と共にいる事は変化をもたらす。人々を恐れイエス様を否んだペテロがこのような大胆な者と変えられた。教育の機会のなかった彼らがユダヤ人指導者達を驚かせるほどに理路整然とイエス様を証しした。

Application(適用)


私もイエス様とともに歩み、イエス様の働きのために変化されたい。このままの私で留まっていてはならない。サタンの脅かしに屈せず信仰者として立ち続ける者でありたい。

Prayer(祈り)


イエス様、ペテロのように大胆になれますように私を変化させて下さい。人々に対する恐れを取り除いて下さい。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

足萎えの男(使徒3:7-8)

Scripture(聖書の言葉)


7-8 そう言うなり、ペテロは手を貸して彼を立たせようとしました。すると男は、驚いたことに、足もくるぶしもたちまち強くなり、しっかりと立ち上がったのです。そして、すたすた歩き始めました。ペテロとヨハネが宮に入ると、彼は跳んだりはねたりして、神を賛美しながらついて来ました。

Observation(観察)


美の門に毎日運ばれて物乞いをしていた男にペテロは「ナザレのイエス・キリストの名によって命じる。さあ、立って歩きなさい。」と言って手を貸して立たせた。生まれつきの足なえであったのだから、立ち上がる方法も全く分からなかったはずだ。しかしこの男はイエスの名によって立ったのだ。

Application(適用)


私は足萎えの男のようではないだろうか。正しいことをしたくてもその方法が分からない、その機能がそもそもない。それでもイエス様は私が立ち上がり、正しいことが出来る様に弱った足を立て直し、その方法を心に示して下さる。

Prayer(祈り)


イエス様、私を立たせて下さることを感謝します。イエス様の名にすべての秘訣と力があることを信じ告白します。立ち上がり喜んで賛美します。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。