体の一部として生きる(1コリント12:12-16)

Scripture(聖書の言葉)


12 人体には多くの部分がありますが、その各部分が結び合わされて、一つの体が成り立っています。キリストの体についても同じことが言えます。 13 私たちはそれぞれ、キリストの体の一部です。ある者はユダヤ人、ある者は外国人、ある者は奴隷、ある者は自由人です。しかし聖霊は、私たちをみな結び合わせて、一体としてくださいました。私たちは、ただひとりの聖霊によって、キリストの体に結び合わされるバプテスマ(洗礼)を受け、みな同じ神の霊を与えられているのです。 14 確かに、体はただ一つの部分からではなく、多くの部分から成り立っています。 15 たとえ足が、「私は手ではないから、体の一部ではない」と言いはったところで、体の一部でなくなるわけではありません。 16 また、もし耳が、「私は耳で、目ではないから、体の一部ではない」などと言っても、耳が体から離れることができますか。

Observation(観察)


教会は様々な賜物を持つ人、様々な役割を持つ人によって出来ている。一人一人の出自や背景は異なっても、神が一つの教会に集め、キリストの体を構成するように私たちを組み入れてくださったのだ。教会が一つの生き物として機能するためには同じ神の霊によって導かれなければならない。弱い私たちが離ればなれにならないためには、同じ御霊によって導かれるように願い求めなければならない。

Application(適用)


教会には華々しい働きをする人も居る。私は時としてそれをうらやましく思い、自分の賜物の無さに悔しさを覚えることもしばしばあり、自分が教会にとって邪魔者なのではないかとすら思った。これは「私は手ではないから、体の一部ではない」という喩えと同じ事だ。たとえ目立たなくても、賞賛を得られることがなくても、自分が教会にとって必要不可欠なものと理解し、誠実に働きにつこう。

Prayer(祈り)


イエス様、教会の一部として生きることを選びます。迷うとき今日の御言葉を思い出させてください。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

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