神様の喜ぶ働き(ゼカリヤ4:8-10)

Scripture(聖書の言葉)


8 私は主から次のような別のことばを示されました。 9 「ゼルバベルは神殿の土台を据え、それを完成させる。その時あなたは、これらのことばが全能の主である神からのものであったことを知る。 10 これを小さなことと考えてはならない。主はその仕事が始まり、ゼルバベルの手に重りをつけた糸があるの見て喜んでいる。七つのともしびは、世界中を見渡す主の目を表すからだ。」

Observation(観察)


ゼカリヤに語られたゼルバベルの働きについて、その神殿再建の働きの第一歩を神は喜ばれた。小さな一歩であっても神の目には重要なことがある。私たちにとって小さく見える事柄も、神が大きく用いて下さるのかもしれない。大事なことは誠実に、愚直に続けることだ。

Prayer(祈り)


イエス様、人間の目には小さな働きでも、神様の目には重大な一歩がある。ただ人間の目にはどれがそれであるかは分からない。ただ一つ一つを誠実に進めます。助けて下さい。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

御言葉を実行する難しさ(ルカ11:27-28)

Scripture(聖書の言葉)


27 こう話しておられると、群衆の中から、一人の女が感きわまって叫びました。「あなたのお母様はなんと幸せな方でしょう! あなたを宿したお腹、あなたの吸った乳房はなんと祝福されているでしょう!」 28 しかしイエスは、「そのとおりです。でも、神のことばを聞いて、そのとおり実行する人のほうが、もっと祝福されているのです」と言われました。

Observation(観察)


祈りについて、悪霊の追い出しについてのお話しをされるイエス様に対し、感動した女性がイエス様を産み育てられたマリアが如何に祝福された存在かと感銘を宣べた。イエス様はそれを否定はせず、続けて「でも、神のことばを聞いて、そのとおり実行する人のほうが、もっと祝福されているのです」と言われた。神の言葉をそのまま実行すること、すなわち、神を愛し、(往々にして関係がうまくいっていない)隣人を愛することは時として困難だ。それでも愛する事は第一の命令だ。どのようにすれば実現できるであろうか。

Application(適用)


上っ面の愛情などは簡単に表現できる(そして簡単に剥げる)。イエス様が求めているのは心から(気に入らない人でも)愛する事だ。正直難しいことだが、トライし続けよう。

Prayer(祈り)


イエス様、人を愛することは本当に難しいです。それでも第一の命令として下さったのですから精一杯トライしてゆこうと思います。人間の力では無理と心の底から悟った時に、神様が代わりにやって下さるのかもしれません。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

隣人とは誰か(ルカ10:25-29)

Scripture(聖書の言葉)

25 ある日、律法の専門家がやって来て、イエスを試そうとしました。「先生。お聞きしたいのですが、永遠のいのちを受けるには、何をしたらよろしいでしょうか。」 26 「モーセの律法には、何と書いてありますか。」 27 「『心を尽くし、たましいを尽くし、力を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい』(申命6・5)、それに、『自分自身を愛するように、あなたの隣人を愛しなさい』(レビ19・18)とありますが。」 28 「そう、そのとおりにすればいいのです。そうすれば、永遠のいのちを得られます。」 29 しかし律法の専門家は、自分がある人々を愛していないことを正当化しようと、「隣人とはだれのことですか?」と聞き返しました。

Observation(観察)

律法の専門家はイエス様を試そうとして問いを発したが、その問いは知恵の有る物であった。「永遠の命を受ける方法」であり、自らその答えを宣べている。「神を愛すること」「自分自身の様に隣人を愛する事」しかし彼はこの答えを100%飲み込めない。隣人の対象を限定しようとしたのだ。

私たちも全ての人々を愛することは出来ない。これは大きな問題だ。全てのクリスチャンが全ての人を本当に愛していたら、天の御国はとっくにきていただろう。だからこそチャレンジがある。気に入らない人にでも少しだけ近づいてみよう。

Prayer(祈り)

イエス様、正直に言えば苦手な人は教会の中にも外にもいます。そのような人にも謙遜な物になって少しずつ近づけますように。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

イエス様について行く(ルカ9:23-25)

Scripture(聖書の言葉)


23 それから、一同に言われました。「いいですか。わたしについて来たい人はだれでも、自分のつごうや利益を考えてはいけません。日々自分の十字架を背負い、わたしのあとについて来なさい。 24 自分のいのちを救おうとする者は、かえってそれを失います。ですが、わたしのために自分のいのちを捨てる者は、それを救うのです。 25 人はたとえ全世界を手に入れても、自分自身を失ってしまったら何にもなりません。

Observation(観察)


何故クリスチャンを長年続けているかを考える。教会に居ることが何かの利益になっているからだろうか?居心地が良いからだろうか?そうではない、イエス様について行く生き方を自分の生きる道と決めたからだ。教会にどのように関わるかは二次的なものだ。自分の負うべき十字架、くびきをよく考え、それを追ってキリストに倣って生きてゆこう。

Prayer(祈り)


イエス様、あなたに従うことをいつも選びたいです。見失ってしまうことも多いのですが、それでも精一杯お従いします。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

定まらない心(ルカ8:11-15)

Scripture(聖書の言葉)


11 さて、このたとえの意味を説明しましょう。種とは神の教えのことです。 12 ある種が落ちた道ばたとは、神のことばを聞いても、受け入れない頑固な心を表します。やがて悪魔が来て、それを持ち去り、信じて救われるのをじゃまするのです。 13 次に、土の浅い石地とは、喜んで教えは聞くものの、ほんとうの意味で心に根を張らない状態のことです。教えられたことはいちいちもっともだと納得し、しばらくの間は信じているのですが、迫害の嵐がやってくると、すぐにぐらついてしまうのです。 14 いばらの中の種とは、聞いて信じても、その後、いろいろな心配事や金銭欲、また人生のさまざまな重荷や快楽などに、信仰を妨げられてしまう人のことです。これでは、せっかく教えを聞いても、実を結びません。 15 良い土壌とは、素直で正直な心の人を表します。こういう人は、神のことばを聞くと、それをしっかり守り、実を結びます。」

Observation(観察)


四種類の地に落ちた種についての例えについて、弟子の求めに応じてイエス様は説明をなさっている。神の言葉を受け入れない頑なな心、浅い信仰しか持てない心、心配事や欲望で信仰を妨げられてしまう心、最期に素直で正直に御言葉を受け入れる心だ。人間の心は揺れ動く。四種類の心をいつも入れ替わって生きているのではないだろうか。心を定めてイエス様に従う人々を何人も見てきた。困難な状況においても挫けず御言葉を血が出るほど握りしめて前進してきた人たちだ。このような人々を心から尊敬する。後に続く者になりたい。

Prayer(祈り)


イエス様、心を定めないままイエス様の後をだらだらとついてきたように思います。もう心を定める時が近いようにも思います。決心とコミットメントは自分に課せられています。この選択を助けて下さい。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

泣く女と共に(ルカ7:36-38)

Scripture(聖書の言葉)


36 あるパリサイ人から食事に招待されたので、イエスはその家に入りました。一同が食卓に着いていると、 37 町の女が一人、高価な香油の入った美しいつぼを持ってやって来ました。この女は不道徳な生活をしていました。 38 女は部屋に入るなり、イエスのうしろにひざまずき、さめざめと泣きました。あまり泣いたので、イエスの足が涙でぬれるほどでした。女はていねいに自分の髪でイエスの足の涙をぬぐい、心を込めて足に口づけしてから、その上に香油を注ぎかけました。

Observation(観察)


この箇所は高価な香油をイエス様に注いだ女の話として有名だが、その前に彼女が取った行動に目を向けたい。「女は部屋に入るなり、イエスのうしろにひざまずき、さめざめと泣きました。」とある。
何故彼女は泣いたのか。どうしようもなく犯していた罪の解決を求めて泣いたのであろうか。私はこう考える。圧倒的な神の臨在に触れる時、人間の罪も善行もなく、ただ感動に泣くばかりなのではないだろうか。少なくとも私がその場に居たら、一緒に跪いて泣くだろう。イエス様と自分との聖さのあまりの違い、霊的な距離と、にもかかわらず人間として近づくことの出来る恵みは、もはや人間の普通の感情表現では表せないものでは無いだろうか。

Prayer(祈り)


イエス様、何か出来ると高慢になっているより、この女と一緒になって泣く方を選びます。神を神とすることを忘れず、その神が人となって下さった事を忘れず、神に感動する者として下さい。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

悔い改める心を(ルカ6:41-42)

Scripture(聖書の言葉)


41 また、自分の目に大きなごみが入っているのに、どうしてほかの人の目の中にある、小さなちりを気にするのでしょう。 42 自分の目の大きなごみで、よく見えもしないのに、どうして、『あなたの目にごみが入ってるから、取ってあげよう』などと言うのでしょう。偽善者よ。まず自分の目のごみを取り除きなさい。そうすれば、はっきり見えるようになって、ほかの人の小さなごみを取ってあげることもできるのです。

Observation(観察)


大きなごみが目に入っている人が、他の人の目に入っているちりを気にしてしまう。他人の言動をさばきたくなるのは、自分の中の罪を直視することを避けているからではないだろうか。私はそうなりがちな癖を持っている。人の言動の背後にある思想や経験をいつも想像してしまう。この性質をなんとかしたい。人の言動が気になったら自分が悔い改める機会と考えよう。

Prayer(祈り)


イエス様、他人に文句ばかりを言っていた私ですが、自分の罪に向き合うことを見失っていました。これからは誰かが気になる言動をしたら自分が悔い改める機会としたいです。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

罪を赦す権威(ルカ5:23-26)

Scripture(聖書の言葉)


23-24 この人に、『あなたの罪は赦されました』と言うのと、『起きて歩きなさい』と言うのと、どちらがむずかしいですか。わたしは病気を治す力も、罪を赦す権威も持っているのです。それを証明してみせましょう」と言い、中風の男に、「さあ、起きなさい。床をたたんで、家に帰りなさい」とお命じになりました。 25 男はすぐにはね起き、床をたたむと、並み居る人をしり目に、神を賛美しながら帰って行きました。 26 居合わせた人たちは、みな恐れに満たされて、「不思議だ。まるで考えられないことだ」と幾度もくり返しては、神をほめたたえました。

Observation(観察)


中風の人に「あなたの罪は赦されました」といっていやされたイエス様に対し、パリサイ人は文句をつける。それに対してイエス様は「わたしは病気を治す力も、罪を赦す権威も持っているのです。」と語られた。
クリスチャンはイエス様が罪を負って下さり救われることを告白する。一方でイエス様はご自身が罪を赦す権威を持っておられることを見失いがちだ。イエス様に罪の赦しを願うことと、イエス様に罪を負って頂くことは微妙に異なる。前者は罪に向き合い、決別する思いを強く持つが、後者は自分の罪の属性を悲しむ様に私は捉えてしまう。
今イエス様は十字架についたままだろうか?そうではない、いま共に居られるのはこの聖書の箇所のように罪の赦しを力強く宣言するイエス様なのだ。

Prayer(祈り)


イエス様、クリスチャンになってからも何度も失敗してきました。けれども失敗を悲しみ続けるよりも、失敗を通してより強くなる方を選びたいです。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

権威ある言葉(ルカ4:31-37)

Scripture(聖書の言葉)


31 それからイエスは、ガリラヤの町カペナウムに帰り、毎土曜日、会堂で教えられました。 32 ここでもまた、人々はイエスの教えに驚きました。イエスが、権威あることばで真理を語られたからです。

33 ある時、会堂で教えておられると、悪霊につかれた男が、イエスに向かって大声でわめき立てました。 34 「ナザレのイエス。お願いだから出て行ってくれ! おれたちをどうしようというのだ。おれたちを滅ぼしに来たのだろう。あなたがだれなのか、よくわかっている。神のきよい御子だ。」 35 イエスは悪霊をさえぎり、「黙りなさい。その人から出て行きなさい」とお命じになりました。すると突然、悪霊は、人々の目の前で男を投げ倒しましたが、それ以上は何の危害も加えずに出て行きました。 36 あっけにとられた人々は、口々に言いました。「悪霊までが言うことを聞くとは、この方のことばにはなんと力があるのだろう。」 37 こうしてイエスのうわさは、この地方一帯に非常な勢いで広まりました。

Observation(観察)


イエス様の教えは、「権威ある言葉で真理を語られた」ものであったとある。権威ある言葉とはどのような物であったのだろうか、声の抑揚やトーンなどの小手先ではない、人々の心を動かす言葉であったに違いない。神がその場で語られたように感じたかもしれない(まさに、その通りなのだが)。さらに悪霊も騒ぎ出し、イエス様のことばによって追い出される。

Application(適用)


私たちにも言葉がある。それをどのように用いるかで世界は変わるのかもしれない。神ではないただの人間だが、神を信じ、御言葉を知っている私たちの発する言葉は、きっと何かが違うはずだ。

Prayer(祈り)


イエス様、私たちの発する言葉を変えて、そして用いて下さい。あなたのみ旨をなす働きをさせて下さい。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

神を礼拝する(ダニエル6:6-11)

Scripture(聖書の言葉)


6 彼らは王のもとへ行き、次のように進言しました。「ダリヨス王よ。いつまでもご健勝であられますように。 7 私ども大臣、州知事、参議官ならびに総督は、どんな事情があっても取り消すことのできない法令を制定していただくよう、全会一致で決議いたしました。その法令とは、向こう三十日間、王以外のどんな神にも人にも祈りをささげる者があれば、ライオンの餌食にされる、というものでございます。 8 この法令に署名をお願いいたします。そうすれば、これは無効にすることも変更することもできない『メディヤとペルシヤの法律』となるのでございます。」 9 そこで王は、この法律に署名しました。

10 ところが、ダニエルはそのことを知りましたが、家に帰るといつものように、二階の寝室でひざまずきました。エルサレムの方角の窓を開けて、彼は一日に三度、神に祈り、感謝をささげていたのです。 11 陰謀を企てた者たちがダニエルの家に押しかけてみると、神に哀願し、祈っているダニエルの姿を見つけました。

Observation(観察)


ダニエルは同僚達の妬みから危機に陥る。王以外に祈るならライオンの餌食になるというのだ。それを知ってなお、ダニエルの行動は変わらなかった。

Application(適用)


結果的に彼は超自然的な方法で助けられるのだが、同じ状況に私が置かれたらどうでろうか。神に礼拝することの優先順位がそもそも日常の忙しさに追われて下がっているのではないか。時間を決めて、短い時間でも神に感謝する時を持つようにしたい。

Prayer(祈り)


イエス様、毎日礼拝する思いを与えて下さい。気分が乗らなかったり悩みがあると忘れてしまいがちになってしまいます。まず神優先の生き方に変えたいです。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。