Scripture(聖書の言葉)
34 びっくりした豚飼いたちは近くの町や村に逃げ込み、この出来事を言いふらしました。 35 まもなく、大ぜいの者が、自分の目で確かめようと集まって来ました。と、どうでしょう。今まで悪霊につかれていた男が、きちんと服を着て、すっかり正気に戻って、イエスの前に座っているではありませんか。みんなは、あっけにとられてしまいました。 36 初めから一部始終を目撃していた人たちが、事細かにその時の状況を説明しました。 37 それを聞くと、人々はますます恐ろしくなり、イエスに、ここから立ちのいて、もうこれ以上かかわり合わないでほしいと頼み始めました。
それで、イエスは舟に戻り、また向こう岸へ帰って行かれました。 38 悪霊の去った男がお伴を願い出ましたが、イエスはお許しになりませんでした。 39 「家族のところへ帰りなさい。神がどんなにすばらしいことをしてくださったかを、話してあげるのです。」こう言われて、男は町中の人に、イエスのすばらしい奇跡を話して回りました。
Observation(観察)
ゲラサ人の地にいた狂人(多くの悪霊につかれた人)をイエス様は解放した。追い出された悪霊達は豚の群れに入り込み、豚の群れは湖に飛び込んで溺れ死んだ。
狂人だった男は正気に戻っていた。ところがこの地のひとびとはこの事態を歓迎せず、「イエスに、ここから立ちのいて、もうこれ以上かかわり合わないでほしいと頼み始めました。」とある。彼らが奇跡を拒絶した背景は分からないが、神の働きを否定する思い、現状維持を良しとする思いがあったのかもしれない。
ただ、解放された元狂人だけは違っていた。彼は「町中の人に、イエスのすばらしい奇跡を話して回りました。」とある。イエス様の奇跡を直接体験したものはイエス様を否定できない。イエス様を伝えるものと変えられたのだ。
Application(適用)
私自身、多くの奇跡的な事象を体験してきた。にもかかわらず現状維持を良しとする思いはいまだに残っている。願わくば大胆にイエス様を伝えるものになりたい。二つの相反する欲求に苛まれている。
Prayer(祈り)
イエス様、受けた奇跡を否定せず、喜んで人々に伝える人になりたいです。世間体とか立場を横に置いて、イエス様を第一にするものとして下さい。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。