信仰の多様性(ローマ14:2-4)

Scripture(聖書の言葉)


2 偶像に供えられた肉を食べてもよいかどうかで議論してはいけません。あなたがたは、偶像に供えられた肉を食べても別に悪くはないと信じているかもしれません。しかし、ほかの人たちの信仰はもっと弱いのです。彼らは、偶像に供えられた肉を食べるのは悪いとして肉を食べず、むしろ野菜を食べるほうがよいと思っています。 3 肉を食べてもよいと思っている人は、食べない人を見下してはいけません。また、食べない人も食べる人を非難してはいけません。神はそのどちらをも受け入れて、ご自分の子どもとしてくださったからです。 4 どちらも神に仕えているのであって、人に仕えているわけではありません。神に対して責任を負うのであって、人に対して責任を負うのではありません。正しいか、まちがっているかは、神がその人に教えてくださるはずです。

Observation(観察)


パウロは偶像に供えられた肉を食べるか否かについて、互いの信仰から来る行動を批判し合わないように戒めている。食べる人も、避ける人も、各人の神に対する信仰からの行動だ。現代のキリスト教は非常に多くの教派に分かれてしまっているが、互いに批判し合わないように配慮し合っていることが伺われる。

Application(適用)


ここしばらく自分の信仰のルーツと今の信仰の姿勢、そして現在通っている教会の理念を比べ、悩んでいた。私自身の信仰の姿勢が、いま通っている教会と完全に一致しているかと言えば、決してそうでは無い。だからといってどこか別の教会に移ったとしても、同様に異なりを感じることだろう。神が求めておられる最も重要なことは互いに違いを認めて、受け入れ合うことなのだ。私は誰かを批判できるほどの信仰者では無い。むしろスタイルの違う人々を尊敬し、彼らから学ぶべきなのだ。

Prayer(祈り)


イエス様、日々聖書を読むことで少しずつ自分の信仰のありようが変化していることを感じます。私たち一人一人がユニークな存在として作られたように、聖書の理解や従う姿勢も人それぞれで、また皆が成長し変化することが分かりました。だからこそ互いを裁かず受け入れ合うことが大事だと教えられました。私が誠実に聖書に向き合う一方で、寛容で人を愛する人になれますように。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

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