Scripture(聖書の言葉)
11 さてこうして、ある者には使徒としての賜物が与えられ、ある者にはすぐれた説教者としての賜物が与えられました。また、キリストを救い主として信じるように人々を指導する賜物を受けた者もいれば、羊を見守る羊飼いのように、神の民となった人たちの世話をし、教え導く力を受けた者もいます。
12 なぜこのように、それぞれに賜物が与えられたのでしょうか。それは、神の民となった人々が、神のためによりよく働けるよう整え、キリストの体である教会を、力にあふれた、完成した状態へと建て上げるためです。 13 そしてついに、私たちは、救いについて、また救い主である神の子について同じ信仰を持つに至り、主にあって完全に成長した者となるのです。
Observation(観察)
パウロは信じた一人一人に与えられる賜物について、教会を完成した状態に建て上げるため、と述べている。また、13節では「神の子について同じ信仰を持つに至り、主にあって完全に成長した者となるのです。」ともある。教会を建て上げること、教会に集う人々が同じ信仰(イエス様を主とする信仰)を持ち、完全に成長したものとなること、すなわち互いの成長のために賜物は用いられるべきである、という事だ。賜物には非常に目立つ種類のものがあり、逆に静かな、目立たないものもある。目立つ賜物を受けた人はおごり高ぶること無く、目立たない賜物を受けた人も自分を卑下すること無く、誠実に互いに仕え合い、成長しよう。
Prayer(祈り)
イエス様、自分の賜物についてなにかアンバランスなものを感じていましたが、それは賜物がアンバランスなのでは無く、受けた私が歪んだ認識を持って受けていたせいだと分かりました。どうか私を真っ直ぐなものにして下さい。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。