父なる神を知る(ヨハネ1:16-18)

Scripture(聖書の言葉)


16 この方の恵みは尽きることがありません。私たちはみな、次から次へと、あふれるばかりに恵みをいただきました。 17 モーセはきびしい命令と戒めとを与えましたが、イエス・キリストはその上に、愛に満ちた赦しの道を備えてくださったのです。 18 いまだかつて、実際に神を見た人はいません。しかし、神のひとり子だけは別です。御子は父なる神といつもいっしょですから、神について知っていることを教えてくださいました。

Observation(観察)


イエス様は永遠のはじめから地上に来られるまで、父なる神様と一緒におられた。「私と神はひとつです」と言われるほどにまで神様とイエス様は一致されている。そのイエス様が地上に来られ、公生涯の間神様について弟子達に直接教えて下さった。今は聖霊様によって、聖書の御言葉を通して霊感を与えて下さり、父なる神の愛を知ることが出来るのだ。だから御言葉にもっと親しみ、誠実に読み続けよう。読むほどに神の愛が私たちの中に深まるのならば、それを止めるものは無い。

Application(適用)


イエス様、御言葉を通して父なる神様がいかに私たちを愛して下さり、心を配って下さっているかを少しずつ知ることを体験しています。毎日の地道な歩みですが、それをイエス様が喜んで下さることを感じて感謝します。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

聖書を正しく解釈する(2ペテロ3:15-16)

Scripture(聖書の言葉)


学識の深い、愛する兄弟パウロも、多くの手紙の中で同じことを書いています。しかし彼の手紙はむずかしいところがあるので、中には的はずれの解釈をする者がいます。彼らは、聖書のほかの箇所もそうですが、パウロが言おうとしていることとは全く別の意味を引き出し、自分で滅びを招いているのです。

Observation(観察)


ペテロはパウロの書簡について、意図して誤った解釈を展開する者がいると警告している。言葉尻をつかんで本来聖書やパウロが言いたい事を自分の主張にねじ曲げ結びつけている。現在の聖書解釈においてはどうだろうか、多くのメッセンジャーの話を聞いてきたが誤った解釈に留まらない、我田引水の理論を展開する教師も少なくなかった。私たちは正しく聖書を解釈するために、コンテキスト(文脈)をよく把握して、可能な限り時代的背景も考慮して聖書を理解するようにしたい。聖書の恵みを引き出すためには正しい姿勢が必要なのだ。

Prayer(祈り)


イエス様、聖書の単語だけを繋いで好きなように聖書を解釈しようとしていました。今改めて通読をすることで、今までよりも神様のお気持ちを感じながら聖書を読めているように思います。これからも導いて下さい。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

はき違えた自由(2ペテロ2:19)

Scripture(聖書の言葉)


19 彼らはこう言います。「善人になったからといって、救われるとは限らないなら、いっそのこと、悪いことをしたほうがましじゃないか。やりたいことをやるのが自由というものだ。」このように、彼らは「自由」を教えながら、自分自身が罪と滅びの奴隷になっているのです。何かに支配されている人は、その奴隷なのです。

Observation(観察)


偽教師達の説く「自由」観についてペテロは警鐘を鳴らしている。現代でも「自由」は民主的な国家の主権とされているが、その自由をはき違え、自制と品性を失い、欲望のままに振る舞う時代になりつつある。ペテロの言うようにはき違え堕落した自由なるものの奴隷になっているのだ。わたしは堕落した自由よりも、敬虔な不自由さを選ぶ。
罪の奴隷よりも、キリストの僕でありたいのだ。

Prayer(祈り)


イエス様、人間の愚かさと醜さを誰も隠すことなく開き直る時代になりました。このような中でこそイエス様の僕が輝く時でいると信じます。その輝きに一粒になれますように。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

イエス様を学ぶ(2ペテロ1:2-3)

Scripture(聖書の言葉)


2 あなたがたは、神の恵みと平安をもっと多くいただきたいと願っているでしょう。それなら、イエス・キリストについてもっと深く学んでください。 3 キリストを知れば知るほど、その偉大な力を通して、私たちが神に従う正しい生活を送るために必要なすべてのものをいただくことができるのです。そればかりかキリストは、ご自分の栄光と共に敬虔や品性をも、私たちに与えてくださるのです。

Observation(観察)


ペテロは私たちに対し、キリストについて深く学ぶことを勧めている。キリストを知ることで神に従うために必要な全てを与えられるのだ。なぜなら、イエス様は公生涯の間、徹底して神に従われたからだ。そのイエス様について学び倣うなら、イエス様の姿勢で生きることが出来る。さらにイエス様のキャラクターを身に帯びることが出来るのだ。イエス様を学ぼう。聖書の黙想、デボーション、神学書、学びの機会はいくらでもある。学び続け、変わり続けよう。

Prayer(祈り)


イエス様、あなたのことをもっと深く知ることが出来ますように、知るばかりでなくあなたに倣うものと変えて下さい。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

心配に囚われない(1ペテロ5:7)

Scripture(聖書の言葉)


7 思いわずらいを、すべて神にゆだねなさい。神があなたがたのことを心配してくださるからです。

Observation(観察)


人生は生きている限り心配事の連続だ。問題を一つ乗り越えたと思ってもまたすぐ次の問題がやって来る。問題のない人生は存在しない。だとしたら、問題ははじめから起きると心がけた方が良い。問題に対してどう対処しようと心配するよりも、乗り越える行動を取った方が良い。神が私たちを心配して下さるとペテロは言っている。神が私たち各々に必要十分な助けを下さるのだ。心配するよりも問題を乗り越える知恵と勇気を神に求めよう。

Prayer(祈り)


イエス様、心配に囚われて心が衰弱した時がありました。心配しても、していなくても人間に出来ることは限りがあります。ですからあなたに心配を委ね、日々を精一杯生きてゆきます。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

賜物を用いる(1ペテロ4:10-11)

Scripture(聖書の言葉)


10 神はあなたがた一人一人に賜物を与えておられます。それぞれに与えられた賜物によって、互いに助け合い、神からのあふれる恵みを他の人と分かち合いなさい。 11 説教するために選ばれた人は、神があなたを通してじかにお語りになるように語りなさい。人に奉仕するために選ばれた人は、神が下さる力に満たされて人々を助けなさい。それは、すべてのことにおいて、イエス・キリストを通して神がほめたたえられるためです。どうか、栄光と力がいつまでもキリストにありますように。アーメン。

Observation(観察)


ペテロは、私たち一人一人に賜物が与えられているということ、そしてその目的は神が褒め称えられれるためであると明言している。その方法は「互いに助け合い、神からのあふれる恵みを他の人と分かち合いなさい。」とある。賜物は一人で満足するためのものでは無い。他の人を助け、分かち合うための物なのだ。一人一人にその為に必要な、そして有効な賜物が必ず与えられている。神に祈り、それが何か、どのように用いられることが出来るのか、真剣に祈ろう。

Prayer(祈り)


イエス様、賜物について、かつては自己満足の為に用いがちだったと思います。今、悔い改めて思いを変えます。兄弟達、姉妹達の為になるように用いて下さい。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

草は枯れ花はしぼむ(1ペテロ3:6)

Scripture(聖書の言葉)


6 「大声で叫べ」という声が聞こえます。
「何と叫んだらよいのですか」と私は尋ねました。
「こう叫びなさい。
人は、しおれてしまう草のようなものだ。
人の美しさは、しぼんでいく花のように色あせる。
7 神の息がかかると、草はしおれ、花はしぼむ。
弱くもろい人間もそれと同じだ。
8 草はしおれ、花はしぼむ。
しかし神のおことばは、
いつまでもすたれることがない。」

Observation(観察)


キリスト教界をながく見ていると、様々なクルセードやラリーが開かれ、きら星のような魅力的なエヴァンジェリスト達が御言葉を語っていた。しかし、彼らは去って行き、彼らの残した御言葉が人々に引き継がれている。人の生涯は一瞬だ。しかしそんな中でも御言葉を伝え、信仰を引き継いで行けるのならその人生は成功だと思う。

Prayer(祈り)


イエス様、僕には残すレガシーが何もないと悲しんだ時期がありました。けれど今は信仰によって人々に行った全てのことがレガシーだと感じています。残る生涯、共にいて下さい。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

万民祭司(1ペテロ2:9)

Scripture(聖書の言葉)


9 しかし、あなたがたはそうではありません。あなたがたは神から選ばれた王なる祭司であり、きよい民として神のものとされた人たちです。それはすべて、どうして自分が暗闇から神の驚くべき光へと招き入れられたかを、人々に語り伝えるためなのです。

Observation(観察)


プロテスタントの重要な教理に「万民祭司」がある。イエス様を受け入れた全ての人が祭司として神に直接仕えることが出来る、というものだ。その目的をペテロは、「どうして自分が暗闇から神の驚くべき光へと招き入れられたかを、人々に語り伝えるためなのです。」と言っている。万民祭司、とは言い換えれば全ての人がミッションを持って神に召されている、ということだ。教会の教職者の方々にお任せするだけではなく、私たちも自分の召しが何か、何を持って神に仕えることが出来るのか、もう一度考えよう。


Prayer(祈り)


イエス様、どのようにあなたにお仕えできるか、もう一度祈ります。今手に持っている物が何か、今手放すべき物は何か、教えて下さい。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

神の霊感(1ペテロ1:10-12)

Scripture(聖書の言葉)


10 この救いについては、昔の預言者も完全に知っていたわけではありません。救いの預言はしましたが、それが実際には何を意味しているのか、自分でもよくわからなかったのです。 11 心の中のキリストの御霊が何を語っておられるのか、理解していませんでした。聖霊は、やがてキリストの身にふりかかる苦難と、それに続く大きな栄光とを書きとめるように命じられたのです。彼らは、いったいそれが、いつ、だれに実現するのか知りませんでした。 12 彼らは、これらが自分たちの時代にではなく、ずっとあとに、すなわち今の時代に実現することを知らされました。そして今ついに、この福音(イエス・キリストによる救いの知らせ)は、私たち主を信じる者全員にはっきり告げ知らされたのです。これは、預言者に語られた時と同様、天から遣わされた聖霊の力によって伝えられたのでした。それは、天使でさえ知りたいと願ったことでした。

Observation(観察)


イザヤ書をはじめとして旧約聖書の多くにイエス様の予表が表れる。ペテロの言うとおり、当時彼らはそれがどのような意味なのかを完全には理解できないまま、聖霊様に突き動かされて預言し、書き記した。そして現在、私たちは聖書を読む時にイエス様が救い主であることを繰り返し理解する。それは聖霊様による、預言者達に与えた霊感と同じ物なのだ。「天使でさえ知りたいと願ったことでした。」とまで書かれている。イエス様がキリストである、という真理はそれほどまでに重大な事柄なのだ。

Prayer(祈り)


イエス様、預言者達に対し、聖霊様によって与えられた霊感とおなじ霊感をもって、私たちはイエス様を救い主と知り、告白しました。この重大な真理を私が決して軽んじることがありませんように。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

忍耐して主を待つ(ヤコブ5:7-9)

Scripture(聖書の言葉)


7-8 こういうわけですから、皆さん。主が再び来られる時まで、忍耐していなさい。貴重な秋の収穫を期待する、農夫の忍耐に学びなさい。勇気を出しなさい。主はもうすぐ帰って来られるのですから。 9 互いに文句を言い合ってはいけません。自分だけは人から非難されない自信でもあるのですか。見なさい。偉大な裁判官である主が、すぐそこまで来ておられます。

Observation(観察)


私たちには、いつかこうなってほしい、という期待が幾つもある(経済、健康、人間関係等々)。そこに主の介入をどこまで求めているだろうか。人間の力での解決は、また新たな問題を生み、歪みは広がって行く。私たちの問題を究極的に解決できるのは神だけなのだ。神が私たちの問題に来てくれることに期待しよう。

Prayer(祈り)


イエス様、沢山の問題を抱えています。人間の手で解決しようとしましたがうまく行きません。あなたの介入に期待します。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。