神の国(ルカ17:20-21)

Scripture(聖書の言葉)


20 ある日、パリサイ人たちがイエスに尋ねました。「神の国はいったい、いつ来るのですか。」イエスは答えて言われました。「神の国は、目に見える形では来ません。 21 『ここに来た』とか、『あそこに来た』とか言えるものではないのです。はっきり言いましょう。神の国は、あなたがたの中にあるのです。」

Observation(観察)


神の国の訪れは、私たちが最も求めてやまない物だ。しかしそれは目には見えないかたちで訪れるとイエス様は言われた。物質的な事柄や政治的な者では無い。「神の国は、あなたがたの中にあるのです。」と、神の国は私たちの内面にやって来るのだ。すなわち、神の支配、神の平安、神の祝福が私たちの心と魂にやって来るということだ。

Application(適用)


仮に神の国が目に見える形で来たとしても、私たちの内面がのろいと悲しみに縛られたままであったら、それは何の意味も無い。私たちの内面に神がおられるのなら、外面的な状況とは無関係に、神の喜びが私たちを包まれる。そしてその喜びは天の御国に変えるときまで続くのだ。

Prayer(祈り)


イエス様、御国が私の心に来ますように、あなたのご支配が私の魂に来られますように。心から望みます。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

どこでも祝福される神(創世記39:20-23)

Scripture(聖書の言葉)


20 真相をよく調べもせず、すぐさまヨセフを捕らえ、王の囚人が入れられる監獄に放り込みました。 21 しかし、主は監獄の中でさえヨセフとともにいて、何事にも心にかけてくださったので、ヨセフは看守長にとても気に入られました。 22 この男なら大丈夫と見抜いた看守長は、やがてすべての囚人の面倒を見るよう、監獄内の管理をいっさいヨセフに任せることにしました。 23 それからというもの、ヨセフが取り仕切ったので、看守長は何の心配もなくなりました。主がヨセフとともにおられるので、彼は何をしてもスムーズに事が運びました。

Observation(観察)


妬みから兄弟達に売られ、エジプトで奴隷となったヨセフだが、彼の働きはどこでも祝福された。ポティファルの元で働けば彼の家は祝福され、監獄に入れられれても彼の周りには祝福があった。さらにはエジプト全土が飢饉から守られる祝福を神はヨセフの故に与えられた。どのような立場になっても、奴隷であっても囚人であっても、あるいは総理大臣であったとしても、ヨセフの祝福は変わらなかった。

Application(適用)


人生の上がり下がりは誰しも経験する。しかし神が共におられればその場所は祝福され、神の栄光が現れるのだ。現状に失望せず、神が今ともにおられることを喜ぼう。

Prayer(祈り)


イエス様、あなたの祝福がどれほど大きい物であるか、ヨセフの生涯をみて少しだけ分かりました。同じ神の同じ祝福を大胆に求めます。この場所を祝福して下さる事を信じます。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

連れ帰られた罪人(ルカ15:1-7)

Scripture(聖書の言葉)


1イエスの教えを聞きに来る人たちの中には、あくどい取り立てをする取税人や罪人といわれる者たちがかなりいました。 2 ユダヤ教の指導者や律法の専門家は、イエスがそういう問題の多い人々とつきあい、時には食事までいっしょにするのを見て、批判しました。

3 そこでイエスは、次のようなたとえ話をなさいました。 4 「羊を百匹持っているとします。そのうちの一匹が迷い出て、荒野で行方がわからなくなったらどうしますか。ほかの九十九匹は放っておいて、いなくなった一匹が見つかるまで捜し歩くでしょう。 5 そして、見つかったら、大喜びで羊を肩にかつぎ上げ、 6 家に帰ると、さっそく友達や近所の人たちを呼び集めて、いっしょに喜んでもらうでしょう。 7 それと同じことです。迷い出た一人の罪人が神のもとに帰った時は、迷ったことのない九十九人を合わせたよりも大きな喜びが、天にあふれるのです。

Observation(観察)


イエス様はあらゆる階級の人と共におられた。とくに差別され虐げられている人々と多くの時間を過ごされた。罪人たちとも親しくされた。イエス様を批判したパリサイ派やサドカイ派の人々に対し、「迷い出た一人の罪人が神のもとに帰った時は、迷ったことのない九十九人を合わせたよりも大きな喜びが、天にあふれるのです。」と言われた。イエス様は罪人を裁くことなく、神の元に連れ帰るために来られたのだ。

Application(適用)


わたしも連れ帰っていただいた罪人の一人だ。私が神に立ち返ったとき、イエス様は私を喜んで方にかつぎ上げ、神の元に連れ帰って下さった。このことをいつも忘れず感謝しよう。

Prayer(祈り)


イエス様、あなたが私を探して見つけて下さった事を感謝します。この原点を忘れずに感謝し続けます。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

地の塩(ルカ14:34-35)

Scripture(聖書の言葉)


34 塩が塩けをなくしたら、何の役に立ちますか。 35 塩の価値のない塩など、肥やしにもなりません。捨てるほかないのです。聞く耳のある人は、よく聞きなさい。」

Observation(観察)


イエス様は私たちに、地の塩でありなさいと言われた。この世の腐敗を防ぎ、正しさをもたらす者であれ、という意味だ。一方でこの箇所は、私たちが塩気を失うことについての警告である。私たちが自分のミッションを投げ出すなら、私たちは存在意義を失うことを意味する。
私たちは塩気を保っているだろうか。この世を正しく保つためのミッションを握っているだろうか。

Prayer(祈り)


イエス様、神の民としての働きを私が見失うことが無いように助けて下さい。地の塩として生きたいです。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

使命感を持って大胆に生きる(ルカ13:31-33)

Scripture(聖書の言葉)


31 ちょうどその時、数人のパリサイ人が近寄って来て、イエスに忠告しました。「いのちが惜しかったら、ここから出て行きなさい。ヘロデ王があなたを殺そうとねらっています。」

32 イエスはお答えになりました。「あのきつねにこう言ってやりなさい。今日も、明日も、わたしは悪霊を追い出し、病人をいやし、そして三日目に目的を果たします。 33 今日も、明日も、その次の日も、わたしは進んで行くのです。神から遣わされた預言者が、エルサレム以外の場所で殺されることはありえないからです。

Observation(観察)


ヘロデの脅かしにイエス様は一切屈することはなかった。イエス様はこの世での果たすべき使命を知っておられ、それが完了するまでは決して死なないと分かっておられた。この強大な使命感は神の召命によるものだ。私たちは自分の行く末をいつも心配して、おろおろしてしまう。そのような弱い私たちにこそ、使命感が必要だ。神の計画に拠って生きる、生かされると考えるなら、なにも恐れることは無い。堂々と、大胆に生きてゆこう。

Prayer(祈り)


イエス様、私の弱い心をあなたの召しという柱で支えて下さい。どんな働きであっても、神によって与えられたと感じるなら、精一杯人生をかけて全うすることが出来ます。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

富の用い方(ルカ12:15-21)

Scripture(聖書の言葉)


15 続けてイエスは群衆に言われました。「貪欲にはくれぐれも注意しなさい。どんな金持ちでも、人のいのちは財産とは無関係なのですから。」

16 それからイエスは、たとえ話を一つなさいました。「ある金持ちが、良い作物のとれる肥えた畑を持っていました。 17 倉はいっぱいで、収穫物を全部納めきれないほどです。あれこれ考えたあげく、うまい考えを思いつきました。 18 『こうすればいい。あの倉を取りこわして、もっと大きいのを建てる。そうすれば、作物を全部納められる。』 19 ひとり満足した金持ちは、われとわが身に言い聞かせたのです。『もう何も心配はいらないぞ。これから先何年分もの食料がたっぷりある。さあ、食べて、飲んで、楽しくやろう。』 20 しかし神は、こう言われました。『愚か者よ! あなたのいのちは、今夜にもなくなる。そうしたら、ここにある物は、いったいだれのものになるのか。』 21 いいですか。この地上でいくらため込んでも、天国に財産を持っていない者は、愚か者なのです。」

Observation(観察)


貪欲は底なし沼のようで、決して満たされることが無い。貧しさが正しいというわけではないが、物質主義や無闇な上昇志向は神を見失わせる。「人のいのちは財産とは無関係なのですから。」とイエス様は言われた。与えられた富(お金ばかりではなく才能や時間)を自分の満足の為に用いるか、天国のために用いるか、自分に与えられた物の使い道を考えよう。

Prayer(祈り)


イエス様、自分の持っているものが何であるか考えることが多くなりました。家庭も仕事も時間も、あなたが下さった物です。あなたが喜ばれるように用い、生きてゆきたいです。貪欲に二度と囚われることが無いように助けて下さい。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

心が照らされるように(ルカ11:33-36)

Scripture(聖書の言葉)


33 ランプをつけて、わざわざそれを隠す人がいますか? ランプは部屋を明るく照らすものだから、燭台の上に置かなければ何にもなりません。 34 目は、心の中まで明るくします。澄みきった目は、たましいの中まで光を通します。肉欲に汚れた目は、光をさえぎり、あなたを暗闇に閉じ込めてしまいます。 35 ですから、光がおおい隠されないように、よく気をつけなさい。 36 心の内面が光で満ちあふれている人は、顔も、光をあてられたように明るく輝きます。」

Observation(観察)


プラトンは目は心の窓と言った。目が何を見るかによって心は影響を受ける。私たちは何を見つめるか選択することができる。暗闇を覗き込み続ければ心は深く落ち込んでしまう。神と天の御国を見上げれば心は明るくなる。一瞬一瞬の選択が私たちの心を作り上げてゆく。

Application(適用)


また、イエス様は「36 心の内面が光で満ちあふれている人は、顔も、光をあてられたように明るく輝きます。」とも言われた。私の顔は明るく輝いているとは言えない。しかめっ面で過ごしていることも多い。私の内面は光で照らされる必要がある。顔を上げて神を仰ごう。

Prayer(祈り)


イエス様、心の中を照らして下さい。あなたに目を向け続けます。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

神の国について宣べる(ルカ10:8-11)

Scripture(聖書の言葉)


8-9 喜んで迎えてくれる町では、次のことを守りなさい。出された物は何でも食べることと、病人をいやし、『神の国が、すぐそこまで来ている』と宣言すること、この二つです。 10 しかし、歓迎してくれないような町では、大通りに出て、こう言いなさい。 11 『あなたがたは必ず滅びます。これがそのしるしです。この町のちりは、私の足から払い落として行きます。ただ、神の国がすぐそこまで来ていることは知っておきなさい。』

Observation(観察)


イエス様が70人の弟子を伝道に派遣する際に語られたことばだ。弟子達を歓迎する町と、そうでない町があることをイエス様はあらかじめ弟子達に伝えている。どちらの町に対しても共通してするべき事として、「『神の国が、すぐそこまで来ている』と宣言すること」と言われた。私たちが伝道するとき、神の国の訪れについてどれほどのウエイトをもって話しているだろうか。

Application(適用)


私は、伝道して、断られたら慌てて話題をかえてその場を取り繕うとはしていないだろうか。神の主権とさばきがやがてやって来ることとイエス様の救いの福音は表裏の関係だ。どちらか一方が欠けていてはいけない。

Prayer(祈り)


イエス様、伝道するとき、神の国についてしっかり語れるようにして下さい。そのために、神の国についてより深く理解出来る様に、御言葉を通して教えて下さい。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

福音に真剣になる(ルカ9:59-62)

Scripture(聖書の言葉)


59 またある時、イエスは別の人に、弟子になるようにと声をおかけになりました。彼は、父親の葬式を出すまで待ってくださいと頼みました。 60 イエスはお答えになりました。「死人のことは、あとに残った者たちに任せておきなさい。あなたの務めは、出て行って、世界中の人たちに神の国が来ると伝えることです。」

61 別の人はこうも言いました。「先生。喜んでお従いします。でもその前に、家族に別れを告げてきたいのですが。」 62 しかし、イエスは言われました。「ほんの片時でも、自分のために計画された仕事から目をそらす者は、神の国にふさわしくありません。」

Observation(観察)


この二人の弟子候補の話は、私たちが福音に熱心になることがどれほど重要かを考えさせられる。イエス様に弟子になるよう招かれたヨハネやペテロは、その場で全てを捨てて従った。私たちに今イエス様は家族を捨てるように言われてはいないが、それでも、福音に対して真剣に取り込むことを求めておられるのではないだろうか。「ほんの片時でも、自分のために計画された仕事から目をそらす者は、神の国にふさわしくありません。」とイエス様は言われた。神は私に計画を持っておられる。その計画を進めることに真剣でなければならない。

Prayer(祈り)


イエス様、真剣に神の国のために働くことをさせて下さい。自分の進むべき道を示して下さい。また働きに耐えられる体力と気力を下さい。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

聞く耳を持つ(ルカ8:18)

Scripture(聖書の言葉)


18 だから、神のことばをどのように聞いたらよいか、よく注意しなさい。持っている者はさらにたくさん与えられ、持っていない者は、持っているつもりの物までも取り上げられてしまうからです。」

Observation(観察)


神の言葉をどう受け止めるか、イエス様は弟子達に注意深くあるよう戒められた。「持っている者」とは「聞く耳のある者」の事だ。御言葉を読むときや礼拝メッセージを聞くとき、ただ漫然と読んだり聞いたりするのではなく、それがどんな意味なのか、自分にとってどのような事なのかと自分に問いながら聞くことが重要だ。神の言葉は聞き流して良いような軽い物ではない。

Prayer(祈り)


イエス様、もっと真剣に御言葉に向かい合うことが出来ますように。天地宇宙を創られた神の言葉は私も作り変え、新しくして下さいます。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。