神の栄光のための言動(1コリント10:27-32)

Scripture(聖書の言葉)


27 クリスチャンでない人から食事に招待された場合、出される物は何でも食べなさい。それについて、いちいち尋ねてはいけません。尋ねなければ、偶像に供えられた物かどうかわからないし、食べて良心が傷つく心配もありません。 28 しかし、もし、「この肉は偶像に供えられたものです」と注意してくれる人がいたら、その人のために、また他の人の良心のために、出された肉を食べるのはやめなさい。 29 この場合、肉についての自分の判断よりも、相手の考えが大切なのです。「なぜ他人の考えに支配されたり、束縛されたりしなければならないのですか。 30 神に感謝してそれを食べることができれば、他人からとやかく言われることはないではありませんか」と言うかもしれません。 31 しかし、食べるにも、飲むにも、何をするにも、ただ神の栄光を現すためにしなさい。 32 相手がユダヤ人であれ、外国人であれ、教会であれ、だれもつまずかせてはいけません。

Observation(観察)


私たちの言動は、神の栄光を表すために用いられなければならない。パウロは偶像に献げられた肉についてたとえているが、その肉の素性がどうであれ、食べるか否かは、だれも躓かせないために都度判断するべきなのだ。私たちも絶えず判断を求められる。何をすべきか、止めるべきか、話すべきか、話すのを止めるべきか。その判断の基準の全ては相対している人の徳を高めるものかどうか、ということだ。

Application(適用)


相手のことを思って行動することは時として難しい。自分の都合が優先してしまうこともある。一瞬祈って神の喜ばれる行動を取れるものとなりたい。

Prayer(祈り)


イエス様、教会に居るのはあなたの子であり、私の兄弟です。彼らを傷つけずかえって建てあげることが出来ますように。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

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