ミッションを抱く(使徒21:10-15)

Scripture(聖書の言葉)


10-11 数日そこに世話になっているあいだに、やはり預言する力のあるアガボという人の訪問を受けました。この人は、わざわざユダヤから来たのです。アガボはパウロの帯を取り、それで自分の手足を縛ってから言いました。「聖霊が告げられました。『この帯の持ち主は、エルサレムでユダヤ人からこのように縛り上げられ、ローマ人に引き渡される。』」 12 これを聞いた者はみな、この町のクリスチャンも、同行していた私たちも、声をそろえてパウロに、エルサレムへは行かないでほしいと涙ながらに訴えました。

13 しかし、パウロは言いました。「なぜ泣いたり、私の心をくじいたりするのですか。私は主イエスのためなら、エルサレムで投獄されてもかまわないと、いや、殺されてもいいとさえ覚悟しています。」 14 もうこれ以上何を言ってもむだで、私たちは、「主のお心のままに」と言って、黙るほかありませんでした。

15 しばらくして私たちは、荷物をまとめてエルサレムへ出発しました。

Observation(観察)


パウロがエルサレムに向かうことを、様々な人が止めようとした。使徒行伝の著者であるルカすらも「行かないでほしいと涙ながらに訴えた」と記している。けれどもパウロは自身の重大な決意を改めて述べ、エルサレム行きを止めることは無かった。
パウロにとって自身に任されたミッションは自分の命以上に重要な物であった。私たちは自分の命以上に重要な物を幾つ持っているだろう。逆に考えればパウロは自分の命以上に価値のあるものを持っている、と言い換えることができる。これはどれほど豊かな事だろうか。

Application(適用)


自分の役割を探し続けてしばらくになる。いまだ五里霧中といった体だが、ミッションの存在が人を力づけ、生き続ける動機になることがわかった。なんとか自分の生きる道を見つけ出したい。

Prayer(祈り)


イエス様、いまだに心が定まりません。私に下さるミッションを明らかにして下さい。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

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