荒野に連れ出される神(ホセア2:14-15)

Scripture(聖書の言葉)


14 「だが、わたしは再び彼女をくどいて
荒野に連れて行き、やさしく語りかけよう。
15 そこで彼女のぶどう畑を返し、
アコル(『苦しみ』の意)の谷を、望みの門に変えよう。
彼女はそこでわたしに答え、
喜びにあふれて歌うようになる。

Observation(観察)


姦淫の罪を犯したイスラエルに対し神は裁きを宣告するが、同時にやがての日の回復についても語られている。罪に罪を重ねたイスラエルにも神は愛と憐みを失うことは無かった。なぜなら神御自身が愛であり、その否定を神は決して行われないからだ。
荒野に連れて行く、とあるがそれは神と二人だけになれるところ、と取ることが出来る。同時に神以外の全てが取り去られる裁きの表れでもある。
神はお与えになる神であるが、私たちが神以外のものを神とするとき、強い手段で御自身を認識させようとされるのだ。

Prayer(祈り)


イエス様、あなた以上に別な何かに重きを置いていたことがあります。物質、思想、自分の理念、あらゆる物があなたを大事にすることの邪魔になりました。今荒野に導かれていることはあなたとの関係を回復するためでした。連れてきてくださったことを感謝します。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

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