神の言葉(ヨブ38:1-3)

Scripture(聖書の言葉)


“主は嵐の中からヨブに答えられた。
知識もなしに言い分を述べて、摂理を暗くするこの者はだれか。
さあ、あなたは勇士のように腰に帯を締めよ。わたしはあなたに尋ねる。わたしに示せ。”
ヨブ記 38章1~3節
聖書 新改訳2017©2017新日本聖書刊行会

Observation(観察)


ヨブと友人達の果てしない議論の中で、神は突然介入された。
彼らの議論は当初ヨブを慰めることから徐々に如何にヨブが間違っているか、自分が正しいかを立証する方向に変わってしまった。

Application(適用)


私も神を崇める思いでいても、気がつくと自分にフォーカスが当たってしまっていることが多い。
そのようなとき、神の介入を求めたい。自分の言葉ではなく、耳に痛い言葉であっても神の言葉を聞きたい。

Prayer(祈り)


イエス様、ヨブに現れて下さったようにどうか私に声をかけて下さい。あなたの言葉で正されたいです。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

人と同じ立場に立つ(1コリント9:20-22)

Scripture(聖書の言葉)


20 私はユダヤ人といっしょにいる時は、ユダヤ人のようにふるまいます。それによって、彼らが福音に耳を傾け、キリストに導かれるためです。また、ユダヤ教の習慣や儀式を守っている外国人といっしょにいる時は、私自身はそのことに同意していなくても、議論したりはしません。何とかして、彼らを助けたいからです。 21 異教徒といっしょにいる時は、できるだけ、彼らに合わせるようにしています。もちろん、クリスチャンとしての正しさだけは失わないように気をつけますが。こうして、彼らに合わせることによって、その信頼を得、彼らをも助けることができるのです。 22 良心を悩ませやすい人たちのそばでは、自分の知識をひけらかすような行動をしたり、「それは考えが足りない」などと指摘したりはしません。すると、彼らのほうでも心を開いてくれます。その人が救われるためには、私はどんな人に対しても同じ立場に立とうと心がけています。

Observation(観察)


パウロの伝道の姿勢は、「相手の立場に歩調を合わせる」事であった。クリスチャンとしての正しさを守りながら、最大限相手の立場を理解し信頼を得るように努めた。

Application(適用)


私はまるで逆のことをしていたように思う。自分の正しさを前面に出し、相手の立場を思いやることは少なかった。自分の知識をひけらかすようなことも多々あった。語るよりも聞くことに重きを置くべきだったのだ。今からでも遅くはない。パウロにならい、相手に合わせる人になろう。

Prayer(祈り)


イエス様、自分の正しさだけを主張する生き方は人を躓かせるだけでした。躓かせるよりも倒れた人を立ち上がらせる働きをしたいです。私を変えて下さい。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

躓かせない配慮(1コリント8:1)

Scripture(聖書の言葉)


1次に、偶像に供えられた物を食べることはどうか、という質問に答えましょう。この件については、だれもが自分の判断は正しいと思っています。しかし、自分の知識がどんなに重要に思えても、教会を建て上げるためにほんとうに必要なのは愛です。

Observation(観察)


偶像に供えられた肉を食べるべきかどうか、という問いに対して、パウロはそもそも偶像の神々は実在しないのだから食べても害になならないとしながらも、その事によって他の感じ方をするクリスチャンを躓かせるなら、食べるべきではない、と言っている。
また、「自分の知識がどんなに重要に思えても、教会を建て上げるためにほんとうに必要なのは愛です。」とも言い、自分の知識による行動よりも他人を思いやっての行動の方がずっと重要だと宣べている。

Application(適用)


現代で言うなら、政治、経済、様々な領域に人々は多様な考えを持ち、教会に集っている。そのようななかで、特定の(偏りを持った)思想を声だかに伝えるならどうなるだろうか。別な考えを持つ人々を躓かせないだろうか。
教会に於いては、全ての人にとって価値のあるもの、愛するべきものについて語るべきであり、異なる見解があることが明確な問題について述べることは控えるべきだと考える。
教会は人々を繋ぎ建てあげられるべき場所であり、人々の悩ませバラバラにする場所ではないのだ。

Prayer(祈り)


イエス様、私の言葉に人々の心を痛める事があったら悔い改めます。どうか記憶を導いてください。人々が互いに喜び、愛し合う教会になれますように。私の言葉を変えて用いて下さい。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

神の力によって生きる(1コリント4:20)

Scripture(聖書の言葉)


20 神の国は、ことばだけのものではありません。神の力によって生きることなのです。

Observation(観察)


キリスト教は『言葉の宗教』という一面がある。御言葉を読み、告白して救われ、祈りに拠って神に願いを聞いていただく。たしかに言葉は重要だが、パウロはそれだけではないと言っている。すなわち、神の力によって生きる、ということだ。

Application(適用)


私は真実に神に生かされることを望んでいるだろうか、口先だけのクリスチャンになっては居ないだろうか。神の力が私の人生に働きました、と言える経験を持っているはずだ。それを見失ってはいないだろうか。

Prayer(祈り)


イエス様、あなたの奇跡によってここまで生きてきました。その大事な一つ一つを無かったかのように、人間的な知恵によって生きてきたような顔をしていたことをゆるしてください。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

単純に伝える(1コリント2:1-5)

Scripture(聖書の言葉)


愛する皆さん。私が初めて皆さんのところへ行った時、神のことばを伝えるのに、難しいことば遣いをしたり、高度な理論をふりまわしたりはしませんでした。 2 イエス・キリストと、その十字架上の死以外は語るまいと決心したからです。 3 私は弱々しく、おずおずと震えおののきながら、あなたがたのところへ行きました。 4 また私の説教も、説得力ある雄弁なことばや人間的な知恵にはほど遠く、単純そのものでした。しかし、そのことばには神の力があって、聞く人々は、それが神からのことばだとわかったのです。 5 私がそうしたのは、あなたがたの信仰が、人間のすぐれた思想にではなく、神に根ざしてほしかったからです。

Observation(観察)


パウロはコリントの人々に対し、難しい言葉や理論ではなく、単純に福音を伝えた。なぜならば福音そのものが神の知恵であって、人の知恵や雄弁さによる補強は不必要だったからだ。人間的な考えや知恵で薄められて伝えられた福音は神に根ざさない信仰者を生んでしまう。

Application(適用)


福音を伝えるとき、つい余分なことや自分の考えを付け加えてしまう傾向がある。もっと自分自身が単純に福音に感動する心を持たなければならない。心を子どものようにして聖書を読もう。

Prayer(祈り)


イエス様、あなたの福音よりも自分の考えが前に出てしまうことが多くありました。ゆるしてください。歪んで福音を伝えてしまった人が居るかもしれません。お許しください。その人が主にあって正しく成長できますように。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

隣人を愛する(ガラテヤ5:13-14)

Scripture(聖書の言葉)


13 愛する皆さん。あなたがたは自由を手にしているのです。それは、悪を行うための自由ではなく、互いに愛し合い、仕え合うための自由です。 14 律法の全体は、「自分を愛するように他の人を愛しなさい」(レビ19・18)という一つの命令に要約されるからです。

Observation(観察)


福音によって私たちが得た自由とは、互いに愛し合うための自由であるとパウロは言っている。生来の人間の性質では隣人を愛する事は出来ない。妬み、羨み、時には憎み、負の感情ばかりが私たちには沸いてきていた。しかしイエス様を信じることで、隣人を愛し、仕え合う事を妨害する肉の性質は打ち破られた。私たちは自らの望みとして、すすんで隣人を愛することが出来る様になったのだ。

Application(適用)


人を愛することは生来難しい。恵まれない環境に生まれ育ったものにとってはなおさらだ。それでも信仰を持つものには人を愛する能力が与えられる。その事を信じよう。

Prayer(祈り)


イエス様、いまも肉の性質に従ってしまい隣人を愛する事が出来ない事があります。聖書の約束を信じます。人を愛する能力を下さい。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

信仰に生きる(ガラテヤ3:11)

Scripture(聖書の言葉)


11 したがって、律法によってはだれ一人、神の恵みを受けることはできないわけです。神の前で正しい者と認められる道は信仰による以外にない、と神様は言っておられます。預言者ハバククが、「正しい人は信仰によって生きる」(ハバクク2・4)と語ったとおりです。

Observation(観察)


信仰を短く文章にすると「イエス様が神の子で罪を購われたことを信じる事によって救われることを信じる」となる。信じる事による結果を信じる、という入れ子のような構造になっている。

Application(適用)


思考の無限ループに陥らないためには考えを飛躍する必要がある。すなわち先ず信じる事で自分が理解できるように変化されることを期待するのだ。
信仰によって生きることは自ら考えを飛躍させ続けることだ。そのためには御言葉を通して神のお考えに触れ続けることが必要だ。どんな高性能な飛行機も燃料がなければ飛ぶことは出来ない。御言葉を受け続け、飛び続けよう。

Prayer(祈り)


イエス様、自分の常識をすてて神の御言葉の世界に飛び込みます。あなたの支配される法則の中で生きさせて下さい。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

福音に何も足さない(ガラテヤ2:6)

Scripture(聖書の言葉)


6 エルサレム教会のおもだった指導者たちも、私の宣べ伝えている内容に、何もつけ加えたりしませんでした。

Observation(観察)


パウロはイエス様と出会い、これまでの律法によって救われるという考えから180度方向転換し、イエス様を信じる信仰のみが救いの道であると確信した。外国人伝道に対しユダヤ教の教義を混ぜ込もうとする働きには耳を貸さず、福音のみを貫き通した。エルサレム会議の結果、使徒達の共通見解としてユダヤ教の教義を強制しないという結論に至った。

Application(適用)


福音はそれ自体で完璧な完成されたものだ。これに対して何か足したり、何かを引いたりすることはあってはならない。福音の純粋性を保って次の世代に向けて伝道することが私たちの使命なのだ。

Prayer(祈り)


イエス様、色々な情報が私を惑わせますが、福音のバトンをしっかりと握って、後に続く方に確実に手渡すことが出来ますように。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

痛みを差し引かず受けられたイエス様(マルコ15:22-25)

Scripture(聖書の言葉)


22 兵士たちは、イエスをゴルゴタ〔どくろ〕と呼ばれる場所に連れて行きました。 23 そこで、没薬を混ぜたぶどう酒(痛みを和らげる飲み物)を飲ませようとしましたが、イエスはお断りになりました。 24 兵士たちは、イエスを十字架につけてしまうと、さっそくくじを引き、その着物を分け合いました。 25 イエスが十字架につけられたのは、朝の九時ごろでした。

Observation(観察)


イエス様が十字架につけられるときローマ兵は鎮痛効果のある没薬を混ぜたぶどう酒をイエス様に飲ませようとしたがイエス様は断られた。その真意は分からないが、神に課せられた十字架刑の痛みを差し引くことなく受ける、というご意志の表れなのかもしれない。
受けるべき痛みとは、私たちの罪の刑罰だった。イエス様は全ての人の刑罰を取りこぼすことなく代わりに受けることを望まれ、その通りにされたのだ。

Prayer(祈り)


イエス様、私の罪のために、痛みを受けて下さったことを感謝します。私の受けるべき痛みをイエス様が代わりに受けて下さいました。もう過去の傷のことで痛がることを止めます。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

目を覚まして伝道する(マルコ13:35-37)

Scripture(聖書の言葉)


35 だから、しっかり目を覚ましていなさい。いつわたしが帰って来るか、夕方か、夜中か、明け方か、それともすっかり明るくなってからか、わからないのですから。 36 不意をつかれて、居眠りしているところを見られないようにしなさい。 37 あなたがただけでなく、すべての人にも念を押しておきます。わたしの帰りを、抜かりなく見張っていなさい。」

Observation(観察)


イエス様はいつお帰りになるかは、父なる神様だけが知っておられると言われた。だからしっかり目を覚まして、イエス様のお帰りを待つように命じられた。
イエス様の再臨は約束されているが、それは全ての人に福音が宣べ伝えられたのち、とも言われている。すなわち目を覚ましているとは、福音を伝える事を怠ってはならないと読み取ることが出来る。
いま福音を伝えていないのなら、それは寝込んでしまっているしもべと同じ事なのだ。福音を伝える事に飽いてはならない。

Application(適用)


自分の事にばかり目を向けていると、福音を伝える事に思いが行かなくなる。そういう意味では伝道に関わるミニストリーに関わることは自分を動かすために有益だと思う。
先日来日されたデニス先生も、得意ではなかったが救われた直後から伝道の働きに関わられたと言われていた。慣れなくても、人と話すことが不得意でも、使命として伝道したい。

Prayer(祈り)


イエス様、福音を語ることを誠実にできるように助けて下さい。搦め手や人間的なテクニックではなく、朴訥であっても、ただ福音そのものの力と聖霊様の助けによって救いを伝えて行けますように。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。