ホレブ山を目指して(1列王記19:3-7)

Scripture(聖書の言葉)


3 エリヤは恐怖に襲われ、逃げ出しました。ユダの町ベエル・シェバまで来ると、そこに従者を残し、 4 一人で荒野へ入って行きました。彼は一日中歩き続けてくたくたになり、えにしだの木の下に座り込むと、死を願って主に祈りました。「主よ、もうたくさんです。私のいのちを取ってください。いずれ死ぬのですから。」

5 そのまま木の下で横になって眠り込むと、御使いが来て彼にさわり、起きて食事をするように言いました。 6 見ると、石で焼いたパンと水の入ったつぼがあります。エリヤはパンを食べ、水を飲んでから、また横になりました。 7 すると、再び御使いが現れて彼にさわり、「起きて、もっと食べなさい。先はまだまだ長いのだから」と言いました。

Observation(観察)


バアルの預言者との戦いに勝利したエリヤであったが、イゼベルの脅かしを恐れ、逃走する。あれほど信仰に満ちたエリヤなのに、人の言葉を恐れ、死を願うほどに落胆してしまった。そのようなエリヤに御使いが現れ食事を与え、「起きて、もっと食べなさい。先はまだまだ長いのだから」と励ました。

Application(適用)


人生は長い。時には自分が信仰の勇者のように感じられる時もあれば、この世で最も価値のないもののように感じられ、ぐったりしてしまう時もある。けれどもまだ人生は終わらない。成すべき事が残っている限り神は糧を与え励まし、再び立ち上がらせてくださる。エリヤはこの後ホレブ山にたどり着き、最後の使命を神から与えられた。
人生は長い。「もう終わりだ」と思っても次がある。私の人生も後半だ。神が下さる使命を求めて、励まされながら歩んで行こう。

Prayer(祈り)


イエス様、私がどのような状態であってもあなたのご計画に従えますように。奮い立って新たな歩みを始められますように。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

存在の価値(1コリント1:15-17)

Scripture(聖書の言葉)


15 キリストは、目には見えない神のかたちであり、神がすべてのものをお造りになる前からおられました。 16 事実、キリストはすべてのものの創造者なのです。天にあるものも地にあるものも、目に見えるものも見えないものも、霊の世界の王座も主権も支配も権威もすべて、この方がご自身の目的と栄光のために造られたのです。 17 キリストは他のすべてのものに先立って存在し、すべてのものは、キリストによって成り立っています。

Observation(観察)


イエス様は万物が造られる前からおられ、父なる神と共に天地を創造された。父なる神とイエス様は一つであるとイエス様が言われたとおりである。目に見えるものも見えないものも、イエス様の目的のために造られた。全てのものに目的があるとすれば、私たち一人一人に存在の目的とご計画があるということだ。万物に無意味なものなどは無い。自分自身も神によって造られ、生かされ、使命が与えられていることを忘れないようにしたい。

Application(適用)


人間的な目で見れば、私はおよそ無価値な弱い存在でしか無い。しかし神の目で見るならそれは全く異なる。神の偉大なご計画と目的のために、この時代、この場所に置かれているのだ。一羽の雀でさえ神のご計画無くして落とされることは無い。私の状況はどうであっても神のご計画は進められ、私は生かされるのだ。目を上に上げて、神を仰ぎ日々を喜んで生きよう。

Prayer(祈り)


イエス様、自分を無価値であると自らを呪っていたことを悔い改めます。これからはあなたのご計画の為に用いて下さい。精一杯お従いします。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

気付かない罪(1列王記15:11-14)

Scripture(聖書の言葉)


11 アサ王は先祖ダビデのように、主に喜ばれる生活を送りました。 12 神殿男娼を追放し、先祖たちが造った偶像をみな取り除きました。 13 祖母マアカをも、偶像を造った罪で、王母の地位から退けました。アサ王はこの偶像を切り倒し、キデロン川で焼きました。 14 しかし、丘の上の礼拝所だけはそのままになっていました。それが悪いことだと気づかなかったのです。

Observation(観察)


ユダのアサ王は、彼の父のようでは無く、主に喜ばれる生活をし、偶像を破壊した。しかし「高きところ」とも呼ばれる礼拝所はそのままにしていたとある。「高きところ」とは先住民カナン人の信仰祭儀に由来する物で、神の喜ばれるものでは無かった。しかしアサ王にとって、この礼拝所はあまりに当然の存在で、悪い物だと気付かなかった。

Application(適用)


昔から生活に溶け込んでしまっていて、罪と気付かない事柄というのは、私に於いても有るのでは無いか、と考えさせられた。自分の既成概念を一度捨てて、なにが神の喜ばれる物か、何が喜ばれず廃するべきものかを神に教えていただき、素直に従う心を持ちたい。アサ王ではこの点で完全では無かったが、それでも主に喜ばれていたと書かれている。いま神にお従いしようという心を神は喜んでくださるのだ。

Prayer(祈り)


イエス様、私が自然に行っているもの、当然と思っているもので、あなたを悲しませているものがあるかもしれません。どうかそれを教えてください。心を新しくしてお従いします。助けて下さい。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

霊をもって礼拝する(ピリピ3:3)

Scripture(聖書の言葉)


3 肉体の一部を切り取りさえすれば、神の子どもになれるのではありません。霊をもって神を礼拝する者こそ、神の子どもなのです。その礼拝こそが、ただ一つの真の「割礼」です。クリスチャンが誇れることと言ったら、キリスト・イエスがなしてくださったみわざだけです。自分で自分を救うことなどとてもできないと、よく知っているはずです。

Observation(観察)


神の子どもになること、すなわち神の救いは人間的な行いや努力では絶対に達成できない所にある。人間は罪の属性の故に自分の力で自分を変えることが出来ない。究極的にクリスチャンが行うべき行為とは、自分で何か成し遂げようとすることではなく、ただ霊にって神を礼拝することなのだ。

Application(適用)


礼拝、という事を軽んじていたかもしれない。礼拝に出席しても、どこか上の空で過ごしていたような気がする。霊によって神の前に出る、この事に集中して来たる日曜日を過ごしたい。

Prayer(祈り)


イエス様、霊による礼拝、について理解が足りていません。以前はただ異言で祈っていれば良いと考えていましたが、そうでないように感じます。御言葉を通して理解できるように助けて下さい。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

従順も神の賜物(ピリピ2:12-16)

Scripture(聖書の言葉)


12 愛する皆さん。私がそちらにいた時、あなたがたはいつも、私の教えに従順に従ってくれました。離れている今はなおさら、しっかりしてください。深い尊敬の思いをこめて神に従い、神に喜ばれないことからは手を引きなさい。 13 神は人の心に働きかけて、従おうとする思いを起こさせ、神が望まれる行いができるように助けてくださるのです。 14 何事においても、不平を言ったり、疑ったりしてはいけません。 15-16 だれからも非難されないためです。心の曲がった邪悪な世の中にあって、あなたがたは神の子どもとして、汚れのない、きよらかな生活を送りなさい。世の人々の間で、いのちのことばを高く掲げ、世の光として輝きなさい。

Observation(観察)


神への従順、すなわち御言葉に従うことは、私たちの肉の力では達成できない。人間の努力では神の言葉について行くことは出来ない。なぜなら神は霊であり、肉と相反する物だからだ。13節には「神は人の心に働きかけて、従おうとする思いを起こさせ、神が望まれる行いができるように助けてくださるのです。」とある。神への従順おも神は賜物として与えてくださるのだ。

Application(適用)


従順、というと儒教的な背景をもつ日本人にとっては、なにか強制されて行う事と感じてしまうが、御言葉はそうでは無く、神は御自身への従順の思いを下さり、実際に従えるようにして下さるという。自分の固定観念を捨てて、神の前に素直になってお従いしたい。

Prayer(祈り)


イエス様、私は従順、という言葉に傷があります。どうか癒やしてください。人では無く神に従えますように。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

奉仕の成長(ピリピ1:3-6)

Scripture(聖書の言葉)


3 あなたがたを思う私の祈りは、いつも神への賛美にあふれています。 4 そして、私の心は喜びに満たされるのです。 5 それは、あなたがたが福音(イエス・キリストによる救いの知らせ)を初めて聞いた日から今日まで、全力をあげて、その知らせを宣べ伝える働きに協力してくれたからです。 6 あなたがたのうちに良い働きを始められた神は、必ずそれを恵みのうちに成長させ、やがてキリスト・イエスが帰って来られる日までに、それを完成してくださると、私は堅く信じています。

Observation(観察)


ピリピの人々の熱心な伝道は、パウロの心を喜ばせた。興味深いのは6節の「あなたがたのうちに良い働きを始められた神は、必ずそれを恵みのうちに成長させ、やがてキリスト・イエスが帰って来られる日までに、それを完成してくださる」という箇所だ。伝道の働きは成長し、やがての日に完成する。今は小さな働きであっても続けるならば神はそれを大事にし、成長させてくださるのだ。諦めず、投げ出さず、続けて行こう。

Application(適用)


直接的な伝道で無くても、教会の奉仕の働きはすべて伝道に繋がっている。一人の人が救われたなら、それは教会全てが喜ぶべき物だ。自分の働きを空しい物とは思わず、喜んで続けよう。

Prayer(祈り)


イエス様、小さな奉仕ですが続けていられることを感謝します。不器用な物ですが成長させてください。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

熱心に働く(エペソ6:5-8)

Scripture(聖書の言葉)


5 奴隷は主人に従い、最善を尽くしなさい。キリストに仕えるのと同じようにしなさい。 6-7 主人の目の前でだけ一生懸命に働き、陰では怠けるようではいけません。神が望まれることを、心を尽くして行い、キリストのために働くように、いつも熱心に喜んで働きなさい。 8 あなたがたが奴隷であろうと自由人であろうと、良い行いには、一つ一つ主が報いてくださることを忘れないように。

Observation(観察)


会社員は奴隷とは違うが、組織という権威と規定に従わなければならない点で、一致している。パウロはキリストに対して行うように勤勉であるよう勧めている。そこには主の報いがあるとも書かれている。自分の置かれている状況で誠実に仕えよう。

Prayer(祈り)


イエス様、会社での働きの中で不忠実な点がありました。赦してください。真摯に仕え働くことが出来ますように。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

父なる神を模範とする(エペソ5:1-2)

Scripture(聖書の言葉)


1子どもが、かわいがってくれる父親を見ならうように、何をするにも神を模範としなさい。 2 思いやりに満ちあふれた者となりなさい。

Observation(観察)


神を模範とすることをパウロは私たちに求めている。「かわいがってくれる父親を見ならうように」とある。神は私たちを実の子供としてかわいがってくださる。そして父親として生きる模範を示してくださっているのだ。聖書から私たちはその模範を見ることが出来る。神が求めておられることは、神を愛すること、そして隣人を愛し、思いやる心を持つことだ。

Application(適用)


他人との関係作りが上手では無い私は、隣人を心配することがあっても上手に表現することが出来ない。なにか表した自分の善意が偽善ととれられてしまうのでは無いかという恐れがある。けれども恐れずに愛を表すものとなりたい。簡単な声かけからスタートして行こう。

Prayer(祈り)


イエス様、神様を模範として隣人に寛容と愛を示したいです。自分が愛されるためでは無くあなたが愛されるために行いたいです。小さな一歩を積み重ねて行けますように。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

賜物の目的(エペソ4:11-13)

Scripture(聖書の言葉)


11 さてこうして、ある者には使徒としての賜物が与えられ、ある者にはすぐれた説教者としての賜物が与えられました。また、キリストを救い主として信じるように人々を指導する賜物を受けた者もいれば、羊を見守る羊飼いのように、神の民となった人たちの世話をし、教え導く力を受けた者もいます。

12 なぜこのように、それぞれに賜物が与えられたのでしょうか。それは、神の民となった人々が、神のためによりよく働けるよう整え、キリストの体である教会を、力にあふれた、完成した状態へと建て上げるためです。 13 そしてついに、私たちは、救いについて、また救い主である神の子について同じ信仰を持つに至り、主にあって完全に成長した者となるのです。

Observation(観察)


パウロは信じた一人一人に与えられる賜物について、教会を完成した状態に建て上げるため、と述べている。また、13節では「神の子について同じ信仰を持つに至り、主にあって完全に成長した者となるのです。」ともある。教会を建て上げること、教会に集う人々が同じ信仰(イエス様を主とする信仰)を持ち、完全に成長したものとなること、すなわち互いの成長のために賜物は用いられるべきである、という事だ。賜物には非常に目立つ種類のものがあり、逆に静かな、目立たないものもある。目立つ賜物を受けた人はおごり高ぶること無く、目立たない賜物を受けた人も自分を卑下すること無く、誠実に互いに仕え合い、成長しよう。

Prayer(祈り)


イエス様、自分の賜物についてなにかアンバランスなものを感じていましたが、それは賜物がアンバランスなのでは無く、受けた私が歪んだ認識を持って受けていたせいだと分かりました。どうか私を真っ直ぐなものにして下さい。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

ユダヤ人と外国人の一致(エペソ3:9-11)

Scripture(聖書の言葉)


9 それは、万物を造られた神が、世の初めからの計画どおりに、ご自分が外国人の救い主でもあることを、すべての人に説き明かすためでした。

10 またそれは、天のもろもろの支配者たちに対して、神の全家族――ユダヤ人も外国人も――が教会の中で一つとなっている姿を見せ、神の完全な知恵を示すためです。 11 これこそ、神が主キリスト・イエスを通して、かねてから計画しておられたことなのです。

Observation(観察)


ユダヤ人に対する神のご計画は失われていない。現在のイスラエルの状況を見ると非人道的な国家に映るかもしれない。それでも神は彼らに対する約束を諦めない。クリスチャンの中には、ユダヤ人への約束は完全にクリスチャンに移されたという考えを持つ人も居る。しかしこの聖書の箇所は、ユダヤ人も私たち外国人も教会の中で一つになることが神のご計画であると明言している。中東情勢を見ると絶望的になってしまいそうになるが、目で見えることよりも神の約束を信じよう。

Prayer(祈り)


イエス様、ユダヤの人々を私の中でどう捉えるか、迷いがあります。しかし個人の思いよりも御言葉を優先します。やがて兄弟として手を取り合うことが出来ますように。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。