Scripture(聖書の言葉)
20 それからイエスは、弟子たちのほうをふり向き、話し始められました。「あなたがた貧しい人は幸福です。神の国はあなたがたのものだからです。 21 いま空腹な人は幸福です。やがて十分満足するようになるからです。泣いている人は幸福です。もうすぐ笑うようになるからです。 22 わたしの弟子だというので、憎まれたり、追い出されたり、悪口を言われたりするなら、なんと幸いなことでしょう。 23 そんなことになったら、心から喜びなさい。躍り上がって喜びなさい。やがて天国で、目をみはるばかりの報いがいただけるからです。そして、同じような扱いを受けた、昔の預言者たちの仲間入りができるのです。
Observation(観察)
山上の垂訓について、解釈はさまざまあるが、まっすぐに読むなら、報いはすべて永遠の天の御国、神の国にある、と言う物だ。
現世での利益、繁栄について語るキリスト教諸派も多くあるが、イエス様の語られた本質は、あくまで「神の国」であり、この世での癒しも繁栄も、イエス様のあわれみによるギフトである。それは喜んで受け、求めるべき物だが、それでも神の国の素晴らしさに勝る物では無い。
迫害に遭った多くのクリスチャン達は、この世での自身の繁栄をみて迫害に耐えたであろうか?そうではない、天を見上げて喜んだのだ。
イエス様の時代、医療も栄養も十分でなく、ローマの属国でも有った。このような時代に生きる人々にとって死は現代に比べてとても身近な物だっただろう。だからこそ、隣り合っている死に誠実に向き合ったのだ。
Application(適用)
私はどうであろうか、お金のことで一喜一憂し、病気になれば嘆きあちこちに愚痴り、誤解されれば怒り心頭で告発して歩く。。神の国を思うことなど一日に一度もあるだろうか。
私はこれを変えなければならない。日々天のことを思い、天の父なる神を想う者と変えられたい。そうすれば、イエス様の言われたとおり「もうすぐ笑うようになるからです。」という物になれるはずだ。
Prayer(祈り)
イエス様、神の国にふさわしい物に変えて下さい。今この瞬間から神の国の住民にならせてください。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。