世の終わりを心配しない(ルカ21:29-33)

Scripture(聖書の言葉)


「いちじくの木やほかの木を注意して見ていなさい。 30 葉が出てくれば、ああ、もうすぐ夏だなと思うでしょう。 31 同じように、こうした現象が起こるのを見たら、神の国はもうそこまで来ていると考えなさい。 32 はっきり言いましょう。これらのことが全部起こってから、世の終わりが来るのです。 33 天と地とは消えてなくなります。けれどもわたしのことばは、永遠に真実なものとして残るのです。

Observation(観察)


世の終わりの予兆についてイエス様はお話しされた。今起きていることではないかと思ってしまうが、いつの時代の人にとっても自分が当事者と感じられたのではないかと思う。世の終わりは確実にやって来る。その後残るのはイエス様の御言葉という真実だけだ。

Prayer(祈り)


イエス様、イスラエル関係のニュースを見聞きする度に世の終わりについて考えさせられます。しかし世の有り様よりも、イエス様の御言葉に心を寄せる者であらせて下さい。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

エズラの出世(エズラ7:27-28)

Scripture(聖書の言葉)


27 ああ、私たちが代々信じてきた神はすばらしい方です。主は王に働きかけ、エルサレムの神殿は美しさを取り戻しました。 28 また、王や七人の議官、王室の実力者の居並ぶ前で、私にあのような栄誉をお与えくださいました。私の神、主が共にいてくださったので、私は高い地位を与えられました。それで、いっしょにエルサレムへ帰ろうと指導者たちを説得することができたのです。

Observation(観察)


エズラはペルシャで高い地位を持ち、それも用いてユダヤ人のエルサレム帰還を説得することが出来た。神は御自身の目的のためにあらゆる事柄を用いられる。ダニエルやエズラの出世もその一つだ。出世はともすれば避けるべきものと思ってしまいがちだが、そうでは無い。神が用いて下さるポジションに居るべきなのだ。そして必要な神の業を進めるために用いて頂こう。

Prayer(祈り)


イエス様、今置かれている立場は高いものではありませんが、この立場で出来ることがあると信じます。神が用いられる場所と時間、状況に備えて待ちます。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

ろばの子(ルカ19:33-37)

Scripture(聖書の言葉)


33 綱をほどいていると、持ち主が来て、「何をしているのだ。おれたちのろばの子をどうしようというのだ」と聞きただしました。 34 弟子たちは、「主がお入用なのです」と答え、 35 ろばの子を連れて来ました。そして、その背中に自分たちの上着を敷き、イエスをお乗せしました。 36-37 イエスがろばの子に乗って進んで行かれると、大ぜいの人が次々と上着を脱ぎ、道に敷いて並べました。

Observation(観察)


聖書の中には、ピンポイントで重要な働きをする人や生き物がある。僕の好きなクレネ人シモンや、バラムに口をきいたロバ、そしてこのろばの子などだ。人生の中で一瞬だけ神の働きのために用いられるのなら、それだけで生きてきた価値のあるののだと思う。このろばの子はイエス様が乗られた後どうなったかは書かれていない。元の持ち主に返されたのかもしれないし、そうではないかもしれない。それでも彼の働きは二千年にわたって語られ続けている。わたしもイエス様に呼ばれたなら、綱をほどいていつでも駆けつけて用いて頂けるようにしたい。

Prayer(祈り)


イエス様、ろばの子のように大事な瞬間を逃さず立ち会えますように。あなたの働きを近くで目撃したいです。あなたの呼ばれる声を聴き逃すことがありませんように。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

エリコの盲人の姿勢(ルカ18:38-43)

Scripture(聖書の言葉)


38 盲人は、この時とばかり大声で訴えました。「イエス様! ダビデ王の子よ! どうぞ、私にあわれみを!」 39 イエスの前を進んで来た人たちが黙らせようとしましたが、そうすればするほど、ますます大声で叫び立てます。「ダビデ王の子よ! あわれみを!」 40 その時、イエスは足を止め、「あの人を連れて来なさい」と言われました。 41 それから、彼にお尋ねになりました。「わたしにどうしてほしいのですか。」「主よ。見えるようになりたいのです!」 42 「さあ、見えるようになりなさい。あなたの信仰があなたを治したのです。」 43 その瞬間、彼の目は見えるようになりました。

Observation(観察)


エリコの盲人はイエス様にあわれみを求めて叫んだ。人々に留められても彼の叫びは止まらなかった。イエス様にどうしてほしいのか、と尋ねられた時、彼は躊躇無く見えるようになりたいと答えた。結果彼は見えるようになった。盲人の行動のポイントは、まず止められてもイエス様を呼び求めることを止めなかったこと、もう一つは願いを明確に持っている、ということだ。

Application(適用)


私にも願いがある。しかし昼夜なくイエス様に叫んでいるだろうか。半ば諦めて厭世的になってはいないだろうか。願いがぶれてしまってはいないだろうか。今自分に問い、この盲人の様に絶望的にイエス様に求める物になりたい。

Prayer(祈り)


イエス様、必死に求めることを続けられる信仰を下さい。諦めずに願い続けるものにならせてください。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

神の国は関係性の中に(ルカ17:20-21)

Scripture(聖書の言葉)


20 ある日、パリサイ人たちがイエスに尋ねました。「神の国はいったい、いつ来るのですか。」イエスは答えて言われました。「神の国は、目に見える形では来ません。 21 『ここに来た』とか、『あそこに来た』とか言えるものではないのです。はっきり言いましょう。神の国は、あなたがたの中にあるのです。」

Observation(観察)


イエス様は「神の国は、目に見える形では来ません。」と明言された。物理的な事柄であったり政治的なものではないと言うことだ。「神の国は、あなたがたの中にあるのです。」と表現された。あなたがたの内面に、というよりはあなたがたの関係性のうちに、というニュアンスが強い。

Application(適用)


キリスト教は小乗的な個人の救いよりも、緊密なコミュニティのうちに神の力が働かれることを強調している。個人で聖書を読んで一人で悟った気持ちになるよりも、教会の兄弟とともに過ごす方が神の国に近いのだ。

Prayer(祈り)


イエス様、一人で信仰生活が出来ない事が分かりました。どうかともに兄弟達と励まし合うことが出来ますように。孤独を選びがちな私ですが、どうか変えて下さい。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

ラザロの代わりに(ルカ16:27-31)

Scripture(聖書の言葉)


27 金持ちは言いました。『ああ、アブラハム様。それならせめて、ラザロを私の父の家にやってください。 28 まだ五人の兄弟が残っているのです。彼らだけは、こんな目に会わせたくありません。どうぞ、この恐ろしい苦しみの場所があることを教えてやってください。』 29 『それは聖書が教えていることではないか。その言うことを聞くべきです。』 30 金持ちはあきらめません。『でも、アブラハム様。彼らは聖書を読みたがらないのです。ですが、もしだれかが死人の中から遣わされたら、彼らも罪深い生活を悔い改めるに違いありません。』 31 アブラハムはきっぱり言いました。『モーセと預言者たちのことばに耳を貸さないのなら、だれかが生き返って話したところで、彼らは聞き入れないだろう。』」

Observation(観察)


金持ちとラザロのたとえのなかで、地獄に落ちた金持ちは兄弟達がおなじ所に来ないようにラザロを遣わしてほしいとアブラハムに懇願する。しかしアプラハムは『モーセと預言者たちのことばに耳を貸さないのなら、だれかが生き返って話したところで、彼らは聞き入れないだろう。』と拒絶する。

Application(適用)


イエス様がよみがえられたことが証されても、全ての人がクリスチャンになるわけではない。聖書は多くの国で印刷され輸出されており、ネット経由でも御言葉にふれることが出来る。それでも信じない人は信じない。信じるためのすべての情報、状況は整っている。結局の所信じるか否かは本人の判断によるしかない。しかし、それでも少しでも多くの人が信じるためにラザロではなく私たちがいる。今生きて信じている自分を証ししよう。

Prayer(祈り)


イエス様、私の拙い証しでも用いられますように。語る機会にはしっかりと語れますように。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

失われ、見付けられた者(ルカ15:8-10)

Scripture(聖書の言葉)


8 別のたとえで話してみましょう。女が銀貨を十枚持っていて、もし一枚なくしてしまったら、女はランプをつけ、家の中をすみからすみまで掃除して、その一枚を見つけるまで、必死で捜し回るでしょう。 9 そして見つけ出したら、友達や近所の人を呼び、いっしょに喜んでもらうでしょう。 10 同じように、一人の罪人が罪を悔いて神のもとに帰った時、天使たちはたいへんな喜びにわくのです。」

Observation(観察)


イエス様が罪人達と過ごすことを批判された時、迷子の羊のはなし、無くした銀貨のはなし、帰ってきた放蕩息子の話で喩えられた。三点に共通するのは、元々あったものが失われ、それを見いだされたときに持ち主は心から喜ぶ、ということだ。イエス様とともに過ごした罪人は元々神のものであったが罪によって失われたものであった。そんな彼らは再びイエス様に見いだされ、ともに過ごすようになった。この事をイエス様は喜ばれたのだ。

Application(適用)


私もかつて失われたものであった。いまイエス様に見いだされ一緒に過ごすことが出来ることを心から喜ぼう。またいまも失われている多くの人々をイエス様のところに連れてこれるように、どのようにしたら良いか知恵を頂こう。

Prayer(祈り)


イエス様、私は失われた羊、銀貨、放蕩息子でした。イエス様に再び見つけていただき喜ばれる存在になったことを感謝します。価値あるものとして下さり感謝します。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

塩気を失わないため(ルカ14:34-35)

Scripture(聖書の言葉)


34 塩が塩けをなくしたら、何の役に立ちますか。 35 塩の価値のない塩など、肥やしにもなりません。捨てるほかないのです。聞く耳のある人は、よく聞きなさい。

Observation(観察)


何らかの役割を与えられている人がそれを放棄してしまうのなら、その人は役に立たない人とされる。イエス様は私たちを地の塩と表現してくださったが、任されている働きを捨ててしまうなら塩気を失った塩と同じになってしまう。昨日の続きになってしまうが、使命を知りそれに従うことは本当に重要だ。賜物を知り、自分の遣われているところを知り従順に従おう。

Prayer(祈り)


イエス様、あなたがせよと言われることを誠実に行いたいと願います。まずしっかりと見極めたいです。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

使命を持って生きる(ルカ13:33)

Scripture(聖書の言葉)


33 今日も、明日も、その次の日も、わたしは進んで行くのです。神から遣わされた預言者が、エルサレム以外の場所で殺されることはありえないからです。

Observation(観察)


イエス様は立ち止まることなく御自身の使命を全うされた。いかなる妨害も中傷もイエス様の心を挫くことはなかった。使命を認識することは強さに繋がる。逆に使命を知ることなくふらふらしているなら、状況に簡単に流され、何も出来ず生涯を終えてしまう事になる。わたしも生涯をかけて成すべき事は何かを知り、力強く生きてゆきたい。

Prayer(祈り)


イエス様、全ての人に使命があるのですから、私の成すべき事について教えてください。生涯をかけてそれを完成したいと願います。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

雀よりも価値あるもの(ルカ12:6-7)

Scripture(聖書の言葉)


6 雀五羽はいったい、いくらで売られていますか。たったの二アサリオン(一日分の賃金一デナリの八分の一)ではありませんか。こんな雀の一羽でさえ、神はお見捨てにならないのです。 7 それどころか、あなたがたの髪の毛の数さえご存じです。だから、恐れることはありません。あなたがたは、たくさんの雀よりはるかに価値があるのですから。

Observation(観察)


神はこの世の全てを維持しておられる。小さな雀であっても神によって見捨てられることなく生かされている。
時として自分が全く無価値なもの、生きていてもしょうがないものと感じてしまう時がある。とくに人間関係がうまく行かない時がそうだ。社会的に孤立し、ひとりぼっちのように感じてしまう。そのような私であってもイエス様は価値のあるものとして扱ってくださる。無価値なものと自分で決めつけるのは止めよう。そしてイエス様の下さる役割を果たそう。

Prayer(祈り)


イエス様、今も人間関係がうまく築けずに孤独に悩まされます。このような私でさえも価値あるものとして下さるのは何故でしょうか。もう一度使命を教えてください。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。