個人的に愛してくださる神(詩編139:17-18)

Scripture(聖書の言葉)


17-18 主よ。
あなたが私をかた時も忘れずにいてくださることは、
ほんとうにたいせつな事実です。
あなたは一日に、数えきれないほど何度も、
私のことを思い起こしてくださいます。
眠っているときも、朝までずっと、
私のことを考えていてくださるのです。

Observation(観察)


困難なとき、私は神に忘れられている、無視されていると感じてしまうときがある。しかし御言葉はそのような考えは全くの誤りであることを示している。「神が私のことを考えていてくださる」とはなんと個人的な関わりであろうか。私の神概念は歪んでいて、人間が苦労して生きているのを冷然と眺める超越者のように捉えてしまいがちだ。けれども聖書の神は私に個人的に接してくださる神なのだ。悩みに眠れない夜でも、昼に仕事で苦労しているときでも、神は私のことを何度も思い起こして心配してくださる。天地を作られた神が個人的に味方でいてくれる、なんと力強い事だろうか。

Prayer(祈り)


イエス様、あなたが私のことをいつも考えて心配していてくださること、あらゆる状況を制してくださっていることを感謝します。神のお考えはこの世の現実以上に真実でリアルなものと信じます。神のみ思いが私の抱えている現実に映しだれますように。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

カナン人の女のように(マタイ15:22-28)

Scripture(聖書の言葉)


22 この地方に住んでいるカナン人の女がイエスのところに来て、必死に願いました。「主よ。ダビデ王の子よ!お願いです。どうか、私をあわれと思ってお助けください。娘が悪霊に取りつかれて、ひどく苦しんでいるのです。」
23 しかし、イエスは堅く口を閉ざして、ひとこともお答えになりません。とうとう弟子たちが、「あの女に早く帰るように言ってください。うるさくてしかたがありません」と頼みました。
24 それでイエスは、「わたしが遣わされたのは、外国人を助けるためではありません。ユダヤ人を助けるためです」と説明なさいました。
25 それでも女は、イエスの前にひれ伏し、「主よ。どうかお助けください」と願い続けました。
26 イエスは、「子どもたちのパンを取り上げて、犬に投げてやるのはよくないことです」と言われました。
27 しかし、女はあきらめませんでした。「おっしゃるとおりです。でも、食卓の下にいる小犬でも、落ちたパンくずぐらいは食べさせてもらえます。」
28 そのことばにイエスは感心し、「あなたの信仰は見上げたものです。いいでしょう。願いをかなえてあげましょう」と言われました。その時から、彼女の娘は治りました。

Observation(観察)


悪霊に憑かれた娘のいやしを願うカナン人の女に対し、イエス様ははじめはユダヤ人ではないからと断る。しかしカナン人の女は「食卓の下にいる小犬でも、落ちたパンくずぐらいは食べさせてもらえます。」と返し、イエス様を感心させる。イエス様はどの点に感心されたのだろうか、それは自らを食卓の下に居る子犬と表現するほどにへりくだった姿勢を見せたことだ。神に対してへりくだるとは、そのまま神の偉大さを認めることに繋がる。

Application(適用)


私はどれほど神の前にへりくだっているだろうか、神の偉大さを認めているだろうか。気がつくと大いばりで神の前に立っては居ないだろうか。神の恵みを受け取ろうとするならば、先ず自分がへりくだらなくてはならない。水は低きに流れるとある。神の恵みを受け損なうことのないようにしよう。

Prayer(祈り)


イエス様、当時のユダヤ社会のカナン人の様に、わたしも小さく卑しい物とあつかわれても不思議ではありません。それほどに罪深い物です。しかし御言葉はそんなカナン人がみせた信仰の姿勢をイエス様が良しとされたことを語ってます。わたしももっとへりくだって神に喜ばれ、恵みを受けるものとなれますように、イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

パンと魚(マタイ14:19-22)

Scripture(聖書の言葉)


19 それから群衆を草の上に座らせると、五つのパンと二匹の魚を取り、天を見上げて神の祝福を祈り求め、パンをちぎって、弟子たちに配らせました。 20 こうしてみんなが食べ、満腹したのです。あとで余ったパン切れを拾い集めると、なんと十二のかごにいっぱいになりました。 21 そこには、女性や子どもを除いて、男だけでも五千人ぐらいの人がいました。 22 このあとすぐ、イエスは弟子たちを舟に乗り込ませて向こう岸に向かわせ、また、群衆を解散させられました。

Observation(観察)


イエス様が子供の持ってきた僅かな持ち物を受け取り祝福を祈り求めると、パンと魚は奇跡的な増加を遂げ、多くの人々を満腹させた。ここから学べるのはイエス様は人々の必要を満たしてくださることと、私たちは無くなる食物について心配しなくて良いと言うことだ。食べて消えてしまう食べ物よりも、消えない自分の魂について心配するべきなのだ。

Application(適用)


この不景気とインフレの世の中で、米や卵の値上げでため息をつくことが多い。多くの人ががっかりして生活していても、イエス様が私にはついている。たとえ失敗してもイエス様がついておられることに変わりは無い。先人達が体験した奇跡を、私にも下さるよう切に願う。

Prayer(祈り)


イエス様、現実の必要を見て悩みがっかりすることが多いですが、あなたが僅かな食物を持って神に祈り求められたように、わたしも持っている物を持って神に祈り求めます。どうか必要を満たしてください。消えるこの世の物に気を取られるよりも、永遠の霊と魂について心を配りたいのです。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

成長できない自分(マタイ13:31-33)

Scripture(聖書の言葉)


31 またイエスは、こんなたとえも話されました。「天国は、畑にまいたからし種のようなものです。 32 それはどんな種よりも小粒ですが、成長すると大きな木になり、鳥が巣を作れるほどになります。」

33 さらに、こんなたとえも話されました。「神の国は、女の人がパンを焼くのにも似ています。小麦粉に、ほんの少しのパン種(パンの製造に使用する酵母)を入れるだけで、パン生地全体がふくらんできます。」

Observation(観察)


からし種の喩えもパン種の喩えも、信仰を正しく用いるなら成長・拡大することを示されている。逆に信仰を持っていると自認していても成長しないのなら、そこには何らかの問題があることになる。信仰に真剣に向き合っていないか、成長を邪魔する世の富の惑わし、罪の誘惑に負けていないだろうか。自分の土壌をよくするために自身を深く掘り下げ、耕しているだろうか。なかなか成長できず、同じ所をぐるぐる回っているような自分に嫌気がさすこともある。しかしイエス様が見捨てない以上私は私を見捨てることは出来ない。人間には生まれついての資質や、環境による制限がある。それでもその中で最大限に成長し、人々の為になりたい。

Prayer(祈り)


イエス様、成長しない自分にいらだちを覚えます。とくに人を愛するという領域においてどうしてもうまく出来ません。助けて下さい。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

言葉で失敗しないために(マタイ12:36-37)

Scripture(聖書の言葉)


36 言っておきますが、やがてさばきの日には、あなたがたは今まで口にしたむだ口を、一つ一つ釈明しなければならないのです。 37 あなたがたのことばしだいで、あなたがたの将来は決まります。自分のことばによって、正しい者とされるか、あるいは罪に定められるか、どちらかになるのです。

Observation(観察)


私の言葉は神の前で正しい物になっているだろうか。イエス様はやがての日に自分の発言について釈明しなければならないと警鐘を鳴らしている。今私の置かれている環境も、良しにつけ悪しきにつけ私の言葉によって積み上げられた物だ。精一杯言葉を選んで生きてきたつもりだが、失敗してしまったことも沢山有る。言葉の背後には思いがある。悪い言葉の背後には悪意が潜んでいる。わたしは何度も自分の悪意を制することに失敗したことになる。まず思いを変えよう。

Prayer(祈り)


イエス様、言葉の失敗について考えさせられました。私の悪意を除いてください。善意で人や物事を捉えることが出来るようにして下さい。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

束縛(マタイ11:28-30)

Scripture(聖書の言葉)


28 重い束縛を受けて、疲れはてている人たちよ。さあ、わたしのところに来なさい。あなたがたを休ませてあげましょう。 29 わたしはやさしく、謙遜な者ですから、負いやすいわたしのくびきを、わたしといっしょに負って、わたしの教えを受けなさい。そうすれば、あなたがたのたましいは安らかになります。 30 わたしが与えるのは軽い荷だけだからです。

Observation(観察)


人生は束縛に満ちている。仕事、経済、人間関係、その束縛は徐々に私を締め付けてくる。全身を縛られながら水泳を強いられているような状況だ。しかしイエス様は休ませて下さると言っている。人生の束縛を共におってくださり、イエス様の軽い荷を負うことを勧めてくださる。このイエス様に重荷を委ねる以外にたましいの安らぎはない。困難な状況にある今こそ、イエス様に重荷を委ねよう。

Prayer(祈り)


イエス様、今私が置かれている困難をあなたはご存じです。今降りかかってくる脅かしをご覧になり、助けの手を伸べてください。あなた以外に解決はありません。この状況においてもあなたを賛美します。悪者はすべて神の手にかかりますように。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

危機に及んで(マタイ10:28-31)

Scripture(聖書の言葉)


28 体だけは殺せても、たましいには指一本ふれることもできないような人々を、恐れてはいけません。たましいも体も地獄に落とすことのできる神だけを恐れなさい。 29 たった一羽の雀でさえ、あなたがたの天の父の許しなしに地に落ちることはありません。 30 あなたがたの髪の毛さえ一本残らず数えられています。 31 ですから、心配しなくてもいいのです。あなたがたは神にとって、雀より、ずっと大切なものではありませんか。

Observation(観察)


伝道に弟子達を送り出すに当たってイエス様は、迫害と困難は必ず起こるものと語った。その上で、迫害する者を恐れてはいけない、たが神だけを恐れなさいと教えている。いのちはすでに神の御手の上のある。神が良くしてくださると信仰をもって現在直面している問題に当たろう。
一羽の雀よりも尊いとして下さる神様に信頼しよう。

Prayer(祈り)


イエス様、神様は私の命を治めてくださる方であると理解しました。降りかかる問題に対して自分の力で抗おうとすることを止め、神の力に頼ります。あなたが良しとされる道に導いてください。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

新しい皮袋(マタイ9:16-17)

Scripture(聖書の言葉)


16 水洗いしていない新しい布で、古い着物に継ぎ当てをする人がいるでしょうか。そんなことをしたら、当て布は縮んで着物を破り、穴はもっと大きくなるでしょう。 17 また、新しいぶどう酒を貯蔵するのに、古い皮袋を使う人がいるでしょうか。そんなことをしたら、古い皮袋は新しいぶどう酒の圧力で張り裂け、ぶどう酒はこぼれ、どちらもだいなしになってしまいます。新しいぶどう酒を貯蔵するには、新しい皮袋を使います。そうすれば両方とも長持ちするのです。」

Observation(観察)


新しい皮袋の喩えである。新しい教えには新しい態度で臨むべきであることをイエス様は教えている。実際、イエス様の教えは旧来の凝り固まったユダヤ教の形式では受け止めきれないものであった。福音を受け入れるには新しい革のように心が柔軟になっていなくてはならない。

Application(適用)


私の心は今柔軟であろうか、と考えると必ずしもそうではないと感じる。クリスチャンになって長いが、それまで受けた教えや読んできた書物が自分を縛っているようにすら感じる。教え自体は悪いものでは無かったが私はその外側、形式の方に注目して身につけようとしていたように思う。これからは御言葉の本質に着目して自分の外面や言葉では無く、心を変えてゆくものとなりたい。

Prayer(祈り)


イエス様、外面や言葉で自分を飾っていたように思います。これからは内面の変化に目を留めます。柔らかい新しい皮袋になります。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

嵐を鎮める(マタイ8:23-27)

Scripture(聖書の言葉)


23 それから、イエスと弟子たちの一行は舟に乗り込み、湖を渡り始めました。 24 すると突然、激しい嵐になりました。舟は今にも、山のような大波にのまれそうです。ところが、イエスはぐっすり眠っておられました。

25 弟子たちはあわてて、イエスを揺り起こし、「主よ。お助けください。舟が沈みそうです」と叫びました。

26 するとイエスは、「そんなにこわがるとは、それでも神を信じているのですか」と答えると、ゆっくり立ち上がり、風と波をおしかりになりました。するとどうでしょう。嵐はぴたりとやみ、大なぎになったではありませんか。 27 弟子たちは恐ろしさのあまり、その場に座り込み、「なんというお方だろう。風や湖までが従うとは」と、ささやき合いました。

Observation(観察)


船に乗り込んだイエス様は大嵐の中にかかわらず、ぐっすり眠ってしまわれた。慌てふためく弟子達の姿と対照的である。弟子達に起こされたイエス様は「そんなにこわがるとは、それでも神を信じているのですか」と答えられた。
私が人生の大嵐に遭ったとき、まさに弟子達のようであった。慌てふためき、混乱し、夜もろくに眠れず、恐れのただ中にあった。イエス様に助けを求めることも無くただ苦しんでいた。イエス様は嵐を鎮められる方であることを見失ってはいけない。私のまわりに起きている嵐にも、私の内面の嵐にも、イエス様は鎮まれと命じられる。

Prayer(祈り)


イエス様、心の中に嵐が起きることが今も度々あります。イエス様が同じ船に乗っておられることを忘れず、助けをいつも求めることが出来ますように。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

神に求めよう(マタイ7:7-11)

Scripture(聖書の言葉)


7 求めなさい。そうすれば与えられます。捜しなさい。そうすれば見つかります。戸をたたきなさい。そうすれば開けてもらえます。 8 求める人はだれでも与えられ、捜す人はだれでも見つけ出します。戸をたたきさえすれば開けてもらえるのです。 9 パンをねだる子どもに、石ころを与える父親がいるでしょうか。 10 『魚が食べたい』と言う子どもに、蛇を与える父親がいるでしょうか。いるわけがありません。 11 罪深いあなたがたであっても、自分の子どもには良いものを与えたいと思うのです。それならなおのこと、あなたがたの天の父が、求める者に良いものを下さらないはずがあるでしょうか。

Observation(観察)

イエス様は「求めなさい」「探しなさい」「たたきなさい」と言われた。何かを受け取ろうとするには先に能動的な行動が必要だ。「神はご存じだから」と口を開けて待っているだけでは何も得ることは出来ない。神は応えてくださるという確信の元に最初の一歩を踏み出さなければならないのだ。神は父として求める子供に必要な物を与えてくださる。信じて、求め、探し、扉を叩こう

Application(適用)

幼い子供は親に何でもねだる。お菓子、おもちゃ、抱っこ、何の遠慮もせず親に求めて行く、時には泣いて駄々をこねてねだる。親は子供にとって大事な物、成長するために必要な物は何は何かをよく分かって与えてゆく。だからといって幼子はそこまで考えてねだる必要等は無い。私たちは神から見たら幼子もいいところだ。だからこそ、なんでも求めよう。同時に必要な物、成長のためになるものを神が下さるという事も同時に理解してゆこう。

Prayer(祈り)

イエス様、神が応えてくださる約束を感謝します。神が私を子供として大事にして下さることをもう一度思い、感謝します。知識としてでは無く確信としてこのことを理解できますように。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。