後にあるものを目指して

Scripture(聖書の言葉)

12 このように、数えきれないほどの多くの証人たちが、競技場の観覧席で私たちを見つめているのです。だから、うしろへ引き戻そうとする力や、まとわりつく罪をふり捨てて、神の用意された競走を忍耐をもって走り抜こうではありませんか。 2 あなたがたの信仰の指導者であり教師であるイエスから、目を離さないようにしなさい。イエスは後にある喜びを知って、恥辱をものともせず十字架にかかられました。そして今は、神の王座の右に座しておられるのです。 3 罪人たちの恐ろしい反抗を忍ばれたイエスのことを、いつも思っていなさい。あなたがたが気力を失い、弱り果てることがないためです。 4 あなたがたは罪や誘惑と戦っています。けれどもまだ、血を流すほどのきびしい戦いを経験したことはありません。

Observation(観察)

「イエスは後にある喜びを知って、恥辱をものともせず十字架にかかられました。」とある。十字架にかかる前、イエス様は唾を吐きかけられ、頬を打たれ、衣類を剥がされた。神の子が人に辱められた。時にイエスに従うことは、痛みを伴う、世間的には恥をかく様な時があるかもしれない。時勢によっては、クリスチャンであることを公言するだけで嘲笑と迫害の対象になることもある。昨今の異端問題や教会の不祥事、米国の特定のキリスト教勢力の行動など、今の日本でもクリスチャンと言いにくい空気が流れ始めている様に思う。

Application(適用)

しかし、「あなたがたの信仰の指導者であり教師であるイエスから、目を離さないようにしなさい」とあるように、イエス様自身が、後にあるものを目指して、まず先に恥辱をものともせず十字架にかかられたのだから、そこから目を離さず、イエス様に従う苦しみが如何なるものであっても、後にある喜びを知って、従って、ついてゆこうと思う。

Prayer(祈り)

イエス様、ただあなたについて行くことですら、困難を覚える時があります。けれども、あなたは良い羊飼いですから、あなたについて行く羊でありたいと願います。辛いところも通りますが、後にあるものを見て喜びます。それがなんであるのか、どんな素晴らしいものか、どうか教えてください。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン

救いと希望は至聖所にある

Scripture(聖書の言葉)

21 また、このキリストという偉大な大祭司が神の家を支配しておられるのですから、 22 私たちは、まちがいなく受け入れられるという確信と真実な心をもって、神の御前にまっすぐ進み出ようではありませんか。すでに、私たちの心はキリストの血を注がれてきよめられ、体はきよい水で洗われているのです。 23 いま私たちは、神が約束してくださった救いを、希望をもって待ち望むことができ、救いが確実であることを疑いなく語ることができます。神のことばは必ず実現します。

Observation(観察)

 「22 私たちは、まちがいなく受け入れられるという確信と真実な心をもって、神の御前にまっすぐ進み出ようではありませんか。」罪を自覚した後に来るのは本当に神は受け入れてくれるのかという、恐れである。しかし、イエス様の血によってきよめられた神の至聖所にまっすぐ向かって良いとパウロは言っている。そして「神が約束してくださった救いを、希望をもって待ち望むことができ」とある。

Application(適用)

救いとは現状の問題解決であろうか、それとも永遠の魂であろうか。まず待ち望むべきは後者である。しかし後者と前者が分断されているのではない。罪の問題が解決されるのであれば、その実である現状の課題にも神が関与してくださることを信じたい。しかし、順番を決して間違えてはいけない。望んていることを現実のものとして信じること、それが信仰であるとパウロはのちの章でたくさんの例を持って説明している。

Prayer(祈り)

イエス様、救いを待ち望みます。永遠の命を求めます。イエス様が至聖所に一度血を注ぎ、天幕を割いてくださったから、私たちはそこに来ることができます。「間違いなく受け入れられる」とパウロが言っています。この様なものでも受け入れてくださるのであれば、本当にありがたいことです。そして、信仰によって、大胆に求めます。今の経済の問題に神様が関わって、解決してくださいますように。

イエス様のお名前によって、心から期待してお祈りします。アーメン

私は救われなければならない ヘブル5:18

Scripture(聖書の言葉)

18 神は、約束と誓いの両方を与えてくださいました。神は偽りを言われることがありません。そのため、救いを求めて神のもとに逃れて来る人たちは、確かな保証をいただいて、新たな勇気を奮い起こすことができます。そして、神の救いの約束を、少しの疑いもなく確信できるのです。 19 自分は必ず救われるという確かな望みは、私たちのたましいにとって、信頼できる不動の錨です。

Observation(観察)

「救いを求めて神のもとに逃れて来る人たちは、確かな保証をいただいて、新たな勇気を奮い起こすことができます。」とある。今日私は大きな罪の悔い改めをし、何度目かは分からないが人生のやり直しをしようと決断した。今、まさに神に救いを求めて逃れてきたところである。新たな勇気を奮い起こすことができる、という聖書の約束があることに今まで気づかなかった。

Application(適用)

富も貧しさも経験し、病も弱さも通され、ようやく不信仰な自分に気づいた私だ。言葉遊びではないが、結局救い以外に救いはないのだ。24時間365日救いにすがる思いがなくてはすぐにでも転落してしまうことが身に染みて分かった。今しも絶望に転落しそうな心持ちであるが、「確かな保証」が与えられ「新たな勇気」を持ち直すことが約束であるのだから、それを信じようと思う。

Prayer(祈り)

イエス様、あなたの救い以外に頼るものは何一つないことが身に染みてわかりました。何度も同じ失敗を繰り返す私ですが、もう一度あなたに身を避けます。聖書の約束通り確かな保証を頂けることを信じます。新たな勇気を持ち直せることを信じます。今、応えてください。イエス様のお名前で求めて、お祈りします。