この世で生きる意味(1コリント5:9-11)

Scripture(聖書の言葉)


9 私は以前、あなたがたに手紙で、不品行な者たちと交際しないように書き送りました。 10 しかしそれは、信者でない人で性的な罪を犯している者、強欲な者、どろぼう、偶像を拝む者とは口もきくな、という意味ではありません。そのような人たちから離れていようとすれば、この世から出て行かなければならないからです。 11 私がほんとうに意図したところは、自分はクリスチャンだと公言している者で、しかも性的な罪にふける者、貪欲な者、人をだます者、偶像を拝む者、酒に酔う者、人をそしる者とはつき合うな、ということです。そのような者とは、いっしょに食事をすることもいけません。

Observation(観察)


この世は悪と不品行で満ちている。あらゆるメディアは罪の道へ行く事をそそのかし、そのような状況に陥った人を見ることも多い。パウロはそのような人々から自分を隔絶しろとは言っていない。
(ただし、クリスチャンであることを公言しながら罪を犯し続ける二枚舌の人とは関わるなと警告している。)
この世に生きる限り罪の中にいる人との関わりは避けられない。問題なのはそのような環境の中でクリスチャンとして如何に生きるかと言うことだ。罪に呑まれて世の人と変わらない生き方をするか、あるいは違いを表してキリストを証するのか。選択肢は私の前にある。イエス様に倣う生き方を選ぼう。

Application(適用)


私には貪欲の罪があった。貪欲は傲慢を呼び寄せる。気がつくと自分が何か大層な者であるかの様に錯覚していた。ここから抜け出すのには多大な犠牲が必要だった。けれども自分の弱さを知ることが出来たのは感謝すべき事と思っている。

Prayer(祈り)


イエス様、この世で生きることの目的を教えてくださり感謝します。弱いものですが、あなたの助けを得て、光として、塩として生きてゆくことを願います。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

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