自分が量ったはかりで量られる(ルカ6:37-38)

Scripture(聖書の言葉)


37 人のあら捜しをしたり、悪口を言ったりしてはいけません。自分もそうされないためです。人には広い心で接しなさい。そうすれば、彼らも同じようにしてくれるでしょう。 38 与えなさい。そうすれば与えられます。彼らは、量りのますに、押し込んだり、揺すり入れたりしてたっぷり量り、あふれるばかりにして返してくれます。自分が量るそのはかりで、自分も量り返されるのです。」

Observation(観察)


隣人を愛する、ということにはイエス様の示された無私の愛によるものと、同時にこの節で書かれた自分がしたことが跳ね返ってくるから、という動機が書かれている。人間はイエス様の様になることは難しい。ならばせめてこの節をこころに止めて生きてゆこう。今僕が感じている苦しさも、自分が狭量なはかりで人を量った結果なのだ。

Prayer(祈り)


イエス様、批判し、批判される人間関係を改善したいです。他人がどのように僕を量ろうとも、おおらかな気持ちで人に接することが出来ますように。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

もういちどやってみよう(ルカ5:4-6)

Scripture(聖書の言葉)


4 話が終わると、イエスはシモンに言われました。「さあ、もっと沖へこぎ出して、網をおろしてごらんなさい。」 5 「でも先生。私たちは夜通し一生懸命働きましたが、雑魚一匹とれなかったのです。でも、せっかくのおことばですから、もう一度やってみましょう。」 6 するとどうでしょう。今度は網が破れるほどたくさんの魚がとれたのです。

Observation(観察)


夜通し働いて一匹も魚を捕ることが出来なかったペテロは、イエス様から「沖にこぎ出し、網をおろしなさい」と言われた。プロの漁師であるペテロの経験では今日はもう魚は取れないと考えていたかもしれないし、沖には魚はいないと思ったかもしれない。しかしペテロは、「せっかくのおことばですから、もう一度やってみましょう。」と従った。結果は沢山の魚を獲ることが出来た。大事なのは自分の経験に頼らず、イエス様の言葉に従う心だ。
うまく行かないことは何度も、幾つもある。けれども、もう一度やってみよう、と神を信頼する心を持つことだ。新しい一年、去年挫折したことももう一度挑戦してみよう。

Prayer(祈り)


イエス様、去年挑戦して叶わなかったことも、もう一度挑戦させて下さい。あなたの言葉を頂けたら、いつでも網を下ろします。私の心の願いはあなたが個存知です。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

約束の地と挫折(創世記11:27-32)

Scripture(聖書の言葉)


27 ハランにはロトという息子が生まれました。 28 しかし、ハランは若くして生まれ故郷のカルデヤのウルで死に、あとには父のテラが残されました。 29 一方、アブラムは腹違いの妹サライと結婚し、ナホルも、ハランが死んで孤児となった姪のミルカを妻にしました。ミルカにはイスカという兄弟がいましたが、二人ともハランの子です。 30 サライは子どもができない体でした。 31 テラは、息子のアブラムと嫁のサライ、ハランの息子で孫に当たるロトを連れてカルデヤのウルを出発し、カナンの地へ向かいました。しかし途中、ハランの町に立ち寄ったまま、そこに住みつき、 32 二百五歳の時、ハランで死にました。

Observation(観察)


セムの子孫でありアブラハムの父であるテラについての記事である。テラはアブラムとテラを連れてカルデヤ(バビロン人の地)を出発し、カナンの地を目指した。しかしテラは目的地であるカナンには辿り着けず、ハランの町で亡くなってしまう。
カルデヤは罪の生活を示唆し、カナンの地は神の約束の地である。テラの挫折は私たちに、救われたものが神の約束を目的として旅を続け、途中で挫折してはいけないと教えている。

Prayer(祈り)


イエス様、テラの決心は偉大でしたが彼は目標点にたどり着くことは出来ませんでした。アブラハムが志を継ぎますが、私はテラのような挫折をしたくありません。目的地、約束の地から目をそらさず、前に向かって進みたいです。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

水のバプテスマ(ルカ3:3)

Scripture(聖書の言葉)


3 ヨハネはヨルダン川周辺をくまなく歩き、罪が赦されるために、今までの生活を悔い改めて、神に立ち返ったことを表明するバプテスマ(洗礼)を受けるようにと、教えを説き始めました。

Observation(観察)


バプテスマのヨハネの活動はヨルダン川周辺であった。川で洗礼を授けるためだ。洗礼には死と復活の意味合いもあるが、同時に罪汚れを川に洗い流すことも意味している。罪のきよめという大きな神の恵みは、川で表現されている。バプテスマの定義は「罪が赦されるために、今までの生活を悔い改めて、神に立ち返ったことを表明する」とある。洗礼のまえに悔い改めというプロセスがある。悔い改めず、儀式的な事だけ求めて洗礼を受けても、罪は洗い清められない。
私たちが罪の力から逃れようとするとき、必要なのはまず悔い改めだ。罪と咎、汚れが自分の身から離れてゆく事をイメージして、熱心に神の恵みを求めよう。

Application(適用)


私たちが神に何かを求める以上に、神は私たちの清めを期待しておられる。自分の生活の求め以上に、清めを求めるものでありたい。

Prayer(祈り)


イエス様、罪を赦して、洗い流して清くして下さり感謝します。日々の生活の中で繰り返してしまう悪い考えなどの習慣を変えてゆきたいです。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

人と地に対する呪い(創世記3:17-19)

Scripture(聖書の言葉)


17 最後に神はアダムに言いました。「あれほど食べてはいけないと言ったのに、あなたはそれを食べたので、土地はのろわれたものとなった。あなたは生きるために、一生あくせく働かなければならない。 18 土地にはいばらとあざみが生え、あなたは野草を食べるようになる。 19 死ぬまで汗水流して土地を耕し、働いて糧を得、そしてついに死に、再び土に帰る。土から造られたのだから、また土に帰らなければならないのだ。」

Observation(観察)


聖書の最初の三章目にて、人は呪われたものとなってしまう。蛇の誘惑により善悪を知る木の実を食し、原罪が人類に入り込んだからだ。呪われたのは人だけではない、彼らが追放された先の地も呪われてしまった。聖書のテーマは人類の罪の性質と、そこからの救いだ。神の祝福が川のように流れると思いきや、人類の罪によって全地は呪われたものとなってしまった。イエス様が来られるまで聖書の登場人物はこの罪と呪いの問題に苦しむこととなる。

Application(適用)


救われたクリスチャンだからとって、この章から目を背けることは出来ない。私たちは原罪を持ちながらも神によって救われた存在なのだ。私もいつも自分の罪の属性を見失う。見失っているときは自分が罪の中に入り込んでしまっている状態なのではないだろうか。逆に敬虔とは、自分の罪の属性を見失なわず、神の救いに感謝の思いを持ち続けることなのだと思う。

Prayer(祈り)


イエス様、地は呪われてしまいましたがあなたの救いが私たちに与えられていることを感謝します。どうか人々の働きを祝福して下さいますように。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

川というモチーフ(創世記2:10-14)

Scripture(聖書の言葉)


10 さて、エデンの地からは一つの川が流れ出て園を潤し、それはやがて四つの流れに分かれていきます。 11-12 その一つピション川は、ハビラ地方全域を蛇行していました。その地方からは、純度の高い金と美しいブドラフ(香りの良い樹脂を出す木)や、しまめのうが取れます。 13 第二の川はギホンと呼ばれ、クシュの全域を流れる川です。 14 第三がティグリス川で、アシュルの町の東側を流れていました。そして第四がユーフラテス川です。

Observation(観察)


創世記から黙示録まで、聖書の要所要所に「川」についての記述がある。ここでは4つの川がエデンの地から各地に流れ出していることが書かれている。神の祝福がエデンに留まらず、広がってゆく事の表現とみることが出来る。この新しい一年、特に「川」にまつわる記述に注目して聖書を読んで行きたい。

Prayer(祈り)


イエス様、エデンの園から川が流れ出すように、あなたの恵みはいまも滾々と流れています。そこからすくって飲むものとして下さい。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

子羊の婚宴(黙示録19:7-9)

Scripture(聖書の言葉)


7 さあ、大いに喜び楽しみ、神をほめたたえよう。小羊の結婚の時が来て、花嫁のしたくも整った。 8 花嫁は、輝くばかりの、きよく真っ白な麻布の衣を着せられた。」この麻布は、クリスチャンの正しい行いを表しているのです。 9 天使は、次のことばを書きとめるよう促しました。「小羊の婚宴に招かれた人は幸いです。」天使はまた、こう付け加えました。「これは神の口から出たことばです。」

Observation(観察)


ここで言う子羊はイエス様、花嫁は教会を表すと一般に理解されている。花嫁のまとう麻布は、クリスチャンの正しい行いを表しているとある。黙示録のクライマックスはイエス様と教会の結合である。男女の婚姻はキリストと教会の関係の型なのだ。
この婚姻の時まで、教会は整えられなければならない。いま世界の教会は、イエス様の花嫁としてふさわしいだろうか。私たち一人一人はふさわしく考え、また振る舞っているだろうか。

Prayer(祈り)


イエス様、教会があなたの花嫁として整えられますように。世の花嫁も様々な支度をして備えます。教会もそれ以上に備えなければなりません。私自身も備えます。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

大淫婦バビロン(黙示録18:1-5)

Scripture(聖書の言葉)


これらのことの後、私はもう一人の天使が、大きな権威を授けられて、天から下って来るのを見ました。地上は、その輝きで明るくなりました。 2 彼は大声で叫びました。「バビロンが倒れた。あの大いなるバビロンが倒れた。そこは悪魔の巣窟、悪霊やあらゆる汚れた霊のたまり場であった。 3 あらゆる国の人々が、彼女のみだらな毒ぶどう酒に酔いしれたからだ。また、地上の支配者たちは彼女と快楽にふけり、地上の商人たちは、彼女のぜいたくな浪費のおかげで大もうけをしたからだ。」

4 それから私は、天から別の声を聞きました。

「クリスチャンよ。あの女から遠ざかりなさい。その罪に連なってはなりません。そうでないと、いっしょに罰を受けることになります。 5 あの女の罪は数えきれず、それは積み上げられて天にまで達したので、神の罰がいよいよ下るのです。

Observation(観察)


大淫婦バビロンの終焉が描かれている。バビロンは浪費と放蕩を意味しており、現代の経済システムも示唆しているように思える。神の手を離れ人間の欲を原動力に肥大化する経済はやがて破綻する。私たちは慎ましく節度を持って、神を喜んで生きることを学ばなければならないのではないだろうか。

Prayer(祈り)


イエス様、全てのものは過ぎ去ります。人間の手によるもので失われないものはありません。
バビロンに象徴されるような貪欲な生き方を辞め、神に祈り委ねて日々を生きるものにして下さい。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

伝道をおろそかにしない(黙示録10:8-11)

Scripture(聖書の言葉)


8 すると、再び天からの声が語りかけました。「さあ行って、海と陸地をまたいで立つ強い天使から、開かれた巻物を受け取りなさい。」 9 そこで私は、その天使に近寄って、「巻物をいただきたいのです」と頼みました。すると彼は、「よろしい。さあ、この巻物を取って食べなさい。初めは蜜のように甘いが、飲み下すと、腹の中で苦くなります」と言いました。 10 そこで私は、巻物を受け取って食べました。すると言われたとおり、口の中では甘かったのに、飲み下すと苦くなり、腹が痛くなりました。 11 その時、彼はこう言いました。「あなたは、多くの人々、国民、民族、王について、もっと預言しなければなりません。」

Observation(観察)


ヨハネが御使いから受け取った巻物を食べると、口には甘かったが腹には苦かったとある。謎めいた表現だが10節と11節を関連付けて考えると、受け取った御言葉をそのままにせず、人々に伝えなければならない、と解釈することが出来る。漫然と受け取るだけのクリスチャン生活をしていないだろうか。受け取ったものを自ら伝えて、拡げて行く者でありたい。

Prayer(祈り)


イエス様、受け取るだけのクリスチャン生活を辞めて、伝道するクリスチャンになりたいと思います。私の意識を変えます。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

失望せず祈る(黙示録5:7-8)

Scripture(聖書の言葉)


7 小羊は前に進み出て、王座に座っておられる方の右手から巻物を受け取りました。 8 その時、四つの生き物と二十四人の長老は、それぞれハープと香のたちこめる金の鉢とを手にして、小羊の前にひれ伏しました。この香は、神の民の祈りです。

Observation(観察)


ヨハネの見た幻のなかで、金の鉢をイエス様の前に献げるくだりだ。この鉢に入れられている香は、神の民の祈りだと書かれている。私たちの祈りは神の前に積まれ、決して無駄に終わることはない。

Prayer(祈り)


イエス様、失望せず祈ることを教えてくださって感謝します。結果を得ることを焦らず、根気よく祈ります。イエス様のお名前によって祈ります。アーメン。