神の前に皆が生きている(ルカ20:37,38)

Scripture(聖書の言葉)


37-38 しかし、あなたがたがほんとうに聞きたいのは、復活があるかないかということでしょう。モーセ自身は何と書き残していますか。燃えさかる柴の中に現れた神とお会いした時、モーセは神を、『アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神』(出エジプト3・6)と呼びました。主を彼らの神と呼んでいる以上、彼らは生きているはずです。神は死んだ者の神ではありません。神に対して、みなが生きているのです。

Observation(観察)


『アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神』という表現は、「今も存在しているもの」の神という意味が込められている。続けてイエス様は「神に対して、みなが生きているのです。」と言われた。「みな」とはユダヤ人や救われた人々のみを指すものでは無い。人類が生まれてから終末の日までの全ての人類が神の前に立つときが来る、と言われているのだ。祝福と裁きがやがての日にやって来る。

Application(適用)


私はどのように神の前に立つだろう。救われていても果たすべき事を出来なかった、預かったタラントを隠したしもべのようになっては居ないだろうか。出来るならば、成すべき事を全てチャレンジして、喜んで神の前に立てる様になりたい。

Prayer(祈り)


イエス様、神は永遠から永遠まで生きておられ、その霊を受けた人類も滅びであれ祝福であれ、永遠に存在するものと学びました。不完全なものですがあなたの贖いによって救われました。願わくばこの世に居る間、任されたミッションを誠実に成し、やがて晴れ晴れと天に帰るものと成れますように。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

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