Scripture(聖書の言葉)
16 それからイエスは、たとえ話を一つなさいました。「ある金持ちが、良い作物のとれる肥えた畑を持っていました。 17 倉はいっぱいで、収穫物を全部納めきれないほどです。あれこれ考えたあげく、うまい考えを思いつきました。 18 『こうすればいい。あの倉を取りこわして、もっと大きいのを建てる。そうすれば、作物を全部納められる。』 19 ひとり満足した金持ちは、われとわが身に言い聞かせたのです。『もう何も心配はいらないぞ。これから先何年分もの食料がたっぷりある。さあ、食べて、飲んで、楽しくやろう。』 20 しかし神は、こう言われました。『愚か者よ! あなたのいのちは、今夜にもなくなる。そうしたら、ここにある物は、いったいだれのものになるのか。』 21 いいですか。この地上でいくらため込んでも、天国に財産を持っていない者は、愚か者なのです。」
22 それからまた、弟子たちのほうを向き、先を続けられました。「ですから、言っておきましょう。食べ物は十分か、着る物はあるか、といったことでいちいち心配するのはやめなさい。 23 人のいのちは、食べ物や着る物よりどれだけ価値があるか知れないのです。 24 からすを見なさい。種もまかず、刈り入れもせず、倉を持っているわけでもありません。それでもゆうゆうと構えていられるのは、神が養ってくださるからです。神の目には、からすなどより、あなたがたのほうが大切なのです。
Observation(観察)
イエス様は収穫の保存に腐心する金持ちと、悠々と生きるカラスを比較して話された。金持ちは自分の財産の管理をあれこれ悩んだあげく最後には死んでしまうが、カラスは何も所有しなくても神によって生かされている。さらにはイエス様は私たちをカラスよりもずっと大事なものだと話された。人生には心配事がいくらでもある。それに押しつぶされるようにして生きるか、神に信頼して安心することを選ぶか、いつも選択肢は私の前にある。心配事が発生する都度、神に信頼する訓練を受けているのだと考えよう。
Prayer(祈り)
イエス様、心配事に目を向けて悩み苦しむか、神に立ち返って賛美するか、選択は私に委ねられています。人間的な視点で見るか、神の視点で見るか、選ぶことを求められています。私は神を選びます。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。