洗足(ヨハネ13:13-15)

Scripture(聖書の言葉)


13 あなたがたはわたしを『先生』とも『主』とも呼んでいます。それはかまいません。そのとおりなのですから。 14 その、主でも先生でもあるわたしが足を洗ってあげたのですから、あなたがたも互いに足を洗い合いなさい。 15 わたしは模範を示したのです。わたしがしたとおりに、あなたがたもしなさい。

Observation(観察)


お風呂で体を洗うと、全身の中で足が最も汚れていることに気付く。その足をイエス様は洗われ、弟子達に互いに洗い合うように命じられた。これは人間の精神の最も汚いところも互いに受け入れ、弱さを補い合うことを示されている。

Application(適用)


教会の中にも様々な人がいる。強いところも弱いところもそれぞれにある。もしも私たちが互いの弱さを許し合い、補い合えたら、素晴らしい群れになるに違いない。逆に弱さを暴いて責め立て合えば、教会はすぐに傷つき壊れてしまう。互いに愛し合う群れになろう。

Prayer(祈り)


イエス様、自分の弱さを無視して他の人の弱さや欠点を見つけては批判していることを悔い改めます。イエス様が弟子達を愛し、命じられたように私が隣人を愛する事が出来ますように。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

イエス様の声がわかるように(ヨハネ10:14-16)

Scripture(聖書の言葉)


14 わたしは良い羊飼いであり、自分の羊を知っています。また、羊もわたしを知っています。 15 わたしの父がわたしを知っておられ、わたしも父を知っているのと同じです。わたしは羊のためにいのちを捨てるのです。 16 このほかに、別の囲いにも羊がいます。その羊をも導かなければなりません。やがてその羊も、わたしの声に注意深く聞き従い、一人の羊飼いのもとに一つの群れとなるのです。

Observation(観察)
/ Application(適用)


イエス様は、御自身を羊飼いと喩え、イエス様は御自身の群れの羊を知っておられると言われた。知っているとは、一頭一頭を識別できる、という事だ。イエス様は私をその他大勢の名も無い誰かとか扱わレ無い。私という人格を知り御自身の物として大事に扱ってくださるのだ。
また、「羊もわたしを知っています。」と有る。どの言葉が主の声かイエス様の群れの羊は識別できるのだ。そのためにはイエス様の言葉を知る必要がある。御言葉を読んでイエス様の言葉を知り、他の偽りの声に騙されないようにしなければならない。

Prayer(祈り)


イエス様、御言葉を通して、また聖霊様を通してあなたの声が分かるようにして下さい。世の中の雑多な声に惑わされることが無いようにして下さい。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

解放される奴隷(ヨハネ8:33-36)

Scripture(聖書の言葉)


33 「おことばですが、私たちはれっきとしたアブラハムの子孫です。これまで、だれの奴隷になったこともありません。『自由にする』とはどういうことでしょう。」 34 「教えてあげましょう。あなたがたは一人残らず罪の奴隷なのです。 35 奴隷には何の権利もありません。しかし、主人の息子は別です。息子はありとあらゆる権利を持っています。 36 だから、神の子が自由にしてあげたなら、それでほんとうに自由の身になるのです。

Observation(観察)
/ Application(適用)


罪を犯す者は一人として例外無く、罪の奴隷だ。罪自身が人を拘束し、人の性質を歪め、継続して罪を重ねさせる。奴隷は自分自身で解放されることは出来ない。しかし、イエス様は御自身を指して「主人の息子は別です。息子はありとあらゆる権利を持っています。 36 だから、神の子が自由にしてあげたなら、それでほんとうに自由の身になるのです。」と言われた。イエス様だけがこの罪の連鎖を打ち砕くことができるのだ。いまイエス様に解放を願おう。

Prayer(祈り)


イエス様、罪の奴隷としてではなく、主の家の子どもとして生きたいです。私の罪の性質を変えて下さり、あなたの喜ばれる事を喜んで選ぶことができる人間にして下さい。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

神の子としての生き方(ヨハネ5:19-20)

Scripture(聖書の言葉)


19 イエスはお答えになりました。「よく言っておきます。子は自分からは何もできません。ただ父がしておられることを見て、同じようにするだけです。 20 父は子を愛して、自分のすることは何でも子に教えてくださるのです。

Observation(観察)


イエス様は父である神のわざをなされた。この事について「子は自分からは何もできません。ただ父がしておられることを見て、同じようにするだけです。」と説明された。ならば私も、子としてイエス様のされていることをよく見て、そのわざを引き継ぐもので無ければならない。

Application(適用)


聖書を読む際、イエス様の言動を規範とする読み方をしなければならない。メシアだから、神の子だから出来たのだとって自分に無関係にしてはならない。イエス様は神の子としての生き方をデモンストレートしてくださったのだ。出来ることから真似しよう。

Prayer(祈り)


イエス様、あなたをどこか遠くにおられる方のように考えていました。そうではなくそばにいて何をしら良いか教えてくださる方として考えます。お導きください。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

光の方を向く(ヨハネ3:17-21)

Scripture(聖書の言葉)


17 神がご自分の御子を世にお遣わしになったのは、世をさばくためではなく、世を救うためです。 18 この神の子を信じる者は、永遠の滅びを免れます。しかし信じない者は、神のひとり子を信じなかったので、すでにさばかれているのです。 19 そのさばきに会ったのは、天からの光が世に来ているのに、行いが悪く、光よりも闇を愛したからです。 20 彼らは天からの光をきらい、罪が暴露されるのを恐れて、光のほうに来ようとしません。 21 しかし正しいことを行っている人は、喜んで光のほうに来ます。神の望まれることを行っていることが、はっきりわかるためです。

Observation(観察)


救いはイエス様を主と告白した瞬間に完成するが、その後にはクリスチャンとして完成してゆく為の長いプロセスが存在する。同様に救いではなく、滅びに至るプロセスがある。「しかし信じない者は、神のひとり子を信じなかったので、すでにさばかれているのです。」今この時点で神を信じていない者はすでにさばきの中にある。神の祝福はその人のうちにはなく、御言葉の灯りが無いためますます暗闇の中を迷い、ついには永遠の魂の滅びに行き着いてしまう。

重要なことは、まずイエス様を告白すること、そして神の方、光の方を向き続けづける事なのだ。

Prayer(祈り)


イエス様、永遠の命を感謝します。御言葉を読み、神の方に心を向け直す時間を下さり感謝します。忙しさの中であなたを見失っている時も多いです。どうかそのようなときに御言葉を心に示して、思いの向きを変えることが出来る様に、助けて下さい。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

みことばを灯火とする(2ペテロ1:19-21)

Scripture(聖書の言葉)


19 こうして私は、預言のことばが現実となるのを目のあたりにしました。そのことばは、暗い部屋をすみずみまで照らし出す明かりのようで、難解なまま、暗闇の中に置かれている多くのことがらに光をあて、理解させてくれるものです。そして、あなたがたのたましいに夜明けの光が差し込み、明けの明星であるキリストが心を照らしてくださるのです。 20-21 なぜなら、聖書にある預言のことばは、預言者がかってに考え出したものではないからです。それは、これら神を敬う人の心に住まれる聖霊がお授けになった、混じりけのない神からのことばなのです。

Observation(観察)


神のことばは単なる情報ではない。灯りのようなものであるとペテロは言っている。心の中に放置されている理解できない物事を照らし、理解させて下さり、心を明るく照らして下さる。

Application(適用)


私は御言葉を灯火として受け止めてはいなかったのではないだろうか。思いを現実化するツールのように捉えてしまっていたのかもしれない。しかし今、私の中の暗い思いをみると、私の中に灯りが必要だと切に思う。わたしの内面を照らして下されば私はもっと明るく変えられる筈だ。

Prayer(祈り)


イエス様、私の中の暗闇を覗いてはぞっとする時があります。御言葉を灯りとして心を隅々まで照らして下さい。私は変えられたいです。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

教会を建てあげる(1ペテロ2:4)

Scripture(聖書の言葉)


4 主キリストに近づきなさい。主が土台石となり、神はその上に、神の家をお建てになるのです。人々は主を拒みましたが、神は主を最も重要な存在として選ばれたのです。 5 あなたがたも、神の家を建て上げるための生ける土台石となりなさい。

Observation(観察)


イエス様は教会を建てあげる最も重要な礎石となられた。ペテロは私たちにも「神の家を建て上げるための生ける土台石となりなさい」と励ましている。教会を建てあげるのは私たち一人一人の働きによる。役割は各々異なっていても同じ目的のために私たちは集められている。神が喜んで御臨在下さるような群れを建てあげよう。

Prayer(祈り)


イエス様、教会の働きに加えて下さり感謝します。多くのことは出来ませんが、いま与えられている役割を誠実に果たせるように助けて下さい。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

悲しむことも必要(ヤコブ4:8-10)

Scripture(聖書の言葉)


8 神に近づきなさい。そうすれば、神も近づいてくださいます。罪ある人たちよ。罪の生活から足を洗いなさい。純粋で真実な心の持ち主だと認めてもらえるように、神への思いで心を満たしなさい。 9 あなたがたは、苦しみなさい。悲しみなさい。泣きなさい。笑いを悲しみに、喜びを憂いに変えなさい。 10 主の前で、自分がいかに取るに足りない存在か思い知らされる時、主はあなたがたを助け起こし、力づけてくださるのです。

Observation(観察)


神に近づき、御言葉に親しむほど、自分の弱さ、足り無さに気付かされ、愕然としてしまう。ヤコブはその事について悲しんでよいと言っている。そのような人を主は助け起こし、力づけて下さるとある。

Application(適用)


私は神の助けを必要としている。神の助け無しではまともに生きられないほど弱い人間だと思い知らされた。そのような自分を見れば情けなくなるが、神の方を向けば、助けて下さる恵みの大きさに感謝が湧き出してくる。

Prayer(祈り)


イエス様、あなたの助け無しではまともに歩けないほど弱っています。自分の至らなさを認めます。助けて下さい。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

憎しみを警戒する(ヘブル12:15)

Scripture(聖書の言葉)


15 あなたがたのうちのだれも、神の祝福を失わないよう互いに注意し合いなさい。あなたがたの間に、憎しみや悪意がはびこらないよう十分に警戒しなさい。それは、多くの人の信仰生活に害を及ぼすからです。

Observation(観察)


教会も人間の集まりで、時には行き違いや失敗で、人間関係に摩擦が生じることがある。摩擦は放置すると躓きになり、相手との距離が生まれ、憎しみに発展してしまう。ヘブル書記者はそのような事態を警告している。教会の人間関係のほころびは人々の信仰生活に有害とさえ言っている。愛は人々を互いに近づけるが、憎しみはその反対だ。教会は愛の共同体の筈だ。先ず自分が人を愛する人になろう。

Prayer(祈り)


イエス様、人を愛することに器用不器用があるとしたら、わたしは不器用な方です。隣人を愛する霊を与えて下さい。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

天幕生活(ヘブル11:8-10)

Scripture(聖書の言葉)


8 アブラハムも、神を信じました。神に、生まれ故郷を離れて新しく与える地に向かうようにと指示された時、彼はそのことばに従い、行く先も知らずに出て行ったのです。 9 そして、約束の地カナンに入ったあとも、外国からの旅行者のように天幕(テント)生活を送りました。神から同じ約束を受けた息子のイサクと孫のヤコブも、その地で同様に天幕生活を送りました。 10 アブラハムがこうした生活に耐えられたのは、揺るがない土台に建つ天の都に、神が必ず連れて行ってくださると確信し、待ち望んでいたからです。その天の都を設計し、建設されたのは神ご自身です。

Observation(観察)


アブラハムは約束の地に入った後も家を建てることはせず、不便な天幕生活を選んだ。彼にとって本来の住まいは地上ではなく天の御国であるという信仰の現れであったのかもしれない。彼の財力であれば立派な家を建てられたかもしれない。それでも彼はこの世ではなく御国に目を向け続けた。人間の目は二つのものを同時に見つめることが出来ない。天を見つめることを選ぼう。

Application(適用)


私は年に一回だけキャンプをしている。一日だけだがテントを張って野営をする。普段の生活と違って不便なこともあるし、いろいろ工夫しなければならないこともある。アブラハムや出エジプトの人々の天幕暮らしもこのようなものだったのかと思う。彼らの苦労に比べればちっぽけなものかもしれないが、このような体験が出来ることは貴重だと思う。キャンプ地での夜空では星を見ることが出来た。アブラムが星を数えたように私も天の約束を信じ数えよう。

Prayer(祈り)


イエス様、この世は仮の家です。この世での生き方に拘泥するのではなく天にある生き方を求めて行けますように。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。