救いと希望は至聖所にある

Scripture(聖書の言葉)

21 また、このキリストという偉大な大祭司が神の家を支配しておられるのですから、 22 私たちは、まちがいなく受け入れられるという確信と真実な心をもって、神の御前にまっすぐ進み出ようではありませんか。すでに、私たちの心はキリストの血を注がれてきよめられ、体はきよい水で洗われているのです。 23 いま私たちは、神が約束してくださった救いを、希望をもって待ち望むことができ、救いが確実であることを疑いなく語ることができます。神のことばは必ず実現します。

Observation(観察)

 「22 私たちは、まちがいなく受け入れられるという確信と真実な心をもって、神の御前にまっすぐ進み出ようではありませんか。」罪を自覚した後に来るのは本当に神は受け入れてくれるのかという、恐れである。しかし、イエス様の血によってきよめられた神の至聖所にまっすぐ向かって良いとパウロは言っている。そして「神が約束してくださった救いを、希望をもって待ち望むことができ」とある。

Application(適用)

救いとは現状の問題解決であろうか、それとも永遠の魂であろうか。まず待ち望むべきは後者である。しかし後者と前者が分断されているのではない。罪の問題が解決されるのであれば、その実である現状の課題にも神が関与してくださることを信じたい。しかし、順番を決して間違えてはいけない。望んていることを現実のものとして信じること、それが信仰であるとパウロはのちの章でたくさんの例を持って説明している。

Prayer(祈り)

イエス様、救いを待ち望みます。永遠の命を求めます。イエス様が至聖所に一度血を注ぎ、天幕を割いてくださったから、私たちはそこに来ることができます。「間違いなく受け入れられる」とパウロが言っています。この様なものでも受け入れてくださるのであれば、本当にありがたいことです。そして、信仰によって、大胆に求めます。今の経済の問題に神様が関わって、解決してくださいますように。

イエス様のお名前によって、心から期待してお祈りします。アーメン

私は救われなければならない ヘブル5:18

Scripture(聖書の言葉)

18 神は、約束と誓いの両方を与えてくださいました。神は偽りを言われることがありません。そのため、救いを求めて神のもとに逃れて来る人たちは、確かな保証をいただいて、新たな勇気を奮い起こすことができます。そして、神の救いの約束を、少しの疑いもなく確信できるのです。 19 自分は必ず救われるという確かな望みは、私たちのたましいにとって、信頼できる不動の錨です。

Observation(観察)

「救いを求めて神のもとに逃れて来る人たちは、確かな保証をいただいて、新たな勇気を奮い起こすことができます。」とある。今日私は大きな罪の悔い改めをし、何度目かは分からないが人生のやり直しをしようと決断した。今、まさに神に救いを求めて逃れてきたところである。新たな勇気を奮い起こすことができる、という聖書の約束があることに今まで気づかなかった。

Application(適用)

富も貧しさも経験し、病も弱さも通され、ようやく不信仰な自分に気づいた私だ。言葉遊びではないが、結局救い以外に救いはないのだ。24時間365日救いにすがる思いがなくてはすぐにでも転落してしまうことが身に染みて分かった。今しも絶望に転落しそうな心持ちであるが、「確かな保証」が与えられ「新たな勇気」を持ち直すことが約束であるのだから、それを信じようと思う。

Prayer(祈り)

イエス様、あなたの救い以外に頼るものは何一つないことが身に染みてわかりました。何度も同じ失敗を繰り返す私ですが、もう一度あなたに身を避けます。聖書の約束通り確かな保証を頂けることを信じます。新たな勇気を持ち直せることを信じます。今、応えてください。イエス様のお名前で求めて、お祈りします。