仕えるリーダー(1ペテロ5:2-3)

Scripture(聖書の言葉)


2 神の羊の群れ(教会)を養いなさい。いやいやながらではなく、喜んで、その務めに当たりなさい。利益を求める気持ちからでなく、熱心に、喜んで、羊の群れを飼いなさい。 3 支配的にふるまわず、良い模範を示して、彼らを指導するよう心がけなさい。

Observation(観察)


この箇所はペテロが教会の長老達に宛てて書かれている箇所だが、教会が互いに支え合い、ともに歩む群れである以上、私たちにも適用されるべきである。ここには「仕えるリーダー」の姿が書かれている。自らが規範となり人々を励ましてゆく姿だ。私は一信徒に過ぎないが、自らが神を愛し、人を愛する姿勢を取ることが教会全体の益になることが分かった。ちっぽけに思える自分でも、出来ることがある。その事を喜ぼう。

Prayer(祈り)


イエス様、ペテロのいう仕えるリーダー像に倣い、神と人に仕え、人を励ます存在になりたいです。弱い者ですが使って下さい。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

創造者に従う(イザヤ45:9)

Scripture(聖書の言葉)


9 創造主に敵対して戦う者は、災難に会います。
つぼは、それを作る者と言い争うでしょうか。
粘土が細工する者に、「待ってくれ。
作る物が違っているのではないか」と言ったり、
つぼが、「なんと不器用なんだ」と
文句を言ったりするでしょうか。

Observation(観察)


創造主である神は、被造物の全てに目的を持っておられる。しかし人間の悩みは、自分が何の目的で造られたかを知ることが出来ないと言うことだ。神のご計画は非常に長いスパンで成し遂げられる。数年で築き上げた業績は数年で崩される。今の一時の状況で神の計画を理解しようとすることは愚かなことだ。

Application(適用)


私は長い間この粘土のように、「違います。もっと違う風に作ってください。もっと人気が出るようにして下さい」と神に要求していたように思う。時が経つにつれ、自分の弱さや、話し下手や、容姿もようやくそのまま受け入れることが出来てきたように思う。器として成り立つ準備が出来たなら、次は器として用いて下さるステップに進みたい。

Prayer(祈り)


イエス様、自分の弱さをそのまま受け入れいます。神がご計画の内に通らせた経験も受け入れます。あなたの計画に使って下さい。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

神の事を考え行動する(イザヤ42:18-20)

Scripture(聖書の言葉)


18 「あなたがたは神のこととなると、
何も見えず、何も聞こえなくなる。
なぜ聞こうとしないのか。なぜ見ようとしないのか。
19 真理の使者となるべきわたしの民ほど
目の見えない者がこの世にいるだろうか。
わたしのためにささげられた『主のしもべ』ほど、
耳の聞こえない者がいるだろうか。
20 あなたがたは真理を見て、頭ではわかっていても、
それを心に留めようとも行おうともしない。」

Observation(観察)


神はイスラエルの霊的盲目について嘆いている。神から直接戒めを頂き、数々の奇跡を体験した彼らですら神の事を感じることがなくなってしまっていた。また、「頭ではわかっていても、それを心に留めようとも行おうともしない。」とも言われる。律法が頭の中にあるだけで心も体も動かない状況で合った。

Application(適用)


わたしはどうだろうか。聖書を読んでも、それを実行することが果たして出来ているだろうか。教会に通い、クリスチャン同士のコミュニティを楽しむことだけが神の求めておられることだろうか。神の事を伝える事を見失ってはいないだろうか。

Prayer(祈り)


イエス様、宣教に対する思いが鈍っていたように思います。神が呼んでくださったことを思い出し、もう忘れることが無いようにしたいです。どこから始めたら良いか知恵を下さい。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

土台石(2ペテロ2:4-5)

Scripture(聖書の言葉)


4 主キリストに近づきなさい。主が土台石となり、神はその上に、神の家をお建てになるのです。人々は主を拒みましたが、神は主を最も重要な存在として選ばれたのです。 5 あなたがたも、神の家を建て上げるための生ける土台石となりなさい。そして、聖なる祭司として、イエス・キリストを通して、神に喜ばれる供え物を神にささげなさい。

Observation(観察)


ペテロは私たちに対し、教会の土台となりなさいと明示されている。土台に求められることは何であろうか。先ず第一に堅牢であること。壊れやすい土台に家を載せることは出来ない。第二に正しい場所に置かれること。誤った場所に設置されては建物が設計図通りにならない。第三に動き回らないこと。あちこち浮き草のように動き回るならそこには何も据えることが出来ない。まして建物が出来た後に土台が動くのなら建物の倒壊の危険がある。

Application(適用)


私は正しい土台となれるように自分を整えているだろうか。脆いところは治っているだろうか。正しいところに自分を置いているだろうか。揺れ動く心に惑ってはいないだろうか。

Prayer(祈り)


イエス様、あなたが私を良い土台としてください。堅牢な、正しい所に置いてください。迷う心に進むべき道を示してください。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

隣人を愛するために(1ペテロ1:22-23)

Scripture(聖書の言葉)


22 キリストを信じたあなたがたは、たましいをきよめられ、だれをも真実に愛することができるのですから、互いに心から熱く愛し合いなさい。 23 あなたがたの新しいいのちは、両親から受けた、やがて朽ち果てるいのちではなく、朽ちることのないいのちです。このいのちは、いつまでも変わらずに生きて働く神のことばによるのです。

Observation(観察)


真実に人を愛するとはどのような事であろうか。ペテロは私たちがたましいをイエス様によってきよめられているが故に、それが出来ると言っている。生来の人間の性質では人を愛することは出来ない。しかし新しいいのちによって生来の性質を神が覆い、神の言葉によって新しい人としてくださるのなら私は変えられることが出来る。

Application(適用)


日々のジャーナリングを今のような形で初めて2年半になる。当初は自分なりの聖書理解や知識をしたためるために書いていたが、徐々に御言葉によって自分の弱さに直面し、また御言葉によって励まし自分が変えられると信じることを書くことが増えている。私のような頭の固い者にも御言葉を通して聖霊様は変化を与えてくださる。

Prayer(祈り)


イエス様、自尊心ばかり高くて傲慢な自分を変えて下さい。隣人を愛する事が出来ますように。みことばどおりたましいをきよめてください。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

青銅の蛇(2列王記18:4)

Scripture(聖書の言葉)


4 ヒゼキヤ王は高台の礼拝所を取り除き、石の柱を壊し、忌まわしいアシェラ像を切り倒しました。また、人々が香をたいて祈るようになっていた、モーセの作った青銅の蛇を粉々にしました。それは王が指摘したとおり、元をただせば、ただの青銅にすぎなかったのです。

Observation(観察)


ヒゼキヤの改革の一環として、彼はモーセの青銅の蛇を破壊した。かつてイスラエルの民たちが毒蛇に噛まれた事によって死者が出たとき、神はモーセに命じてこの青銅の蛇を造らせ仰がせたとある。この青銅の蛇を仰いだ者は蛇の毒によって死ななかったとある。
神の言葉の真実さを表すこのモニュメントも、ヒゼキヤの時代には本質を失い、偶像と化していた。

Application(適用)


私の中に、形骸化し、宮城となってしまっている信条やジンクスは無いだろうか。かつての神による超自然的な現象であっても、本質を見誤れば偶像と化してしまう。私は注意深く、神が望まれ、言われていることは何なのか理解しなければならない。

Prayer(祈り)


イエス様、過去に縋りそれを偶像化してしまう傾向が私にもあります。いつもあなたに新しく聴くことを忘れないように助けて下さい。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

招きに応じた人々(2歴代誌30:17-20)

Scripture(聖書の言葉)


17-19 エフライム、マナセ、イッサカル、ゼブルンから来た人々の多くはきよめの儀式を受けていなかったので、汚れたままでした。それでレビ人は、彼らのために過越の子羊をほふり、彼らをきよめました。それからヒゼキヤ王が彼らのために祈ったので、規則に反してはいたものの、彼らは過越のいけにえを食べることが許されたのです。王は祈りました。「恵み深い主よ。たとえ正しい手順できよめられていない者でも、父祖の神、主に従う決心をした者の罪をお赦しください。」 20 主は王の祈りを聞き、彼らを滅ぼすようなことはしませんでした。

Observation(観察)


ヒゼキヤ王が復活させた過越の祭に全イスラエルが招かれたが、応じたのは決して多くはなかった。応じてエルサレムにやってきた人々はきよめの儀式も受けていない状況であった。そのような彼らであってもヒゼキヤの執り成しで彼らは祭りへの参加が許された。

Application(適用)


十分な者で無くても神の恵みに与れることは、私にとって大きな励ました。いつも自分の足り無さに悩み、神に近づくことが許されないのではないかという思いに苦しめられてきた。ヒゼキヤの元に来た人々が他の人々と違ったのは唯一、呼びかけに応じたことだ。わたしも神の呼びかけを拒むこと無く、近づき、従ってゆきたい。

Prayer(祈り)


イエス様、あなたの呼ばれるところに行きます。自分が足りない者とはもう言いません、導いてください。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

神の知恵で生きる(ヤコブ3:13-17)

Scripture(聖書の言葉)


13 良い生き方をする人は、柔和な行いを身につけた、知恵のある賢い人です。 14 しかし、もし自分にねたみや敵対心があるなら、決してその知恵をひけらかしてはいけません。それは偽善です。 15 ねたみや敵対心は、神からの知恵ではなく、この世のものであり、真理に逆らう悪霊から来るものです。 16 ねたみや敵対心のうず巻くところでは、秩序が乱れ、あらゆる悪がはびこっています。 17 しかし、神からの知恵は純粋であり、平和とおだやかなやさしさに満ち、思いやりと良い実に満ちています。

Observation(観察)


ヤコブは私たちが妬みや敵対心によって生きるのでは無く、平和とおだやかな優しさに満ちる、神の知恵によって生きることを命じている。人間の本来の性質は争い、憎み、ねたむものだが、神の御性質はその正反対だ。神に従って生きるとは、自分の肉の性質、方向性とは全く異なる選択をし続ける生き方なのだ。

Application(適用)


生まれたままの性質のままでこれを行うことは出来ない。ただ神にお従いしたいという願いと祈りによって、少しずつ自らの考えかたを軌道修正してゆくことが必要なのだ。

Prayer(祈り)


イエス様、自分の性質が如何に醜く、神に反する者なのかが聖書を読むたびに教えられます。しかしそのままでいたいとは思いません。少しずつでも変えてゆきたいです。イエス様、助けて下さい。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

聖なる道(詩編35:8)

Scripture(聖書の言葉)


8 かつては荒野だった所に主要道が通ります。
それは「聖なる道」と呼ばれ、
心の汚れた者は通れません。
神が共に歩むので、
どんなに愚かと言われる人でも道に迷いません。

Observation(観察)


イスラエルへの裁きからの回復の一つの表れとして、シオンに向かう道が設けられることが書かれている。神の恵みの回復は、神の臨在に向かう道をお示し下さることなのだ。素晴らしいことはどんなに愚かな人とであっても神が共にその道を行かれ、その人は道を迷うことは無いと言うことだ。

Application(適用)


私は自分の愚かさを嫌というほど思い知らされてきた。しかしそのような私でさえ神は共に歩みシオンへの道を迷わないように導いてくださるのだ。この神に感謝を禁じ得ない。道は示されている。私はこの道に歩もう。

Prayer(祈り)


イエス様、愚かな私にも道を示してくださり感謝します。しかしあなたが居なければ簡単に道を誤ってしまいます。どうか一歩一歩、教えてください。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

神の思いを求める(ヤコブ1:5-8)

Scripture(聖書の言葉)


5 神が何を望んでおられるか知りたいなら、遠慮なく、直接尋ねなさい。神は喜んで教えてくださいます。願い求める人には、神はいつでも惜しみなく、あふれるばかりの知恵を授けてくださるからです。そのことで、決してとがめたりはなさいません。 6-8 ただ、その場合、神は必ず答えてくださると確信して願い求めなさい。疑う人の心は、風に波立つ水面のように不安定なものです。そんな疑いの心では、主に何を期待してもむだです。

Observation(観察)


神の思いを知りたい、といつも願い想像するが、気付くと自分の過去の経験や願いが入り交じり、自分の思いとすり替わってしまうことが多い。それでも聖書は神に、「遠慮なく、直接尋ねなさい。」と私たちが神に求めることを許している。一点だけ注意が書かれている。「その場合、神は必ず答えてくださると確信して願い求めなさい。疑う人の心は、風に波立つ水面のように不安定なものです。そんな疑いの心では、主に何を期待してもむだです。」ということだ、神に求める事には曇りの無い、必ず答えを頂けるという信仰が必要だ。
いままで神は答えてくださるだろうかと疑いつつ聞いていたような気がする。神に尋ねるときは突き抜けた思いで大胆に求めよう。

Prayer(祈り)


イエス様、あなたの望みを知りたいです。自分の考えでは無くて、あなたの願うところを知り行いたいです。疑う人間的な思いを追い出します。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。