良い知らせを伝えたい願い(2列王記7:8-9)

Scripture(聖書の言葉)


8 ツァラアトに冒された人たちは陣営の端まで来ると、天幕を次から次へと回って食べたり飲んだりし、金や銀や衣服を持ち出して、それらを隠しました。 9 そうこうしているうち、彼らは互いに言いました。「こんなことをしていてはいけない。この良い知らせを、まだ、だれにも伝えていないではないか。明日の朝まで黙っていようものなら、きっと恐ろしい罰を受けるだろう。さあ、宮殿にいる人々に知らせよう。」

Observation(観察)


イスラエルを包囲したシリヤ人を、主は不思議な方法で追い払った。シリア人は逃げる際、持ち物の全てを置いていった。それを見つけ出したのは城壁の外に置かれていたツァラアトに冒された人々であった。汚れた物として排除されていた彼らであったが、真っ先に神の祝福にあずかることが出来た。そればかりでは無くこの状況を困窮している城壁の中の人々に知らせようと決心した。

Application(適用)


救いの恵みを受けた私は、受け取ったものをそのままにしては居ないだろうか。良い知らせであると自分で理解しているのなら、それを周りの人々に知らせたいという願いが沸くのが救われた人の使命であるはずだ。ツァラアトの人々のように、良い知らせを知らせる人になりたい。そのためには私のマインドセットが変えられなければならない。

Prayer(祈り)


イエス様、私の考えを変えて下さい。大胆に福音を知らせる人となれますように。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

上の立つ人のために祈る(1テモテ2:2-3)

Scripture(聖書の言葉)


2 また、すべての重い責任を負っている人たちのために祈りなさい。それは、私たちが主を深く思いながら、平安のうちに落ち着いた一生を過ごすためです。 3 そうするのはたいへん良いことで、救い主である神に喜んでいただけることです。

Observation(観察)


上に立つ全ての人のために祈れ、とパウロは命じている。祈りはその人のためばかりでは無く、祈った私たちが平安な人生を送るためであるともある。今SNSを見ると、あらゆる重責ある人々への罵倒が溢れている。様々な人が互いの主張のために、反対する意見を持つ人を貶め続けている。
クリスチャンの生き方はその正反対の所にある。批判では無く祈りを持って上に立つ人々を支えよう。

Application(適用)


私も気がつくと政府の人々、政治家や上司を批判し、嫌ってしまう傾向にある。これは神の喜ばれる生き方では無いと知った。例え今悪く見える人であっても、祈りを持って愛するように、イエス様に変えていただこう。

Prayer(祈り)


イエス様、批判を捨てたいです。難しい人々や自分の考えに合わない言動をする人でも、神は使命を与えて用いて下さっています。その人々の働きが神様の喜ばれる道に沿いますように。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

間違った教えに惑わされないために(1テモテ1:3-6)

Scripture(聖書の言葉)


3-4 私がマケドニヤ(ギリシヤ北部の州)に出発する際、指示しておいたように、あなたは引き続きエペソの教会にとどまり、まちがった教えを言い広めている者の口を封じてください。彼らの作り話や伝説、また、むなしい系図論争を終わらせなさい。このような教えは、信仰によって救われるという神のご計画を妨げるばかりか、かえって、さまざまの疑問と議論を巻き起こすもとになります。 5 私がひたすら願い求めるのは、すべてのクリスチャンが純粋な愛の心を持ち、その思いがきよめられ、信仰が強められることです。 6 しかし、まちがった教えを広める教師たちは、それを見失い、議論やくだらない話で時間をつぶしています。

Observation(観察)


エペソの教会では、偽教師による誤った教えが広がっていた。パウロはその状況を憂慮し、テモテに対し、この問題を解決するよう命じている。
現代でも歪められた教えは絶えずやってきて、信仰者達は時に混乱させられる。その結果が自らの信仰と救いを疑わせるという事態だ。そのような事にならないよう、一人一人が聖書に根ざし揺るがされない信仰を持たなければならない。

Application(適用)


信仰を持って以来30年、様々な人々が色々な教えを持ってくるのを見た。もっともらしくても異端化してしまった教えや、いまだに真偽が怪しいものもあった。そのたびに熱に浮かされるように信仰の姿勢が揺るがされ、熱病のように熱狂した。それは信仰と言うよりも現状に飽き、なにか目新しい物を求めた結果だったように思う。変わらない物に目を向け、流行の伝道師達の言葉やパフォーマンスよりもイエス様に実直に従うことを選ぼう。

Prayer(祈り)


イエス様、揺るがされない信仰の基盤を築きたいです。日々御言葉を読み黙想する中で私の中で形作ってください。また教会内外でイエス様の愛を表すことでそれが強固な物になって行きますように。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

二人の王の結末(2歴代誌18:31-33)

Scripture(聖書の言葉)


31 シリヤ軍の戦車隊は、王服を着たユダの王ヨシャパテを見つけると、彼こそ目あてのイスラエルの王に違いないと思って襲いかかりました。ヨシャパテは大声で主に助けを求めました。それで主がシリヤ軍の戦車隊に人違いだと気づかせたので、彼らはヨシャパテ王から離れました。 32 イスラエルの王でないとわかったので、すぐに追うことをやめたのです。 33 ところが、シリヤ軍の兵士の一人が、何気なくイスラエル軍に矢を放つと、それがなんとイスラエルの王の胸当てと草摺りとの間を射抜いたのです。

Observation(観察)


イスラエルの王アハブは、敵を恐れ、王と分からないように自分は平服に着替え、敵の狙いをユダの王ヨシャパテに集中するように仕掛けた。しかし実際にヨシャパテに攻撃が集中すると、彼は大声で主に助けを求め、そのことで敵は彼がアハブでは無く、ヨシャパテであることがわかり離れていった。アハブであれば、このような時に主に助けを求めることは無かったのであろう。
一方卑劣な方法を使ったアハブは、流れ矢に射たれて死んでしまう。同じ状況に置かれた二人の王の結末は全く正反対であった。

Application(適用)


危機の時、主に求めることの重要性を深く感じた。人間の力で解決しようとしても、神の助けが無ければ無駄である。ヨシャパテも完全な王では無かったが、いつでも主に助けを求めるという信仰は持っていた。それを主は良しとされたのだ。

Prayer(祈り)


イエス様、ピンチの時、何はなくとも主に求めるものとなれるようにして下さい。卑劣な手段に頼るのでは無く、ただ神のあわれみを求めるものとなれますように。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

愛を持って仕え合う(1コリント3:14-16)

Scripture(聖書の言葉)


14 何よりも大切なのは、愛をもって仕え合うことです。そうすれば、教会全体が深く結びつき、麗しい調和が与えられます。 15 キリストにある平和が、いつもあなたがたの心と生活を満たすようにしなさい。そうすることが、キリストの体の一部とされたあなたがたの責任であり、特権でもあるからです。また、いつも感謝していなさい。 16 キリストの教えを心にとめ、そのことばによって、人生が豊かに潤されるようにしなさい。知恵を尽くして、そのことばを互いに教え合い、忠告し合い、感謝にあふれて心から神に向かって賛美しなさい。

Observation(観察)


パウロは教会に対し、一人一人が仕え合うことが何よりも大切と述べている。また、「知恵を尽くして、そのことば(キリストの教え)を互いに教え合い、忠告し合い、」ともあり、互いに御言葉によって励まし合うことの重要さについても述べている。

Application(適用)


私には人間関係をうまく築けないという弱さがある。人を励ますこと、感謝することがうまく言葉に出来ない。表情も固く暗い事が多かった。つい先週から心を改め、積極的に人に話しかけ感謝することを始めてみた。人に笑顔で接すればその人から笑顔が返ってくることが体験できた。はじめはぎこちなくても続けて行こう。これは間違いなく神の喜ばれる事なのだ。

Prayer(祈り)


イエス様、器用には出来ないかもしれませんが笑顔と感謝を持って人々に仕えて行けますように。私に出来ることで皆に仕えることが、あなたに仕えることです。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

ホレブ山を目指して(1列王記19:3-7)

Scripture(聖書の言葉)


3 エリヤは恐怖に襲われ、逃げ出しました。ユダの町ベエル・シェバまで来ると、そこに従者を残し、 4 一人で荒野へ入って行きました。彼は一日中歩き続けてくたくたになり、えにしだの木の下に座り込むと、死を願って主に祈りました。「主よ、もうたくさんです。私のいのちを取ってください。いずれ死ぬのですから。」

5 そのまま木の下で横になって眠り込むと、御使いが来て彼にさわり、起きて食事をするように言いました。 6 見ると、石で焼いたパンと水の入ったつぼがあります。エリヤはパンを食べ、水を飲んでから、また横になりました。 7 すると、再び御使いが現れて彼にさわり、「起きて、もっと食べなさい。先はまだまだ長いのだから」と言いました。

Observation(観察)


バアルの預言者との戦いに勝利したエリヤであったが、イゼベルの脅かしを恐れ、逃走する。あれほど信仰に満ちたエリヤなのに、人の言葉を恐れ、死を願うほどに落胆してしまった。そのようなエリヤに御使いが現れ食事を与え、「起きて、もっと食べなさい。先はまだまだ長いのだから」と励ました。

Application(適用)


人生は長い。時には自分が信仰の勇者のように感じられる時もあれば、この世で最も価値のないもののように感じられ、ぐったりしてしまう時もある。けれどもまだ人生は終わらない。成すべき事が残っている限り神は糧を与え励まし、再び立ち上がらせてくださる。エリヤはこの後ホレブ山にたどり着き、最後の使命を神から与えられた。
人生は長い。「もう終わりだ」と思っても次がある。私の人生も後半だ。神が下さる使命を求めて、励まされながら歩んで行こう。

Prayer(祈り)


イエス様、私がどのような状態であってもあなたのご計画に従えますように。奮い立って新たな歩みを始められますように。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

存在の価値(1コリント1:15-17)

Scripture(聖書の言葉)


15 キリストは、目には見えない神のかたちであり、神がすべてのものをお造りになる前からおられました。 16 事実、キリストはすべてのものの創造者なのです。天にあるものも地にあるものも、目に見えるものも見えないものも、霊の世界の王座も主権も支配も権威もすべて、この方がご自身の目的と栄光のために造られたのです。 17 キリストは他のすべてのものに先立って存在し、すべてのものは、キリストによって成り立っています。

Observation(観察)


イエス様は万物が造られる前からおられ、父なる神と共に天地を創造された。父なる神とイエス様は一つであるとイエス様が言われたとおりである。目に見えるものも見えないものも、イエス様の目的のために造られた。全てのものに目的があるとすれば、私たち一人一人に存在の目的とご計画があるということだ。万物に無意味なものなどは無い。自分自身も神によって造られ、生かされ、使命が与えられていることを忘れないようにしたい。

Application(適用)


人間的な目で見れば、私はおよそ無価値な弱い存在でしか無い。しかし神の目で見るならそれは全く異なる。神の偉大なご計画と目的のために、この時代、この場所に置かれているのだ。一羽の雀でさえ神のご計画無くして落とされることは無い。私の状況はどうであっても神のご計画は進められ、私は生かされるのだ。目を上に上げて、神を仰ぎ日々を喜んで生きよう。

Prayer(祈り)


イエス様、自分を無価値であると自らを呪っていたことを悔い改めます。これからはあなたのご計画の為に用いて下さい。精一杯お従いします。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

気付かない罪(1列王記15:11-14)

Scripture(聖書の言葉)


11 アサ王は先祖ダビデのように、主に喜ばれる生活を送りました。 12 神殿男娼を追放し、先祖たちが造った偶像をみな取り除きました。 13 祖母マアカをも、偶像を造った罪で、王母の地位から退けました。アサ王はこの偶像を切り倒し、キデロン川で焼きました。 14 しかし、丘の上の礼拝所だけはそのままになっていました。それが悪いことだと気づかなかったのです。

Observation(観察)


ユダのアサ王は、彼の父のようでは無く、主に喜ばれる生活をし、偶像を破壊した。しかし「高きところ」とも呼ばれる礼拝所はそのままにしていたとある。「高きところ」とは先住民カナン人の信仰祭儀に由来する物で、神の喜ばれるものでは無かった。しかしアサ王にとって、この礼拝所はあまりに当然の存在で、悪い物だと気付かなかった。

Application(適用)


昔から生活に溶け込んでしまっていて、罪と気付かない事柄というのは、私に於いても有るのでは無いか、と考えさせられた。自分の既成概念を一度捨てて、なにが神の喜ばれる物か、何が喜ばれず廃するべきものかを神に教えていただき、素直に従う心を持ちたい。アサ王ではこの点で完全では無かったが、それでも主に喜ばれていたと書かれている。いま神にお従いしようという心を神は喜んでくださるのだ。

Prayer(祈り)


イエス様、私が自然に行っているもの、当然と思っているもので、あなたを悲しませているものがあるかもしれません。どうかそれを教えてください。心を新しくしてお従いします。助けて下さい。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

霊をもって礼拝する(ピリピ3:3)

Scripture(聖書の言葉)


3 肉体の一部を切り取りさえすれば、神の子どもになれるのではありません。霊をもって神を礼拝する者こそ、神の子どもなのです。その礼拝こそが、ただ一つの真の「割礼」です。クリスチャンが誇れることと言ったら、キリスト・イエスがなしてくださったみわざだけです。自分で自分を救うことなどとてもできないと、よく知っているはずです。

Observation(観察)


神の子どもになること、すなわち神の救いは人間的な行いや努力では絶対に達成できない所にある。人間は罪の属性の故に自分の力で自分を変えることが出来ない。究極的にクリスチャンが行うべき行為とは、自分で何か成し遂げようとすることではなく、ただ霊にって神を礼拝することなのだ。

Application(適用)


礼拝、という事を軽んじていたかもしれない。礼拝に出席しても、どこか上の空で過ごしていたような気がする。霊によって神の前に出る、この事に集中して来たる日曜日を過ごしたい。

Prayer(祈り)


イエス様、霊による礼拝、について理解が足りていません。以前はただ異言で祈っていれば良いと考えていましたが、そうでないように感じます。御言葉を通して理解できるように助けて下さい。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

従順も神の賜物(ピリピ2:12-16)

Scripture(聖書の言葉)


12 愛する皆さん。私がそちらにいた時、あなたがたはいつも、私の教えに従順に従ってくれました。離れている今はなおさら、しっかりしてください。深い尊敬の思いをこめて神に従い、神に喜ばれないことからは手を引きなさい。 13 神は人の心に働きかけて、従おうとする思いを起こさせ、神が望まれる行いができるように助けてくださるのです。 14 何事においても、不平を言ったり、疑ったりしてはいけません。 15-16 だれからも非難されないためです。心の曲がった邪悪な世の中にあって、あなたがたは神の子どもとして、汚れのない、きよらかな生活を送りなさい。世の人々の間で、いのちのことばを高く掲げ、世の光として輝きなさい。

Observation(観察)


神への従順、すなわち御言葉に従うことは、私たちの肉の力では達成できない。人間の努力では神の言葉について行くことは出来ない。なぜなら神は霊であり、肉と相反する物だからだ。13節には「神は人の心に働きかけて、従おうとする思いを起こさせ、神が望まれる行いができるように助けてくださるのです。」とある。神への従順おも神は賜物として与えてくださるのだ。

Application(適用)


従順、というと儒教的な背景をもつ日本人にとっては、なにか強制されて行う事と感じてしまうが、御言葉はそうでは無く、神は御自身への従順の思いを下さり、実際に従えるようにして下さるという。自分の固定観念を捨てて、神の前に素直になってお従いしたい。

Prayer(祈り)


イエス様、私は従順、という言葉に傷があります。どうか癒やしてください。人では無く神に従えますように。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。