成長するために(ヘブル5:12-14)

Scripture(聖書の言葉)


12-13 あなたがたは、もう長い間、クリスチャンとして生きてきました。ほかの人を教えても当然なのに、もう一度、神のことばのイロハから手ほどきしてもらわなければならないほどになっています。固形物を食べるまでには成長せずに、いつもミルクばかり飲んでいる赤ん坊のようです。クリスチャン生活のごく初歩の段階を行ったり来たりして、善悪の区別さえおぼつかない状態なのです。 14 あなたがたがもっと成長し、正しい行いが伴って、善悪の区別がつくようになるまでは、堅い霊の食べ物をとることも、神のことばの深い意味を悟ることもむりでしょう。

Observation(観察)


ヘブル書記者の言葉は辛辣だ。いまだ成長しないクリスチャンに対し。正しい行いが伴わず、善悪の区別がついていないと述べている。これは私にとって本当に耳が痛い言葉だ。私はクリスチャンになって長いが、ずっと同じ所をぐるぐる回っているように感じることが多い。価値観が刷新されることも無く、いまだにこの世のことに惑わされる。隣人を助けるよりも自分の必要のためにわめいているような状態だ。けれども、何度でも基礎に立ち返って築き直すことを神は許してくださる。間違いは悔い改め、自分の弱さを自覚し、もう一度神のもので再出発しよう。

Prayer(祈り)


イエス様、自分が何も知っておらず、神の愛の実践も何も出来ていないことを覚えます。自分の事で精一杯の状況です。このような状況でも出来ることを教えて導いてください。子どもが親の真似をして成長するように、わたしもあなたの真似をしたいです。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

神の愛と裁き(ホセア11:8-9)

Scripture(聖書の言葉)


8 ああ、わたしのエフライム。
どうして、あなたを捨て去ることができよう。
どうして見放せよう。
どうして、アデマやツェボイム
(ソドム、ゴモラと共に滅びた町)のように
見捨てることができよう。
わたしの心は叫んでいる。
何としても、あなたたちを助けたい。
9 燃えるような怒りがあなたたちを罰するよう命じるが、
わたしは罰しない。
エフライムを滅ぼすのは、これが最後だ。
わたしは神であって、人ではないからだ。
わたしはあなたたちのうちに住む聖なる者であって、
滅ぼすために来たのではない。

Observation(観察)


神はイスラエルの裁きの宣告をするも、一方で「何としても、あなたたちを助けたい。」とも言われている。神は御自身の属性である正義の故に、イスラエルを裁くほか無かった。しかし同時に神は愛であるから、イスラエルを救い出そうとも宣言された。「わたしはあなたたちのうちに住む聖なる者であって、滅ぼすために来たのではない。」と罪の中に生きるイスラエルに対して変わらない愛を示された。
罪には代償が伴う。それはクリスチャンであっても変わらない。蒔いたものは刈り取らねばならないのだ。しかしその刈り取りも、神が居てくださるから乗り越えることが出来る。神の助けによって生きている事を心から知ることが出来たら、それは何という幸いだろう。

Prayer(祈り)


イエス様、人生の苦難を通しても神の御愛を示してくださることに感謝します。苦難の時であっても神と共に過ごす時であることを喜び感謝します。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

荒野でみことばを聞く(ヘブル3:7-8)

Scripture(聖書の言葉)


7-8 ですから、聖霊はこう警告します。キリストの声に注意深く耳を傾けなさい。今日その声を聞いたら、昔のイスラエル人のように心を閉ざしてはいけません。彼らは荒野で試練を与えられた時、神の愛にそむき、心を鋼鉄のように固くして、文句を言い続けたのです。

Observation(観察)


聖霊様は私たちが神の声に対して心を柔らかくして従うことように警告している。それは荒野を放浪して約束の地に入れなかったイスラエル人の様にならないためだ。神の約束は確かにある。しかし心が頑なであればそこには辿り着けない。心を柔らかくして神の愛と導きに従おう。

Application(適用)


苦しみが続くと、自分が信仰者で在ることを見失いそうになってしまう事がある。しかしその時こそが信仰を強め、神により深く従うチャンスなのだと思う。荒野での日々が続いても、神の声にであるみことばに耳を傾け、神の導いてくださる道のりを誠実に歩む者でありたいと願う。

Prayer(祈り)


イエス様、今の困難もあなたの栄光に変わることを信じます。やがての日にあなたと共に喜べる時が来ると告白します。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

荒野に連れ出される神(ホセア2:14-15)

Scripture(聖書の言葉)


14 「だが、わたしは再び彼女をくどいて
荒野に連れて行き、やさしく語りかけよう。
15 そこで彼女のぶどう畑を返し、
アコル(『苦しみ』の意)の谷を、望みの門に変えよう。
彼女はそこでわたしに答え、
喜びにあふれて歌うようになる。

Observation(観察)


姦淫の罪を犯したイスラエルに対し神は裁きを宣告するが、同時にやがての日の回復についても語られている。罪に罪を重ねたイスラエルにも神は愛と憐みを失うことは無かった。なぜなら神御自身が愛であり、その否定を神は決して行われないからだ。
荒野に連れて行く、とあるがそれは神と二人だけになれるところ、と取ることが出来る。同時に神以外の全てが取り去られる裁きの表れでもある。
神はお与えになる神であるが、私たちが神以外のものを神とするとき、強い手段で御自身を認識させようとされるのだ。

Prayer(祈り)


イエス様、あなた以上に別な何かに重きを置いていたことがあります。物質、思想、自分の理念、あらゆる物があなたを大事にすることの邪魔になりました。今荒野に導かれていることはあなたとの関係を回復するためでした。連れてきてくださったことを感謝します。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

イエス様を見つめる(ヘブル1:1-2)

Scripture(聖書の言葉)


1神は昔、幻や夢や、時には直接の啓示などいろいろな方法で、預言者を通してご自分の計画を少しずつ明らかになさいました。 2 しかし今の時代には、ご自分の御子(イエス・キリスト)を通して語っておられます。神は、彼によって世界とその中のすべてのものをお造りになり、その御子にすべてを受け継がせたのです。

Observation(観察)


神のご計画とみ思いは、イエス様の存在とお働きを通して語られる。太古から現代に至るまで、人間は科学や卜占、預言などを通して神が何をされようとしているのかを知ろうとした。しかし、それは既にイエス様によって明らかになれている。神の私たちに求めておられる事は、ただ神を愛し、隣人を愛する事に他ならない。イエス様はそれを御自身の生涯を通して表現された。私たちがそれを受けついで神の願われるところを実現するためだ。イエス様を愛するといいながら、イエス様から目を離して、他の何か、珍しい教えや耳辺りの良い言葉を使う預言者などに気を取られては居ないだろうか。

Prayer(祈り)


イエス様、あなたのこと以外何も知らないと言えるような生き方をしたいです。いつも他のことに気を取られます。今もそうです。この世の知恵も富みも貴方と比べる価値すらありません。イエス様に集中させてください。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

クリスチャンとしての態度(ピレモン4-7)

Scripture(聖書の言葉)


4 愛するピレモンよ。あなたのことを、私はいつも神に感謝しています。 5 それは、主イエス・キリストに対するあなたの信仰と、すべてのクリスチャンに対するあなたの愛をいつも耳にしているからです。 6 人々との交際において、クリスチャンとしてのあなたのりっぱな態度が相手の心をとらえ、その生活までも変えることができるように、と祈っています。 7 愛する友よ。こう言う私も、あなたの愛によってどれだけ慰められ、励まされたか知れません。ほんとうに、あなたの親切は多くの信徒たちを元気づけました。

Observation(観察)


パウロはピレモンを激賛している。後の節に出てくる逃亡奴隷のオネシモの件もあってのことかもしれないが、ピレモンの信仰者としての姿勢は真実な物だったのだろう。「6 人々との交際において、クリスチャンとしてのあなたのりっぱな態度が相手の心をとらえ、その生活までも変えることができるように、」ともある。真実に信仰に生きる者は周囲の人々の人生を変えてゆく。

Application(適用)


わたしはそのような者になりたい。いつも暗い顔をして心配事ばかりを話す生き方を止め、自分の状況は置いておいて、笑顔で人を励まし続ける様な生き方で、残る人生を過ごしたい。

Prayer(祈り)


イエス様、悩みも心配も溢れるほどにあります。これはあなたに向かって嘆き助けを求めます。一方で人々に相対するときは、その様では無く、神様を感謝し人々の信仰のためになるような生き方をしたいです。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

困難の中で(詩編116:1-5)

Scripture(聖書の言葉)


1私は主を愛しています。
主が私の祈りを聞いてくださるからです。
2 身を乗り出して聞いてくださる主に、
私は生きている限り祈り続けます。
3 私は死に直面し、恐怖にかられ、
悲しみのどん底に突き落とされました。
4 私が「主よ、どうかお救いください」と叫ぶと、
5 主は実にあわれみ深く、
恵みを注いでくださいました。

Observation(観察)


悩みが続くとき最後に私に何が残るのかを考えるとき、それは賛美と祈りであってほしいと願う。苦しみを通ったときにこそ、余分な物がそぎ落とされて、純粋な何かが残ってほしい。神は身を乗り出して聞いて下さると書かれている。今の私の叫びを神は聞いて下さっているのだ。勇気を持って生き続けよう。

Prayer(祈り)


イエス様、苦しみの中にこそあなたのことを思う気持ちが新しくされます。この辛さも無駄ではなかったと思える日が来ることを信じます。あなたを賛美します。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

心を変えられる(テトス3:3-6)

Scripture(聖書の言葉)


3 以前の私たちも、分別の足りない不従順な者であり、人に迷わされ、さまざまな快楽や欲望のとりこになっていました。心は悪意とねたみの固まりで、憎んだり憎まれたりしながら生活していました。 4 しかし、救い主である神が、恵みと愛を示してくださる時がついに来たのです。 5 神は、私たちの罪のよごれを洗い落とし、心に聖霊を遣わして、新しい喜びで満たし、以前の悲惨な生活から救い出してくださいました。それは、私たちに救われる資格があったからではなく、ただ、神のあわれみによるのです。 6 神は、私たちの心にこの聖霊を豊かに注いでくださいました。これは、救い主イエス・キリストが成し遂げてくださった救いがあるからこそ実現したのです。

Observation(観察)


パウロは、救われた私たちにイエス様は「新しい喜びで満たし、以前の悲惨な生活から救い出してくださいました。」と言っている。以前の悲惨な生活とは、経済的な困窮では無い。「悪意とねたみの固まりで、憎んだり憎まれたりしながらの生活」である。悪意と憎しみに満ちた生活ほど悲しく無意味なものは無い。憎しみは連鎖し、周りを巻き込んで状況をどんどん悪化させて行く。まるで地獄を作り出しているような物だ。
しかしイエス様はそのような状況の私を救いだして下さった。愛と善意で生きることが出来るように変えて下さったのだ。

Prayer(祈り)


イエス様、あなたによってわたしの人生は変えられました。憎むことに変え愛を持って接することが出来ます。悪意では無くて善意で人を助けることが出来ます。新しく変えられ感謝します。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

神の営みを見上げる(詩編104:22-24)

Scripture(聖書の言葉)


22 明け方近く、獣たちはほら穴に引き返して横になり、
23 入れ替わりに、人間が一日の仕事を始め、
夕暮れまで働きます。
24 主よ。あなたの知恵で、さまざまな営みができ上がり、
地は豊かに満ちあふれています。

Observation(観察)


詩編104編は、私が聖書の中で最も愛する箇所だ。地上の全ての営みは神による物で、水も山も、獣も人も全ては神の知恵によって豊かに保たれている。
ならばこそ、私たちは神を離れて生きることは出来ない。かえって神のお働きの偉大さに目を留め、神によって生かされることを選択すべきなのだ。
人間の内面ばかりを見つめていると気が滅入り絶望が襲ってくる。しかし外に目を向け地上の全てが神によって調和して存在するのを見れば、生きる希望が再び湧いてくるのだ。

Prayer(祈り)


イエス様、自分に絶望するときは神様のわざに目を向けます。ちっぽけな私であっても神のご計画の中にあって目的を持って存在していることを覚えます。これを見失わないようにして下さい。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

どちらへ行けば(詩編86:11-12)

Scripture(聖書の言葉)


11 主よ、私がどちらへ行けば、
あなたのお心にかなうのかを教えてください。
私は喜んで、そちらへ行きます。
全身であなたの御名を恐れる者としてください。
12 心の底からあなたを賛美し、
永遠にあなたの御名をたたえます。

Observation(観察)


詩編記者は神に自分の行く道を尋ねている。その姿勢は全身全霊で神に従おうとするものだ。「全身であなたの御名をおそれ」「心の底からあなたを賛美し」とある。

Application(適用)


今私は人生の終盤を決める重大な岐路に立っているように思う。どの道を選んでも神の愛は変わることは無いが、その神からの愛故にわたしは神にとって最善の道を選びたい。100%神に降参し、従順になって進む道を尋ねよう。

Prayer(祈り)


イエス様、ただあなたのご計画にお従いします。どうか道を示してください。残る生涯をあなたの喜ばれる生き方をしたいです。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。