放蕩息子(ルカ15:11-19)

Scripture(聖書の言葉)


11 イエスはもっとよく説明しようと、また別のたとえも話されました。「ある人に息子が二人いました。 12 ある日、弟のほうが出し抜けに、『お父さん。あなたが亡くなってからでなく、今すぐ財産の分け前がほしいんです』と言いだしたのです。それで父親は、二人にそれぞれ財産を分けてやりました。 13 もらう物をもらうと、何日もたたないうちに、弟は荷物をまとめ、遠い国に旅立ちました。そこで放蕩に明け暮れ、財産を使い果たしてしまいました。 14 一文なしになった時、その国に大ききんが起こり、食べる物にも事欠くようになりました。 15 それで彼は、その国のある人のもとで、畑で豚を飼う仕事をもらいました。 16 あまりのひもじさに、豚のえさのいなご豆さえ食べたいほどでしたが、だれも食べる物をくれません。 17 こんな毎日を送るうち、彼もやっと目が覚めました。『お父さんの家なら雇い人にだって、あり余るほど食べ物があるだろうに。なのに自分は、なんてみじめなんだ。こんな所で飢え死にしかけている。 18 そうだ、家に帰ろう。帰って、お父さんに頼もう。「お父さん。すみませんでした。神様にもお父さんにも、罪を犯してしまいました。 19 もう息子と呼ばれる資格はありません。どうか、雇い人として使ってください。」』

Observation(観察)


放蕩息子の例えの中で、弟は分け与えられた財産を使い果たし、食べ物にも事欠くようになってしまう。そこで初めて父の元での暮らしが幸せなものであったと気付く。悔い改めた息子は父にこのように言おうと決心する。「お父さん。すみませんでした。神様にもお父さんにも、罪を犯してしまいました。 もう息子と呼ばれる資格はありません。どうか、雇い人として使ってください。」
彼の姿勢の変化は私たちにとっても重要だ。息子である立場を主張し財産を先取りしようとした彼が、雇い人として家に置いてくださいとまで自分を低くすることが出来るようになったのだ。
私も救いの恩恵にあぐらをかいてはいないだろうか。いつでも仕える姿勢で神のそばに居たいと願う。

Prayer(祈り)


イエス様、私の傲慢な姿勢を悔い改めます。救われたときの気持ちに立ち戻ります。己を低くし、仕えるものの姿勢をイエス様御自身が教えてくださいました。それに倣うものとなりたいです。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

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