選択を悩むときに(使徒25:9-11)

Scripture(聖書の言葉)


9 そこでフェストは、ユダヤ人の歓心を買おうとして、パウロに尋ねました。「どうだ、エルサレムで裁判を受ける気はないか。もちろん、私の前でだが。」

10-11 「それよりも、ローマ皇帝に上訴する権利を要求いたします。私が無実であることは、あなた様もご存じのはずです。もし、何か死刑にあたるようなことをしているのなら、逃げも隠れもいたしません。しかし、私は潔白でございます。だれにも、私をこの人たちの手に渡して殺させる権利はありません。私はカイザルに上訴いたします。」

Observation(観察)


パウロの裁判の場でパウロは提督フェストにローマ人としての権利を行使する。すなわち皇帝への上訴である。この判断は諸刃の剣であった。上訴すればユダヤ人達の手からは逃れられるが、一方で囚人としての扱いを受け、ローマに送られる事となる。
人生にはどちらを選んでも苦しい選択をしなければならないことがある。そのようなときどちらを選択するべきであろうか。パウロの場合、ローマに行くことはイエス様から幻を与えられいた事柄であった。囚人の身となってもミッションを遂行することをパウロは選んだ。私も選択が迫られたとき、神の喜ばれる方を選びたい。

Prayer(祈り)


イエス様、いつもどちらに進んだら良いか悩むときがあります。どちらに進んでも困難があることを感じ、身動きが取れない事も多いです。パウロのように、ミッションをいつも念頭に置いてそれを優先して選ぶことが出来ますように。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

神に仕える(使徒24:14)

Scripture(聖書の言葉)


14 しかし、この人たちが異端と決めつけている救いの道を信じていることだけは、確かでございます。私はこの道を伝えることで、私たちの先祖の神に仕えているのです。また、ユダヤ人の律法と、預言者の書にあることもみな堅く信じております。

Observation(観察)


この箇所では総督ペリクスの前でパウロが自身の潔白を述べている。「私はこの道を伝えることで、私たちの先祖の神に仕えているのです。」とある。パウロにとって伝道こそが神に仕えることであった。使徒行伝を見るにそれは確かで、全ての困難を乗り越えて異邦人伝道を続けてきた。人それぞれ召されたミッションは違うが、各々の場所と方法で仕えてゆこう。

Prayer(祈り)


イエス様、一人一人召された場所も役割も違います。互いを尊重し仕え合って、神の御国の為に働いてゆきたいと思います。誰かを羨ましがったり蔑んだりすることが決してないように、私の心を見張ってください。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

主の民となる(レビ26:11-13)

Scripture(聖書の言葉)


11 わたしはあなたがたと共に住む。あなたがたを嫌ったりはしない。 12 共に歩み、あなたがたの神となる。そして、あなたがたはわたしの民となる。 13 わたしがあなたがたをエジプトから救い出し、奴隷の鎖を断ち切ったのだ。だから、胸を張って堂々と歩きなさい。

Observation(観察)


この章では神に従った者への祝福として様々な事柄が挙げられているが、中心的な聖句はここであろう。神が共に住まれ、私たちが神の民となるのであれば、何も恐れることは無い。あらゆる祝福は神と共に在ることに発する。神に愛される道に歩もう。

Prayer(祈り)


イエス様、あなたを愛し従う人生を選びました。どのような祝福もあなたが共におられること以上の者ではありません。あなたがおられることをいつも感じることが出来ますように。恐れや不安を打ち倒してあなたへの全幅の信頼を寄せる私になれますように。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

困難な時こそ(詩編25:14)

Scripture(聖書の言葉)


神との親密な関係は、
主を敬う者にしか持つことはできません。
神はそのような人とだけ、
秘密の約束をかわされます。

Observation(観察)


困難の中にあった詩編25編の著者は、そのようななかでも神に信頼し、自身が主の守りのなかにあることを告白している。このような状況から救いだして下さる主を賛美し、神への敬愛を繰り返し言葉にしている。
困難なときは誰にでも訪れる。そのようなときに誰に頼るか、何によって安心を得るかでその人の人生は決められてゆく。

Prayer(祈り)


イエス様、今ある困難において、神を褒め称えます。あなたの救いを信じます。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

ミッションを抱く(使徒21:10-15)

Scripture(聖書の言葉)


10-11 数日そこに世話になっているあいだに、やはり預言する力のあるアガボという人の訪問を受けました。この人は、わざわざユダヤから来たのです。アガボはパウロの帯を取り、それで自分の手足を縛ってから言いました。「聖霊が告げられました。『この帯の持ち主は、エルサレムでユダヤ人からこのように縛り上げられ、ローマ人に引き渡される。』」 12 これを聞いた者はみな、この町のクリスチャンも、同行していた私たちも、声をそろえてパウロに、エルサレムへは行かないでほしいと涙ながらに訴えました。

13 しかし、パウロは言いました。「なぜ泣いたり、私の心をくじいたりするのですか。私は主イエスのためなら、エルサレムで投獄されてもかまわないと、いや、殺されてもいいとさえ覚悟しています。」 14 もうこれ以上何を言ってもむだで、私たちは、「主のお心のままに」と言って、黙るほかありませんでした。

15 しばらくして私たちは、荷物をまとめてエルサレムへ出発しました。

Observation(観察)


パウロがエルサレムに向かうことを、様々な人が止めようとした。使徒行伝の著者であるルカすらも「行かないでほしいと涙ながらに訴えた」と記している。けれどもパウロは自身の重大な決意を改めて述べ、エルサレム行きを止めることは無かった。
パウロにとって自身に任されたミッションは自分の命以上に重要な物であった。私たちは自分の命以上に重要な物を幾つ持っているだろう。逆に考えればパウロは自分の命以上に価値のあるものを持っている、と言い換えることができる。これはどれほど豊かな事だろうか。

Application(適用)


自分の役割を探し続けてしばらくになる。いまだ五里霧中といった体だが、ミッションの存在が人を力づけ、生き続ける動機になることがわかった。なんとか自分の生きる道を見つけ出したい。

Prayer(祈り)


イエス様、いまだに心が定まりません。私に下さるミッションを明らかにして下さい。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

真理を曲げない(使徒20:28-31)

Scripture(聖書の言葉)


28 注意しなさい。あなたがたは、神の羊たち〔神がキリストのいのちと引き替えに買い取った教会〕を養い育てる立場にあるのです。このことをしっかり肝に銘じておきなさい。いいですか、聖霊があなたがたに、監督者としての責任をお与えになったのです。 29 私が去ったあと、狂暴な狼のような偽教師たちが忍び込み、群れを荒らし回るでしょう。 30 それだけではありません。あなたがたの中からも、弟子を自分の側に引き込みたいばかりに真理を曲げる者が出るでしょう。 31 だから、よく見張っていなさい。私といっしょに過ごした三年間を忘れてはいけません。昼も夜も目を離さず、あなたがたのために流してきた私の涙を思い出してください。

Observation(観察)


エペソの教会の長老達への別れの言葉の箇所である。ここには偽教師が教会を荒らすこと、そればかりでは無く長老達自身の中から教えを曲げるものがでると書かれている。併読箇所のレビ記では神の前にきよく在ることの重要さが繰り返して書かれている。特に性的な罪については神は多くの節で強く戒めている。
現代は特に性的な問題について正面から取り組まず、御言葉を曲げてでも正当化しようとするグループもある。今一度きよさについてしっかりと学び、世の中の風潮に流されないものでありたい。

Prayer(祈り)


イエス様、自分の中できよさについて妥協している部分を悔い改めます。あなたが聖だから聖でありたいです。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

信じた時聖霊を受けましたか(使徒19:1-7)

Scripture(聖書の言葉)

1アポロがコリントにいる間に、パウロはトルコを通ってエペソに来ました。そこで会った何人かの弟子たちに、パウロは尋ねました。 2 「ところで、信じた時、聖霊を受けましたか。」「いったい何のことでしょう。聖霊のことなど聞いたこともありません。」

3 「では、バプテスマ(洗礼)を受けた時、どんな信仰告白をしたのですか?」「バプテスマのヨハネの教えた……。」

4 これを聞いたパウロは、ヨハネのバプテスマは、罪を離れて神に立ち返る決意を表すものだから、それを受けた者が、ヨハネの証言どおり、あとから来られたイエスを信じるのは当然のことだと説明しました。 5 彼らはすぐ、主イエスの名によってバプテスマを受けました。 6 そして、パウロが彼らの頭に手を置くと、聖霊が下りました。すると彼らは、外国語で話したり、預言したりし始めたのです。 7 みなで十二名ほどでした。

Observation(観察)

エペソの弟子達は聖霊様のことを知らなかった。そのような弟子達に対して「では、バプテスマ(洗礼)を受けた時、どんな信仰告白をしたのですか?」と尋ねている。使徒の時代では、信仰告白と聖霊様を受けることは同義であった。現代の教会では聖霊様に関してオープンに話さないことも多い。しかし使徒の時代と現代は繋がっており、同じ信仰告白、同じバプテスマを私たちは行っているはずだ。であれば聖霊様の働きを前面に出さないことは道理に合わない。ペンテコステ・カリスマの教派に留まらず、聖霊様の働きが広がり、信仰者にとって受け取るべきものとして解釈されることを強く望む。

Prayer(祈り)

イエス様、使徒の時代と同じ信仰告白、おなじ洗礼、同じ聖霊様によって教会が前進しますように。聖霊様のことを後ろに置くような風潮が変えられますように。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

働き人に求められる資質(使徒18:24-26)

Scripture(聖書の言葉)


24 そのころ、すばらしい聖書教師で、説教者としても有能なアポロというユダヤ人が、エジプトのアレキサンドリヤからエペソに来ました。 25-26 アポロはエジプトにいたころ、バプテスマのヨハネのことと、ヨハネがイエスについて語ったことを聞いた以外、何も知りませんでした。それでも大胆に、また熱心に、「メシヤ(救い主)がもうすぐ来られます。お迎えの準備をしなさい」と会堂で説教しました。プリスキラとアクラも、その力強い説教を聞きました。二人はあとでアポロに面会を求め、ヨハネの預言以後、イエスの身に起こったことと、その意味を正確に説明しました。

Observation(観察)


アポロはイエス様のことをバプテスマのヨハネからの情報として断片的に聞いていただけであったが、大胆に説教をしていたとある。このように聖書全体を読み把握していなくても、神に対して熱心に働くことができるのだ。
この節を読むといつも思い出すのは、迫害下にある中国の地下教会の話だ。地下教会の働き人には聖書が行き渡っておらず、彼らは聖句の断片を写したメモだけを持って働きに出て行き、多くの実を結んでいる。

Application(適用)


不便や困難な状況でも献身と熱心をもって神に仕え、神のご計画に生きることができるのだ。今の恵まれた私の環境で、何の働きにも出ないことは怠惰を通り越して傲慢であるとすら思う。

Prayer(祈り)


イエス様、これほど恵まれた環境に居るにもかかわらず不平ばかり言い、怠惰に過ごしていました。許してください。神の働きに加えてください。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

神の中に生きる(使徒17:26-28)

Scripture(聖書の言葉)


26 神様は全人類を、一人の人間アダムから造り、すべての国民を全世界に散らされました。あらかじめ、どの国が興り、どの国が滅びるか、いつそうなるか、何もかも決め、国々の境界をもお定めになったのです。

27 これもみな、人々が神を求め、神を探し出すためでした。事実、神様は私たちから遠く離れておられるのではありません。 28 私たちは神の中に生き、動き、存在しているのです。

Observation(観察)


偶像に満ちたアテネにおけるパウロの伝道は、迫害もない代わりに、人々の反応は冷笑的なものであった。そのような状況であってもパウロは堂々と真理を語り、イエス様がキリストであることを論証した。
その中でも重要なのは「これもみな、人々が神を求め、神を探し出すためでした。事実、神様は私たちから遠く離れておられるのではありません。私たちは神の中に生き、動き、存在しているのです。」の節である。この世の森羅万象は人々が真の神を求めるために計画され、神は偶像の中に宿るのでは無く、私たちが神の中に存在していることを発見することを目的としているとパウロは述べている。

Application(適用)


時として自分が神から切り離され、とてつもなく孤独になっていると感じることがある。そのようなときは、私が神から隔絶しているのではなく、神の内に在ることを見失っていたと感じる。
この御言葉は私にとってとても重要だ。神の中に生きることを理解する事でこそ、生きる意味を再び見いだすことができるはずだ。

Prayer(祈り)


イエス様、いつも神様を見失いそうになります。そのようなときは神では無く自分を見ているのだと思います。私が三位の神の内に生きている事を思い起こすことが出来ますように。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

Divine Appointment(使徒16:11-14)

Scripture(聖書の言葉)


11 私たちは、トロアスから船でサモトラケに直航し、翌日ネアポリスに着きました。 12 そしてついに、マケドニヤの国境から少し入った、ローマの植民地ピリピに到着し、数日の間そこにいました。

13 安息日に、私たちは郊外に出て、人々が祈りに来ると思われる川岸に行きました。やがて数人の婦人が集まってきたので、聖書のことばを教えました。 14 その中に、テアテラ市から来た紫布の商人ルデヤがいました。以前から神をあがめていた婦人です。このルデヤがパウロたちの話に耳を傾けていた時、神様は彼女の心を開き、パウロの語ることをみな信じさせたのです。

Observation(観察)


マケドニア人の幻を見たパウロは針路をアジアからヨーロッパに変え、ピリピにまでたどり着いた。
ここで「川」が出てくる。この地でも川は祈りの場であった。ここでルデヤという女性が登場する。パウロの話を聞いた彼女の心を神は開き、福音を受け入れる整えをされた。
彼女はパウロ一行を彼女の家に留まるように強く願い、彼女の家はこの地での伝道の拠点となった。
重要なのは信仰によって出て行く時、神が必要な出会いを与えてくださるという事だ。これはパウロにとっても、ルデヤにとってもそうである。パウロは幻に導かれてピリピについた。神を崇めていたルデヤは祈りのために川岸に出て行き、パウロに出会った。神は双方に働きかけて御自身を御業を進めてくださるのだ。

Application(適用)


信仰を持ってからの私の人生を形成するのは、まさに神が会わせてくださった人々との出会いによってだと感じる。これからも沢山の新たな出会いが待っていると信じる。幻と信仰を持って出かけてゆきたい。

Prayer(祈り)


イエス様、神のご計画は一人一人が引き寄せられて織り成され、形作られると学びました。人との関わりを恐れず、神様のご計画の前身のために、人々と関わってゆきます。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。