神に近づく(ヤコブ4:8)

Scripture(聖書の言葉)


8 神に近づきなさい。そうすれば、神も近づいてくださいます。罪ある人たちよ。罪の生活から足を洗いなさい。純粋で真実な心の持ち主だと認めてもらえるように、神への思いで心を満たしなさい。

Observation(観察)


ヤコブは様々な警鐘の中で、「神に近づきなさい。そうすれば、神も近づいてくださいます。」と述べている。神に従うことを選択するなら、神も私たちの方を向いて下さる。一歩神に近づく歩みをするなら、神もその大きな一歩で近づいて下さる。

万有引力という物がある。質量のあるもの同士は引き合う、と言う物だ。そして両者が近くなればなるほど引き合う力は加速度的に強くなるのだ。私たちが神に近づくなら私たちはますます神に引き寄せられる。罪や妬みの入り込む隙間のないほどに強い力で引き合うのだ。

Prayer(祈り)


イエス様、喜んであなたの引力に引き込まれるものになりたいです。そのための一歩を今日も歩めますように。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

言葉に気をつける(ヤコブ3:4-5)

Scripture(聖書の言葉)


4 また大きな船も、小さなかじ一つで、どんな嵐の中でも思いのままに進路を変えることができます。

5 同様に舌もちっぽけなものですが、使い方を誤ると、途方もなく大きな害を生じます。小さな火が大きな森林を焼き尽くします。 6 舌は火と同じように、悪の炎で体全体を毒し、私たちの人生を滅びと災いの炎で焼き尽くすのです。

Observation(観察)


発する言葉によって、人間の思考ばかりでなく行動はコントロールされ、悪い言葉を用いれば人生そのものをも破壊してしまう。言葉は、伝える誰かに向けて発せられる物だ。私たちから出た言葉は、相手にも影響を与え、その人の人生にも影響を与えてしまう。逆に良い言葉を選べば、良い影響が私たちを中心に拡散して行く。見方によっては悪魔との陣取り合戦とも言えるかもしれない。まずは私の言葉を変えるところから始めよう。

Prayer(祈り)


イエス様、言葉に気をつけるべき事を何度も学びましたが、なかなかうまく行きません。話す前に一歩立ち止まって、知恵を持って語れるよう助けて下さい。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

アクションを伴う信仰(ヤコブ2:14)

Scripture(聖書の言葉)


14 愛する皆さん。自分には信仰があると言っても、それを行動で表さなかったら、どうしてその信仰を実証できるでしょう。そのような信仰が、人を救うことができるでしょうか。

Observation(観察)


ヤコブは、信仰があるというのなら、それには必ず行いが伴うはずだと言っている。行い、というと慈善活動などを想像しがちだが、行い、とはそれに限らない。伝道すること、親切にすること、祈ること、私たちクリスチャンの行動全てが信仰を基盤としているなら、ヤコブの言う「行い」を達成することになる。ここで注意しなければならないことは、信仰を伴わない、行いのための行いに人間は陥りがちだということだ。また、人によく見られたいための行い、という罠もある。私たちは今一度心を吟味して、信仰による行いを行っているか、再確認しよう。

Prayer(祈り)


イエス様、時には行いを伴わずじっとしている時もありました。逆に信仰を見失って行いだけになっている時もありました。どちらの極端になってしまわず、先ず信仰にしっかり立ち、なすべき事を勇気をもってなすことが出来ますように。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

聖書に取り組む(イザヤ29:11-13)

Scripture(聖書の言葉)


11 将来の出来事のいっさいは、彼らにとって封をされた書物同然になりました。ですから、いくら読解力のある人に渡しても、「読めません。封がしてありますから」と答えます。 12 別の人に回すと、「残念ながら、私は文字を読むことができません」という返事です。
13 そこで主は語ります。
「この民は、口先ではわたしの民だと言いながら、
実際にはわたしに従っていない。
彼らの礼拝は、機械的に覚えた文句の反復にすぎない。

Observation(観察)


聖書にどのように取り組むかは、人それぞれの距離感があるが、ただ一つ言えるのは、神の霊感によって書かれた聖書は同じく霊をもって解釈されなければならない、ということだ。聖霊様なくして聖書を受け取る事は不可能だ。ただ字面を追い、表面だけを眺めていても、神が本当に言いたいことには辿り着けない。御霊によって聖書を感じよう。

Application(適用)


とはいえ、気乗りしない時や、集中できないことは人間なので必ずある。固く捉えずに、ただ毎日読むことを続けたい。

Prayer(祈り)


イエス様、聖書を感謝します。読むほどに深く神のみ姿が浮き上がる思いです。続けて読み続けることの出来るスタミナが与えられますそうに。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

教会のリーダーシップ(ヘブル13:17)

Scripture(聖書の言葉)


17 教会の指導者たちの言うことを聞き、服従しなさい。彼らの務めは、あなたがたのたましいを見守ることだからです。彼らには、その役目をどれだけ忠実に果たしたか、神に報告する義務があるのです。彼らが、悲しみながらではなく、喜んで報告できるようにしてあげなさい。そうすることは、あなたがたのためでもあるのです。

Observation(観察)


聖書は、教会のリーダーシップの権威と務めを明確に記している。「言うことを聞き、服従しなさい」と強い言葉を用いている。現代にはそぐわない言葉かもしれないが、聖書の言葉は普遍にして不変である。例えリーダーが温和で強い表現をされなかったとしても、私たちは積極的に意をくんで従順でありたい。同時にその必要に応じて意図を尋ねるオープンな人間関係も重要だ。すれ違い、行き違い、誤解を避けるためだ。誤解や曲解は悪魔の常套手段だ。それに惑わされないようにしよう。

Application(適用)


いま通わせて頂いている教会では、強い指示や指導といった物は経験したことが無い。信徒が自ら成長する事を推奨するスタイルだ。それでも仮に私が行きすぎた言動や人を傷つけるような行動をするなら、適切な対処があるだろう。リーダーシップの適切な守りがあるからこそ、私たちは安心して集い、過ごすことが出来る。

Prayer(祈り)


イエス様、リーダー達のための祈りが足りなかったことを悔い改めます。彼らが良い働きが出来ますよう。多忙な中健康が守られますように。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

争いを避ける(ヘブル12:14-15)

Scripture(聖書の言葉)


14 争いを避け、きよい生活を追い求めなさい。きよくない人は主を見ることができないからです。 15 あなたがたのうちのだれも、神の祝福を失わないよう互いに注意し合いなさい。あなたがたの間に、憎しみや悪意がはびこらないよう十分に警戒しなさい。それは、多くの人の信仰生活に害を及ぼすからです。

Observation(観察)


ヘブル書記者は「あなたがたの間に、憎しみや悪意がはびこらないよう十分に警戒しなさい。それは、多くの人の信仰生活に害を及ぼすからです。」と警告している。教会は人間の集まりだ。コミュニケーションの行き違いや失敗は絶えず発生している。一歩間違えればそれは憎しみや悪意に変わってしまう。その結果は「多くの人の信仰生活に害を及ぼすからです。」教会全体に害を及ぼす恐れすらある。

Application(適用)


私は被害妄想気味なところがあり、他者の発言を攻撃と見なしてしまうことが多々ある。これは重大な欠点だ。人々の発言を前向きに捉え、自分を成長させるために受け取りたい。

Prayer(祈り)


イエス様、人との関わり方がうまく出来ずトラブルを起こしがちです。謙虚さと正しい人との距離感をもって生きることが出来ますように。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

寄留者として、旅人として(ヘブル11:13-16)

Scripture(聖書の言葉)

13 信仰に生きたこの人たちは、神に約束されたものを手にしてから死んだのではありません。しかし彼らは、約束のものが待っているのを望み見て、心から喜びました。この地上がほんとうの故郷ではなく、自分がほんのつかの間、滞在する旅人にすぎないことを自覚していたのです。 14 そう認めた時、彼らは心から、天にある故郷を慕い求めました。 15 もし彼らに、この世の魅力ある生活に戻る気があったなら、いつでも戻れました。 16 しかし彼らは、それには目もくれず、神が用意された天の都を一心に見つめていました。それで神は、彼らの神と呼ばれることを誇りとなさったのです。

Observation(観察)

アブラハムがカナンの地に着いた後も、この一族が天幕生活をしていたことに関して、聖書記者は「彼らは、約束のものが待っているのを望み見て、心から喜びました。この地上がほんとうの故郷ではなく、自分がほんのつかの間、滞在する旅人にすぎないことを自覚していたのです。 14 そう認めた時、彼らは心から、天にある故郷を慕い求めました。」と記している。これは、私たちも旅人であり、神の祝福の最も素晴らしい部分は、天の故郷で与えられる、ということだ。

Application(適用)

五十代半ばとなり、海外に飛び歩く元気も失われたとき「僕の到達点はここか、ここまでか」と悲しくなった。しかし私の旅は終わっていない。天の御国に帰る大事な道のりが残っている。この道を、神を証して生きるか、しょぼくれて生きるかは私の選択にかかっている。神を選ぼう。

Prayer(祈り)

イエス様、私も寄留者で、まだ道の途中な事を知りました。前半の生涯は、あなたの喜ばれないことばかりしていたように思います。これからは神の喜ばれる選択を、天を見つめてして行きます。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

神の前に出る(ヘブル10:19-23)

Scripture(聖書の言葉)


19 ですから、愛する皆さん。いま私たちは、イエスが血を流されたことによって、神のおられる至聖所に堂々と入って行けるのです。 20 この新しいいのちに至る道は、キリストがご自分の体という幕を引き裂くことによって開いてくださいました。私たちはこの道を通って、きよい神の前に進み出ることができるのです。 21 また、このキリストという偉大な大祭司が神の家を支配しておられるのですから、 22 私たちは、まちがいなく受け入れられるという確信と真実な心をもって、神の御前にまっすぐ進み出ようではありませんか。すでに、私たちの心はキリストの血を注がれてきよめられ、体はきよい水で洗われているのです。 23 いま私たちは、神が約束してくださった救いを、希望をもって待ち望むことができ、救いが確実であることを疑いなく語ることができます。神のことばは必ず実現します。

Observation(観察)


イエス様が祭司としてまた生け贄として血が流され、ご自身が引き裂かれることで至聖所への幕を引き裂く、ということを通し、私たちは神の前に出ることが許され、神の救いを受け取る事が出来る。ヘブル書記者は「私たちは、まちがいなく受け入れられるという確信と真実な心をもって、神の御前にまっすぐ進み出ようではありませんか。」と薦めている。喜んで神の前に出てこよう。

Prayer(祈り)


イエス様、私を受け入れて下さり感謝します。私が父なる神の前に出るために全てのことを完了して下さり感謝します。私が出来ることは御前に感謝することだけです。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

いのちを受け継ぐ(ヘブル9:15-17)

Scripture(聖書の言葉)


15 キリストは、この新しい契約を携えて来られました。それで、神に招かれる人はみな、約束されたすばらしい祝福にいつまでもあずかることができるのです。なぜなら、古い制度のもとで犯した罪の刑罰から救い出すために、キリストは死んでくださったからです。 16 たとえば、ある人が財産の相続人を指定し、遺言状を残して死んだとします。しかし、その被相続人の死が証明されなければ、だれもその財産に手をつけられません。 17 遺言は、被相続人の死後、初めて有効になるのです。その人が生きている間は、いくらそれが自分に関するものでも、どうすることもできません。

Observation(観察)


イエス様は新しい契約によってキリストに来る全ての人が救われるようにして下さった。その救いとはキリストのいのちの継承、相続である。相続である以上、相続する人の死が確認されなければならない。それがイエス様の十字架上の死なのだ。私たちは相続者として招かれている。キリストのいのちという相続財産は、何億人に相続しても目減りすることはない。

Application(適用)


相続人の資格は能力によるものではない。ただ相続すると指名された物が受け継愚のだ。私たち全てが相続者として招かれている。指名に応じよう。

Prayer(祈り)


イエス様、私のような者でもいのちを受け継ぐ者として下さり感謝します。喜んで相続人になります。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

主を知る(ヘブル8:10-11)

Scripture(聖書の言葉)


10 ここにわたしは、イスラエルの民と新しい契約を結ぶ。わたしはこの律法を彼らの心に刻む。そうすれば、何も言わなくても、彼らに、わたしの思いがはっきりわかるようになる。心の中に律法があるので、彼らは喜んで従うようになるだろう。こうして、わたしは彼らの神となり、彼らはわたしの民となる。 11 その日にはだれも、友人や隣人、兄弟に向かって、『あなたも、主を知りなさい』と言う必要がなくなる。なぜなら、どんな人でも、わたしを知るようになるからだ。

Observation(観察)


神は新しい律法を私たちの心に刻む、と言われる。神が誰で、神が望まれる物が何か、神を信じる人には解るようになる。というものだ。確かにクリスチャンになって真の神はどなたか、神が望まれている言動はなにか、わかるようになってきた。年数を経るごとに、その理解はさらに深くなるだろう。しかし、神の望みを知ることと、神に従って生きる事には大きな違いがある。古い私たちの罪の属性が、神に従うことをさせまいといつも邪魔してくる。良い行いは私たち自身の力で行うことは出来ないのだ。だからこそイエス様に助けて頂かなければならない。

Prayer(祈り)


イエス様、あなたのことが少しずつ解るようになりました。けれども行いにおいては、失敗ばかりしています。弱い人間のままです。ですからあなたの助けが必要です。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。