Scripture(聖書の言葉)
12 次に、アロンと息子たちを幕屋の入口に連れて来て沐浴させ、 13 アロンに聖なる装束を着せて油を注ぎなさい。祭司としてわたしに仕えることができるように、彼をきよめなさい。 14 次に、彼の息子たちを連れて来て祭司の式服を着せ、 15 父親と同じように彼らにも油を注いで祭司とする。その『油注ぎ』は何代にもわたり、永遠に続く。息子たちも、そのまた息子たちも、永遠にわたしの祭司となるからだ。」
Observation(観察)
アロンとその息子達に対する祭司の油注ぎについて書かれている。この油注ぎは「任職」を意味し、彼とその一族がは生涯神と人との間に立ち、人々の犯す過ちについて赦しの為の犠牲を払い、神の怒りを避ける働きに就いたことを意味している。
イエス様が来られ、十字架で犠牲を払い、永遠の大祭司となられた後は、イエス様ご自身が永遠の献げ物となられたので、私たちクリスチャンもアロンとその子らと同様に神に近づき、(新たな生け贄を携えず、手ぶらで)神に奉仕することが出来る。これが万人祭司という考えだ。私たちもこの任職の油を受けているのだ。
Application(適用)
しかし私たちは祭司として立つとき、誰と神とのの間に立って執り成しをするのだろう。自分の気に入った人のためであろうか?あるいは自分に敵対する人のためだろうか?自分自身のためであろうか?
もはやその区別は無い。イエス様は全ての人のために死なれた。そのイエス様という献げ物をもって聖所に私たちが入るのなら、私たちが執り成すのは私たちの関わる全ての人のためであるべきだ。
私たちは裁きつかさであるまえに祭司であろう。互いの弱さを知って執り成そう。そして共同体として前進してゆこう。
Prayer(祈り)
イエス様、気に入らない情報を見聞きすると、ついさばきたくなります。排斥したくなります。けれどもこれでは神の民は成り立ちません。互いを尊敬し、執り成し、仕え合う群れとして下さい。
イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。