賜物を見つけたい(1テモテ4:14-15)

Scripture(聖書の言葉)


14 あなたが任職に当たって教会の長老たちの按手(頭に手を置いて祈る)を受けた時、神が預言を通して与えてくださった聖霊の賜物(神の恵みによって一人一人に与えられたもの)を大切にしなさい。 15 それを十分に活用して、今の仕事に全身全霊、打ち込みなさい。そうすれば、あなたの進歩と向上がすべての人に明らかになるでしょう。

Observation(観察)


賜物を大事にし、活用するようにとパウロはテモテを励ましている。全てのクリスチャンには賜物が与えられているという。賜物を発見するようなテストやカリキュラムもあるが、重要なのは自分が確信を持って用いることが出来るかどうか、精一杯生かすことが出来るかどうかなのだと思う。

Application(適用)


教会でいくつかの働きに関わらせて頂いているが、これらが本当に自分の賜物に一致しているのかは分からない。可能な限りいろいろな働きに関わらせて頂き、自分の賜物を発見出来たらと思う。

Prayer(祈り)


イエス様、自分の不器用さにあきれるときがあります。自分の果たすべき役割が見いだせないでいます。導いて下さい。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

天に目を向ける(コロサイ3:1-3)

Scripture(聖書の言葉)


1キリストが死からよみがえられた時、あなたがたも共によみがえったのですから、天にある無尽蔵の富と喜びに目を向けなさい。そこでは、キリストが栄誉と力とを帯びて、神の右の座についておられます。 2 地上のことをあれこれ気に病まず、天上のことで心を満たされていなさい。 3 一度死んだわけですから、あなたがたの真のいのちは、キリストと共に天の神のもとにあるのです。

Observation(観察)


パウロは私たちの真のいのちの所在について、この世ではなく既に神の元にあると述べている。それ故に私たちの視点も、この世にある悩みや痛みではなく、天にある富と喜びに向けられるべきなのだ。
例えば自転車や自動車の運転の際に気をつけなければならないのは、「見ている方向に向かってしまう」事だ。運転中に歩道の人々や看板に気を取られていると簡単に事故を起こしてしまう。自分が今どこにいるのか理解していること、そして何に視点を置くのかが、自分の人生を決めてゆく。この世に視点をあわせ続けてはならない。天にいのちを置くものとして、天に在るものを見つめ続けよう。

Prayer(祈り)


イエス様、この世は私の興味を引くもので溢れています。気を取られずに、いつも天に向き直ることが出来ますように。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

価値あるもの(ピリピ3:7-9)

Scripture(聖書の言葉)


7 しかし私は、以前、非常に価値があると思っていたこれらのものを、今ではことごとく捨ててしまいました。それは、ただキリストだけを信頼し、キリストだけに望みをかけるためです。 8 主であるキリスト・イエスを知っているという、途方もない特権と比べれば、ほかのものはみな色あせて見えるのです。私は、キリスト以外のものは、がらくた同然と思っています。それは、キリストを自分のものとするためであり、 9 もはや、良い人間になろうとか、律法に従って救われようとか考えるのはやめて、ただキリストを信じることによって救われ、キリストと結ばれるためです。

Observation(観察)


イエス様を知っていることは途方もない特権だとパウロは言っている。至上の価値あるものを手にすれば、それ以外のすべてはがらくた同然とすら述べている。私は今持っているもの、家族、経験を価値あるものと感じている。まだわたしは至高の神を体験してはいないのであろうか。

Prayer(祈り)


イエス様、まだまだあなたのことを分かっていないことが分かりました。どうかあなたのことをもっと教えて下さい。狂ったように神を愛するものとして下さい。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

この世で長らえる(詩編119:17-19)

Scripture(聖書の言葉)


17 私を長く生かして、
いつまでもお従いできるようにしてください。
18 私の目を開いて、おことばの中に隠されている、
すばらしい祝福を見させてください。
19 私はこの地上では旅人です。
あなたの命令が私の地図であり、道案内なのです。

Observation(観察)


この世で生きることには痛みと困難がある。クリスチャンにとっては天国に移されることが最大の望みのはずだ。それでも詩編記者は、この世で長く生きて神にお従いしたいという願いを記している。この願いはどこから来ているのだろうか。それは神への愛と自分の使命への熱意だ。

Application(適用)


過去、正直に言って全てを投げ出して天に帰れるのなら、と思うことがあった。いまはそれが全く過ちであったことが分かる。私には使命が残っている。まだ始まってもいないかもしれない。また家族に対する責任がある。自分の成すべき事を投げ捨て逃げ帰るのなら、神は決して喜ばれないだろう。
人間はいつか必ず死ぬ。それまでの間、精一杯神に仕えよう。

Prayer(祈り)


イエス様、どのように生きるべきか、迷うときがあります。どうか果たすべき使命をお示し下さい。それを精一杯なしたいと願います。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

一つ(エペソ4:4)

Scripture(聖書の言葉)


4 私たちはみな、一つの体の各器官です。だれもが同じ御霊を与えられ、同じ輝かしい未来へと招かれています。 5 また、私たちの主はただ一人であり、信仰も一つであり、バプテスマ(洗礼)も一つです。 6 そして、私たちすべての上に立ち、すべての中に宿り、各器官である私たちを貫いて生きておられる、神であり父である方は一つです。

Observation(観察)


公同の教会の一人であり、各々の所属する教会に置かれている私たちは、キリストの体という唯一の存在の不可欠の器官である。そればかりではなく一つの聖霊様によって、一人一人が同じ未来に向かっている。この箇所には、繰り返し「一つ」という言葉が出てくる。一人の神によって私たちが一つとなって生きることをパウロは励ましている。

Application(適用)


教会の中で孤独感を感じることも度々ある。そのようなときは自分が教会から一歩引いてしまっているときが多い。寂しいときはかえって教会に向かって踏み込もう。話をしよう。

Prayer(祈り)


イエス様、一つの教会、一つの体の器官として生きることの実感と満足感を下さい。孤独を選んでしまうことがないようにして下さい。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

正しい動機で行動する(ローマ14:5-6)

Scripture(聖書の言葉)


5 ある人は、神を礼拝する特別な日として、クリスチャンもユダヤ教の祝祭日を守るべきだと考えています。しかし、他の人は、どの日もみな同様に神の日なのだから、いちいちそんな面倒なことをするのはまちがっている、と言います。こうした問題については、一人一人が自分で判断しなければなりません。 6 もし、主を礼拝するために特別な日を守っているなら、主をあがめようとしてすることなので、良いことなのです。偶像に供えた肉を食べる人についても、同じことが言えます。彼はその肉のことで主に感謝しているのですから、正しいのです。そんな肉には触れようともしない人もまた、主に喜んでいただこうと願うからそうするのであって、感謝しているのです。

Observation(観察)


同じクリスチャンであっても異なる背景があり、物事の感じ方も異なる。パウロは偶像に捧げた肉を喩えに用いてる。大事なことは隣人を躓かせないようにしたい、また神を喜ばせようという愛から来る動機だ。

Application(適用)


自分の行動を振り返ると、神を喜ばせる、隣人のために、というより自分の価値基準に従って物事を行ってきたという気がする。この点を私は変えなければならない。

Prayer(祈り)


イエス様、自分のなかの優先順位を神優先、隣人優先にすることが出来ますように。自分勝手な生き方をもう止めます。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

救いは心と言葉にある(ローマ10:6-9)

Scripture(聖書の言葉)


6 しかし、信仰を通して与えられる救いは、こう教えてくれます。「あなたは、キリストを見つけようと天を捜し回る必要も、助けていただこうと引き降ろす必要もない。」 7 また、「キリストをもう一度復活させようと、死者の中を歩き回る必要もない。」 8 というのは、キリストを信じることによって与えられる救いは、自分の心の中や口、まさに私たちのすぐ手の届くところにあるからです。 9 なぜなら、もし自分の口で、「イエス・キリストは私の主です」と告白し、自分の心で、「神はイエス・キリストを死者の中から復活させてくださった」と信じるなら、あなたは救われるのです。

Observation(観察)


8節には「救いは、自分の心の中や口、まさに私たちのすぐ手の届くところにある」と書かれている。私たちの思いと口から出る言葉に救いがあるという事だ。『もし自分の口で、「イエス・キリストは私の主です」と告白し、自分の心で、「神はイエス・キリストを死者の中から復活させてくださった」と信じるなら、あなたは救われるのです。』はキリスト教信仰の大きな土台だ。

Application(適用)


しかし、今、私の言葉と思いは、救いについてどれだけ近しいだろう。この世の価値観に浸って、救われていることすら忘れてはいないだろうか。いまからでも遅くない。言葉と思いを変えてゆこう。

Prayer(祈り)


イエス様、仕事の悩みや体調が自分の心の最優先になってしまっていることを赦してください。あなたを第一として、あなたに夢中になれるほどあなたを愛することが出来ますように。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

一方的な神の愛(ロマ8:38-39)

Scripture(聖書の言葉)


38 神の愛から私たちを引き離すことができるものは何一つない、と確信しています。死もいのちも、そんなことはできません。天使にもできません。地獄の全勢力が結集しても、神の愛から私たちを遠ざけることはできません。恐れも、不安も同様です。 39 あるいは、私たちが空高くのぼっても、海の底深くもぐっても、どこにいようと、神の愛から私たちを引き離すことはできません。

Observation(観察)


神の愛から私たちを引き離すものはなのも無いとパウロは言っている。死も命も、天使でも悪魔でも、私たちがどこに行ってしまっても、である。私たちの感情や状態に拠らず、一方的に神は愛して下さる。

Application(適用)


自分の思いが沈んでいたり、信仰的に健康でないときは、神の愛は失われてしまっているので無いかと思うときがある。しかしそうでは無い。神の愛は一方的で妬むほどに熱烈なものなのだ。自分がどんなに弱くても失敗しても無関係に、神は愛して下さる。

Prayer(祈り)


イエス様、あなたが示して下さった神の愛を感謝します。あなたを知らず、罪人であった時でさえあなたは私のために死んで下さいました。私の状態とは無関係に愛して下さる事を感謝します。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

行いによる自己義認(ローマ4:12)

Scripture(聖書の言葉)


12 アブラハムは同時に、割礼を受けているユダヤ人の信仰の父でもあります。ユダヤ人には、アブラハムの例から、自分たちがこの割礼の儀式によって救われるのではないとわかるはずです。アブラハムは、割礼を受ける前に、ただ信仰によって神の恵みを受けたからです。

Observation(観察)


割礼とは行いに拠って救われるという考えの象徴だ。これは現代のクリスチャンにとっても危険な罠になる。信仰を伴わない善行は、単なる自己義認でしかなく、神の福音の対極に在る。私たちは「正しいことは出来ない私であっても救い主を信じることによって救われる」事を信じ、いま救われていることを信仰によって受け止めている。信仰の結果として表れる善行ならば良い実を結ぶだろう。しかし信仰のない行いは空しい結果にしかならない。私の行動や言葉が信仰から出ているか、今一度点検しよう。

Prayer(祈り)


イエス様、信仰を見失い、ルーチンのように行いをもって何か良い結果を得ようとしていました。悔い改めます。一つ一つを信仰と感謝を持って行うことが出来る様に助けて下さい。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

良いものは受け入れる(1テサロニケ5:19-22)

Scripture(聖書の言葉)


19 聖霊の恵みを無にしてはいけません。 20 預言する者を軽蔑してはいけません。 21 すべてのことをよく調べ、それがほんとうに良いものであれば、受け入れなさい。 22 あらゆる種類の悪から遠ざかりなさい。

Observation(観察)


キリスト教界には様々なムーブメントがある。ある種の流行と言っても良い。残念なことには聖書からはみ出してしまっているような働きもある。パウロの時代もそうであったのだろう。テサロニケの教会にも様々な教師が出入りしていたと思われる。彼らの教えに対しパウロは「 21 すべてのことをよく調べ、それがほんとうに良いものであれば、受け入れなさい。」と述べている。正しいこと、良いことであるかをよく調べてから受け入れるべきだ。パウロは全てを否定しているのではない。本当に良いものかどうかを見極めなさいと言っている。この教えは現代にも当てはまる。聖書という規範に当てはめて、良いものであれば受け入れ、悪いものであれば距離を置こう。

Application(適用)


何度も書いているがかつて所属していた教会に入り込んだ異端によって痛い目に遭わされた経験がある。彼らは大部分は聖書について語るが、僅かに違う、しかし何か魅力的なエッセンスを混ぜ込んでくる。それに呼応した人々を集め、聖書についてよりも自分の教えを教え始める。気がつくとイエス様よりも異端の指導者に夢中になってしまう。
このような苦い経験から、聖書以外について語る人には警戒している。純粋に聖書を語る人の話を聞き、そこから学ぼう。

Prayer(祈り)


イエス様、あなたの教えに忠実なものとならせて下さい。情報過多な今の世の中でもあなたの世転ばれる、本当に良いものを見極めてゆく事が出来ますように。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。