水のバプテスマ(ルカ3:3)

Scripture(聖書の言葉)


3 ヨハネはヨルダン川周辺をくまなく歩き、罪が赦されるために、今までの生活を悔い改めて、神に立ち返ったことを表明するバプテスマ(洗礼)を受けるようにと、教えを説き始めました。

Observation(観察)


バプテスマのヨハネの活動はヨルダン川周辺であった。川で洗礼を授けるためだ。洗礼には死と復活の意味合いもあるが、同時に罪汚れを川に洗い流すことも意味している。罪のきよめという大きな神の恵みは、川で表現されている。バプテスマの定義は「罪が赦されるために、今までの生活を悔い改めて、神に立ち返ったことを表明する」とある。洗礼のまえに悔い改めというプロセスがある。悔い改めず、儀式的な事だけ求めて洗礼を受けても、罪は洗い清められない。
私たちが罪の力から逃れようとするとき、必要なのはまず悔い改めだ。罪と咎、汚れが自分の身から離れてゆく事をイメージして、熱心に神の恵みを求めよう。

Application(適用)


私たちが神に何かを求める以上に、神は私たちの清めを期待しておられる。自分の生活の求め以上に、清めを求めるものでありたい。

Prayer(祈り)


イエス様、罪を赦して、洗い流して清くして下さり感謝します。日々の生活の中で繰り返してしまう悪い考えなどの習慣を変えてゆきたいです。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

人と地に対する呪い(創世記3:17-19)

Scripture(聖書の言葉)


17 最後に神はアダムに言いました。「あれほど食べてはいけないと言ったのに、あなたはそれを食べたので、土地はのろわれたものとなった。あなたは生きるために、一生あくせく働かなければならない。 18 土地にはいばらとあざみが生え、あなたは野草を食べるようになる。 19 死ぬまで汗水流して土地を耕し、働いて糧を得、そしてついに死に、再び土に帰る。土から造られたのだから、また土に帰らなければならないのだ。」

Observation(観察)


聖書の最初の三章目にて、人は呪われたものとなってしまう。蛇の誘惑により善悪を知る木の実を食し、原罪が人類に入り込んだからだ。呪われたのは人だけではない、彼らが追放された先の地も呪われてしまった。聖書のテーマは人類の罪の性質と、そこからの救いだ。神の祝福が川のように流れると思いきや、人類の罪によって全地は呪われたものとなってしまった。イエス様が来られるまで聖書の登場人物はこの罪と呪いの問題に苦しむこととなる。

Application(適用)


救われたクリスチャンだからとって、この章から目を背けることは出来ない。私たちは原罪を持ちながらも神によって救われた存在なのだ。私もいつも自分の罪の属性を見失う。見失っているときは自分が罪の中に入り込んでしまっている状態なのではないだろうか。逆に敬虔とは、自分の罪の属性を見失なわず、神の救いに感謝の思いを持ち続けることなのだと思う。

Prayer(祈り)


イエス様、地は呪われてしまいましたがあなたの救いが私たちに与えられていることを感謝します。どうか人々の働きを祝福して下さいますように。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

川というモチーフ(創世記2:10-14)

Scripture(聖書の言葉)


10 さて、エデンの地からは一つの川が流れ出て園を潤し、それはやがて四つの流れに分かれていきます。 11-12 その一つピション川は、ハビラ地方全域を蛇行していました。その地方からは、純度の高い金と美しいブドラフ(香りの良い樹脂を出す木)や、しまめのうが取れます。 13 第二の川はギホンと呼ばれ、クシュの全域を流れる川です。 14 第三がティグリス川で、アシュルの町の東側を流れていました。そして第四がユーフラテス川です。

Observation(観察)


創世記から黙示録まで、聖書の要所要所に「川」についての記述がある。ここでは4つの川がエデンの地から各地に流れ出していることが書かれている。神の祝福がエデンに留まらず、広がってゆく事の表現とみることが出来る。この新しい一年、特に「川」にまつわる記述に注目して聖書を読んで行きたい。

Prayer(祈り)


イエス様、エデンの園から川が流れ出すように、あなたの恵みはいまも滾々と流れています。そこからすくって飲むものとして下さい。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

子羊の婚宴(黙示録19:7-9)

Scripture(聖書の言葉)


7 さあ、大いに喜び楽しみ、神をほめたたえよう。小羊の結婚の時が来て、花嫁のしたくも整った。 8 花嫁は、輝くばかりの、きよく真っ白な麻布の衣を着せられた。」この麻布は、クリスチャンの正しい行いを表しているのです。 9 天使は、次のことばを書きとめるよう促しました。「小羊の婚宴に招かれた人は幸いです。」天使はまた、こう付け加えました。「これは神の口から出たことばです。」

Observation(観察)


ここで言う子羊はイエス様、花嫁は教会を表すと一般に理解されている。花嫁のまとう麻布は、クリスチャンの正しい行いを表しているとある。黙示録のクライマックスはイエス様と教会の結合である。男女の婚姻はキリストと教会の関係の型なのだ。
この婚姻の時まで、教会は整えられなければならない。いま世界の教会は、イエス様の花嫁としてふさわしいだろうか。私たち一人一人はふさわしく考え、また振る舞っているだろうか。

Prayer(祈り)


イエス様、教会があなたの花嫁として整えられますように。世の花嫁も様々な支度をして備えます。教会もそれ以上に備えなければなりません。私自身も備えます。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

大淫婦バビロン(黙示録18:1-5)

Scripture(聖書の言葉)


これらのことの後、私はもう一人の天使が、大きな権威を授けられて、天から下って来るのを見ました。地上は、その輝きで明るくなりました。 2 彼は大声で叫びました。「バビロンが倒れた。あの大いなるバビロンが倒れた。そこは悪魔の巣窟、悪霊やあらゆる汚れた霊のたまり場であった。 3 あらゆる国の人々が、彼女のみだらな毒ぶどう酒に酔いしれたからだ。また、地上の支配者たちは彼女と快楽にふけり、地上の商人たちは、彼女のぜいたくな浪費のおかげで大もうけをしたからだ。」

4 それから私は、天から別の声を聞きました。

「クリスチャンよ。あの女から遠ざかりなさい。その罪に連なってはなりません。そうでないと、いっしょに罰を受けることになります。 5 あの女の罪は数えきれず、それは積み上げられて天にまで達したので、神の罰がいよいよ下るのです。

Observation(観察)


大淫婦バビロンの終焉が描かれている。バビロンは浪費と放蕩を意味しており、現代の経済システムも示唆しているように思える。神の手を離れ人間の欲を原動力に肥大化する経済はやがて破綻する。私たちは慎ましく節度を持って、神を喜んで生きることを学ばなければならないのではないだろうか。

Prayer(祈り)


イエス様、全てのものは過ぎ去ります。人間の手によるもので失われないものはありません。
バビロンに象徴されるような貪欲な生き方を辞め、神に祈り委ねて日々を生きるものにして下さい。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

伝道をおろそかにしない(黙示録10:8-11)

Scripture(聖書の言葉)


8 すると、再び天からの声が語りかけました。「さあ行って、海と陸地をまたいで立つ強い天使から、開かれた巻物を受け取りなさい。」 9 そこで私は、その天使に近寄って、「巻物をいただきたいのです」と頼みました。すると彼は、「よろしい。さあ、この巻物を取って食べなさい。初めは蜜のように甘いが、飲み下すと、腹の中で苦くなります」と言いました。 10 そこで私は、巻物を受け取って食べました。すると言われたとおり、口の中では甘かったのに、飲み下すと苦くなり、腹が痛くなりました。 11 その時、彼はこう言いました。「あなたは、多くの人々、国民、民族、王について、もっと預言しなければなりません。」

Observation(観察)


ヨハネが御使いから受け取った巻物を食べると、口には甘かったが腹には苦かったとある。謎めいた表現だが10節と11節を関連付けて考えると、受け取った御言葉をそのままにせず、人々に伝えなければならない、と解釈することが出来る。漫然と受け取るだけのクリスチャン生活をしていないだろうか。受け取ったものを自ら伝えて、拡げて行く者でありたい。

Prayer(祈り)


イエス様、受け取るだけのクリスチャン生活を辞めて、伝道するクリスチャンになりたいと思います。私の意識を変えます。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

失望せず祈る(黙示録5:7-8)

Scripture(聖書の言葉)


7 小羊は前に進み出て、王座に座っておられる方の右手から巻物を受け取りました。 8 その時、四つの生き物と二十四人の長老は、それぞれハープと香のたちこめる金の鉢とを手にして、小羊の前にひれ伏しました。この香は、神の民の祈りです。

Observation(観察)


ヨハネの見た幻のなかで、金の鉢をイエス様の前に献げるくだりだ。この鉢に入れられている香は、神の民の祈りだと書かれている。私たちの祈りは神の前に積まれ、決して無駄に終わることはない。

Prayer(祈り)


イエス様、失望せず祈ることを教えてくださって感謝します。結果を得ることを焦らず、根気よく祈ります。イエス様のお名前によって祈ります。アーメン。

マンネリを脱する(黙示録3:15-19)

Scripture(聖書の言葉)


15 「わたしは、あなたをよく知っています。あなたは冷たくもなく熱くもありません。むしろ、冷たいか熱いかの、どちらかであってほしいのです。 16 しかし、なまぬるいだけなので、わたしは口から吐き出します。 17 あなたは、『私は金持ちだ。ほしいものは何でも手に入るし、もうこれ以上望むものはない』とうそぶいています。しかし、そんなあなたは、ほんとうにあわれで、みじめで、貧しくて、盲目で、おまけに裸同然であることに気づいていないのです。 18 忠告しておきます。真に豊かな者になるために、火で精錬された純金をわたしから買いなさい。また、裸の恥をさらさないために、しみ一つない清潔な白い衣をわたしから買いなさい。また、見えるようになるために、わたしから目につける薬を買いなさい。 19 わたしは愛する者を絶えず訓練し、しかったり、懲らしめたりします。ですから、もし神に対して熱い心を持たなければ、わたしの罰を受けることになります。

Observation(観察)


ラオデキヤの教会に対してイエス様は、「冷たいか熱いかの、どちらかであってほしいのです。」と表現された。漫然としたクリスチャン生活に対する一喝と私は捉えた。教会生活が長くなると、大体のことが分かったような気がして、無気力になってしまう。

Application(適用)


けれどもその理解はあくまで人間の視点からのものであり、神は教会にも、私にも、新しいことをするということを忘れてはならない。先ず自分は何も知らないことを理解しよう。そうすれば今まで見逃していた神の働きが見えるようになる。

Prayer(祈り)


イエス様、私から怠惰な思いを除いて下さい。かつてのように新しいことに期待し、喜んでいるわたしになれますように。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

御言葉を愛する(詩編119:92-93)

Scripture(聖書の言葉)


92 あなたのおきてが、
心の底からわき上がる喜びになっていなかったら、
私は失望の果てに滅んでいたことでしょう。
93 どんなことがあろうと、戒めだけは手放しません。
その教えによって、
喜びと健康を回復していただいたからです。

Observation(観察)


詩編記者(ダビデ?)は神のおきてが自分を失望から救い、また喜びと健康をもたらしたと書いている。それほどまでに御言葉を愛する事が出来れば素晴らしいと思う。

Prayer(祈り)


イエス様、御言葉を愛し従うものとなりたいです。御言葉の力を実感したいです。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

兄弟を愛する(1ヨハネ2:3-8)

Scripture(聖書の言葉)


3 私たちが神に属していることを、どうすれば確かめられるでしょう。それは、神の命令を守っているかどうかです。 4 ある人が、「私はクリスチャンだ。キリストを知っている」と言っても、もしその人がキリストの命令に従っていなければ、うそをついているのです。 5 キリストのみことばを実行している人は、ますます神を愛します。それによって、キリストにつながっている人であるかどうかがわかります。

6 自分はクリスチャンだと言う人は、キリストと同じ生き方をすべきです。

7 愛する人たち。私は今、新しい戒め(神のおきて)をつくり出しているのではありません。これは、初めからある古い戒めであり、すでに何度も聞いているみことばです。 8 しかしこの戒めは、古くて常に新しいのです。キリストにおいても、あなたがたにとっても真理なのです。「互いに愛し合いなさい」という戒めを守る時、私たちの生活から暗闇は消え去り、新しいいのちの光が輝きます。

Observation(観察)


クリスチャンであることの証明は、神の命令である「互いに愛し合いなさい」を実践しているかどうかにある。逆をいえば、兄弟を愛せないものはクリスチャンでは無い、と言うことになる。これは厳しい言葉だ。相手がどんな人であれ愛する、という条件ならば時としてその実現は難しくなる。

Prayer(祈り)


イエス様、真剣に御言葉をとらえるなら、それを行うことは容易ではないことが分かります。わたしは上手に人を愛せないし、愛されにくい部分もあることは確かです。それでもあなたの戒めには従いたいと願います。人間の愛では人を愛せません。あなたの愛を私に下さい。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。