迫害を喜ぶ(ルカ6:22-23)

Scripture(聖書の言葉)


22 わたしの弟子だというので、憎まれたり、追い出されたり、悪口を言われたりするなら、なんと幸いなことでしょう。 23 そんなことになったら、心から喜びなさい。躍り上がって喜びなさい。やがて天国で、目をみはるばかりの報いがいただけるからです。そして、同じような扱いを受けた、昔の預言者たちの仲間入りができるのです。

Observation(観察)


イエス様の弟子、すなわちクリスチャンであるが故に迫害を受けたなら、天での報いは大きいのだから、心から喜ぶようにイエス様は言われた。私自身は福音の故に迫害を受けた経験は無い。そのような場を回避してこれまで生きてきたように思う。真剣なクリスチャンとしての生き方とは何なのか、今一度考えたい。

Prayer(祈り)


イエス様、いままで「薄味のクリスチャン」を装って生きてきました。これは間違いだったと告白します。たとえ迫害されてもイエス様を証する生き方を選びたいです。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

たましいの医者(ルカ5:30-32)

Scripture(聖書の言葉)


30 ところが、パリサイ人や律法の専門家たちはこの光景を見て、弟子たちに激しい非難をあびせました。「あなたたちは、どうしてこんなくずのような連中といっしょに食事をするのか。」 31 イエスは、お答えになりました。「医者が必要なのは病人で、健康な人ではありません。 32 わたしは、自分を正しいと思う人を招くためではなく、罪人を招いて、罪を悔い改めさせるために来たのです。」

Observation(観察)


取税人や多くの罪人達とともに過ごされるイエス様を、パリサイ人達は批判した。ここで有名な言葉がイエス様から出される「医者が必要なのは病人です」自分が病人であると自覚できる人は幸いだ。自らの意思で医者に向かうことが出来るからだ。悲惨なのは自分の病気に気付かず放っておいている人だ。自分は健康だと思っている間に病気は進行し、手がつけられないように鳴ってしまう。
自分の罪に早く気付き、魂の医者であるイエス様のところにすぐに行こう。

Prayer(祈り)


イエス様、心の病んでいるところ、痛んでいるところを日々教えてくださり感謝します。いつもあなたのそばに居たいと願います。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

言葉と権威(ルカ4:31-37)

Scripture(聖書の言葉)


31 それからイエスは、ガリラヤの町カペナウムに帰り、毎土曜日、会堂で教えられました。 32 ここでもまた、人々はイエスの教えに驚きました。イエスが、権威あることばで真理を語られたからです。

33 ある時、会堂で教えておられると、悪霊につかれた男が、イエスに向かって大声でわめき立てました。 34 「ナザレのイエス。お願いだから出て行ってくれ! おれたちをどうしようというのだ。おれたちを滅ぼしに来たのだろう。あなたがだれなのか、よくわかっている。神のきよい御子だ。」 35 イエスは悪霊をさえぎり、「黙りなさい。その人から出て行きなさい」とお命じになりました。すると突然、悪霊は、人々の目の前で男を投げ倒しましたが、それ以上は何の危害も加えずに出て行きました。 36 あっけにとられた人々は、口々に言いました。「悪霊までが言うことを聞くとは、この方のことばにはなんと力があるのだろう。」 37 こうしてイエスのうわさは、この地方一帯に非常な勢いで広まりました。

Observation(観察)


イエス様はカペナウムの会堂で教えられ始めた。その言葉には権威があったとある。権威には力が伴う。一市民である私がどこかで語ることと、政府の要職にある人が語る言葉には影響力が全く異なる。また言葉を実現する力もある。
現にイエス様はことばで悪霊を追い出した。悪霊も従わざるをえない権威がイエス様には会ったのだ。今日のイエス様に従う私たちは、権威ある言葉を用いているだろうか。権威を用いるためにはその権威に組み入れられている必要がある。私たちは本当に神の権威のうちにあるか、今一度点検しなければならない。

Prayer(祈り)


イエス様、イエス様に従うといいながらあなたの権威のうちに入ろうとしなかったことを赦しで下さい。あなたにお従いします。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

悔い改めの実(ルカ3:7-8)

Scripture(聖書の言葉)


7 バプテスマを受けに来る人たちに、ヨハネはきびしい口調で話しました。「まむしの子ら! あなたがたは神に立ち返ろうともせず、ただ地獄から逃れたい一心でバプテスマを受けようとしている。 8 その前に、悔い改めたことを行いで示しなさい。アブラハムの子孫だから大丈夫などと思ってはいけない。そんなものは何の役にも立たない。神はこの石ころからでも、今すぐアブラハムの子孫をお造りになれるのだ。

Observation(観察)


洗礼は罪の悔い改めを現すためのもので、それ自体は罪を赦す行為ではない。バプテスマのヨハネに洗礼を求めてやってきた人々に対しヨハネは厳しい言葉で応じている。「その前に、悔い改めたことを行いで示しなさい。アブラハムの子孫だから大丈夫などと思ってはいけない。そんなものは何の役にも立たない。」クリスチャンだから、罪が赦されているからと安心し、そこに留まりすぎてはいないだろうか。赦されているからこそ、行動が変えられてゆかねばならない。私はクリスチャンになってから何をしただろうか。振り返り、行動を変えて行く者になりたい。

Prayer(祈り)


イエス様、救いにあぐらをかいて、何もしないクリスチャンであったことをゆるしてください。行動で救いを現すものになれますように。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

神の川を渡る(エゼキエル47:3-6)

Scripture(聖書の言葉)


3 その人は流れに沿って測りながら東に進み、一千キュビト行ったとき、その流れを渡るように私に命じました。水はくるぶしまでありました。 4 さらに一千キュビト行くと、また、渡るように命じられました。今度は、水はひざまでありました。 5 それから一千キュビト行くと、水の深さは腰までになりました。さらに一千キュビト先へ行くと、もう泳がなければ渡れないほどの川となっていました。深くて、とても歩いて渡ることはできなかったのです。 6 その人は、今見たことをよく脳裏に刻み込んでおくようにと言って、私をその川の岸に沿って連れ帰りました。

Observation(観察)


エゼキエルは天使に導かれて神殿から流れる水で出来た川を渡ろうとする。はじめはくるぶし、次は膝、そして腰、最期には歩いては渡れないほどの深さであったと書かれている。これは信仰の歩みを現していると考えられる。神との関係が深くなるほど神の助け無しには歩むことが出来なくなるのだ。神の御心をなすためである。いま身動きが取れなくなっているのなら自分の力で歩むのを止め、神の助けを求めよう。

Prayer(祈り)


イエス様、もう引き返すことが出来ないくらいに神様の働きを求めています。今自分の力で歩むのを止めます。信仰の深みに連れて行ってください。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

マリアの従順な姿勢(ルカ1:34-38)

Scripture(聖書の言葉)


34 マリヤは尋ねました。「どうして私に子どもができましょう。まだ結婚もしておりませんのに。」 35 「聖霊があなたに下り、神の力があなたをおおうのです。ですから、生まれてくる子どもは聖なる者、神の子と呼ばれます。 36 ちょうど半年前、あなたのいとこのエリサベツも、『不妊の女』と言われていたのに、あの年になってみごもりました。 37 神の約束は、必ずそのとおりになるのです。」 38 「私は主のはしためにすぎません。何もかも主のお言いつけどおりにいたします。どうぞ、いま言われたとおりになりますように。」マリヤがこう言うと、天使は見えなくなりました。

Observation(観察)


天使ガブリエルによるマリアへの処女解任の知らせは、マリアを驚かせた。未婚の彼女が妊娠したとなってはどのような誹謗中傷、あるいは刑罰があるか分からないからだ。しかしマリアは「どうぞ、いま言われたとおりになりますように。」と全てを受け入れ従順に従う姿勢を現した。
そのようなマリアだからこそ神はイエス様の母に選ばれたのだ。マリアの姿勢は私に神に従う規範となった。神は時として人間には理解不可能な事柄を起こし、神の業を進められる。そのようなときにこそ、マリアのような姿勢が求められる。

Prayer(祈り)


イエス様、あなたへの従順を教えられました。分からないことがあっても喜んで従います。貴方の業が前進することを喜びます。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

みことばに真っ直ぐ従う(黙示録22:18-19)

Scripture(聖書の言葉)


18 私は、この書物を読むすべての人に、厳かに宣言します。ここに書かれていることに、一語でも書き加える者がいれば、神はその人に、この書物にあるとおりの災いを下されます。 19 また反対に、この預言の書物から一語でも取り除く者がいれば、神はその人から、いのちの木の実を食べる権利ばかりか、きよい都に入る権利をも取り上げるでしょう。

Observation(観察)


イエス様は御言葉について、付け足したり減らしたりしてはならないと厳命している。聖書のみが命についての唯一信頼できる基準なのだ。基準が変化しては基準ではなくなってしまう。2000年間その命令は守られ、六十六巻の聖書は現代に伝えられている。しかし受け取る私たちはどうだろうか、時代や環境に合わせて聖書の受け止め方が歪んではいないだろうか。クリスチャンとしての正しい姿勢もまた、聖書に書かれている。背筋を正して御言葉に向かおう。

Prayer(祈り)


イエス様、私は聖書を読む時に自分の考えや経験で、御言葉を歪めて受け取っていたと思います。心から反省します。日々聖書を通して正すべき姿勢を学ばせてください。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

新しいエルサレムに住む(黙示録21:22-24)

Scripture(聖書の言葉)


22 それにしても、都には、どこにも神殿が見あたらないのです。というのも、全能の神である主と小羊とを、都のどこででも、自由に礼拝できるからです。 23 都には、太陽も月もいりません。神と小羊との栄光が、明るく照らしているからです。 24 その光は全世界に及ぶのです。世界中の支配者たちが、それぞれの栄光を携えてやって来ます。

Observation(観察)


使徒ヨハネが見た黙示のなかにある新しいエルサレムには神殿が無いと書かれている。なぜなら神の臨在が都の至る所にあり、あらゆる所で礼拝が出来るからだ。私たちも神の臨在のうちに住まうことが出来る。その日が来ることを期待しよう。

Application(適用)


そして現在の私たちも日曜日の礼拝だけではなく、あらゆる場所、あらゆる局面に於いて神の臨在を求めることが出来る。イエス様が十字架に架かられよみがえられたことで偏在される方となられたからだ。

Prayer(祈り)


イエス様、新しいエルサレムに住まうことが出来ることを感謝します。神の栄光と臨在の中に置かれるその瞬間を想像し喜びます。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

第一の復活(黙示録20:4-6)

Scripture(聖書の言葉)


4 それから私は、数多くの王座を見ました。そこには、さばく権威を神から授けられた人々が座っていました。私はまた、イエスについて証言し、神のことばを伝えたために首をはねられた人々のたましいと、獣もその像も拝まず、額や手に獣の刻印を受けなかった人々のたましいとを見ました。その人々はみな生き返って、キリストと共に千年間、世界を支配しました。 5 これが第一の復活です。〔残りの死者は、千年が過ぎるまで死んだままでした。〕 6 第一の復活を経験する人は幸いな人であり、きよい人です。彼らには第二の死など何の力もありません。神とキリストの祭司になった彼らは、キリストと共に、千年間、支配するからです。

Observation(観察)


第一の復活にあずかるものは殉教者と獣に従わなかった人々であると書かれている。
御言葉を伝えるとは簡単なことではない。多くの困難と犠牲の上に私たちの信仰は成り立っている。日本での殉教者は世界有数の多さであったとも聞く。
獣に従わないとは反キリストに騙されずに困難に耐え忍耐の限りを尽くすことだ。やがて現れる反キリストに対し、いいえと言えるように私たちは信仰を練らなければならない。報いは約束されている。困難な時代がやがてやって来る。備えよう。

Prayer(祈り)


イエス様、艱難に耐えたものが与かる祝福について学びました。私もそれにならう人となれますように。御言葉を伝え、神にのみ従うものとなれますように。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

正しい願い(エゼキエル36:26-27)

Scripture(聖書の言葉)


26 わたしはあなたがたに新しい心を与える。それで、あなたがたは正しい願いを抱くようになる。また、あなたがたに新しい霊を授ける。それで、石のように堅い罪の心が取り除かれて、愛に満ちた新しい心が生じる。 27 わたしの御霊を授けるので、あなたがたはわたしのおきてを守り、わたしの命令に何でも従うようになる。

Observation(観察)


願いは私たちの行動の動機の原型だ。間違った願いをもてばそれは間違った行動に至らせる。霊的な破綻の原因は間違った願いを持つことにある。しかし神は私たちの心を新しくし、正しい願いを持つようにされると言われる。

Application(適用)


かつての私は間違った願いを持つことで精神を痛めてしまった。間違っていたと気付いたのは自分が完全に的外れなところに来てしまってからだった。もうこのようなことは繰り返したくない。自分の望みを神にお渡しして、新しい心を頂こう。変えられた心で、もう一度歩き始めよう。

Prayer(祈り)


イエス様、御言葉の約束通り新しい心を下さい。あなたの道に歩みたいです。自分の願いはあなたにお預けします。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。