Scripture(聖書の言葉)
22 「でも、あなたには一つだけ欠けたところがあります。財産を全部売り払って、貧しい人たちに分けてあげなさい。天に宝をたくわえるのです。それから、わたしについて来なさい。」 23 このイエスのことばに、その人は肩を落として立ち去りました。たいへんな金持ちだったからです。 24 そのうしろ姿を見つめていたイエスは、弟子たちに言われました。「金持ちが神の国に入るのは、なんとむずかしいことでしょう。 25 それよりは、らくだが針の穴を通るほうが、よほどやさしいのです。」 26 これには弟子たちも驚き、思わずことばを返しました。「そんなにむずかしいのですか。だとしたら、救われる人などいるでしょうか。」 27 「人にはできません。だが、神にはできるのです。」
Observation(観察)
律法を守ることに熱心な金持ち青年がイエス様に永遠の命に入るにはどうすればよいかを尋ねた。しかしイエス様の答えは全財産を貧しい人に分け与えなさいと言う、彼にとって困難なことであった。当時のユダヤの社会では金持ちは神に祝福された人、と見なされていた。その事が彼にとって分け与えることがより難しく感じさせたのかもしれない。ではどんな人なら救われるのか、という弟子達の問いに対してイエス様は、「人には出来ません」と明言された。人間は自分の行いで自分を救うことは出来ない、とイエス様は言われたのだ。「だが、神にはできるのです。」神にとって不可能な事は無い。金持ち青年も分け与えることができない不完全な自分のまま、神の前に救いを求めるならば救いを得られただろう。
私たちにとって重要なのは何が出来るか出来ないかではなく、どれだけ神に信頼し頼る事が出来るか、なのだ。
Prayer(祈り)
イエス様、私がどれだけ欠けがある人間か、あなたがご存じです。この姿のままあなたの前に救いを求めます。助けて下さい。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。