エマオの途上(ルカ24:28-31)

Scripture(聖書の言葉)


28 そうこうするうち、エマオに近づきましたが、イエスはまだ旅を続ける様子です。 29 二人は、じきに暗くなるから、今晩はここでいっしょに泊まってくださいと熱心に頼みました。それでイエスもいっしょに家に入りました。 30 食卓に着くと、イエスはパンを取り、神に祝福を祈り求め、ちぎって二人に渡しました。 31 その瞬間、二人の目が開かれ、その人がイエスだとわかりました。

Observation(観察)


エマオへの途上で、復活されたイエス様は弟子達の前に現れてくださったが、弟子達は彼がイエス様だとは気がつかなかった。しかし宿に着き、パンをちぎると弟子達の目が開かれ、その人がイエス様だとわかったとある。パンをちぎるとは、人々のために主が身を裂かれるという意味、そして御言葉が増え広がる、すなわち多くの教会が建てあげられるというダブルミーニングである。このイエス様の行為で目が開かれた弟子達は、イエス様の犠牲と、山上の垂訓のシーンを思い起こしたに違いない。
私たちがイエス様を思い起こすのはどのようなときだろう。日常の行動の中でイエス様を思い出すことが出来るのならそれ以上の幸いは無い。御言葉を心に蓄えて、イエス様の言葉をいつも思い出せるようにしたい。

Prayer(祈り)


イエス様、日常の生活に埋もれて、イエス様のことを忘れてしまうことがいつもあります。そうではなく、いつもイエス様を思い出して喜んでいるものに変えて下さい。見る目を、聞く耳を変えて下さい。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

コメントを残す