主の器官となる(2テモテ2:13)

Scripture(聖書の言葉)


13 しかしたとえ、信仰をなくしたかと思えるほど私たちが弱くなっても、キリストは真実を貫き、私たちを助けてくださいます。私たちは主の一部分になっているので、切り捨てられることはないのです。そして、主はいつも約束を果たしてくださいます。

Observation(観察)


人間の感情や体調には波があり、残念ながら信仰においても上下を感じるときがある。まさに真理をこの手につかんだような高揚感を感じるときもあれば、神から見捨てられたと感じてしまうような時もある。しかし、それらは人間側からの感覚に過ぎない。神からの私たちへの気持ちは、私たちの状況には関係ない、私たちがハイになっていても落ち込んでいても、神はいつも変わらない愛で私たちをつなぎ止めてくださる。パウロが言う「私たちは主の一部分になっているので、切り捨てられることはないのです。」通りである。もはや私という個人が生きているのではない、キリストの器官である私が生かされているのだ。自分の感情によって神との関係が変化してしまうという錯覚を捨てよう。


Prayer(祈り)


イエス様、気分の上下が激しいものですが、神から切り離されることはないと学びました。自分の状況を客観的に見て、安心して神様の近くに居たいと思います。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

人を愛する(2テモテ1:6-7)

Scripture(聖書の言葉)

6 ですから、お願いしたいのです。私があなたの頭に手を置いて祈った時、あなたのうちに注ぎ込まれた力と勇気を、もう一度、奮い起こしなさい。 7 なぜなら、神が私たちに与えてくださった聖霊は、人を恐れず、知恵と力とをみなぎらせ、人を愛し、喜んで人と共に歩むようにさせてくださる霊だからです。

Observation(観察)

新改訳では「神は私たちに、臆病の霊ではなく、力と愛と慎みの霊を与えてくださいました。」と訳されている。聖霊様は私たちに対し、人を愛し、人とともに歩むことをさせてくださる霊と書かれている。元来の人間の愛は小さい。僕の経験では小さな家庭で家族、親族を大事にするくらいが限界だと思っていた。それ以上の人間関係では利害か衝突し、愛し合うことなど無理だと思っていた。

Application(適用)

しかしパウロは御霊がそれをさせてくださると書いている。利害をこえて人を愛し、人と共に歩むことが出来るならなんと素晴らしいことだろうか。この時点で僕にとっては奇跡と言って良い。もしもその様な霊を賜れるなら、是非頂きたい。人生の後半、人を排除するのではなく人を受け入れて、受け入れられて生きたいのだ。

Prayer(祈り)

イエス様、小さな殻に収まって生きてゆこうとしていましたが、聖書の言っていることとは違いました。もっと人を愛せるように変えて下さい。愛のある生涯に導いてください。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

喜びと幸福(1テモテ6:6-8)

Scripture(聖書の言葉)

6 ほんとうに富む者になりたいと思いますか。もし今、幸福で、心が満ち足りているなら、あなたはすでに富む者なのです。 7 私たちは、この世に生まれた時、何も身につけていませんでしたし、この世を去る時にも、何も持って行けません。 8 ですから、食べる物と着る物があれば満足すべきです。

Observation(観察)

昨日あるセミナーで参加者の方が、幸福と喜びの違いについて、興味深い発言をしておられた、「幸福」は外的要因で感じたり感じなかったりする。「喜び」は、内面から湧き上がるもので外部の状態とは無関係だ、と言う物が。パウロは「もし今、幸福で、心が満ち足りているなら、あなたはすでに富む者なのです。」私たちは今、心の中から喜びが湧き出しているだろうか。これこそ、わたしたちの身につけるべきものだと思う。今持っているもので十分に喜び、神に感謝する日々を送ろう。

Prayer(祈り)

イエス様、いままで心の状態に目を向けないで、人と比べて幸福だとか不幸だとかばかり言っていました。いま、心の底から湧き上がるどんな状態でも変わらない喜びを下さい。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

金の子牛を取り除け(2列王記10:28-31)

Scripture(聖書の言葉)


28 このようにエフーは、イスラエルからバアルの痕跡を完全に取り除きました。 29 ただし、ベテルとダンにある金の子牛像だけは取り除きませんでした。その子牛像こそ、全イスラエルを罪に陥れたもとであり、ネバテの子ヤロブアムが犯した、最大の罪の産物だったのです。

30 主はエフーに語りました。「あなたは、アハブ王家を滅ぼせというわたしの命令によく従った。だから、ひ孫の代までイスラエルの王としよう。」

31 ところがエフーは、真心からイスラエルの神、主に従おうとはしませんでした。彼は、イスラエルに大きな罪を犯させる原因となった、ヤロブアムの金の子牛像を拝み続けていたのです。

Observation(観察)


アハブ家を滅ぼしたエフーは、バアル信仰を一掃した。しかし、二つの金の子牛像はそのままであったとされている。元はといえば、ヤロブアムがイスラエルの人々がエルサレムに礼拝に行かないように、彼らの神としてこの子牛像を造ったことに始まっている。さらに起源を辿れば、出エジプト記でモーセがシナイ山からの帰りが遅くなったため、替わりの(形のある)神を作ってくれと民衆に頼まれてアロンが作ったことに遡る。ではこの子牛が何者なのかといえば、他ならぬ主なる神ご自身を象ったものと言われている。形を持つことのない(それ故に存在という概念そのものである)無限の神を、自分で動くことの出来ない像に人間は置き換えてしまった。言い換えれば視覚や触覚で検知できるレベルに神を貶めてしまったと言える。

Application(適用)


私たちの中にも金の子牛像は残っていないだろうか。神であると勘違いして神以外のものに仕えてはいないだろうか。あるいは誰かにこれが至高の価値のあるものと紹介され、騙されてはいないだろうか。
イスラエルはこの子牛像を除くことはなかなか出来なかった。彼らにとって子牛像は正しい信仰の対象としてすり替えられていたからだ。私たちは勇気と知恵をもって偽の信仰を一掃しよう。

Prayer(祈り)


イエス様、三位一体の神以外に神はありません。あなただけを礼拝します。気づかずそれ以外のものに信仰をおいていたら、それを取り除きます。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

自分を訓練する(1テモテ4:6-8)

Scripture(聖書の言葉)


牧師は、自らの信仰と、従ってきた真理の教えとによって成長するのです。 7 愚かな理論や作り話の議論で、むだな時間を費やしてはなりません。むしろ、時間と労力とを有効に使って、いつも霊的に高められるよう自分を訓練しなさい。 8 体の訓練も大いにけっこうですが、霊の訓練はさらに大切であり、あらゆる行動の原動力になるのです。ですから、あなたは霊の訓練に励み、もっとすぐれたクリスチャンを目指しなさい。そうすることは、今の地上の生活のためだけでなく、未来の生活にも役立つからです。

Observation(観察)


パウロは弟子であり若い牧師であるテモテに対し、牧師の務めを果たすために「信仰」と「真理に従う」事により霊的訓練に励むことを命じている。さらに「霊的訓練はあらゆる行動の原動力」であるとも言っている。これは教職者にだけ当てはまるものでは無い。イエス様を信じる全てのものは日々霊的な成熟を目指して訓練されねばならない。またあらゆる行動の起点は肉からではなく霊から発せられるものであるべきだ。パウロの教えはスパルタ的にも見えるが、この世での霊的戦いをキリスト者として生き延びてゆく為には必要なことだ。このことを肝に銘じたい。


Prayer(祈り)


イエス様、霊的に自己を訓練することをパウロは説きました。私はこれまで生ぬるい信仰の中で生きてきましたが、自分を訓練することを始めたいです。自分にはどうしても甘くなりがちです。神の教えから外れそうなとき、厳しく自分を諫めることが出来ますように。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

奇跡の後に(2列王記7:8-9)

Scripture(聖書の言葉)


8 ツァラアトに冒された人たちは陣営の端まで来ると、天幕を次から次へと回って食べたり飲んだりし、金や銀や衣服を持ち出して、それらを隠しました。 9 そうこうしているうち、彼らは互いに言いました。「こんなことをしていてはいけない。この良い知らせを、まだ、だれにも伝えていないではないか。明日の朝まで黙っていようものなら、きっと恐ろしい罰を受けるだろう。さあ、宮殿にいる人々に知らせよう。」

Observation(観察)


シリアに包囲されたサマリヤの人々は、飢えで死を待つばかりだった。しかし主が働かれ、包囲群を追放した。それに最初に気づいたのはツァラアトの為城壁に外に出されていた病人達だった。彼らは包囲群の残していった食べ物や衣服を楽しんだが、やがて「こんなことをしていてはいけない。この良い知らせを、まだ、だれにも伝えていないではないか。」といって城壁の中の人々にも知らせることを決心した。


Application(適用)


私たちも彼らと同様、家族や仲間の中では最初に神を信じた者かもしれない。当初は神の恵みを喜んで居るだけであったが、やがてその救いを仲間に届けたいという思いが与えられるかもしれない。その時が来たら大胆に行動しよう。

Prayer(祈り)


イエス様、最初に奇跡をみたツァラアトの人々のように、私にも救いと奇跡を伝える思いを下さい。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

神との関係を築く(1テモテ2:4-6)

Scripture(聖書の言葉)


4 神はすべての人が救われて、真理を理解するに至ることを切に望んでおられます。 5-6 その真理とはこうです。神と人間とは、それぞれ別の岸に立っています。そして、人となられたキリスト・イエスがその間に立ち、ご自分のいのちを全人類のために差し出すことによって、両者の橋渡しをされたのです。これこそ、時が至って、神が私たちに示された教えにほかなりません。

Observation(観察)


アダムの罪によって、私たちは神から断絶された者であった。神から作られた者であるにも関わらず神に近寄ることが出来なくなっていたのだ。しかし神であるイエス様が人となって断絶の間に立ち、神との関係を回復して下さった。その方法は神の子が罪人として死刑に処される、という物であった。人の犯した罪の、弁済不能な代償を神が払われた。何度繰り返して読んでも圧倒される。そこまでして神は私たちとの関係を回復したかったのだ。では私たちはどうだろうか。回復された関係に戻って生きているだろうか。相変わらず身勝手な生き方に留まってはいないだろうか。私には飼っている犬がいるが、彼らは飼い主に寄りすがることに時も場所も選ばない。飼い主である私もそのような彼らを愛おしく思う。私も、単純に神に甘えるところかか始めてみようと思う。

Prayer(祈り)


イエス様、幼い頃父を失った私には、甘え方がよく分かりません。関係の築き方がよく分からないのです。ギクシャクした甘え方かもしれませんが、どうか受け入れてください。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

御言葉によって良心を正す(1テモテ1:18-19)

Scripture(聖書の言葉)


18 私の子テモテよ。あなたに命じます。主が預言者(神のことばを託されて語る人)たちを通して言われたように、主のための戦いをりっぱに戦い抜きなさい。 19 キリストを信じる信仰を、しっかり守りなさい。また、正しいと思うことは進んで行い、いつも良心に恥じない歩みをしなさい。悪いことと知りながら、良心に逆らって、あえてそれを行う人がいますが、神をないがしろにするような人がたちまちキリストへの信仰を失ったとしても、少しも不思議はありません。

Observation(観察)


主のための戦い、とは何であろうか。パウロは「19 キリストを信じる信仰を、しっかり守りなさい。また、正しいと思うことは進んで行い、いつも良心に恥じない歩みをしなさい。」とテモテに語っている。正しいと思ったことを行う、とは決して簡単なことではない。状況的にそれを行うことで社会的に不利になることもあるし、自分の中で正しさの基準を無意識に歪めてしまう事もある。しかしその様な人たちに対してパウロは「神をないがしろにするような人がたちまちキリストへの信仰を失ったとしても、少しも不思議はありません。」と警鐘を鳴らしている。良心を正しく用いない事は神をないがしろにする事に等しいのだ。
先ず、自分の良心を点検しよう。この世の常識に歪められていないか、御言葉との矛盾はないか、正しさを持つことに諦めていないか、罪によって自分を騙していないか。

聖書66巻のことをCanonと呼ぶ。基準、原器、という意味だ。この正しい量りで私の良心は量られなければならない。

自分の良心と御言葉の間にブレがあっては、軸のずれたコマのように想定しないところに飛んで行ってしまう。神の基準と自分をそろえるところから始めよう。


Prayer(祈り)

イエス様、御言葉と自分の良心にズレはないでしょうか、御言葉に照らし合わせます。間違っているところをひとつひとつ教えてください。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

態度で伝道する(コロサイ4:4-6)

Scripture(聖書の言葉)


4 どうか、私がこの福音を、勇気をもって、自由に、完全に、しかもわかりやすく語れるように祈ってください。 5 与えられた機会を最大限に生かして、あなたがたも人々に伝えなさい。教会の外部の人々とは、いつも賢く慎重に接しなさい。 6 あなたがたの会話が、良識に富み、善意にあふれるよう心がけなさい。そうすれば、一人一人に適切な答え方ができます。

Observation(観察)


伝道は、神の世界と、この世との境目で行われる綱引きであり、戦闘のような物でもある。神の福音は聖書にあるとおりこの世の人には馬鹿げた物に聞こえ、信じた物にしか神の真意は伝わらない。伝道する人はこのある種パラドックスの中で戦っているのだ。しかし私たちがどのような者であるかは、態度で示すことが出来る。邪悪な言動を繰り返していれば信じている神もその様なものと思われてしまうし、誠実に、賢く接していれば、自ずと人々の心も開かれる。かといって付け焼き刃は簡単に剥がれ落ちてしまう。誠実な、真実な人として変えられたい。

Prayer(祈り)


イエス様、様々な場所でイエス様をまだ知らない人に出会います。その場で直接証しできないことも多いですが、誠実な態度で臨むことが出来ますよう、助けてください。その場を繕うのではなく真実にその様な人になれますように。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

新しいいのちに生きる(コロサイ3:10)

Scripture(聖書の言葉)


10 あなたがたは新しいいのちに生きています。正しいことへの探究心を強め、ますます、この新しいいのちを与えてくださったキリストに似る者となるよう努めましょう。

Observation(観察)


新しい命を得た私たちは、霊的に見るならば赤ん坊出会った。人間の赤子は、周囲の沢山のサポートと長い時間で成長してゆく。正しく育った幼児はある段階から周囲の物への好奇心を持ち、自ら成長してゆく。私たちはいまどこのステップにいるだろう。周囲のサポートに頼っているだろうか、それとも自分の足で立ち上がっているだろうか。


Prayer(祈り)


イエス様、私は自分の足で立っているようでも、すぐにくずおれてしまうような物です。やはり一人では生きてゆくことは難しいです。お互いを大事にし、その中でイエス様を表して行けるような者にして下さい。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。