Scripture(聖書の言葉)
22 この地方に住んでいるカナン人の女がイエスのところに来て、必死に願いました。「主よ。ダビデ王の子よ!お願いです。どうか、私をあわれと思ってお助けください。娘が悪霊に取りつかれて、ひどく苦しんでいるのです。」
23 しかし、イエスは堅く口を閉ざして、ひとこともお答えになりません。とうとう弟子たちが、「あの女に早く帰るように言ってください。うるさくてしかたがありません」と頼みました。
24 それでイエスは、「わたしが遣わされたのは、外国人を助けるためではありません。ユダヤ人を助けるためです」と説明なさいました。
25 それでも女は、イエスの前にひれ伏し、「主よ。どうかお助けください」と願い続けました。
26 イエスは、「子どもたちのパンを取り上げて、犬に投げてやるのはよくないことです」と言われました。
27 しかし、女はあきらめませんでした。「おっしゃるとおりです。でも、食卓の下にいる小犬でも、落ちたパンくずぐらいは食べさせてもらえます。」
28 そのことばにイエスは感心し、「あなたの信仰は見上げたものです。いいでしょう。願いをかなえてあげましょう」と言われました。その時から、彼女の娘は治りました。
Observation(観察)
悪霊に憑かれた娘のいやしを願うカナン人の女に対し、イエス様ははじめはユダヤ人ではないからと断る。しかしカナン人の女は「食卓の下にいる小犬でも、落ちたパンくずぐらいは食べさせてもらえます。」と返し、イエス様を感心させる。イエス様はどの点に感心されたのだろうか、それは自らを食卓の下に居る子犬と表現するほどにへりくだった姿勢を見せたことだ。神に対してへりくだるとは、そのまま神の偉大さを認めることに繋がる。
Application(適用)
私はどれほど神の前にへりくだっているだろうか、神の偉大さを認めているだろうか。気がつくと大いばりで神の前に立っては居ないだろうか。神の恵みを受け取ろうとするならば、先ず自分がへりくだらなくてはならない。水は低きに流れるとある。神の恵みを受け損なうことのないようにしよう。
Prayer(祈り)
イエス様、当時のユダヤ社会のカナン人の様に、わたしも小さく卑しい物とあつかわれても不思議ではありません。それほどに罪深い物です。しかし御言葉はそんなカナン人がみせた信仰の姿勢をイエス様が良しとされたことを語ってます。わたしももっとへりくだって神に喜ばれ、恵みを受けるものとなれますように、イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。