新しい律法を心に刻む(ヘブル8:10)

Scripture(聖書の言葉)


10 ここにわたしは、イスラエルの民と新しい契約を結ぶ。わたしはこの律法を彼らの心に刻む。そうすれば、何も言わなくても、彼らに、わたしの思いがはっきりわかるようになる。心の中に律法があるので、彼らは喜んで従うようになるだろう。こうして、わたしは彼らの神となり、彼らはわたしの民となる。

Observation(観察)


神はモーセの律法に変えて、新しい契約を結ぶと言われた。それはイエス様の贖いによる救いの約束だ。神はこの約束を私たちの心に刻むと言われる。石や巻物では無く、心に直接刻み、神の思いがそのまま分かり、喜んで従うことが出来るようになると言われたのだ。
私たちは日々聖書を読むが、その真理と真意が心に刻まれるなら、なんと素晴らしいことだろう。私たちの行動理念と価値基準が神の喜ばれる物に変えられるのだ。

Application(適用)


気がつくと神のみ思いから離れ勝手なことばかりしている自分を発見する。神のこの約束が私の心に一日でも早く実現してほしい。

Prayer(祈り)


イエス様、あなたの約束は必ず成ると信じます。あなたの新しい約束を私の心に刻み、私を新しい人にして下さい。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

暗闇の中でも(ミカ7:8-9)

Scripture(聖書の言葉)


8 敵よ、私のことで喜ぶな。
私は倒れても、また起き上がるからだ。
たとえ暗闇の中に座っていても、
主が私の光となる。
9 主から罰を受けている間、私はじっと耐えていよう。
私が主に罪を犯したからだ。
そののち、私を敵の手から守り、
彼らが私にしたすべての悪を罰する。
神は私を暗闇から光の中へ連れ出し、
私は神のいつくしみを見る。

Observation(観察)


信仰者として生きることに限界を感じ、倒れてしまうときがある。そのようなときは全ての希望が去り、悪魔の嘲笑と呪いが聞こえてくるような思いになってしまう。けれどもミカは、「敵よ、私のことで喜ぶな。私は倒れても、また起き上がるからだ。」と再起の希望を消すことは無かった。また暗闇に座っていても主が私の光となると告白している。暗闇に座り込んでいても神は光であることに変わりは無い。沈み込んでいてもその光は私の物だ。
罪は赦されるが、神は時に懲らしめを与えられる。そのようなときでも神は神である。懲らしめの果てには神の慈しみの回復がある。この希望を捨てずに居よう。

Prayer(祈り)


イエス様、ただ今はあなたの助けを待ちます。この苦しみの時があなたのことを思う時と変えられますように。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

救いという望み(ヘブル6:18-19)

Scripture(聖書の言葉)


18 神は、約束と誓いの両方を与えてくださいました。神は偽りを言われることがありません。そのため、救いを求めて神のもとに逃れて来る人たちは、確かな保証をいただいて、新たな勇気を奮い起こすことができます。そして、神の救いの約束を、少しの疑いもなく確信できるのです。 19 自分は必ず救われるという確かな望みは、私たちのたましいにとって、信頼できる不動の錨です。この望みこそ、神聖な幕の内側(天にある神の住まい)におられる神と私たちを結び合わせるものです。

Observation(観察)


罪からの解放を求めて神に逃れてくる者は、神の約束と誓いの故に、必ず新たな勇気を奮い起こし、神の救いの約束を確信できるとある。神を逃れの町としてやってきた私たちは、もはや弱くおののいている罪人では無く、神によって救われ祝福された新しい人になるのだ。過去は過ぎ去った。勇気を持とう。

Prayer(祈り)


イエス様、神の約束とそれを確かにする誓い両方が私に与えられていることを感謝します。罪と弱さで疲弊しています。神の元に逃れます。休ませ回復させて下さい。エリヤを養ったように必要な糧を与えてください。この世のためでは無くあなたの働きのために再び立ちます。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

成長するために(ヘブル5:12-14)

Scripture(聖書の言葉)


12-13 あなたがたは、もう長い間、クリスチャンとして生きてきました。ほかの人を教えても当然なのに、もう一度、神のことばのイロハから手ほどきしてもらわなければならないほどになっています。固形物を食べるまでには成長せずに、いつもミルクばかり飲んでいる赤ん坊のようです。クリスチャン生活のごく初歩の段階を行ったり来たりして、善悪の区別さえおぼつかない状態なのです。 14 あなたがたがもっと成長し、正しい行いが伴って、善悪の区別がつくようになるまでは、堅い霊の食べ物をとることも、神のことばの深い意味を悟ることもむりでしょう。

Observation(観察)


ヘブル書記者の言葉は辛辣だ。いまだ成長しないクリスチャンに対し。正しい行いが伴わず、善悪の区別がついていないと述べている。これは私にとって本当に耳が痛い言葉だ。私はクリスチャンになって長いが、ずっと同じ所をぐるぐる回っているように感じることが多い。価値観が刷新されることも無く、いまだにこの世のことに惑わされる。隣人を助けるよりも自分の必要のためにわめいているような状態だ。けれども、何度でも基礎に立ち返って築き直すことを神は許してくださる。間違いは悔い改め、自分の弱さを自覚し、もう一度神のもので再出発しよう。

Prayer(祈り)


イエス様、自分が何も知っておらず、神の愛の実践も何も出来ていないことを覚えます。自分の事で精一杯の状況です。このような状況でも出来ることを教えて導いてください。子どもが親の真似をして成長するように、わたしもあなたの真似をしたいです。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

神の愛と裁き(ホセア11:8-9)

Scripture(聖書の言葉)


8 ああ、わたしのエフライム。
どうして、あなたを捨て去ることができよう。
どうして見放せよう。
どうして、アデマやツェボイム
(ソドム、ゴモラと共に滅びた町)のように
見捨てることができよう。
わたしの心は叫んでいる。
何としても、あなたたちを助けたい。
9 燃えるような怒りがあなたたちを罰するよう命じるが、
わたしは罰しない。
エフライムを滅ぼすのは、これが最後だ。
わたしは神であって、人ではないからだ。
わたしはあなたたちのうちに住む聖なる者であって、
滅ぼすために来たのではない。

Observation(観察)


神はイスラエルの裁きの宣告をするも、一方で「何としても、あなたたちを助けたい。」とも言われている。神は御自身の属性である正義の故に、イスラエルを裁くほか無かった。しかし同時に神は愛であるから、イスラエルを救い出そうとも宣言された。「わたしはあなたたちのうちに住む聖なる者であって、滅ぼすために来たのではない。」と罪の中に生きるイスラエルに対して変わらない愛を示された。
罪には代償が伴う。それはクリスチャンであっても変わらない。蒔いたものは刈り取らねばならないのだ。しかしその刈り取りも、神が居てくださるから乗り越えることが出来る。神の助けによって生きている事を心から知ることが出来たら、それは何という幸いだろう。

Prayer(祈り)


イエス様、人生の苦難を通しても神の御愛を示してくださることに感謝します。苦難の時であっても神と共に過ごす時であることを喜び感謝します。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

荒野でみことばを聞く(ヘブル3:7-8)

Scripture(聖書の言葉)


7-8 ですから、聖霊はこう警告します。キリストの声に注意深く耳を傾けなさい。今日その声を聞いたら、昔のイスラエル人のように心を閉ざしてはいけません。彼らは荒野で試練を与えられた時、神の愛にそむき、心を鋼鉄のように固くして、文句を言い続けたのです。

Observation(観察)


聖霊様は私たちが神の声に対して心を柔らかくして従うことように警告している。それは荒野を放浪して約束の地に入れなかったイスラエル人の様にならないためだ。神の約束は確かにある。しかし心が頑なであればそこには辿り着けない。心を柔らかくして神の愛と導きに従おう。

Application(適用)


苦しみが続くと、自分が信仰者で在ることを見失いそうになってしまう事がある。しかしその時こそが信仰を強め、神により深く従うチャンスなのだと思う。荒野での日々が続いても、神の声にであるみことばに耳を傾け、神の導いてくださる道のりを誠実に歩む者でありたいと願う。

Prayer(祈り)


イエス様、今の困難もあなたの栄光に変わることを信じます。やがての日にあなたと共に喜べる時が来ると告白します。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

荒野に連れ出される神(ホセア2:14-15)

Scripture(聖書の言葉)


14 「だが、わたしは再び彼女をくどいて
荒野に連れて行き、やさしく語りかけよう。
15 そこで彼女のぶどう畑を返し、
アコル(『苦しみ』の意)の谷を、望みの門に変えよう。
彼女はそこでわたしに答え、
喜びにあふれて歌うようになる。

Observation(観察)


姦淫の罪を犯したイスラエルに対し神は裁きを宣告するが、同時にやがての日の回復についても語られている。罪に罪を重ねたイスラエルにも神は愛と憐みを失うことは無かった。なぜなら神御自身が愛であり、その否定を神は決して行われないからだ。
荒野に連れて行く、とあるがそれは神と二人だけになれるところ、と取ることが出来る。同時に神以外の全てが取り去られる裁きの表れでもある。
神はお与えになる神であるが、私たちが神以外のものを神とするとき、強い手段で御自身を認識させようとされるのだ。

Prayer(祈り)


イエス様、あなた以上に別な何かに重きを置いていたことがあります。物質、思想、自分の理念、あらゆる物があなたを大事にすることの邪魔になりました。今荒野に導かれていることはあなたとの関係を回復するためでした。連れてきてくださったことを感謝します。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

イエス様を見つめる(ヘブル1:1-2)

Scripture(聖書の言葉)


1神は昔、幻や夢や、時には直接の啓示などいろいろな方法で、預言者を通してご自分の計画を少しずつ明らかになさいました。 2 しかし今の時代には、ご自分の御子(イエス・キリスト)を通して語っておられます。神は、彼によって世界とその中のすべてのものをお造りになり、その御子にすべてを受け継がせたのです。

Observation(観察)


神のご計画とみ思いは、イエス様の存在とお働きを通して語られる。太古から現代に至るまで、人間は科学や卜占、預言などを通して神が何をされようとしているのかを知ろうとした。しかし、それは既にイエス様によって明らかになれている。神の私たちに求めておられる事は、ただ神を愛し、隣人を愛する事に他ならない。イエス様はそれを御自身の生涯を通して表現された。私たちがそれを受けついで神の願われるところを実現するためだ。イエス様を愛するといいながら、イエス様から目を離して、他の何か、珍しい教えや耳辺りの良い言葉を使う預言者などに気を取られては居ないだろうか。

Prayer(祈り)


イエス様、あなたのこと以外何も知らないと言えるような生き方をしたいです。いつも他のことに気を取られます。今もそうです。この世の知恵も富みも貴方と比べる価値すらありません。イエス様に集中させてください。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

クリスチャンとしての態度(ピレモン4-7)

Scripture(聖書の言葉)


4 愛するピレモンよ。あなたのことを、私はいつも神に感謝しています。 5 それは、主イエス・キリストに対するあなたの信仰と、すべてのクリスチャンに対するあなたの愛をいつも耳にしているからです。 6 人々との交際において、クリスチャンとしてのあなたのりっぱな態度が相手の心をとらえ、その生活までも変えることができるように、と祈っています。 7 愛する友よ。こう言う私も、あなたの愛によってどれだけ慰められ、励まされたか知れません。ほんとうに、あなたの親切は多くの信徒たちを元気づけました。

Observation(観察)


パウロはピレモンを激賛している。後の節に出てくる逃亡奴隷のオネシモの件もあってのことかもしれないが、ピレモンの信仰者としての姿勢は真実な物だったのだろう。「6 人々との交際において、クリスチャンとしてのあなたのりっぱな態度が相手の心をとらえ、その生活までも変えることができるように、」ともある。真実に信仰に生きる者は周囲の人々の人生を変えてゆく。

Application(適用)


わたしはそのような者になりたい。いつも暗い顔をして心配事ばかりを話す生き方を止め、自分の状況は置いておいて、笑顔で人を励まし続ける様な生き方で、残る人生を過ごしたい。

Prayer(祈り)


イエス様、悩みも心配も溢れるほどにあります。これはあなたに向かって嘆き助けを求めます。一方で人々に相対するときは、その様では無く、神様を感謝し人々の信仰のためになるような生き方をしたいです。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

困難の中で(詩編116:1-5)

Scripture(聖書の言葉)


1私は主を愛しています。
主が私の祈りを聞いてくださるからです。
2 身を乗り出して聞いてくださる主に、
私は生きている限り祈り続けます。
3 私は死に直面し、恐怖にかられ、
悲しみのどん底に突き落とされました。
4 私が「主よ、どうかお救いください」と叫ぶと、
5 主は実にあわれみ深く、
恵みを注いでくださいました。

Observation(観察)


悩みが続くとき最後に私に何が残るのかを考えるとき、それは賛美と祈りであってほしいと願う。苦しみを通ったときにこそ、余分な物がそぎ落とされて、純粋な何かが残ってほしい。神は身を乗り出して聞いて下さると書かれている。今の私の叫びを神は聞いて下さっているのだ。勇気を持って生き続けよう。

Prayer(祈り)


イエス様、苦しみの中にこそあなたのことを思う気持ちが新しくされます。この辛さも無駄ではなかったと思える日が来ることを信じます。あなたを賛美します。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。