Scripture(聖書の言葉)
7 ところが、パリサイ派(特に律法を守ることに熱心なユダヤ教の一派)やサドカイ派(神殿を支配していた祭司階級。ユダヤ教の主流派)の人々が大ぜい、バプテスマを受けに来たのを見て、ヨハネは彼らをきびしく責めました。「まむしの子たち! だれがおまえたちに、もうすぐ来る神のさばきから逃れられると言ったのか。 8 バプテスマを受ける前に、悔い改めにふさわしいことをしなさい。 9 『私はユダヤ人だから、アブラハムの子孫だから大丈夫』などと思ってはいけない。そんなことは何の役にも立たない。神はこんな石ころからでも、今すぐアブラハムの子孫をお造りになれるのだ。
Observation(観察)
立場のあるパリサイ派やサドカイ派の人々がバプテスマのヨハネの元で洗礼を受けようとしたのは何故だったのか。「悔い改めたきよい者です」と人々にアピールしたかったのかもしれない。あるいは預言者として人々に尊敬されていたヨハネからの認証を得たかったのかもしれない。いずれにせよ彼らの動機は神では無く人であった。ヨハネは「バプテスマを受ける前に、悔い改めにふさわしいことをしなさい。 」と彼らを非難した。彼らの悔い改めには内面の変化が伴わず、行動という実に表れることも無かった。
Application(適用)
私はどうだろう。人々に自分を信仰的と見せたいという欲求が膨らんでいないだろうか。人に評価されたり誉められたりするための行動になってはいないだろうか。親密な神との関係には第三者が入り込む余地はないはずだ。もっと密接に神に付くものとなりたい。
Prayer(祈り)
イエス様、私の行動原理について探られました。人の歓心を得ようと一生懸命になっていたように思います。同じ事をするにしても神への愛によって行いたいです。私を変えて下さい。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。