なんどでも立ち返る(黙示録2:4-5)

Scripture(聖書の言葉)


4 しかし、一つだけ非難すべき点があります。それは、あなたがわたしを、初めのころのように愛していないことです。 5 どうしてそうなったのか胸に手を当てて考え、初めの愛に立ち返って、以前のように励みなさい。さもないと、わたしは行って、あなたの燭台(教会)を諸教会の中から取り除きます。

Observation(観察)


この箇所を読むたびに心を刺される。若い頃の信仰に対する情熱は、どこに行ったのか。いま思えば、見当違いのことばかりしていたように思うが、熱心さだけは真実だった。今の信仰生活は随分妥協してしまっているように思う。

Application(適用)


神への愛をもう一度燃え立たせたい。聖書は変わらない。何度でも繰り返してチャンスを与え、励まして下さる。

Prayer(祈り)


イエス様、幾つになっても信仰に燃えているクリスチャンにさせて下さい。この一年、妥協に妥協を重ねた日々だったと思います。完璧でなくても、熱意だけは本物になりたいです。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

もう一度思い起こす(2ヨハネ5-6)

Scripture(聖書の言葉)


5 そこで夫人よ。もう一度、思い起こしてほしいことがあります。それは、初めから与えられていた、「互いに愛し合いなさい」という神の戒めです。 6 もし私たちがほんとうに神を愛しているなら、その命令に喜んで従うはずです。神は最初から、互いに愛し合うようにと命じておられるのです。

Observation(観察)


新約聖書は繰り返し、「互いに愛し合いなさい」と励ましている。普遍的な真理であると同時に、生まれながらの人間性では人間同士が愛し合うことが如何に難しく、リマインド必要であることを教えられる。

Application(適用)


聖霊様を頂いた私たちであれば互いに愛し合うことが出来るはずだ。新しい年、批判を止め、人を褒め、声をかける人になろう。

Prayer(祈り)


イエス様、人を愛することは難しいです。けれども聖霊様がそうさせて下さいます。私を変えて下さい。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

互いに愛し合う(1ヨハネ4:11-12)

Scripture(聖書の言葉)


11 愛する人たち。神がこれほどまでに愛してくださったのですから、私たちもまた、互いに愛し合おうではありませんか。 12 私たちは、だれも神を見たことがありません。しかし、互いに愛し合う時、神は私たちの心の中に住んでくださり、心の中にある神の愛を、なおいっそう強めてくださるのです。

Observation(観察)


ヨハネ第一の手紙では、ヨハネは教会の兄弟が互いに愛し合うことの必要性を繰り返し述べている。「互いに愛し合う時、神は私たちの心の中に住んでくださり、心の中にある神の愛を、なおいっそう強めてくださるのです。」と有る。愛は愛によって強められるのだ。

Application(適用)


人を愛することに器用不器用があるとすれば、私は明らかに不器用な方だ。生まれや育成環境によるものもあるのかもしれない。愛とは教え事、習い事であるとある人は言った。誰かに教えられ実践されなければ愛は分からず、実戦することも出来ない。イエス様が示して下さった愛に立ち返り、わたしも人を愛する人になろう。

Prayer(祈り)


イエス様、あなたが示して下さった愛をもっと理解し体感できるようにして下さい。あなたの愛を受け取りまた現すことが出来ますように。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

血と水(ヨハネ19:32-35)

Scripture(聖書の言葉)


32 さっそく兵士たちが来て、イエスといっしょに十字架につけられた二人の男のすねを折りました。 33 最後にイエスのところに来て見上げると、すでに亡くなっていたので、すねを折るのはやめました。 34 ところが、兵士の一人が何を思ったのか、いきなり槍でわき腹を突きました。すると、そこから血と水が流れ出たのです。 35 この一部始終を、私は確かにこの目で見ました。それをありのままに、正確に報告しています。皆さんにも信じていただきたいからです。

Observation(観察)


通常1〜2日もかかって死んでゆく十字架刑であったが、イエス様は数時間で息を引き取られた。これはイエス様は十字架刑そのものによって亡くなったのではなく、全人類の罪の重さを引き受けられ、その重さでなくなったのだと考える。ローマ兵ロンギヌスが槍でイエス様の脇腹を突くと単なる血ではなく、血と水が流れ出た、と書かれている。これは血漿と血清に血が分離する状態であり、心臓外科医によれば心臓が破裂した際の現象とのことだ。つまりイエス様は通常の十字架刑の苦しみ以上の痛みに遭われ、心臓が破裂するほどの苦しみを通して私たちに救いの道を現して下さったのだ。
また、血は至聖所に振りかけられる贖いのための子羊の血、そして水はモーセが岩を打って流れ出した水を思い出させる。罪が購われるために血が流され、そして新たに生きるために水が流されたのだ。

Prayer(祈り)


イエス様、血潮と、いのちの水を私に下さって感謝します。イエス様によって今生かされていることをありがとうございます。この命をどのように用いられるかはすべてあなたにお任せします。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

聖霊様の指導(ヨハネ16:12-13)

Scripture(聖書の言葉)


12 ああ、話しておきたいことはまだまだたくさんあります。それなのに、今のあなたがたには理解できないことばかりです。 13 しかし、真理である聖霊が来られます。その方の指導を受けて、あなたがたもいつか、すべての真理を知るのです。聖霊は、自分の考えを述べたりしません。ただ、聞くままを伝え、やがて起こることについても話します。

Observation(観察)


イエス様はゲッセマネの直前まで弟子達を教えられた。もっと沢山の事を伝えられたかったが、当時の弟子達には理解できなかった。「13 しかし、真理である聖霊が来られます。その方の指導を受けて、あなたがたもいつか、すべての真理を知るのです。」聖霊様によってこそ目が開かれ、真理が理解できる。

Application(適用)


聖書を繰り返し読んでも、いや、読むほどに分からないことが増えてゆく。霊的な理解力の不足を感じる。聖霊様によって教えていただく、という姿勢がおろそかになっているようにも感じる。人間の力で理解する努力をやめ、御霊によって理解する事を求めよう。

Prayer(祈り)


イエス様、気がつくとまた自分の知性で聖書を理解しようとしていました。霊の世界のことですから御霊によって理解できるように、聖霊様に頼って聖書を読めるようにして下さい。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

洗足(ヨハネ13:13-15)

Scripture(聖書の言葉)


13 あなたがたはわたしを『先生』とも『主』とも呼んでいます。それはかまいません。そのとおりなのですから。 14 その、主でも先生でもあるわたしが足を洗ってあげたのですから、あなたがたも互いに足を洗い合いなさい。 15 わたしは模範を示したのです。わたしがしたとおりに、あなたがたもしなさい。

Observation(観察)


お風呂で体を洗うと、全身の中で足が最も汚れていることに気付く。その足をイエス様は洗われ、弟子達に互いに洗い合うように命じられた。これは人間の精神の最も汚いところも互いに受け入れ、弱さを補い合うことを示されている。

Application(適用)


教会の中にも様々な人がいる。強いところも弱いところもそれぞれにある。もしも私たちが互いの弱さを許し合い、補い合えたら、素晴らしい群れになるに違いない。逆に弱さを暴いて責め立て合えば、教会はすぐに傷つき壊れてしまう。互いに愛し合う群れになろう。

Prayer(祈り)


イエス様、自分の弱さを無視して他の人の弱さや欠点を見つけては批判していることを悔い改めます。イエス様が弟子達を愛し、命じられたように私が隣人を愛する事が出来ますように。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

イエス様の声がわかるように(ヨハネ10:14-16)

Scripture(聖書の言葉)


14 わたしは良い羊飼いであり、自分の羊を知っています。また、羊もわたしを知っています。 15 わたしの父がわたしを知っておられ、わたしも父を知っているのと同じです。わたしは羊のためにいのちを捨てるのです。 16 このほかに、別の囲いにも羊がいます。その羊をも導かなければなりません。やがてその羊も、わたしの声に注意深く聞き従い、一人の羊飼いのもとに一つの群れとなるのです。

Observation(観察)
/ Application(適用)


イエス様は、御自身を羊飼いと喩え、イエス様は御自身の群れの羊を知っておられると言われた。知っているとは、一頭一頭を識別できる、という事だ。イエス様は私をその他大勢の名も無い誰かとか扱わレ無い。私という人格を知り御自身の物として大事に扱ってくださるのだ。
また、「羊もわたしを知っています。」と有る。どの言葉が主の声かイエス様の群れの羊は識別できるのだ。そのためにはイエス様の言葉を知る必要がある。御言葉を読んでイエス様の言葉を知り、他の偽りの声に騙されないようにしなければならない。

Prayer(祈り)


イエス様、御言葉を通して、また聖霊様を通してあなたの声が分かるようにして下さい。世の中の雑多な声に惑わされることが無いようにして下さい。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

解放される奴隷(ヨハネ8:33-36)

Scripture(聖書の言葉)


33 「おことばですが、私たちはれっきとしたアブラハムの子孫です。これまで、だれの奴隷になったこともありません。『自由にする』とはどういうことでしょう。」 34 「教えてあげましょう。あなたがたは一人残らず罪の奴隷なのです。 35 奴隷には何の権利もありません。しかし、主人の息子は別です。息子はありとあらゆる権利を持っています。 36 だから、神の子が自由にしてあげたなら、それでほんとうに自由の身になるのです。

Observation(観察)
/ Application(適用)


罪を犯す者は一人として例外無く、罪の奴隷だ。罪自身が人を拘束し、人の性質を歪め、継続して罪を重ねさせる。奴隷は自分自身で解放されることは出来ない。しかし、イエス様は御自身を指して「主人の息子は別です。息子はありとあらゆる権利を持っています。 36 だから、神の子が自由にしてあげたなら、それでほんとうに自由の身になるのです。」と言われた。イエス様だけがこの罪の連鎖を打ち砕くことができるのだ。いまイエス様に解放を願おう。

Prayer(祈り)


イエス様、罪の奴隷としてではなく、主の家の子どもとして生きたいです。私の罪の性質を変えて下さり、あなたの喜ばれる事を喜んで選ぶことができる人間にして下さい。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

神の子としての生き方(ヨハネ5:19-20)

Scripture(聖書の言葉)


19 イエスはお答えになりました。「よく言っておきます。子は自分からは何もできません。ただ父がしておられることを見て、同じようにするだけです。 20 父は子を愛して、自分のすることは何でも子に教えてくださるのです。

Observation(観察)


イエス様は父である神のわざをなされた。この事について「子は自分からは何もできません。ただ父がしておられることを見て、同じようにするだけです。」と説明された。ならば私も、子としてイエス様のされていることをよく見て、そのわざを引き継ぐもので無ければならない。

Application(適用)


聖書を読む際、イエス様の言動を規範とする読み方をしなければならない。メシアだから、神の子だから出来たのだとって自分に無関係にしてはならない。イエス様は神の子としての生き方をデモンストレートしてくださったのだ。出来ることから真似しよう。

Prayer(祈り)


イエス様、あなたをどこか遠くにおられる方のように考えていました。そうではなくそばにいて何をしら良いか教えてくださる方として考えます。お導きください。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

光の方を向く(ヨハネ3:17-21)

Scripture(聖書の言葉)


17 神がご自分の御子を世にお遣わしになったのは、世をさばくためではなく、世を救うためです。 18 この神の子を信じる者は、永遠の滅びを免れます。しかし信じない者は、神のひとり子を信じなかったので、すでにさばかれているのです。 19 そのさばきに会ったのは、天からの光が世に来ているのに、行いが悪く、光よりも闇を愛したからです。 20 彼らは天からの光をきらい、罪が暴露されるのを恐れて、光のほうに来ようとしません。 21 しかし正しいことを行っている人は、喜んで光のほうに来ます。神の望まれることを行っていることが、はっきりわかるためです。

Observation(観察)


救いはイエス様を主と告白した瞬間に完成するが、その後にはクリスチャンとして完成してゆく為の長いプロセスが存在する。同様に救いではなく、滅びに至るプロセスがある。「しかし信じない者は、神のひとり子を信じなかったので、すでにさばかれているのです。」今この時点で神を信じていない者はすでにさばきの中にある。神の祝福はその人のうちにはなく、御言葉の灯りが無いためますます暗闇の中を迷い、ついには永遠の魂の滅びに行き着いてしまう。

重要なことは、まずイエス様を告白すること、そして神の方、光の方を向き続けづける事なのだ。

Prayer(祈り)


イエス様、永遠の命を感謝します。御言葉を読み、神の方に心を向け直す時間を下さり感謝します。忙しさの中であなたを見失っている時も多いです。どうかそのようなときに御言葉を心に示して、思いの向きを変えることが出来る様に、助けて下さい。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。