Scripture(聖書の言葉)
20 「それなら、全部守っています。ほかに何が欠けているでしょうか?」
21 「完全な者になりたければ、家に帰って、財産を全部売り払い、そのお金を貧しい人たちに分けてあげなさい。天に宝をたくわえるのです。それから、わたしについて来なさい。」 22 青年はこれを聞くと、悲しそうに帰って行きました。たいへんな金持ちだったからです。
23 イエスは、弟子たちに言われました。「金持ちが天国に入るのは、なんとむずかしいことでしょう。 24 金持ちが天国に入るよりは、らくだが針の穴を通るほうがずっとやさしいのです。」
25 このことばに、弟子たちはすっかり面食らってしまいました。「それなら、この世の中で、救われる人などいるでしょうか。」
26 イエスは、弟子たちをじっと見つめて言われました。「人間にはできません。だが、神には何でもできます。」
Observation(観察)
救いを得ようとする金持ちの青年とイエス様との会話である。彼の問いは「先生。永遠のいのちがほしいのですが、どんな良いことをしたら、もらえるでしょうか。」と始まっている。彼は良い行いによって救いを得ようとしていた。イエス様は全財産を施すという彼にとって困難な提案をする。結局彼は諦めてしまった。彼は最初の問いの時点から、自分の行いによって救われようとしていた。しかし行いによる救いは存在しない。この金持ち青年は、「私には出来ません、イエス様、私の行いによってではなく、神のあわれみによって救って下さい」と願うべきであった。
Application(適用)
幸か不幸か、行いという観点からは私ははじめから落第だ。ただ神にすがるしか道はないことを知っている。自分で何かが出来る、と思い始めたら黄色信号だ。謙遜さを見失わないようにしよう。
Prayer(祈り)
イエス様、私には良い行いをする力はありません。救いはただあなたのあわれみにあります。救いを感謝します。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。